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神域第三大戦 カオス・ジェネシス98

「1つ疑問なんだけど、三度目襲撃をかけたときは恐らくお前さんの時間制限で撤退したんだよな?その時バロールは追ってこなかったのか?」
凪子はペンをくるくると回しながらそう尋ねる。さらに嫌なことでも思い出したのか、さらに不愉快そうな顔をルーを浮かべていた。
「追っては来なかった。お互い、深手は負わせてやっていたからな」
「お互いかーい、まぁ成程。それで、それ以降は?」
「四度目の戦いがそれから1週間後…ちょうど1週間前だな。その時には深遠のはあの様になっていたぞ」
「つまり三度目の時に見かけたっていう戦いで敗北して、眷属にされたのか。一週間ペースくらいで衝突しているから、相手の転送周期がそうだと?」
「いや?転移の魔術の行使を数回見ていれば、再発動までの時など分かるだろう」
「………ソダネ」
凪子はさらりとそう述べたルーに、なんとも言えぬ、といった表情を浮かべつつも軽く受け流した。連発できない魔術を再発動できるようになるまでどれくらいの時間を要するのか、など、本来そのように見てわかるほど単純なものではない。ではないのだが、ルーは分かってしまうらしい。そんなことをこの万能に言っても仕方ない、と凪子は胸の内で呟きつつ、書いたメモを見下ろした。
これまでルーはバロールと四度戦い、その戦いは時間制限による引き分けあるいは痛み分け、という形で決着がつかずにここまできた、ということのようだ。凪子はカラン、と音をたててペンを放り投げると、ざばり、と水をかけわけルーに向き直った。
「今お前が話したことを考えると、次もまた本拠地に襲撃をかける、という方向性で考えている…と、とっていいのかな?」
「……………そうだな」
「どこかトラップを張った場所に誘き出す、というのは?」
「前回、奴は貴重な転移をわざわざタラニスを潰すために使ったのだ。深遠のを使っているのか他に何か使っているのか――方法は何にせよ、奴もなんらかの情報網を所持しているのは確実だ。私とタラニスがこの場にいることも知れているだろう。…その場合、なにか待ち伏せを設置しても勘づかれる可能性が高い」
「…まぁ、向こうも急がなければならない……っていう感じでもなさそうだしな。待ち伏せしているなら行かなければいい、となるか。死の呪いも仕込んでいたわけだしなぁ」
「……………襲撃か……」
淡々と進む凪子とルーの会話に、ポツリ、とクー・フーリンは呟いた。
実力の拮抗する敵の、それも本拠地での襲撃など、奇襲であったとしても容易くとれる手段ではない。ある意味では、追い詰められた末の最後の手段とすら言えよう。
その呟きが聞こえたのか、ルーがクー・フーリンをちらと見、フン、と鼻を鳴らした。
「遠距離攻撃が効かず、恐らく待ち伏せも功をなさない。そして奴の本拠地には復活の要とおぼしき物がある。であるなら、それが手っ取り早いだろう」
「あ、いや、反対だって訳じゃねぇ、よ。…………」
しゅん、とクー・フーリンはルーが並べた言葉に居心地悪そうに萎縮したが、それでも何か言いたげに目を伏せていた。
その様子を見ていた凪子は、にやにやとした笑みを浮かべてつつ、ひょい、とルーの視線に割り込む。
「手っ取り早く、か。急かされてるのはどちらかというとお前の方か?」
「…私が焦っている、といいたいのか?」
「そうではないにしても、長期戦に持ち込むつもりはないんだろう?」
「…………奴の存在が安定し、移動制限がなくなったとしたら、不利になるのは私だからな」
「!」
「……なんだその顔は。相手が何者であったとして、己の実力を過大も過小も評価しないというだけだ、当然だろう」
明確に己の方が不利だ、と口にしたルーを驚いたようにクー・フーリンは見たが、そんな表情を凪子越しに見たルーは淡々と一蹴するのみだった。
ちゃぷん、と、ルーの動きに合わせて水が跳ねる。
「……それに。私の推測が当たっているのであれば、そう放置していい存在ではないだろう。早くに決着をつけるに限る。この時代の貴様が敗北して2週間、それでわざわざ異なる世界の貴様をつれてくるくらいなのだからな」
「…あぁそうだ、聞こうと思ってたんだ。なんでカルデアに私のことを言わなかったんだ?事態に対してこの特異点の驚異レベルが低いというのも説明がついたかもしれんだろうに」
『えっ?』
「…………」
「なんでそこで驚くんだよぉ」
凪子はルーの言葉に思い出したようにそう尋ねた。昨日の最初のカルデアとの対話のときに、ルーが抑止力にも似た星の意思が介入しているらしいことを、話さなかったことについてだ。
凪子は何気なく、己の疑問心にしたがってそう問うたのだが、ロマニはともかく、ルーまでも驚いた表情を浮かべるので思わず突っ込むように言葉を挟んでしまった。ルーはしばしぱちぱちと瞬きを繰り返したあと、掌を額にあて、今までになく深く長いため息をついたのだった。
「……これでも気を使ったつもりなのだがな」
「ほぇ??」
「忘れているようだが、私はブリューナクを通して貴様の生き様を見ている。……魔術協会、なる魔術師の組織との長きにわたる争いもな」
『………!』
ルーの言葉にロマニがはっとしたように息を飲んだ。対して凪子は、あぁ、と、そんなこともあったねとでも言いたげな軽さで相槌を返す。
凪子は過去、魔術協会にその存在を補足されたことで、封印指定をくらい、追い回されたことがあったのだ。数世紀にわたり続いた争いは、いい加減堪忍袋の緒が切れた凪子が追跡者を全滅させたことで一度終息し、今は都市伝説的に賞金首となっているような状況にある。
「…あぁまぁ……えっ?それが何?」
「…昨日も言ったが、貴様は本当に鈍いな。カルデアとやらは、その組織や活動を聞く限り、魔術師に近い組織であろう。つまり、その魔術協会とやらに通じているものもいるだろうさ。己らと異なる存在を標本として採集しよう、などと、悪趣味な神のような愚かしさを持つ組織のようだからな。余計なことを知られない方がいいだろうと思ったが、どうやら余計な世話だったようだな」
「あっ、そういう!?あー……なるほどね…?というかそんなこと考えてくれたのか、お前優しいな!?」
「愚弄しているのか、貴様」
説明を聞いてようやく理解した凪子に、ルーはあきれたようにため息を重ねた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス97

藤丸たちが再びリンドウの家に戻り、またダグザとの打ち合わせを終えた面々が戻ってくる頃には、空は日の出を迎え、明るくなり始めていた。
「………そういえば戻ってきた頃もう夜だった…」
明け空を見て思い出したようにそう呟いた藤丸は思わずマシュと顔を見合わせ、ぷっ、と小さく笑いあった。タラニスとの戦闘以後、張りつめていた気がようやく抜けたといったところだろう。
サーヴァント陣もさすがに無茶をしたという自覚があるのか、苦笑いを浮かべて互いを見あっている。クー・フーリンが笑い合う二人に近づき、ぽんぽんとその頭を叩いた。
「見張りは交代で俺たちがやるから、マスターたちは少し寝とけ。すぐにって訳じゃあないにせよ、休むべきだ。そういや、凪子の野郎はどこに行った?」
「あぁ、あれならドルイドの霊薬で回復したと思いきや、なんだか一時的なものだったようでね。だから我がマスターの神々と仲良く湯治の最中さ!」
「あー…まぁ人間の握力で腕千切れるくらいの損傷はそう簡単に治りはしねぇわな」
「えっ!?」
「おっと、口が滑った。安心しろちゃんとくっついてたろ」
「寝るなら家の中にどうぞ。私も少し休ませてもらいたのいだけれど」
「おお、休め休め、お前さんに無茶させたら凪子に殺されそうだ」



―――こうして、それぞれがそれぞれの立場と役割において準備を重ね、整えていった。
ルーとダグザによれば、理由は不明だがバロールは拠点から早々動くことができず、転移することで移動をなすが、一度それを実行すると再び転移できるようになるまでに7日ほど時間がかかるらしい。つまり、バロールはタラニスを襲撃したが故に、向こう6日は確実に拠点にいる、ということになる。

「ん?それはわざわざ自分とこに帰ってるのか、バロールは?毎回?」
ルーと同盟のようなものを締結した、その翌朝。
どのようにバロールを襲撃するのか。泉にとんぼ返りする羽目になり、ついでにその相談をしていた凪子はルーの説明に首をかしげた。カルデア側の代表として来ていたクー・フーリンと通信機越しのロマニも、同様に顔に疑問を浮かべていた。
凪子同様に泉につかっているルーは、小さく頷いた。タラニスは相変わらず参加する気はないようで、少し離れたところで眠っているのか、微動だに動く気配を見せていない。
「帰っているな。強制帰還のようにも見えた。恐らくだが奴は甦ってから精々月の満ち欠けが一周と少しした程度、まだ存在が不安定なのだろうよ」
「つまりそれを安定に保つための何かがある?」
「あぁ。あの辺りでは見かけない、白い樹があった。奴に豊穣の権能なんぞが付随されたことを見ても、その樹が要だろう」
「…ふむ。それを破壊すれば弱体化も叶う?」
「それはやってみないことには分からんな」
ルーはそう言って肩を竦めた。凪子はクー・フーリンと思わず顔を見合わせたが、話を続けろと言わんばかりに促されてルーに改めて向き直る。
「しかし、それを知ってるとなると、お前さん襲撃かけてたのか?敵の本拠地で??」
「私がかつてどのように奴を殺したか、貴様は知っているか?」
「遠距離から槍だか石だかを投擲して目を貫いた、んじゃなかった?戦争の場合は」
「…戦争の場合以外あるのが謎だが……まぁ、その通りだ。最初に衝突したのから14日後、奴の本拠地を見つけ、二度目の衝突の際には転移される前に同じことをしたのだがな」
『投擲対策はされていた?』
バロールの魔眼は視界のものを殺す。つまりそれは、近づけば近づくほど不利だということだ。かつて投擲を持って倒した相手と、何故わざわざ近距離戦闘になる上に、敵の本拠地などという相手に都合のよいところで戦うようなことになったのか。
遠回しにそう問うた凪子に、暗に投擲が通じなかったのだとルーは仄めかした。ロマニが確認をとるように尋ねた言葉にルーはちらりとそちらに視線をやったあと、頷いて肯定を返した。
「そうだ。そして向こうから仕掛けてくる場合、転移で近くに跳ばれるからな。奴の目的が現状私と闘うことだけにあるようだとはいえ、その為だけに生き返るほど生き汚い神ではない。何か他に、目的を持っているはずだ。であるなら、奴にはなるべく本拠地に籠ってもらっていた方がいいだろう?」
「……確かに。そんだけ移動に制限があるなら、お前さんと戦うためだけに出てくる、ってのはコスパが悪い、何か他のことをしている可能性はあるか」
「故に、三度目の時はいっそのことこちらから出向いたのだ。深遠のが戦っているのを見かけたのはその時だ。私が侵入を終えた頃にはいなくなっていたがな」
ルーの話を聞きながら、ひいふうみ、と指折り日数を数えていた凪子は、ふ、とその指を止めて考え込む様子を見せた。
「…三度目。復活してから3週間程度。リンドウの話から計算すると、この時代の私がリンドウの前から姿を消したのは3週間前…」
「時期は一致するな」
「そうさな…それで、三度目でも決着はつかず?」
ざばり、と泉から腕をだし、鞄から引っ張り出したボードにカリカリとメモを残し始めながら、凪子は衝突の時の様子を尋ねた。
ルーはどこかぶすっ、とした表情で不愉快そうにうなずく。何度も衝突しているのに勝負がついていない、ということに思うところがあるようだ。
「あぁ。奴には転移の時間制限があるが、こちらも奴の目が効果を発揮するほどまでに開くまでという時間制限がある」
「……ここに時計があるんですけど、分でいうとどれくらい??」
「………………………そうだな……何も妨害しない場合、15分といったところか」
秒針の動きをおってある程度の時間間隔を測ったのち、ルーはそう概算を出した。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス96

「帰ってこないなーと思えば、なァにやってんの、お三方」
「!ヘクトール、」
ずぅん、と思い空気が三人の間に垂れ込めたところへ、あまりに場違いな、間延びした明るい声が飛んできた。素材収集から戻ってこないことを案じたヘクトールが様子を見に来たらしい。
巻きタバコをくわえ、木の影から顔を覗かせたヘクトールはそれまでの話を聞いていたのか、項垂れるリンドウと震えるマシュを見て、はぁ、と小さくため息をついた。
「やれやれ、難しく考えちゃってまぁ。マシュはともかく、アンタまでそんなんじゃあ困るよォ」
「へ、ヘクトール!」
「…ごもっともです」
ヘクトールの遠慮のない言葉に藤丸は一人仰天したが、リンドウは図星だ、とでも言いたげに笑い、顔をあげた。思い悩みはすれど、悩んだところでどうしようもなく、また変えられない。それを分かってはいるのだと、彼の笑顔は語っていた。
ヘクトールも本気でリンドウが思い悩んでいるとは思っていなかったのか、その表情ににやっ、とした笑みを浮かべてみせる。
「ま、オジサンみたいにカミサマの気紛れに巻き込まれたりもしちゃった身としちゃ、ずいぶん無害な存在だと思うけどね、アレは。それにもう随分と割りきってるように思うぜ?置いていかれる云々ってことについては」
「!」
「凪子に言ってみろ、“そんな悩みは数百年前に悩みきってもう飽きた”とでも言うだろうぜ。…不死の存在、俺たちとは異なる存在。そういうのはな、俺たちが勝手に悩んで解決してんのと同じように、勝手に悩んで、解決してんのさ」
「………それは……私たちが凪子さんのことで思い悩むことは筋違いである…ということでしょうか」
ぐ、と目元をぬぐったマシュが、おずおずとヘクトールにそう尋ねた。ヘクトールは笑みを崩さないまま、肩を竦めてみせる。
「ざっくり言ってしまえばな。無駄とも言えるし、場合によっちゃ迷惑でもあろうよ。大体、俺たちだって自分の悩んでることについて他人に分かった顔されたら、ムカつくこともあるだろ??他者の悩みに、頼まれもしないのに悩んだってしょーがないのさ」
「………………それは、そうかもしれませんが……」
「立っている前提も異なるものの悩みなんて、俺たちには悩んだところで同じ地平にすら立てんもんさ。…神々の都合に関与できないことと似たようなもんだ。同じ地平にもおらず、なにかを共有できるような近しい存在でもない。…どのような意図であれ、そんなものに一方的に助力や手助けを申し出されても、鬱陶しいし迷惑なだけだぜ」
「………ッ」

――神話において、トロイア戦争は増えすぎた英雄の種族の人間たちを間引き、大地女神の重荷を軽減する目的でゼウス自身によって計画されたといわれる。
トロイア戦争は史実でもあったとされる戦争だ。神話の解釈だけで語ることは語弊を生むのだろうが、ヘクトールの言い回しからして、全く神というような外的要因が作用しなかった、ということはなかったようだ。実際はどこまで影響を与えうる存在だったのか、それを論議はしまいが、少なくともヘクトールはそうした一方的な介入で良い思いをした、ということはないのだろう。逆はあれども。

ふー、と、ヘクトールは紫煙を吐き出す。
「それに比べて凪子は無害なもんだ。あれだけ人間に見目が似ていて、2000年も生きていたのなら、迫害めいた目に遭っていてるだろうに。随分と人間に好意的じゃあねぇか、気味悪さすら感じる」
「ヘ、ヘクトールさん!」
「…………そうだな。確かにあの子は、私の知っているあの子とあまりに遜色ない。勿論随分優秀になったけれど、なんというか、本質の部分はあまり変わっていない気がする」
タバコを口から離したヘクトールは、掌に押し付けて炎を消した。
「まぁあいつがその辺器用だったのか、定住を避けたら平気だったのか……その辺の事情は知らねぇが、まぁ何を言いたいかというとだな。あんなものが人間に好意的なだけ、ツイてると考えるべきだってことだ。それはあの神々にも言えることだけどな、いやぁ正直俺は気味が悪いし、今すぐにでも逃げ出したいくらいだよ、こんな状況」
「………ヘクトール」
「…マシュの気持ちは分からんでもないがな。アイツにとっちゃ、生きていることは呪いであったとしても幸いではないのだろうさ。迷惑をかけてきた、と思ってんだろ?なら、ここはオジサンに免じてその気持ちに蓋をして、ちっと見逃してやってはくれんかね」
マシュの視線に合わせるようにヘクトールが屈み、その顔を覗きこんでにかり、と笑って見せた。

彼は、自分がこれ以上神々や凪子と何か揉め事を起こす可能性があるのは怖いから、マシュに案じる気持ちを封じてくれ、と言ってきたのだ。その前者が、マシュが受け入れやすいようにという思いからの方便であることは目に見えていた。ただそれは単にさっさとこの事態を収束させたい、というよりかは、その気持ちを塞ぐことが困難であろうマシュへの配慮から来ているように感じられた。

「………すみません、ご迷惑をお掛けして。…善処します」
マシュはそう言ってヘクトールに頭を下げた。ヘクトールは困ったように笑いながら、ぽんぽんとその頭を叩く。
「なぁに、理解不能なものと交流しなけりゃならないのは難しいもんだ。それを考えるな、という方が厄介だ、面倒なことを頼んでいる自覚はあるさ。お前さんは……言うまでもないよな」
「無論。それに…そうでもしない限り、この時代のあの子を助け出すことは難しいだろうからね。無謀に魔神に挑んだ勉強代と思ってもらうさ」
「ははっ、違いない。で、素材の方は集まったかい?」
「あ、うん」
「じゃ、戻るとしようや。キャスター側もそう長くはかからんだろうしな」
ヘクトールは話の決着を認めると、そう言ってひらひらと手を振った。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス95

「……………………………」
「…マシュ?」
一方の藤丸たちは、ダ・ヴィンチの指示のもとトラップ作成に勤しむヘクトールを手伝いをしていた。
深遠のの要石が持つ防御呪がどこまで適用されるのかが未知数であるため、藤丸とマシュがトラップを作ることはできない。だが素材を取りに行く手伝いくらいはノーカンだろう、という憶測のもと、リンドウと共に素材を取りに森に繰り出していたのだ。
藤丸は指示されたものを集めながら、ふ、と浮かない表情のマシュに気が付き声をかけた。マシュは藤丸の言葉に驚いたように顔をあげ、あわあわと取り繕うに手を振ったが、隠し立てをしても無駄と思ったか、すぐに手を下ろした。
「どうした?マシュ」
「…いえ、その………」
「…凪子の提案に抵抗があるのかな」
「!」
心配そうに尋ねる藤丸の問いに言い淀んだマシュだったが、ぽつりと呟かれたリンドウの言葉にハッ、としたようにリンドウを見た。藤丸もあぁ、と合点が言ったように、僅かに困ったような表情を浮かべながら何度か頷いた。
「……………その、凪子さんが我々とは違う……人間ではないのだとは、分かっているつもりではいるのです。でも………」
「…行為としては殺害に値するから抵抗がある?なら、無理に来なくても良いのだよ。君達が最優先することは生き残ること、なんだろう?」
遠回しに、殺すような行為を見たくないのなら来なければいい、というリンドウに、藤丸は首を横に振る。
「……誰かにやってもらうからいいって、話じゃ、ないと思うんです」
「……それは過ぎた感傷だよ。君達のそれは、あの子の“外見が人間に似ているから思っているだけ”のことだ」
「…え?」
木に巻き付いた蔓を回収しながら、どこかトゲのある声色でリンドウの放った言葉に二人は思わずリンドウを見た。言い方がキツくなった自覚はあったのか、リンドウは気まずげに視線をさ迷わせたのち、じっ、と二人へと視線を向けた。
「今までの話から推測するに、君達の今までの敵は魔神柱なるものに召喚されたサーヴァント、であったのだろう?君達はそのサーヴァント達を、殺してきたんじゃないのかい」
「ッ!!」
「死者の再現体であり、おおよそ生命体とは言い難いサーヴァントは殺せて、心臓を抉り出した程度で死ねない者の心臓を抉ることには抵抗がある。それは何だか奇妙なことだとは思わないかい?」
「……それ…は……………」
リンドウの言葉に、責める色はない。ただ純粋に疑問なのだ、とその穏やかな顔は語っている。
リンドウは、ふい、と視線をそらすと蔦の回収を再開した。
「“見てくれが人間に似ている”というのは両者共通するところだろう。倒さねばならない敵であることも共通する。君達が直接手を下せるような相手でもない。生者か死者かの違いでその抵抗に違いがあるというのなら、サーヴァントはおおよそかつて人間であったのとは違い、あの子は完全に異なる生命体だよ。あの子は…私たち人間が案ずるようなことが通るような存在じゃない」
「…ッ、リンドウさんは、何も思わなかったのですか!?あんな…っ死ぬために…あらゆることを試したなどと言われて……っ!」
静かに言葉を重ねるリンドウに耐えきれないものがあったのか、堤防が決壊したようにマシュが叫んだ。その顔は悲痛に歪み、ただただ凪子が積極的に死ぬことを渇望したことか苦しいとでもいうように震えていた。
リンドウはマシュの叫びに、ゆっくりと顔をあげた。視線は虚空をとらえている。
「……君や私にとって、生きていることがどうしようもなく尊くて、価値があるように。あの子にとっては、一時期死がそうだったのというだけのことだよ」
「!」
「我々に、永久の命を持つものの絶望を、はかりしることはできない。………あの子は…私を死なせないために死神を殺しに行く、なんてことをした。あぁ私の死は、あの子にそこまでのことをさせてしまうほどなのかと、どこか嬉しくも思いながら私は震えたよ。神殺し、なんて…………」
「り、リンドウさん……」
リンドウの声が僅かに震えを帯びる。リンドウはその場にしゃがみこみ、掌で顔をおおった。
「同時に気付いた。あの子は永遠に失う痛みだけ背負っていく。誰もあの子より後に死んではくれない。出会う全てのものが、あの子を置いていくんだ。神を殺しても無駄だった、防げなかった、あの子はどうあがいても他者から死を奪うことができない、あの子は!永遠に…置いていかれる痛みから…孤独の絶望からは逃れられない…!そのあの子が、同じように死にたいと、絶望から逃れたいと願うことをどうして責められようか…!」
「………っ」
掌から漏れ聞こえる声はひどく悲痛を帯びていた。カタカタと僅かに震えながら、そっ、とリンドウは掌を顔から放す。
「…だから私はあの子を責められない。…その程度で死ぬことも気が狂うこともできないというのなら。あの子が構わないというのなら、私はもう止めないことにしたんだ。…我々は所詮有限の命なんだ。必要以上に…あの子に失う痛みを背負わせたくない」
「……………ご、ごめんなさい…」
「、マシュ、」
震えた声色で謝罪の言葉を漏らしたマシュに、はっ、と藤丸はマシュを振り返った。マシュの顔色はひどく青ざめていた。
リンドウはそんなマシュに、困ったように笑った。
「…君が悪いのではないよ。ただ、あの子が悪いのでもない。………どうしようもなく異なる…遠い存在なんだよ、私たちと、あの子は。ただ、どうか…彼女が死を尊んだことを、有限の命を失わせないために己を蔑ろにすることをよしとすることを…理解してくれとは言わないが、否定しないでやってほしい。まぁ、そんなことを言って、私にも彼女が己を蔑ろにすることを耐えることはできないのだから、己にできないことを君に頼むのは、最低だし、酷な話なのだろうけれど」
「リンドウさん……。マシュ…………」
項垂れる二人を前に、藤丸はおろおろとしながらも、だが確かにマシュをそっと抱き締めた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス94

「防壁ですか、ならば!」
「!」
攻撃は阻まれた子ギルであったが、直ぐ様次の手を打ってきた。地面に新たに出した鎖を潜らせ、防壁を下から突破したのだ。
ダグザは即座に後方に下がることで鎖の手からは逃れた。直後、狙い撃つように放たれたクー・フーリンの炎からも移動することで逃れていく。
「…………む、これは…」
急遽激しくなった攻撃を器用に避けながら、ふ、とダグザが思い立ったように小さく呟いた。足を止めようとする仕草を見せたが、両者の攻撃がそう簡単には許さない。
「むっ!?」
そうしてある地点までダグザが下がったとき、メキメキと音をたてて、ずぼっ、とその足が沈み込んだ。
足が落ちる程度の小さな落とし穴だ。クー・フーリンが、生み出した木々で作り上げていたようだ。ロマニが逆だ、と言ったのは、“木を生やせて捕らえる”のではなく、“落とし穴に沈めて捕らえる”という意味であったらしい。
「スリサズ、イサ!」
落とし穴に落ちたのを確認した直後、クー・フーリンはさらにルーンを放った。遅延、トゲを意味するルーンと、停滞、氷を意味するルーンで、ダグザの足に噛み付いた木が凍結して固まった。
ダグザの動きを止めることに成功し、直後に子ギルの鎖がダグザの上体を縛り上げた。
「…お?おお!確かにこの鎖は…ほっほ、大したものだな」
足止めしつつ、生き残る。その当初の勝利条件はクリアした状態になるわけだが、ダグザの様子を見るに、まだ終わっていないようだ。
「――――ヌゥン!!」
「ッ!!?」
すぅ、と深く息を吸い込んだダグザが、捕らえられたのと逆の足を振り上げ、勢いよく叩き下ろした。その衝撃に地面に亀裂が走り、勢いよく地面が弾けとんだ。
―なんとダグザは、足踏みをしただけでナパームが着弾したかのような衝撃を地面に起こしたのだ。その攻撃によりダグザの足を捕らえていた落とし穴に意味をなさなくなり、足元の拘束からダグザは容易く逃れてしまった。
ダグザは上体を縛り上げられたまま、背中を通して両脇で棍棒を抱え、四人に向き直った。
「ふむ、中々よいではないか。しかし、先の誘導を奴にするにはちと火力が足らんな」
『…………ッ』
落とし穴へ誘導していたことには流石に気付かれていたようだ。表情を引き締めたロマニに、ダグザはカラカラと笑う。
「まぁそれはルーの輩がどうとでもするじゃろうて。しかし、器用にルーンを使いこなすものじゃのう、セタンタよ」
「……恐れ入ります」
『……しかし今の表情を拝見する限り、力不足でしょうか』
ロマニの言葉にダグザはきょとんとした顔を見せる。だがすぐにあぁ、と思い至ったように肩を竦めて見せた。
「いやまぁ、単体で当たるという意味ではあまりに弱いがな、深遠のの言っていたように、お主たちの強みは連携なのであろう?そうであれば、そうさな、及第点であろうよ」
『そうですか…』
「まぁ、タラニスめのいう、面白くはあるが落とし穴がある、というのも分からんでもないが、なっ!」
「っ!?」
ダグザは何気なく己を縛り上げる鎖を手に取ると、そう言い終えるなり、勢いよくそれを射出項から引っ張った。射出項の中、つまりギルガメッシュの蔵の中でそれは固定されていたわけでは無かったのか、ダグザの引きに勢いよく鎖が蔵から引きずり出され、縛り上げていた部分がそれにより大きくたわんだ。

確かにギルガメッシュの鎖は神性の高いものであればあるほど、捕らえて離さないのだろう。だがそれは恐らく、標的のする抵抗に対してのみ、であるのだ。鎖自身がが隙間を作ったのであれば――標的から離れしまえば、捕らえることは勿論不可能になる。

ダグザは拘束の締め付けから、鎖が引き寄せる力によって自身を拘束しているらしいことに気が付いたのだろう。引き寄せ続けているということは、固定しているということではない可能性が高い。
「ふむ、やはりそうであったか」
たわんだ隙に俊敏に跳躍して抜け出たダグザは、驚いたようにその光景を見ていた子ギルににやりと笑って見せる。そうして、とんとん、と己の頭を指で叩いた。
「もうちっと気を回さねばな、小僧よ。次から捕らえたならばきっちり固定しておくがよい」
「…っ、これは驚きました。あの体勢から天の鎖を引きずり出すことができるほどの力を出せるとは」
「まぁのう、儂、これでも万能神ぞ?そう易々とトゥアハ・デ・ダナーンの最高神を名乗りはせんわい」
はっはっは、とダグザは得意気に笑って見せる。朗らかで、穏やかな性質ではあるが、王も勤め、最高と謡われるだけのことはある、ということなのだろう。
「随分と楽しそうだなァ」
「!凪子」
がさりと音をたてて、ふと、凪子が姿を現した。一人で来たのか、他の面子の姿は見えない。
「おう、そっちは終わったのか?」
「おぉ、一応方針は決まったから、その報告とこっちの調子はどうだろうと暇な私が駆り出されたってぇ訳よ。まぁ、隣のドクターロマンが見えてるはずのダ・ヴィンチの様子見てりゃ、そう酷い状態じゃないだろうなとは分かってたが。どうだいダグザ、邪魔にはならないだろう?」
「ふむ、サーヴァントというのは初めてみるが、まぁ確かに中々やるものよな。及第点というところよ」
自身が来た理由を簡潔に説明しながら凪子はそう問うた。ダグザの返答に、満足げに何度か頷く。
「そちらさんは即死対策が肝要だろうが、それは?」
「一応私の魔術で長老のを防ぐことはできたから、どうにかはなりそうだよ」
「あぁ棍棒のアレかぁ。懐かしいな、ルーに捕まる前に何度か殴られたわ」
「何じゃ、やはり貴様には効かんのだのう、口惜しいわ」
『………何だか彼女とダグザ神を見ていると、色々な価値観が揺らぎそうになるよ……』
「あー。頑張れロマニくん☆」
『腹立つなお前』
即死対策はどうかという話の延長で、ダグザの棍棒の即死が効かなかったという、どこか物騒な話を豪快に笑いながら交わす凪子とダグザのやり取りに、その他の面々はどうにも置いていかされるばかりであった。