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神域第三大戦 カオス・ジェネシス34

「諦めろ、そういう奴だ」
にや、と笑いながらそう言うクー・フーリンを凪子はじと目でにらむ。慣れたことなのだろう、彼らにとっては。
だが、慣れは簡単に油断を生む。隙を生む。藤丸らと初対面の凪子にしてみれば、その慣れに同調するのは危険としか感じられなかった。
無垢とド正直な馬鹿は、凪子としても嫌いな部類ではないしむしろ好ましい方だ。人類が滅びようがそれは自業自得としても、そうした好ましいものにみすみす死なれるのは、しばらくの間寝覚めが悪くなって気分のいいものではない。
「一応タラニスは死を司る神だ。死の呪いをかけられても助けようがないぞ、私には。いや、タラニスがそういうことできるのかは知らないけど」
「戦ったわりに覚えてねぇんだな」
「死については私は無縁だからな。心臓を刺されるとか、身体がもげるとか、人間なら死んでるだろうな〜ってのを死にカウントするなら私アイツとの戦いで100回は死んでるぞ」
『ワォ!』
「言っただろ、ちゃんと強い、って。呪いに関しては使われても作用しないから分からないし」
「…なら余計マスターは連れていかない方がいいんじゃねぇのか」
ヘクトールが凪子に賛同を示してきた。凪子は少しばかり意外に思ったが、ヘクトールは出発前にダ・ヴィンチらに何か頼まれていたらしいことを思い出した。そうであるのなら、藤丸の意思よりもその安全を第一に、と考えていても不思議ではない。
「………、でも………」
「あーもー、分かった分かった、ならこうしよう」
だが藤丸は尚も渋るので、凪子はがしがしと頭をかき、鞄を自分の前に置くと中をごそごそと漁り始めた。
売り物になりそうになかったので、砕いてルーン石にでもしよう、と思っていたアメジストの原石を取り出す。
「てってけてけてけてってってん」
「?」
どこぞの料理番組のメロディを口ずさみながら、凪子は原石を両手にもち、目を閉じた。意識を原石に集中させて、魔力を通す。
石に凪子の魔力を満たし、余計な岩や土を弾き飛ばす。
「わ……」
感嘆したような藤丸の声が耳に届く。恐らく凪子の手の中の原石は、研磨前のアメジスト単体になっているはずだ。石の中に紛れている不純物をなるべく溶け出させ、純粋な宝石の状態に加工する。
そこで凪子は一旦目を開く。
「藤丸ちゃん、動物何が好き?」
「えっ?ど、動物?犬とか…?」
「あぁ、ワンちゃんいいよね。私も飼ってたことあるよ」
犬ならばこの時代にも存在するものであるし、違和感は少なかろう。凪子はそう思いながら一旦立ち上がると、片手に持ち直したアメジストを泉の中に手を突っ込み、底の泥の中に突き立てる。
「石は内腑に 泥は肉に 水は体液に。眼孔には硝子を 鏡となりて我が元に照らせ」
「え……っと……?」
「ほい」
凪子が何をしているのか、ときょとんとしたマシュが声をあげるころに、凪子の作業は終わった。ずしりと重くなったそれを、両手でざばりと引き上げる。
「ワンッ」
「えええ!??」
凪子の手の中のものが一声吠えれば、藤丸とマシュは仰天したように飛び上がった。

そこには犬がいた。日本の柴犬に見た目は似ている。

「えー…っと……ほれ、これもって」
「えっ?」
凪子は犬の背中についていた、薄いコンパクトミラーサイズになったアメジストを剥がし、藤丸に投げ渡した。慌てて藤丸がキャッチすると、藤丸の魔力を関知し、ぽう、と表面に映像が浮かび上がった。
「これでこのワンちゃんの視界がそこに映るようになる。1キロ以内なら映るようになってるはずだから、それでそっちはこちらの様子をうかがう。それでどうだ、1キロ離れてりゃ不意打ちは防げるだろうから、それで妥協しろ」
「えっあ、確かにマシュが見える…」
『…大したものだな。それは…どういう仕組みだ?』
「即席ホムンクルスみたいなもんよ。泥と水で作ってるからそんなに質はよくないけどな、魔力注いでれば一週間くらいは持つだろ。ここの泉は質がいいから」
随分犬らしく出来ているらしい、べろべろと凪子の顔を舐めるそれを凪子は地面へぽいと放り投げながらそう言った。軽やかに着地した犬はしばらくくるくると走り回ると、ヘッヘと肩で息をしながらヘクトールの足元に落ち着いた。
「…確かにこれなら、離れたところでもお二人の様子を伺えます」
「……そうだけど………」
「いいかい藤丸ちゃん。前線に出たがる魔術師は珍しいから、サーヴァントは君のその姿勢を好ましく思うのかもしれない。私もド正直な馬鹿と無垢さは確かに嫌いじゃあない。けどね、私にしてみれば、人間が私のやるようなことの側にいるっていうのは、人間の大人の側に首も座ってない赤子が転がってるようなもんなの」
「!」
「君自身が強力な魔術師や軍人というわけでもない以上、そんな脆いもの、側にいると落ち着かないわけ。おまけに君の命の価値は貴重だと来てる。さらにこれからタラニスとやりあうかもしれないって時に、そんな状況っていうのは、割っちゃいけない生卵スプーンの先に置いて、頭の上で支えてるような感覚なのよ。君、それでちゃんとやることやれる?」
「…………無理」
「そういうこと。神様ってのは目があっただけでアウトみたいなパターンも多いんだからホントは視界を繋げるのだって危ないんだけど、そこは妥協してあげるから勘弁して」
凪子はそう言い切って、はぁ、と息をついた。
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