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神域第三大戦 カオス・ジェネシス41

「おい春風、分かったことがあるなら話せと再三言っているよな…!」
「知っとるわバーカ!今分かったこと話せるかァ!!」
横入りするように、恨みがましげにそう言ってきたクー・フーリンに凪子は思わず怒鳴り返した。気持ちは分からないではないが、仮にも神を前にしているのだから少しは空気を読んでほしい。そんな気持ちを込めて睨めば、勝手に一人で理解して先に進めてんじゃねぇ、と言いたげな視線が返ってきた。どっちもどっちのようだ。
「……、いいだろう、深淵なる内のもの。貴様には前から興味があったんだ。平行世界であれ未来であれ、貴様が“異常”の為にわざわざ来た、というのは興味深い」
「!」
タラニスの言葉に、はっ、と五人はタラニスを見た。タラニスは、ニヤ、と笑いながら凪子を見ていた。いつの間にかその手に持っていた槍は姿を消していた。
「何が異常なのかオレには知ったことではないがな。貴様らの目的に興味はないし、人間の世界なぞ更にどうでもいい。が、貴様がオレを興じさせるだけの話をするなら、多少の見返りは施してやろう」
「…それはまた、随分と豪勢な申し出で。ありがたいが、さて、それだけの話ができるかな」
「元より期待はしていない。そら来い、オレの気が変わらない内にな」
タラニスはそう言って座り込むと、ポンポン、と自分の隣を叩いた。どうやら近くに座れということらしい。
いつの間にかマシュの宝具で作られた城壁は消え去り、タラニスの火焔で燃えていたはずの大地にはすでに植物が芽を吹き出し始めている。
「(……生命を司ってるわけでもないのに…神性ってのは、ここまでの効力を持つのか。知識つけてから改めて見るとつくづくヤバイな)」
凪子はそう心のなかで呟きながらも、おとなしく指示に従い、タラニスと膝を付き合わせる形で座った。置いていかれた他の四人も、その場から追い出されるようなことはないようだったので、藤丸のところに全員が固まって座りこんでいた。
タラニスは四人を一瞥して鼻をならした後、凪子の方を見て頬杖をついた。
「さて。貴様の噂は聞いている」
「…そんな風に噂されてたとは初耳だ」
「関わりがあったのに、知らなかったのか?」
「あー…生憎関わるようになったのは、罰を受ける立場になったからでね。友好的ではないから、そういう話は全く。深淵なる内のもの、と私に呼び掛けてきたのも記憶では一柱だけだ」
凪子の言葉に、タラニスはくくく、と声を殺して笑う。
「ははぁ、昔の貴様はお転婆が過ぎたようだな。神を殺そうとした、と言っていたな。何故殺したかった?」
「…、死なせたくない人間がいた。本来の私には死の概念がないものでな、死の概念を司るものを消してしまえば、人間からも死が消えるのではないかと考えたんだ」
「それでオレ、か。道理は通るな」
タラニスは、自分を殺そうとした、という話を聞かされてもあっけらかんとそう返してきた。不敬も不敬である発言であるというのに、寛大なのか狭量なのか、どうにも掴みにくい相手である。
凪子もそんな反応に思わず眉をひそめた。
「…罰を受ける立場になった、というのは、つまりそういうことなんだけど」
「ん?……あぁ、なんだ、貴様の記憶ではオレは貴様に殺されたと?」
「そうだ」
「はっは!!そんなことがあるとはな!!まぁ、神とて限界のあるものだ、死ぬこと自体はないことではないが、まさかそんな終わりがあるとは!滑稽じゃあないか!」
「えぇー……一応自分のことだろ………」
思いきって殺害を告白してみれば、タラニスは腹を抱えて大笑いし出す始末だった。完全に別世界のこと、と捉えているのだろうか。仮にも自分の話であるのに他人事のように笑うタラニスに、凪子はげぇ、と顔をしかめるしかない。
タラニスはそんな凪子の反応すら楽しむように笑うばかりだ。
「…それで?貴様の目的は果たせたのか?」
「果たせるはずもない。結局死んだ」
「ははっ、であろうな。貴様は全くの徒労を費やしたわけだ、馬鹿馬鹿しくて仕方がない」
「せやな。………、結果、そちらの死も無駄死にになったわけだが」
「人間なんぞに利用されるくらいならば無駄の方がマシだろうよ」
「成程そういう考え方」
「………物騒な会話をしていやがる……」
二人の会話を離れたところの四人はそわそわヒヤヒヤとしながらも聞くしかない。ぽつり、とヘクトールが呟きを漏らしはしたが、その声は二人には届かなかったようだった。
凪子以外の四人は完全に置いていかれてしまっているが、宝具を乗っ取ったり、拒絶の対象にならなかったりするような相手に、なすすべがないのだろう。
タラニスはごろり、と左手にいた凪子の後ろに寝転がるようにもたれこみ、ずい、とその顔を凪子の顔に寄せた。スンスン、と匂いを嗅がれて、凪子は露骨に顔をしかめる。
「変態さんかよ」
「…んー、いや。深淵なる内のものの異常性はよく聞いている。その貴様が何故使い魔なぞの容をとっているのかと疑問でな。…あの3体とは微妙に違うな」
そんなことが匂いで分かるのか、と凪子は僅かばかり驚きつつも、あー、と小さくぼやく。
「……彼らや私は、サーヴァントと人は呼ぶ使い魔でな。基本的に、座という…なんだろう…概念というか、そういうのに登録された英雄を呼び出して使役する。そういう意味では私は座に登録されていないし、実際生きている状態で、正体不明のものに呼び出されてる。だからあの少女が正式な主、というわけでもない。微妙に違うかもね」
「主でもない?ならば何故?」
「利害の一致というやつだ。どうやら一仕事終えないと元の身体に戻れないみたいだし、世界の異常とやらには興味もあった。だから共同戦線というやつだな、私はここに詳しいし」
「へぇ」
聞いてきたわりには興味の無さそうな声でタラニスは言葉を返した。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス40

「ッ、」
クー・フーリンはその隙を見逃さずにタラニスを蹴り飛ばし、その下から逃れた。凪子がわざわざ幼名で呼んだ意図をどこまで汲み取ったのかは分からないが、彼は離れると同時に深く被っていたフードを脱ぎ去った。現れた顔を見て、軽く後方によろめいていたタラニスはいよいよ目を大きく見開き、動きを止めた。
「………なんてこった、マジにセタンタじゃねぇか」
タラニスの声色には驚きと呆然が含まれているように聞こえた。クー・フーリンは彼が何故そんな反応を見せるのかピンときていないようで、杖を構えて訝しげに様子を伺っている。
一方のタラニスはしばらくクー・フーリンを見据えたのち、凪子を振り返ってじとりと睨んだ。
「…お前、分かっていて呼んだな?」
「……まぁ、それで動揺してくれるかどうかは賭けだったけど」
「…………へぇ」
タラニスは再びクー・フーリンに視線を戻し、しばし考え込む様子を見せた。
「……?どうしたんでしょう…?」
「……あぁそうだ、人間を問いただすことにしたんだったな」
マシュがその様子に思わず疑問を漏らした時に、ふ、とタラニスは思い出したように呟いて藤丸の方を振り返った。
そして向き直ったと同時に、パチン、と指をならしたと思ったら、凪子他四人のサーヴァント全員の首に、魔法陣のようなものが首輪のように展開した。
「!マシュ!」
「ここにいる人間は貴様だけ、ということは貴様がこの使い魔達の使役者だろう。オレの問いに答えろ、そうすれば今かけた死のルーンは解いてやる」
「…!」
「あぁ、言っておくが、使い魔どもは動くなよ。一歩でも動いたらそれは発動する。オレとしてはどちらでも構わないがな」
「………………なんですか」
藤丸は不安げにマシュを見たのちに、ぐ、と拳を握ってタラニスに向き直った。存外度胸がある、危険が高いから来るな、と言ったのに、その約束を守らずにやってきただけはある、ということなのだろうか。凪子はそんなことを考えながら、タラニスに再び視線を向けた。
「そこの2体が、オレの領域に入り込んだのは現象の観測のためだと言った。過去としてのこの時に、起きていたはずの目的の現象とやらが起きていないらしい、ということもな。とはいえ、観測なぞ手段の1つに過ぎないだろう。先の時間軸か、あるいは異なる時間軸からの来訪者のようだが、この時に在らざる者が一体何の用でここに来た」
「…、この時代に異常が発生して、結果、私が生きている世界が崩壊しそうになっている。だから、異常の原因を無くしにきました」
「……………。ったく、頭のオカシナ人間が迷い込んだのかと思ったが、本気で言っているんだから手に負えねぇな」
「!」
はぁー、とタラニスは長いため息をついて頭をがしがしとかいた。そしてすぐにつまらなそうにその手を離すと、再びパチンと指をならして呪いを解いた。
「セタンタに免じて見逃してやる。アイツ最近機嫌悪いからな、八つ当たりでもされたらたまらん。アレの手下でもねぇなら用もない、とっとと失せろ」
タラニスはあっさりとそういうと、最早五人に興味は失せたと言わんばかりにさっさと背を向け、歩き出してしまった。ポカンとした全員であったが、はっ、といち早くマシュが我に返る。
「待ってください、あの、なにか心当たりとか、」
「貴様らの無礼を見逃してやると言っているのに、更なる罪咎を重ねたいか?」
「っ!」
マシュの言葉に、振り返ったタラニスはあっさりした引き際をまるで感じさせないような怒りのこもった目でマシュを睨み据えた。マシュはびくりと肩を跳ねさせ萎縮する。下手に言葉を続ければ、視せんだけで殺されてしまいそうなほどだったのだ。
一方、遅れて我に返った凪子はタラニスの言葉に違和感を覚え、そんな目を気にもせずにマシュ達の前に出た。
「待てタラニス、何故“アイツ”の機嫌が悪い?神々の間で何が起きてる?」
「えっ?」
タラニスは凪子の言葉に、さらに不愉快そうに眉間を寄せた。神々の間でなにかしらの事態が発生している、という凪子の読みは図星だったようだ。
「…………人間には関係のない話だ」
「屁理屈を言うなら、私は使い魔以前も人間ではない。言っただろう、私が観測しに来たのは、“過去の私”でもある。そしてここに私がいないのなら、間違いなく今神々の間で起きていることに私も関わっている」
「ほう?大した自信だな、何故そう言いきれる?貴様は神と同等の存在だとでも?」
「この時期、私は神を殺そうとしていたからだ。その対象が私の記憶ではタラニス、貴殿だ。だがそうでないなら、他の神を殺しにいっている。神に関わっているのは確かだ、であるなら無関係とはいえない。…、“深淵なる内のもの”、この言葉に聞き覚えはないか?」
「……!…………、へぇ、“それ”なのか、貴様」
タラニスは凪子の言葉に驚いたような表情を見せたのち、合点がいった、と言いたげに目を細めてみせた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス39

キイィ、と軋んだ音をさせながら檻の扉が勝手に開いた。のっそり、と億劫そうにそこから上体を出したタラニスは、クー・フーリンをじろと見止めて、ニヤリと笑った。
「面白い芸をするじゃあないか、ドルイド。魔術でウィッカーマンを編み上げる芸当は初めて見た。だが、無礼だぞ。貢ぎ物もなしにウィッカーマンを起こすなど、あまりこいつが不憫であろうが」
「…っ!」
ひたり、とタラニスが触れた部分から、ぞわぞわと木の色が深い色に変わっていく。鉄のような見た目の部分も木に変わっていく。
タラニスはふわりと浮き上がり、ウィッカーマンの肩口に飛び乗ると、すさり、とウィッカーマンの頭を撫でた。まるで親が子供を撫でるかのように。
「それに随分と半端な祈りであることだ。初めから奉るつもりもないくせに祈りなんぞの形をとるから哀れな形に出来上がる。下品で、矮小だ。敬意がないな貴様には。ここまで不遜なドルイドは、いやはや見たことがない。死んで脳が腐ったか?」
「何…」
「ウィッカーマンを“使役”しようなどという思い上がりが間違っている。そうら、オレが手本を見せてやろう」
タラニスの言葉に合わせて、ゴウッ、と火焔が巻き起こる。ウィッカーマンに着火したのだ。
――凪子はそれに、見覚えがあった。凪子はヘクトールの首根っこを掴み、すぐさま藤丸達の方へと走り出す。
「防御体勢ー!」
「えっ?!あ、ハイ!皆さん、私の盾の後ろに!」
「―タラニスの名の元に許可しよう。顕現し再現せよ、そして求めよ、其が本懐を果たすといい。ここに在るは罪人なれば―」
にぃ、とタラニスの口が歪んだ弧を描く。
「―――喰らい尽すがいい、“罪人の血監獄(ウィッカーマン)”」
―タラニスの詠唱が終わると同時に、ウィッカーマンが雄叫びをあげた。正確には、あげたような気がした。木の巨人に声帯はない。編まれた檻の隙間に風が通って音をあげたのだろうか。
燃え盛ったウィッカーマンはタラニスの手から離れ、その腕を藤丸達めがけて振り下ろした。
「それは全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷――顕現せよ、“いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)”!!」
「!」
マシュは怯むことなく降ってくる腕を見据え、そう高らかと叫び、宝具を発動させた。マシュの盾を基点として、城壁のようなものが姿を現す。
その城壁は容易くウィッカーマンの腕を防ぎきった。炎の熱が上から降っては来るが、大した被害ではない。この隙にウィッカーマンを破壊してしまえば、タラニスの攻撃は防げるはずだ。
「ヘクトール!」
「はいよ!」
「!」
藤丸の言葉にヘクトールが呼応する。ヘクトールは少し後方に下がり、右上段に槍を構えた。
「標的確認、方位角固定。―――“不毀の極槍(ドゥリンダナ)”、吹き飛びなァ!!」
「うわおっ」
カシャンッ、と軽やかな音を立てて直後ヘクトールの右腕の装備から炎が吹き出す。それは射出を手助けする装備なのだろうか、ヘクトールはウィッカーマン目掛け、右手にもったその槍を、炎の勢いを借りながら思い切り投擲した。
凄まじい勢いで空を切り、槍はウィッカーマンの頭部めがけて飛んでいった。凪子の視界で着弾が確認できた直後、槍は巨大な爆発を巻き起こした。
「ワァー」
爆風で強風が吹き荒ぶ。ウィッカーマンがよろめき、後ろ向きに倒れそうになっているのが目に見えた。
凪子はそれを確認すると、すぐにタラニスを探した。今までの動きから見て、黙って見ているだけのはずがない。
「!」
タラニスは果たして、マシュの作り出した城壁の上にいた。ウィッカーマンの攻撃を拒絶的てもタラニスの存在を拒絶できないのか、タラニスは易々と城壁を飛び越えて内側へと降りてきていた。
――その視線は、ある一人に向けられている。
「キャスター!!」
「!!」
タラニスが着地する前に、凪子は警告の声を張り上げた。クー・フーリンがその言葉にはっ、とタラニスに気が付いたのと、着地したタラニスが彼めがけて地面を蹴ったのは同時だった。
「!」
バァン、とはぜるような音をさせて跳躍したタラニスが、一気に間合いを詰める。突きだされた槍をクー・フーリンは辛うじて手にしていた杖で受けたが、衝撃を受け止めきれずに後方へと吹き飛んだ。
「あぁっ!」
その時になってマシュと藤丸はタラニスの侵入に気がついたようだ。ヘクトールの投げた槍はまだ戻ってきておらず、その顔に一瞬焦りが走る。
体当たりされたように飛ばされていたクー・フーリンは背中から地面に落ち、叩きつけられた衝撃で数回はねて転がっていった。タラニスは軽々とそれに追い付くと、その胸を踏みつけて槍を振りかざした。
―このままでは槍を突き立てられる。今すぐに動ける凪子の足であっても、間に合うか間に合わないかは瀬戸際だ。
「―――セタンタ!!!」
故に凪子は、クー・フーリンの幼名を、敢えて叫んだ。
「何っ?」
そしてタラニスは、凪子が予想した通りに動きを止めたのだった。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス38

ゴロロロロ、と鈍い音が響く。はっ、と周りを見渡せば、タラニスの車輪が炎を纏いながら三者を囲むように展開していた。恐らく飛び越えようものなら即座に襲いかかってくるのだろう。逃がしてくれるつもりは、さらさらないということのようだ。
ヘクトールがタラニスの様子を伺いながらもそっと凪子の側による。
「…春風、宝具を」
「来られたら困るっつってんだろ」
「だがなんか策はあるのか」
「ない!」
「お前な…」
ヘクトールは呆れたようにぼやいたが、すぐに宝具を発動するようなことはしなかった。提案してはいるものの、藤丸たちに来られたくない、という気持ちは一致しているようだ。
タラニスはそんな二人を見下ろしながらすとん、と岩場に腰を下ろした。
「……成る程、マナー……いや、エーテルで編み上げた身体なのか。道理で肉がない割に丈夫なわけだ」
「…………お前さん、そんな観察眼の強いやつだったっけ?そういう印象ないんだけど」
「使い魔なぞに礼節は期待していないが、不遜な奴だ。しかし、そうなるとアレの使い魔というのは考えにくいな。それにしては出来が悪すぎる」
「…………!」
タラニスは勝手に一人話を進めている。凪子達を何らかの使い魔―口振りからして敵対者のようではあるが―だと認識していたタラニスだったが、その認識を疑いだしている、ということは凪子たちにもわかった。その理由が出来が悪いから、というのはなんとも耳が痛い言葉ではあるが、それに関してはお互い関与できる話でもないので、黙ってタラニスの次手を窺う。
タラニスは、うーん、と考え込むような様子を見せる。
「……そうだ、そもそも貴様ら、ここに何をしに来た?」
タラニスがふと、そんなことを訪ねてきた。耳を貸す気になったのかは分からないが、ヘクトールは黙って凪子に視線を向けた。ここでのやりとりは任せてくれる、ということらしい。
凪子はこほん、と咳払いをひとつして、構えていた槍を僅かに下に向けた。今さら礼儀もなにもないが、念には念を、だ。
「………ここで起きているはずのことを観測しに」
「ここで起きているはずのこと?」
「この時期ここでは、私と同じ顔をした者が、おま……貴殿と戦っているはずなんだ。30日くらいかけてな」
「…それは、未来視か何かか?」
「……、私にとっては一つの過去だ。起きていないということは、違う時間軸のようだけれど」
「違う時間軸、ねェ。あぁ、平行世界というやつか」
「……その概念がもうあるのか」
タラニスは凪子にとっては意外なことに、静かに凪子の話を聞いてきた。自ら話せと言い出しただけのことはあるということなのか、事実を端的に述べる凪子の言葉を素直に聞いている。
平行世界の概念がいつから獲得されたのか、凪子が知った話ではないが、タラニスの口からそれが語られると凪子は意外そうにタラニスを見上げた。
ふん、と、タラニスは鼻をならす。
「しかし、過去、などと語るとはな。時間を遡行でもしてきたか」
「似たようなことは」
「ははァ。大した与太話だなぁ?」
凪子は嘲笑するようなタラニスの言葉に肩を竦める。嘘をついてそれらしいことを言う手はあった。だが、自分の記憶以上に洞察力の高いこの神に嘘をついたところで、すぐに看破される手を打たれるような気がしてならなかった。
「変に嘘でごまかしても仕方がない。それでゲッシュをかけられでもしたら、面倒なんてレベルじゃなくなる」
「へぇ、そうかい。それで?使い魔というのなら、主がいるだろう。それは何だ」
「…………、人間だ、とだけ」
「人間。人間が同族の死者を使役するのか?ハッ……ヒトの自惚れは先でも変わらぬということか」
意地悪くタラニスは笑う。タラニスはすんっ、とすぐにその笑顔を消すと、座っていた岩場から軽やかに飛び降りた。
「――そうか。ではまず、その人間を問いただすとしよう」
「…使い魔の言葉は信用ならないと?」
「オレに対して敬意のないものに、教えてやることなどないという話だ。まぁ、このタラニスに対し騙し討ちをしようと考える胆力は認めてやってもいいが」
「は?」
タラニスの言葉の意味をはかりかねた凪子が間抜けな声をあげた直後、タラニスの足元の地面が勢いよくはぜた。
「!?」
メキメキと音をさせながら生えてきたのは、木だ。伸びながら編まれていったそれは手の形になり、胴を作りあげていく。
「凪子さん!」
「なっ、はぁ!?」
車輪の炎の先から、信じ難いことにマシュの声がする。凪子は思わずタラニスから目をそらしてそちらの方を見てしまった。
「あ?これは…」
タラニスもタラニスで、自分を囲い込むように広がる木々に、危険などは感じていないようだったが何かを察して眉を潜めていた。
「ちょ、マスター嘘だろ…!」
「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社―」
「うわわわっ」
相当でかいものらしい、木々が生え伸びるのに合わせてそれを生やす地面の範囲も広がり、隆起する地面に凪子とヘクトールは慌てて下がる。タラニスが展開していた車輪も、それに押し出されて包囲を崩されているようだ。
「倒壊するは、ウィッカーマン!!」
一際鋭く、クー・フーリンの声が響き渡る。その言葉と合わせて、編まれていた木が巨人を構築する。巻き込まれたタラニスは、その胴にある檻の中にいるようだ。
「焼き尽くせ木々の巨人…!“灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)”!」
「あっ…!何やってんだバカ!!!」
「あ!?」
どうやら凪子達のもとへ駆けつけたクー・フーリンが、宝具を発動したらしい。巨大なウィッカーマンを前に思わずポカンとしていた凪子だったが、クー・フーリンの詠唱の終了に合わせて我に返り、思わずそう怒鳴った。
馬鹿、と怒鳴られるとは思っていなかったのか、不愉快げにクー・フーリンが凪子の方をみた。その後ろにはマシュと藤丸がいる。
「馬鹿っておま…………あ?」
憤りを見せるクー・フーリンであったが、すぐに異変に気がつき、そちらへ視線を移した。

ウィッカーマンが、炎を纏いもしなければ、微動だにもしないのだ。

「っははははは!!!」
タラニスの、甲高い笑い声が響き渡った。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス37

「チッ…!」
かつては身体の損傷など気にせず突っ込めたが今はそうもいかない。凪子は舌打ちをひとつすると、その場で足を止め、手当たり次第に車輪を弾き返した。
「なんだ、男の癖に逃げるのか?」
「!」
―どうやらヘクトールはちゃんと凪子の言うことを聞いてくれていたらしい。タラニスの言葉に、それがバレてしまったことも察する。
凪子はガガッ、と、踵でルーンを地面に刻み込んだ。
「アンザス!!」
「!」
自分の背後に火焔を発生させ、ヘクトールを追従しようとした車輪を焼き付くす。幸いにもタラニスの車輪は木製だ、火力を増せば燃やすこともできる。
タラニスはちらと凪子に視線を向けたのち、にや、と笑った。
「健気だねェ」
その言葉に焦りなど一つもない。タラニスは、凪子がヘクトールを逃がすために自分に迫ってきたことを悟ったようだ。
こんなに察しのいい野郎だったろうか、と思いながらも、凪子は車輪が減った隙にと勢いよく踏み込んだ。素早く突きだした槍は、あえなくタラニスに掴まれ、止められた。
「あれま、」
凪子はそう言いながらも動きは止めず、思い切り自分の槍を踏みつけてその上に飛び乗った。
「!」
そのまま槍を駆け上がり、回し蹴りをタラニスの顔めがけて叩き込む。タラニスは上体を軽くそらすことでそれをかわし、槍を思い切り振り上げて凪子を放りあげた。
「どわっ!」
「!ちっ、」
凪子が空中で姿勢を立て直し、同じように空中に放り投げられた槍をつかもうとしたところで、ヘクトールの鈍い声が耳に入った。すばやくそちらに視線をやれば、半分に割れた車輪にヘクトールが両腕を拘束され、地面に押し倒されているのが目に入った。
やられたか、と思う間もなく、いつのまにか上方に飛んでいたタラニスの回し蹴りをもろに首筋に落とされ、凪子はそのまま地面へと叩きつけられた。
「、っふ、」
ドゴォン、と派手な音をたて、地面が割れるほどの勢いで叩きつけられた凪子だったが、ダメージなどまるでないと言わんばかりに軽々と起き上がり、ヘクトールに指先を向けていたタラニスを目の端で捉えると、勢いよく地面を蹴った。
ヘクトールとの距離を一飛びで詰め、ヘクトールめがけて空から降り落ちてきた車輪を弾き飛ばした。ヘクトールを押さえつける車輪を蹴り飛ばし、槍を構え直してタラニスを見上げた。
タラニスは空に浮いたまま足を組み、片手を顎に当てて小首をかしげた。
「タフだな。使い魔というから人間程度の強度かと思ったんだがな」
「すまねぇ、助かった」
「はいよ、さっさと行った」
「まぁそう邪険にするなよ、始めたばかりじゃねぇか」
クック、とタラニスは楽しそうに笑う。そのままゆったりと降りてきて、二人の正面にすとん、と立った。
凪子は、んべ、と舌を出す。
「悪いが目的がある。あんたと殺しあいしてる余裕はないんだ」
「最初にここに許しなく踏み込んだのは貴様らだろうに。ならば生き血のひとつでも置いていくのが道理だろう。女…いや、性があるのかすら怪しいが、貴様はともかく、そっちの男は元人間だろう?」
「!」
「それに同族殺しだ。ならば罪人だ、罪人の血であるなら不敬の贖いには妥当だぜ?」
「…」
ふっ、と、ヘクトールの顔から表情が消えた。どういう理屈かは分からないが、タラニスは凪子達の本質を見抜いてきているようだ。
タラニスは楽しそうに笑いながら、チロリ、と舌を覗かせる。異様に紅いそれは、人の鮮血に染まっているかのように錯覚させた。す、と差し出した手から、ずろりとこぼれるように槍が姿を現す。凪子の持つ平形の槍ではない、円錐型の丸槍はさながら避雷針のようにも見えた。
「アレが人間を使役するってのもしっくりは来ねぇが…まァいい、しっくりこねぇことだらけだ、そういうこともあるだろうな」
「…お前のいう、アレってのは、なんだ」
「さぁて、なんだろうなァ?」
タラニスは凪子の問いに答えることなく、す、と槍を上に向けた。
途端、ゴロゴロ、と鈍い音が空から響く。
「…やべぇ。木から離れろ!」
「ぃっ!!」
嫌な予感に凪子は直ぐ様広場の方へと飛び出し、ワンテンポ遅れてヘクトールも飛び出す。直後、二人がいた側の木にけたたましい音を立てて雷が落ちた。
「…ッ、ただの雷じゃねぇなこれは…!」
衝撃波に吹き飛ばされたのをごろごろと転がって勢いを殺しながら、ヘクトールはげんなりとしたように呟く。タラニスは楽しそうに笑うばかりだ。
「…まぁ、確かにそうだけど、あいつの機嫌がいいからこれはかなり手加減されてるぞ」
「マジかよ」
タラニスと再び刃を交えたことで過去の戦闘のことを大分鮮明に思い出してきていた凪子は、同じく吹き飛ばされたのを起き上がりながらそうぼやく。如何せん、自分は死ななかったから、これ以上の猛攻でもどうにかなってしまっていたのだ。
「(…思ったよりも雑に戦ってたんだな過去の私は)」
そんなことを自省的に考えながら、ぐるり、と凪子は槍を構え直した。