『夕方に屋上に上がる階段を数えると、段が増えている。』
『給食室の奥の廊下には落ち武者の霊が出る。』
『資料室で夜になるとごとんごとんと何かが動く音がする。』
なんてことはない。ただの学校の怪談話だ。
その話に信憑性はない。そういうところも、一般的な怪談と同じ。
そもそも、うちの学校は創立してまだ三十年ほど。心霊現象が起きる程古びてはいない。
おまけになんだ。落ち武者って。
ココが古くは合戦場だったとか、処刑場があっただとかも噂がある。
それに合わせて自称『霊感がある』なんて子は、件の廊下で『寒い』だとか『ここにいたくない』だとか言いだす始末。
お粗末にもほどがある。
正規の資料をたどれば、この学校は元は映画の撮影地だそうだ。
市町村が配布している資料にも載っている。由緒正しい事実。
まぁ、映画がらみの怨念ぐらいは出そうだが。落ち武者はないだろう。
はん。鼻でその聞こえてきた会話を笑いつつ、再び体制を整えて寝に入る。
無視をしたいが、話している女子の声は妙に脳内に入り込む。二度寝を試みるのは無理そうだ。
どうやら、この手の話をすることは現在ブームになっているらしい。
このクラスだけでなく、他クラスでも同じ話題を耳にした。
去年はそんな気配欠片も見せなかったくせに。今更どういう風回りだか。
二度寝をあきらめて体を起こす。
仕方がないので話に加わることにした。
視線をずらせば、そこには池がある。
入学した当初から奇妙な形の池だとは思ったが。コンクリート製の人工管理できる池だ。
アート的な意味でもあったんだろうと、我ながらなんとも現実的な答えを予想する。
藻が浮きまくって、偶に金魚が泳ぐだけの。ただの水たまり。
信憑性のない話に興じるクラスメートを眺めながら。息を吐くような気やすさで偶然今、思いついたネタをしゃべった。
「ねー。中庭の池に、夕方に小石を七つ投げ込むとカッパが出るって知ってる?」
「知らない!」
「え?! ほ、ホントかな…!!」
「さぁねー。上級生に聞いただけだから。」
嘘に決まってんじゃんか。
水深三十センチぐらいしかない池でどうやったらカッパなんか出てくる。
言いたくなったけど喉もとで抑え、さらに言葉を進めたらみんな喜んでくれた。正解らしい。
なんとなく、条件がややこしい方がコックリさん染みて信憑性が上がるだろうとか。
時間はそれっぽい時間にしておこう。夜だってのは、確認作業ができないだろうし、だとか。
そんなことにばかり気にしながら会話をした。ああ面倒。
どうやら、自分が作り出した新しい怪談をクラスメイトはお気に召したらしい。
瞬く間に話題の中心に上るその話に、やっちゃったかなぁとバツの悪い気分になりながら、ぼーっと眺めてた。
しばらくすると、その話は他のクラスの人たちも知るような有名な話になった。
さらに時間がたって、学年を超えてその話が受け入れられた。
ああ。おそらく。こうやって学校の噂話というのは出来ていくんだろう。
もったいなくて損をしている。何故かそんな気がした。
さらに時間がたって、今その学校には自分の弟が通っている。
大体落ち着いた弟に、その話が今どうなっているのかと尋ねれば、案の定知っていると返ってきた。
なんだ。まだ生き残ってたのか。
正真正銘自分が生み出した影を。酷く遠い過去を見るようにして眺める。
「…あれ? 気になる?」
「いや。そういう訳じゃないけど。」
久しぶりに見た。自分が生み出した何か。
つい懐かしくなって、心のままあの時通っていた学校に行った。
幾つかの遊具はペンキが塗られ、自分が覚えていた色ではなかったけれど。
大まかな配置、低い天井だとかは変わっていない。
懐かしくてそのままてこてこと歩くと、何の変哲もないコンクリートが見えた。
ああ。変わってない。
小さな池だった。
あの頃も、小さいとは思ったが。案外深いなと思ったはずなのに。
つい面白くなって、近場にあった小石を七つ拾い上げる。
夕方だっけ。都合良く、今は夕方だ。
ニコニコしながら池に石を投げいれようとしたら。その腕をつかむ緑の影。
甲羅に、頭の上にお皿。万人がたった一つの名前を思い浮かべる。その姿。
どうやら、『それ』は、怒っているらしい。
「何してんのさ。人の寝どこに!!」
えっと…。
こういうとき。どうすればいいんだっけ。