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勇気の声をあげて

個人的な話で恐縮ですが、私は楽しみにしていた映画がありました。

最初は福島では上映館が無いと言う話であったので、東京で友人と見ようと翌週にチケットも取っていました。

ところがその公開日は3月の12日。

大震災の丁度翌日でした。
映画は予定通り公開されたようですが私は東京に行くどころか、地元を離れる事さえできなくなってしまいました。
さらに買った映画のチケットは震災の中で行方不明になり、震災から2週間はネットを繋ぐこともできなくて、映画を見に行くことは諦めていました。

震災から一カ月を経て、避難所の手伝いもほぼなくなり、インターネットも落ち着いてできるようになって、私はふと、映画の事を思い出しました。

そして、ファンサイトを見て回るうち、その映画の感想をアップしていらっしゃる方を発見したのです。
見ているだけでも楽しくなるその感想に、嬉しくなってコメント付きで拍手をしたら、なんと1日も明けないうちに逆に励ましのお礼の返事をもらってしまいました。

本当に本当に嬉しかったです。


最近、ニュースで福島県人差別が話題になっていますが、前にも言った通り実はそんなことは今に始まったことではありません。特に原発の爆発があった3月中旬に避難した人達は、避難先でかなり白い目で見られたと言います。

親戚を頼った人はともかく、とにかく離れなければと逃げた人は避難所やホテルで辛い目にあったとか。
それが理由で戻ってきたという方も少なくありません。
何故最近になって話題になるようになったのか。

それは、偏見を受けた人達が勇気をもって声を上げたからです。
匿名の電話で思いを伝えたり、雑誌の取材に応じたり、ツイッターなどで声を上げたり。
結果、その声が人々の元に届くようになり、今まで根深く隠されていた偏見がやっと表に出るようになったのです。

自分で言うのもなんですが、東北の人間は我慢強くて思いを内に貯めてしまう人が多いように思います。

でも思いは言葉に出さないと伝えられない。

声は上げないと聞こえない。
何を言っても聞いてくれない人は確かにいます。
けれど‥‥そんなひとばかりではないのです。
いいえ、きっと声が届けば手を差し伸べてくれる人の方が多い筈です。

あのサイトの方のように。
このブログで励まして下さる方のように。
だから、諦めず勇気をもって声を上げ続けて行きましょう。
私達は一人ではないと、今は、確信できますから。


楽しみにしていた映画はネットで調べなおしてみたら上映館が増え、福島でも一館上映することになっていたらしいです。
もっともずっと営業停止していたのですが、その映画館はなんと今日から営業を再開するのだとか。
少し遠いし仕事もあるので、今はまだちょっと行けませんが、ゴールデンウィーク頃、原発や余震が落ち着いたら必ず見に行くつもりです。

それを楽しみにするだけでも、不安な明日を待つことができますから。
希望は絶対に捨てずに。

辛い事の先には必ず、いい事があると教えて貰いました。

ありがとうございます。

福島の農

先日、福島の土壌検査の結果が出ました。

その結果、避難区域、計画避難区域、避難準備区域以外は放射能の数値が低いので畑、稲の作付を開始してもいいということらしいです。
飯館村は今年、一切の作付をしないことを発表しましたが、他の地区は多分、作付を行うでしょう。
既に稲のモミを水につけてうるかして準備を始めてしまった、芋の準備を始めてしまったという人も多く、GW明けには例年より少し遅い田植えが始まる筈です。

‥‥解っています。多分、作ったところで売れないだろうってことは。
なので、殆どの所が出荷規模を大幅に縮小したうえで、自分の所と、最低限畑、田んぼを荒らさない程度のものになるでしょう。
それでも作らないとならないのは「作らない」と「作って売れない」とでは補償の関係が大きく違うからです。

さらに、他に仕事がないと言うのも言えます。

震災というのは地震、そのものの被害より二次被害の方が大きいとさえ言われています。

地震で、生活、家、職を失う人。
完全に失った人は補償も、「まだ」「少し」はありますが、工場閉鎖で自宅待機中、とか家の破損はとんでもなく大きいがなんとか形は保ってるとかの方は補償が出ません。

私は欲しいと言うつもりはありませんが、今回の義援金も例えば原発から直線距離32km、自宅の瓦屋根が落ちて、雨漏り多、石垣も崩れた家、などには出ないのです。

家のローンがまだ25年残っているのに住めないまま避難したとか、波に新車が浚われて車のローンだけ残ったなんて話は山のようにあります。
加えて今回は原発が巻き起こした被害が半端じゃありません。
ちゃんとした被害がないと国は助けてくれないのです。
加えて農業で生活を立ててきた人には高齢者が多く、他に仕事はありません。
「まあ、最悪自分らで喰うさ〜」
と笑った人達の目にはやはり、覚悟があります。

地面の「放射能数値」は低くてもできたものから、ヨウ素やセシウム、ストロンチウムが検出されるなんてことは多分あり得るでしょう。

今後、大きな爆発が起こらない限り数値は減少していくとしても、個々の物質には注意が必要で当分避けて貰うのが無難だと個人では思います。

原発の安定化作業は本当に一進一退。
少しでも先に進んだと言う話は聞こえてきません。

長引く不安の中、少しでもそれを忘れる為にも福島の農は今年のスタートを迎えます。

地震、雷、火事…原発

昨日は緊急地震速報が5回なりました。
いずれも震度3〜4の地震。
身体に感じる有感地震は昨日だけで20回を数えます。
別に珍しいことでもなんでもありません。
3月11日からここ40日で地震の数は150回とも言われているのですから1日30回は起きている計算になります。
正直、慣れてはいけないことなのですが、慣れました。
本当に大きな震度5くらいでも、周囲の様子を立ち止まって見るに留め外に駆け出したりしません。
幸い、物が落ちるほどの大きな地震は本震以降、今の所、あまり起きてはいないようです。

でも、これからも当分余震が収まる事は無く後、1年以上は続くと言う話。
あの、緊急地震速報のキュワンキュワンという音は、正直心臓に悪いのですが、あまり気にならなくなりました。

これは、いいことではありません。

絶対に、怖い、拙いことです。
何度も余震が続くうちに、本震にはなんとか耐えた家もいずれ衝撃に耐えられなくなってしまうことだってあります。
その時、大したことが無いと思って逃げないことが大惨事に繋がってしまうことだってあるとは解っています。

でも、毎日1時間に1回はある地震にいちいち怯えていては何もできないのも事実。
このジレンマはどうしたらいいのでしょうか。

私達が余震のたびに怯えるのは、家の事より何より原発は大丈夫だったか、ということ。

地震、雷、火事おやじ。

けれど何より私達は今、原発が一番怖いです。
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