すぐにプラムへ返事の手紙を書こうと王と王妃は頷き合いましたが、そこに弟王子のファファがやってきました。
そして突然、こう言ったのです。
「お父様、お母様。僕が隣の国に行きます」
「ど、どうしてそれをお前が知っているんだ?!」
王様は驚きました。まだ手紙の事は、王様の他は数名の大臣しか知らないはずです。
「えっ…だ、大臣に聞きました。
お父様。僕は弟ですし、今ではもうすっかり兄さんのほうが頭もいい。次の王様には兄さんが相応しいと思います。
それに、僕は小さい頃にプラムと遊んだことがあるから、仲良くやっていけると思うんです」
二人はファファの申し出に顔を見合わせました。確かにファファは人付き合いがとても上手です。かと言って、すぐに「わかった」とは頷けません。
「ファファ。私達は二人とも差し出すつもりはないよ。
すぐにプラム王と話し合うつもりだ」
だから安心しなさい、と言っても、ファファはなかなか譲りませんでした。
実は、プラムに「王子を差し出せ」と要求するように言ったのは、他でもないファファ自身だったのです。
理由は、他の国を見てみたいだとか、小さい頃大好きだったプラムとまた遊びたいとか、最近は勤勉な兄と何かと比べられてちょっとおもしろくないとか、いろいろありましたが、
とにかく、ファファはこっそりとプラムに手紙を書き、「自分をそちらの国に招待してくれたら、将来、今よりももっと貿易などで優遇してあげる」と軽い気持ちで提案したのでした。
しばらく言い合って、結局折れたのは王様と王妃でした。ファファの我がままな性格を熟知している二人は、ひとまず了解することにしたのです。
一応、プラムには「戦いが終わるまで」という約束をするように手紙を書くことにして、ファファはしおらしく二人に礼を言いました。
***
次の日からファファは周りの大臣や従者たちに、それは悲しげに「プラムの元に行くことになった」と話して回るようになりました。
「本当は怖い…。でもいいんだ。僕ひとりが行けば、皆が助かるのだもの」
大臣や従者は「おかわいそうに」と口々にいい、ファファの勇気ある決断に、尊敬のまなざしを向けました。ファファはそれが心地よくて、ますます大袈裟に話して回ります。
話を聞いたティカルも、すっかりファファをかわいそうに思って、どうにか戦いを終わらせることはできないかと、必死に模索しました。
そしてとうとう、騒動が起こりました。
***
「お父様。あの、あの、お話しが!」
ティカルは、丸めた大きな紙を持って、会議に向かう父親に駆け寄ります。
最近は、王と王妃と三人で食事ができて、ティカルは王様とも話しやすくなり、嬉しく思っていました。
しかし王様は忙しいようです。「今から会議があるから、後で聞くよ」とティカルの頭を撫でて、会議室に行ってしまいまいた。
本当は今、会議の前に聞いてほしかったのですが、そう言われては仕方ありません。ティカルは待つことにしました。
そのときです。昔から王様に仕えている、かなり高齢の大臣が、ティカルに向かって走ってきました。
「ティカル王子。今から一緒に会議に参加しませんか?
ファファ様を隣国にやらずにすむ方法を思いついたのです!」
「ほ、本当?!実は僕も、戦いを避けることができるかもしれない方法を思いついたんだ。
一緒に発表してもいい?」
「え、あ…はい。ワシの後でよかったら。
とにかく、ティカル様も同席していただければ、説得力が増しますから、是非お願いします」
ティカルは大臣の言う「方法」とやらを確認もせずに、了承しました。
会議室に入ってきたティカルに、王様はびっくりした顔で「どうしたんだ」と尋ねましたが、ティカルが何か言う前に、大臣が口を開きました。
「王様。まだ幼いファファ様を、戦い好きなプラム王に差し出すのは、あまりにかわいそうでございます」
そうして長々と、ファファ王子がいかに心やさしく聡明で、慎み深く、今回の戦いにも心を痛め、悲壮な覚悟をして自分を差し出すその勇気を称え、しゃべりました。
王様は、この大臣が少しファファ贔屓だと知っていたので、仕方なさそうに黙って聞いています。
大臣はどんどん声を大きくし、「ファファ様を手放してはいけません」と立ち上がって熱く語りました。
「幸い、ティカル王子が、数年前まで大病を患っていたことは隣国にも周知されています。その病気がぶり返したということにし、我が国の大事な跡継ぎとして、差し出すことはできなくなったと伝えるのはどうでしょうか」
「大臣…。そんな嘘、すぐにバレてしまうだろう。そうなれば、援軍ももらえないぞ」
実際、このとおりティカルは元気なのです。大臣の話を真面目に「うんうん」と頷きながら聞いていたティカルも、その提案には少し無理があると首を傾げていました。
大臣は、このままではファファがプラムに差し出され、あの柔肌が傷つけられるかもしれないと思い、身震いしました。
生まれた時から知っているのです。多少我がままで、勉強嫌いで、話を大袈裟にするところがあっても、子供に恵まれなかった大臣にしてみたら、ファファは孫同然か、それ以上に可愛い存在なのでした。
だからつい、言ってしまったのです。
「それなら戦いが終わるまで、しばらくティカル王子には子豚の姿でいてもらえばよろしい」
王様ははっと息を飲んで、ティカルを見ました。当の本人はポカンとして、大臣を見ています。
「大臣、馬鹿なことを言うな。それにこの件は…」
ファファのほうから行くと言っているんだ、と言おうとした王様でしたが、口を開けたまま、固まってしまいました。
音もなく、すっと立ち上がったティカルが、何も言わずに突然、大臣を殴り飛ばしたのです。
「うがっ!ヒィッ…!」
仰向けに倒れ込んだ高齢の大臣を、ティカルは無言でボコボコ殴り始めました。
まるでこれ以上、口がきけないようにするかのようです。
しばらく誰も彼も、いつも温和でニコニコしているティカルが、暴力を振るっている姿に、動くことができませんでした。
ようやく一番遠くに座っていた王様が、我に返って会議室を走り抜け、ティカルを後ろから抱きかかえますが、ティカルは今度は大臣を足で蹴ります。
「やめろティカル!!」
「うぅっ、ブヒッ、うぐ…!」
わらわらと他の大臣も集まって、ティカルの足元から顔面を血だらけにした大臣を引っ張り出します。
ヒィヒィ言いながら、老大臣は叫びました。
「わ、わ、ワシは…!こんな、ぶ、豚のバケモノを、次期王などと、絶対に、認めませんぞ…!
そうなったら、この国は終わりだ!く、国中が呪われるに違いない!!」
他の人々は、大臣の言ったことを大袈裟と思いながらも、しかし怖々と急変したティカルを見ます。鼻に皺をよせ、歯を剥く姿は、確かに人とはかけ離れた醜悪さでした。
「大臣!言うな!言うな!!」
王様は泣きそうな気持ちで、まだ暴れるティカルを押さえます。その瞬間、王様の指にティカルの首飾りがひっかかり、スポンと頭が抜けてしまいました。
しまった、と王様が思ってももう遅く、パァっと発光して、ティカルはあっというまに子豚の姿へ。
「ピ、ピギっ…ギィいー!」
じたばたと自分がきていた服の中でもがき、そこから這い出た小さな子豚は、周りを見渡したあと一目散に逃げ出しました。
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じいさんよぉ・・・。