あれやって、これやって、ああその前にあれやんなきゃ。いやまて。その前にこっちか?
やる仕事は山ほどあるというのに、時間はまるで飲み干すような勢いで過ぎていく。
ヤバい。ヤバいヤバいヤバい。
「おい。」
「ぅえ?!」
「…そんなに驚くなよ…。」
振り返ればあの人が後ろに立っていた。
けだるそうに手を頭の後ろで組んでいる。威圧感は、相変わらずだ。
「仕事。後何が残ってる?」
「や、その、ちゃんと終わらせますから…!」
「落ち着いて。何が残ってるの?」
「だから…!」
「な、に、が、あ、る、の?」
有無を言わせない気迫に、若干後ろに引きながらも口をつぐむ。
解ってる。この人は別に怒ってるんじゃなくて。単純に聞いてるだけ。
そして。もしもその残りの仕事を言ってしまえば。どうなるか。
「ーー、っ、…っ、の、」
その人は爛々と眼を輝かせて、こちらを見ている。
無言だった。その上、にこやかに笑っている。逆に怖い。
一度目を閉じて、ため息を大きくひとつ。
それから残っているいくつかの仕事を告げた。
とたん、彼女の表情が満足げなそれに代わる。
「んー…結構あるな。」
「すみません…。」
あごに手を当てて、少し上を見るような感じで考える。
数拍置いてからその姿勢を崩し、手をたたく。
「よし。今やってる仕事は後十分もあれば終わるね?」
「はい。」
「まずはそれを終わらせなさい。」
「はい。」
もう一度ぱちんと手が鳴った。
ああ。またやってしまった。
落ち込みたくなるのを頑張って持ちこたえて、今やっている仕事を潰す。
解ってる。自分にはまだまだ経験が足りない。おまけに勘も悪い。
だから、失敗するのも仕事が遅いのも当たり前。解ってるんだ。
それを埋めるために頑張ってる。しょうがないことなんだ。今、仕事が遅れるのは。
あの人が俺の名前を呼んだ。
そうして仕事とその順番を告げる。
俺がやろうとしていた手順よりも無駄が無く、速い。
余分な時間を削り取り最適な形にあてはめる。たった数分で組み立てられる工程。
すごい。すごい。すごい。
おまけに、俺に指示を出しながら自分の仕事を終わらせつつ、俺が出来そうにない仕事に当たりをつけて手を貸してくれる。
それだけでは終わらない。店の掃除、洗濯、接客、商品の補充、材料の在庫確認と発注。
本来下っ端がやらなければいけないことも、気づいたら全て終わらしている。
どんな万能兵器だ。
テキパキと進められる仕事、机の上はいつもきれいだ。
問えば返ってくる答え。解らなくてもすぐに確認して次の指示をくれる。
威圧感たっぷりで、笑い方すら高圧的なあの人は、とんでもない”先輩”だった。
あの表情は、経験に裏付けされた自信から来てるんじゃないかと。最近思う。
「…、おわり、ました。」
「ん。わかった。私もこれで最後だ。」
マジかよ。いくつ俺の仕事肩代わりしたんだこの人。
予定時間内に終わらないと思った作業は、気づけば五分前で終わっている。正直信じられない。
そして同時に思い知らされる。自分がみじめになる。
彼女は俺を見て、大きくため息をついた。
同時にびくりと体が震える。
…怒られる。仕事が遅いって、手間かけさせるなって。
「あのな、先輩は、こき使うためにいるんだぞ。」
「…え?」
「こんなもん、期間限定なんだ。だから今のうちに思いっきり先輩を使いなさい。
仕事が遅いのも、段取りが悪いのも、しょうがないだろ。すぐに出来たら先輩がついてる意味がない。」
「…、でも、俺の仕事ですし…。」
「それを悔しく思うんだったら。いつか私から逆に仕事を奪いに来なさい。」
ごもっとも。
「たかが仕事が増えたぐらいで怒ったりしない。安心して押しつけろ。」
「…そんなの、申し訳ないじゃないですか…。」
「良いんだよ。そのために先輩は居るんだ。出来るようになるまで少しの我慢なんだから。」
ああ。そうは言われても、本当に情けない。
本当にこのままで、出来るようになるんだろうか。迷惑かけないように出来るようになるんだろうか。
またため息をつく。
切り替えなきゃ。頑張らなきゃ。
「俺。頑張ります。早く仕事奪いに行けるように、恩返しできるように、頑張ります。」
小さく、俺の名前が呼ばれた。
彼女は頬の少し上をかきながら、困ったように笑って言う。
「…別に、私に返さなくていい。」
その言葉は、衝撃だった。
「もしも。私のしたことを恩に思うのなら。私に返すんじゃなくて、自分の後輩に返しなさい。」
そうやって、先輩と後輩は続いていくんだ。
私はいいから。私にしようと思うことを全部、いつか来る自分の後輩にしてあげなさい。
ついつい世話焼き
仕事の一個一個はそこまで遅くないんだけどなぁ。
問題は、段取りの悪さか。
…まぁ、何事も回数こなさなきゃ上手くならないし。失敗して悔しがるようなら、まだまだ伸びるだろうし。
ぽん。頭の上に手を置いてわしゃわしゃとかき回してやる。
面白いぐらいに抗議の声が上がった。うん。元気なのはいいことだ。
さっさと気づきなさい。先輩が笑顔で手伝うってのは、期待があるからなんだ。