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神域第三大戦 カオス・ジェネシス111

「activation!」
「!?」
深遠のが踏み込んだ瞬間、鋭くヘクトールの声が響いた。直後、深遠のの足元が光り、バチン、と鈍い音が響き渡る。
「ぐっ…!?」
設置したトラップのひとつが、トラバサミのように深遠のの足を挟み込んでいた。肉に食い込むそれは酷く痛々しいが、痛覚を遮断でもしているのか、それは忌々しげに眉間を寄せただけだった。
一瞬とはいえ止まった隙を凪子は見逃さない。槍に魔力を急速に籠めると、足に力を込め、バネに弾き出されたかのように勢いよく跳躍し、一息に距離を詰める。凪子は急速に迫った己に相手が反応するよりも早く、その右手を斬り飛ばした。
「………!!」
「まずは1つ。お前が乗っ取ってくれたお陰だ、ありがとよ!!」
凪子は弾き飛ばされくるくると宙を舞った右手を空中でキャッチすると、にやっ、と笑ってそう皮肉を贈った。そして直後、パリン、と硝子の割れるような音が凪子の身体から響いた。
「凪子さん!」
「大丈夫、防壁が呪いを防げた!けど、3枚くらい持ってかれたな、こりゃ後半は喰らいながらになるわ!!」
「大丈夫なんですか!?」
「まぁいけるっしょ!!」
焦ったような藤丸の声に心配をかけぬよう、だが端的に事実を伝えながら凪子は着地した。手首から先を斬り飛ばされた深遠のは不愉快そうに顔を歪めたが、すぐにその切り口から右手が再生した。再生された右手に、要石はない。そして同時に、凪子が掴んでいた右手には要石を軸としてヒビが入り、ぼろり、と脆く崩れ落ちていった。
「…成る程、これで対処もオッケーと。確かに私の身体って脳を基軸にそうやって再生するよな、そこはちゃんと同じかぁ」
「なんで知ってるんですかとか突っ込みませんからね!!」
「あっはっは!」
「………おのれ忌々しい。被造物の分際で…!」
不快さを隠さない相手の言葉に、凪子ははんっ、と嘲笑うように笑って見せる。陳腐な台詞だとでも言いたげな表情だ。
凪子はくるり、と槍を回して持ち直す。
「どのような被造物もいずれは創造主の支配から逃れていくものだ。異なる生命を産み出す、というのはそういうことだよ。お前子育てしたことないのか、まぁなぁさそうだよね」
「これは異なことを言う。異なる生命?そうであるとして、被造物と創造主の命が等しいものであるはずがないだろう。下等生命が反逆するなど…馬鹿馬鹿しくて話にならないな。あまりに愚かな話だ」
「ふぅん?」
凪子は相手の言葉に意外そうにそう声をあげた。じろじろと相手を見据えたのち、ふむ、と困ったように顎をかいた。
「うーんチンピラ神が言う台詞第六位、凪子さん調べ。まぁどうにもお前さんは異質な感じがするから私が言うことでもないんだろうけど……煽りでそういうこと言うのはともかく、本気で見下していると、それが油断になって下剋上されるで??」
「ははっ、そんな無様な不覚をとると??随分と馬鹿にしてくれる」
「いやぁ、馬鹿にしているとかでなくただの経験則なんだけど…ま、いいか」
凪子は相手がまるで自分の話を聞いていないらしいことを確認すると、早々に会話を切り上げ槍を構え直した。相手は右手を斬り飛ばされてなお、凪子を驚異とは感じていないようだ。要石が壊されたことを大したことではない、と捉えているのだろう。
「(…ルーとの話を統合するに、この時代の私は星のバックアップを受けている。なら、要石を取り除いてしまえば、支配くらいはね除けられそうだ。この時分、特に私は神が嫌いだからな……)」
「どうした?怖じ気づいたか?何、無理もない。ではひとつ、面白いものを見せてやろう」
「あ?」
考え事をしていただけなのだが、筋違いなことを言ってくる相手に思わず無遠慮な声が出る。相手はにやりとした笑みを浮かべながら、すっ、と両手を差し出した。
「――フングルイ ムグルナフ クトゥグア フォウマルハ、がぁっ!?」
相手がなにか詠唱を唱え始めた。その直後、反射的に地面を蹴った凪子が遠慮なしに深遠のの顔を蹴り飛ばした。
相手がなんであろうと身体は身体、深遠のの肉体は凪子の蹴りにきりもみ回転しながら数メートル吹き飛んだ。
「…っ、き、さま!」
べしゃり、と地面に落ちた身体はごろごろと何度か回転してから起き上がった。相手はそれなりに不快を露にしていたが、飛び蹴りから着地し、体制を整えた凪子の顔もそれに負けず劣らずの不快を表していた。
「はー!!出たよ、出ーたー!!最近流行りの似非神話!なんだお前、その系列か!」
「なんだと…!?似非とはどういうことだ!」
「そのまんまだわ!神話ってのは、人間が合理的に説明できない現象に人格を当て嵌めて説明しようとした、謂わば現実逃避の産物だ。それが本当に存在するかどうかはまた別にしてだけど。だけどお前のそれはフィクション出身だろ、100年ぽっちで神話を語るとか凪子さん的には大分片腹痛いわ」
「…?成る程、貴様はフィクションだと思っているのか、あれを!それならばこれまでの愚かさにも説明がつこうものだ。しかし、それを目の前にしてなお認めぬと言うのは、度しがたいにも程があるぞ」
「お前がフィクションから形をとったのか、観測されてフィクション化されたのか、はどうでもいいし興味もない。ただ、お前らは神というには新参すぎるし理由付けもない、それが神を語るのは神の連中に失礼ってもんだ。大体、実在しようがしまいがなんであろうが、この星にとっちゃお前らなんぞただのエイリアンだ、エイリアン。素直にそう名乗れってんだ」
―どうやら凪子は件の神話をあまり好いてはいないらしい。随分な物言いではあるが、それはかつての神話に詠われた神をその目で見て、知っているが故の感傷なのだろう。
両者は互いに罵倒と煽りを繰り返したのち、双方額に青筋をたてると激しくぶつかり合った。
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神域第三大戦 カオス・ジェネシス110

ルーとバロールが開戦したのと同じ頃。遠く離れたタラニスの神域では、凪子と深遠のによる激しい応酬が繰り広げられていた。
「……ッ!」
「…っ、はぁん、かたいというかなんというか…!」
ガィン、と、おおよそ人体の殴り合いで出るような音ではないそれを響かせながら、拮抗していた両者が距離を取った。深遠のは痺れからか震える腕を粗雑に振り、凪子も槍から片手を離してぷらぷらと振っていた。
チッ、と、凪子は小さく舌打ちする。
「アルマジロみたいにかてェなぁ……これは星のせいかバロールのせいか……」
「おい凪子、助力はいるか??」
「いらん、それより防衛に専念してくれ!想定より気を使ってやれる余裕はないかも、しれん!」
離れたところから声をかけてきたヘクトールに言葉を返しながら、勢いよく飛び込んできた深遠のの攻撃を凪子は受け止めた。
戦闘開始から幾度となく斬りつけたが、目立った裂傷は深遠のの身体に残っていない。皮膚が凪子の記憶のそれよりもはるかに硬く、ルーの槍たるブリューナクを持ってしても損傷を与えることが困難なのだ。
凪子はその皮膚の硬化を、凪子同様にサーヴァントとしての性質を所持していることから、星か、バロールによる支配から来る補正だと予測していた。とはいえ、分かったところで支配が単純な魔術によるものではなさそうである以上、そう簡単に解けるものではない。
ガンガンと音をさせて槍に当たる深遠のの拳に、凪子は再度小さく舌打ちした。
「面倒くさい…!」
「…………………ふふ」
「あぁ?何が面白いんじゃ」
面倒だと毒づいた凪子にきょとんとした顔を浮かべた深遠のが不意に笑うものだから、凪子は気味悪そうに言葉を返した。
深遠のは一旦目を伏せると――

――その不言色の目を、毒々しい銀朱の色に変えた。

「いや何。この状況への感想が心からの面倒くさいとは思わなくてな」
「……………人の目玉使って覗き見とは随分余裕じゃないの。ルーは何してんのさ」
目の色の変化から深遠のの表層に支配主が出てきていること、またそれがバロールであろうと予測をつけた凪子は、不愉快げに目を細めてそう嫌味をこぼした。
バロールはルーと戦闘中のはずである。だというのに、意識をこちらへ飛ばしてくる余裕があるということは、余程ルーの相手が余裕だということになる。
凪子の言わんとすることを汲み取ったか、その相手はクスクスと笑った。
「この程度では動揺しないのだな、流石星の意志の執行人。光神ルーの名誉のために言っておくが、生憎とこちらはバロールではない」
「あ?…………………、じゃあバロールを蘇生させた野郎か」
「ご明察だ。貴様の排除を画策しておいて正解であったな」
「…!」
凪子は相手の言葉に思い切り深遠のの腹を蹴り飛ばし、距離を取った。ちらっ、とヘクトールに視線を飛ばし、その視線の意味を汲み取ったヘクトールは小さく頷きで返した。
たんたん、と軽やかにステップを踏みながら深遠のは蹴り飛ばされた勢いを殺し、立ち止まった。今までの無表情から一変、どこか楽しそうにその顔は歪んでいる。
「…星の意志の執行人、ねぇ。ルーの言っていた代行者の方が的確な気がするんですけどぉ?」
「ほう?あの光神はやはり見抜いたか。最初からバロールを殺す気でいることといい、随分知恵が働くようだからな、あれは」
「…つまりルーがバロールを殺そうとしているのには、殺し損なった後始末以外の動機がある、とでも言う気か?お前」
「その通りだとも。自覚があるかないかは知らないがな。バロールの奴はなにも考えていない間抜けだが、あの光神は貴様同様厄介だ」
そんなことは一言も言ってなかった、また隠しおったな、と、密かにルーへの不満を募らせていた凪子だったが、続いた言葉にピクリ、と反応を見せた。相手はそんな凪子の反応に気が付いていないのか、へらりとした笑みを浮かべたまま何やら言葉を重ねている。
凪子は、はぁ、とあからさまにため息をついて見せた。相手も、そのため息の音に喋り回していた口を閉じる。凪子は、たん、たん、と槍の穂先で地面を叩いた。
「やれやれ。バロールも、そんな器にとじ込もってベラベラ語るだけのようなお前に、間抜け呼ばわりされる筋合いはないと思うぞ、腑抜け」
「………何?」
すっ、と深遠のから表情が消えた。ハッ、と凪子は嘲笑うように鼻を鳴らしてみせる。
「腑抜けだろ?腰抜けの方がいいか?お前がバロールを蘇生させたってことは、今回の事案の黒幕だろ?そんな黒幕が、私の身体なんぞに隠れて、口だけはえらい達者なんだから、笑わずにはいられないわ」
「………………」
「何か目的があってお前はバロールを甦らせた。そして利用している…つもりなんだろうが、甦らせなきゃ目的達成できないようなレベルの分際で、手前の手駒見下してんじゃねぇよ、三下ァ!」
「………成る程、生命体ではなく星でもない、半端者の分際で、随分と殊勝な思想をお持ちのようだ」
「なぁーにが殊勝だ、雑魚。ザーコ。だがまぁ一理ある、何かの上に立つってのは、それなりの品格ってものが必要だ。お前は一欠片も持ってないみたいだけどな?」
「…………ほざけ!」
かぁ、と顔を赤くさせた深遠のが、怒りを隠さず凪子へと踏み込んできた。
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神域第三大戦 カオス・ジェネシス109

パチリ、と右目が開かれ、紅い目がルーの全身をを舐めるように見た。その色はルーと同じ色であるはずなのに、どこかどろりとした、毒々しさを感じさせる。
「言葉通りの意味だが?お前の残機であろうタラニスの坊主にちょっかいだしたんだ、少しは不機嫌な顔を見せると思っていたのになァ」
「……………」
ルーは何も言わずに動きを再開し、ひたり、と槍の穂先をバロールへと向けた。バロールはおどけたように肩を竦めるが、立ち上がる気配すら見せない。
「そうだ、あの時俺の邪魔をしたのは二人目の執行人だろう?大した結界だったじゃねぇか、一人目とどこぞへと消えちまったが、この戦場に連れてこなくてよかったのか?」
「執行人と来たか。……ハ、引き籠ったところで貴様は殺せんだろう」
「道理だがな。だがタラニスやダグザ老はともかくとして、後ろに控えてる連中をぞろぞろ連れてくるくらいならあの執行人を連れてくる方がまだ意味があるというものだ」
「(!)」
気配を悟られていたことに、クー・フーリンは僅かに息を呑んだ。悟られていたことにではない、気付いてなお、目立った反応を見せなかったことにである。それは警戒するに値しないということであるのだろうが、わざわざ凪子と比較したということはある程度の力を見透かされていると判断できる。
相手が人間であればはったりだろうとも言えるが、そうではないと確信させる存在感がバロールにはあったのだ。そうして彼の魔神ははっきりとルーに言ったのだ、無駄な戦力であると。
対してルーは、はっ、と嘲笑うように白い歯を溢す。
「何、貴様の目蓋を開くために強力な単体ではなく、非力であろうと複数体必要なのと同じことだ」
「へぇ?随分と肯定的に捉えているのだな。こちらとしては、殺し損なった俺の始末の戦いにお前が部外者の介入をよしとすること事態、目玉が飛び出るかと思うほどの驚きだったのだがなぁ」
「ならば、お望み通り飛び出たせてやろうか」
わざとらしい身振りで煽るバロールの言葉をルーはにべもなく一蹴する。
とはいえども、バロールは外部のものを巻き込みたがらないルーの性質をピタリと言い当てていた。それはつまり、ダグザやタラニス同様、バロールもルーをよく知っているということだ。ルーが運命などという表現を用いるだけのことはある、ということか。
ルーのさばさばとした返答にバロールは楽しそうに口角をつり上げながら、降参とでも言いたげに両手をあげた。
「ご冗談、一回で十分だ。ま、此度の俺に背後はないがな?」
「そうか?あるだろう、まさに今、後ろに」
「あん?…あぁ、こいつァどうでもいいんだよ、いや真面目な話」
「(…?存在を保つ要であろう樹がどうでもいい…?)」
「(…ふぅむ。下手をすると奴自身の目的は本当にルーとの再戦だけなのやもしれぬな…)」
「さぁて、此れで最期であるならば名残惜しいと色々無駄に話したが、そろそろ始めるとするか」
「(!)」
ヒソヒソ、と二柱の会話に耳をそばだて、その内容に密言を交わしていたところへ、開戦を伺わせる言葉が飛び込んできた。面々は会話もそこそこに意識をそちらへ向け、各々の武器を手に構える。
ルーはいたって静かに、肩を竦めた。
「あぁ是非そうしてくれ、そろそろ退屈で噛みつくところだった」
「つれないなお前は。ま、お真面目で律儀なお前のことだからな、無理もないのかもしれないが」
「終わりではなかったのか」
「はいはい全く、つまらん孫だ。だが、その気の急いた殺気は心地良い。あぁいいな、殺し合いだ、お前との殺し合いほど楽しいものはない…!」
飄々としていた語り口が一変、興奮したように言葉をかさね、口角は歪んでつり上がる。空間が歪み、そこからぽとりと落ちた鞭を空中で掴み、パシリという音をたてさせながら両手に持った。多節鞭のようで、金属でできた各節が太陽の光を反射させていやに光る。

「では………始めようではないか!」

―朗々と開戦の合図がバロールより放たれる。直後、閉じられたバロールの左目目掛けて跳躍し、目にも止まらぬ速さで突き出されたルーの槍と、蛇のような動きでしなり跳ね上がったバロールの鞭とが衝突し、鈍い金属音を森に響き渡らせた。
「そうら行動開始じゃ!」
それを皮切りに、ダグザとタラニスも広場へと躍り出た。ルーが会話をしている間に詠唱を済ませ、強化魔術をかけ終えていたマーリンは通信機のロマニと共にそのまま後方に控え、二柱に続いて子ギルとクー・フーリンも飛び出した。
「!へぇ、曾孫をこの目で見ることがあるとはな!」
素早いという言葉では表現不足であろう速度で繰り出される槍を器用に鞭で凌いでいたバロールは、フードを被ったままのクー・フーリンを一目見るなり楽しそうにそう言った。
クー・フーリンは、チッ、と小さく舌打ちしながら、くるくると回した杖でたんたんと地面を叩いた。落とし穴の用意として魔術を地面に走らせる。
「いきます!」
クー・フーリンの下準備を横目に見ながら、子ギルがそう叫ぶ。空中があちらこちらで歪み、そこから勢いよく鎖が飛び出す。
「随分と面妖な鎖を持っていることだな!」
―バロールの卓越した観察眼は触れる前に天の鎖の性質を見抜いたのか。
バロールは楽しげにそう言いながら、ようやく膝をたてた。
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神域第三大戦 カオス・ジェネシス108

「―――ッ!?」
一瞬の暗転の後、打ち上げられたように二人の姿は宙へと飛び出した。深遠のは素早く辺りに視線を巡らせ、現状把握を図る。
開けた、燃え落ちた森。視界に入ったのは槍をもった男と、離れたところに大盾を構えた少女とその後ろに控えた少女。
「………誘、導…?」
「せぇやっっ!!」
「!」
深遠のが状況把握に要したのは一瞬の時だったが、凪子はその一瞬の隙をついて深遠のの腹を蹴り飛ばし、地面へと叩きつけた。
「…づっ………」
「ランサー!」
「よっしゃ、activate!」
深遠のが地面に衝突し、土煙が舞い起こる。鬱陶しそうに深遠のが顔を起こしたタイミングで凪子はヘクトールへ合図を送った。
「ッ!?」
ヘクトールはその合図を契機に、仕掛けてあったトラップを一息に発動させる。燃え落ちた木々の下に隠れたトラップが起動し、波紋が広がった。
「……!」
「今のはデバフとでも言うか、お前さんに魔力制御、肉体使役の妨害をかけた。ふむ、そんくらいの妨害なら要石の呪いは発動しないっぽいな」
見定めるようにそう言いながら、落下の勢いを殺しつつ凪子は地面へと降り立った。先ほど発動したものは妨害魔術のトラップであったことを告げつつ、凪子はパチン、と指を鳴らした。
面々を囲むように紋章が浮かび上がり、ドーム状の結界が展開された。トラップ同様、仕込んでおいた結界の術式だ。半透明に光るそれを見上げてようやく顔をしかめた深遠のに、凪子はにやにや、と笑って見せた。
「簡易な足を止めるトラップならもっといっぱい有るぞ、気を付けてな」
「…ちっ」
「さぁて、話に聞くところによればお前さんはバロールを殺しに行って返り討ちにあい、そうなったそうだなぁ。んじゃあ、まずは正気に戻ってもらうとしようか!」
「…………………」
「何、難しいことじゃない。私とお前でデスマッチというだけさ。そら行くぞ!」
凪子は相手の返答を待たずに地面を蹴った。記憶しているトラップを踏まないように器用に地面を蹴り、一息に深遠のと距離を詰めた。
深遠のは一瞬考え込む様子を見せたのち、すぐに顔をあげ、槍を突き出した凪子の攻撃を最低限の動きでかわした。
「…まぁ、いい。命令を、果たすだけ!」
「そうこなくてはな!」
入れ代わるように突き出された拳を同様に最低限の動きで交わしながら、凪子はにぃ、と口角をつり上げた。


―――――


 一方、ルーの一行はバロールの領域、その最奥に到達していた。鬱蒼と繁った木々で光は遮られた薄暗い森のなか、わずかな光を反射して輝く一本の巨木があった。
そしてその巨木の前には少しばかりの広場があり、他の場所よりかは太陽が差し込んでいるようだった。そしてその広場には―――胡座を組んで座す巨人の姿があった。座してはいるが、10メートルはあろうかという巨体であることが伺える。待ち構えているというルーの言葉通り、訪れを待っているのか、相手は目を伏せ動く気配を見せない。
「(…どうする)」
「(そうだ…な!?)」
ヒソ、と囁き声で会話し出方を相談しようとした矢先に、ルーが無防備に広場へとおどりでた。これにはダグザも目を丸くしたが、ちらり、と向けられたルーの視線に続いて飛び出そうとしたタラニスを引っ付かんで止めつつその場に留まった。
「(何を考えてんだ…!?)」
「(…まぁ仕方ない。戦闘が始まり次第、前衛が飛び出し後衛も動き出す、それでよいな?)」
「(…チッ、分かった)」
ダグザは一旦サーヴァントたちをまとめつつ、ルーへと視線を向けた。たんっ、と軽やかに着地したルーの足音に、目を伏せていた相手は楽しそうに口角をあげた。
「いや、よく来たな。またやって来ると思っていたぞ」
「そうか。楽しみにしてもらっていたところで悪いが、次はないぞ」
「ほう?なんだ、今日が決着か。まぁ、確かにそろそろ頃合いであろうな」
「頃合い…か。何の頃合いなのだろうな」
「色々な頃合いだともさ。あぁ楽しみだ、楽しみだぞルー!生き返ってきた甲斐があるというものだ」
二柱は存外穏やかに会話を交わしていた。生き返った甲斐がある、と言った巨人―バロールの言葉に、ルーはピクリと眉を潜めた。
「…その口振り……私と戦うことだけが目的ではないと思っていたのだが」
「ん?そうさな、違いはないぞ?俺が生き返りをよしとしたのは、確かにお前と戦うためさ。というより、お前が戦うところを見るため――という方が正しいかもしれないがな?」
「……………それは貴様を生き返らせたものの目的とは別か」
「なんだ、俺が“他力により甦った”と気付いていたか。いや、お前ほどが気付かないのは妙な話か」
「それを語れ、といったところでそれもまた無駄な話か」
「そうだな。別に隠すつもりはねぇんだが、それを明かしちまうと見れなさそうだからなァ」
「そうか。…………ならばよい、であるなら」
「しかし、今までと違って後顧の憂いはない、って顔をしているな、お前」
「…………何?」
戦前の対話は終わった、と判断したルーが立てて持っていた槍の穂先を構えるように下に向けたとき、しげしげとルーを見つめながら興味深そうにそう言ってきたバロールの言葉にルーは動きを止めた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス107

―――夜明けが近づいた、東雲の時。
薄明かりに大地が照らされる頃、とある森の入り口にその一行の姿はあった。
いくつかの戦闘用の礼装と思しき装飾を身に纏ったルー、右肩にかけていたものを広げマントとして羽織っているタラニス、棍棒を肩に担ぎ竪琴を腰に携えたダグザ。それぞれフードを被り顔を隠したクー・フーリンとマーリン、簡易通信機から姿を見せているロマニ、鎧を腰につけた子ギル。そして、槍を強く握りしめた凪子だ。藤丸とマシュ、ヘクトールは段取り通り待機している。
「……どうだ?」
凪子は先頭にいるルーの隣に立ってそう尋ねた。ルーは森の中の様子を伺っているのだ。
ふん、とルーは鼻を鳴らした。
「待っているな。深遠のも側に控えている」
「待っている、か…」
『待っている?こちらを待ち構えているなんて…彼の魔神は、待機中に目を開いたりしないのか?』
「しねぇよ」
驚いたロマニの言葉をばっさりとタラニスが切る。子ギルやクー・フーリンもその言葉に意外そうにタラニスを振り返り、その様子にルーも説明を促してくるものだから、余計なことを言うのではなかったとでも言いたげにタラニスは小さくため息をついた。
「奴の目蓋が他力で無ければ開けられないのは、何も魔眼の能力が強いから目蓋が重い、ってだけじゃねぇ。奴が自分の魔眼に縛りをかけてるからだ。戦闘が開始されてからでなければ奴は魔眼を開かない」
「おや、わざわざ甦ってまできたこんな時に縛りプレイをするのかい?」
「しば…?とにかく、縛りは守るさ。何せ、その縛りは誓約…“ゲッシュ”だからな」
『!成程、ゲッシュならば破らないか…しかし、神にもあるのか』
マーリンの問いかけをそれとなく流し続いたタラニスの言葉に、ロマニは納得したように何度か頷いた。
誓約。ゲッシュ。ケルト神話において各人に課せられる、「〇〇の場合は、けっして〇〇はしてならない」のような義務や誓いのことをさす。ゲッシュを厳守すれば神の祝福が得られるが、一度破れば禍が降りかかると考えられ、多くの英雄が複数のゲッシュを己に課していた。
神の恩恵を得られると語られるようなものを神が持つ、というのは言葉だけでは妙な響きである。要するにゲッシュとは、尊守することで超常的な効果を得られる呪いのようなものなのだろう。
納得の言葉にそちらの話は決着がついたようだ、と判断した凪子は、パン、と手を叩いた。
「よし、じゃあ私が先行して深遠のを引きずり出す。前哨戦なんぞ、なるべくない方がいいだろ」
「助力はいるか?」
「いらん。バロールにちょっかい出される前に離脱する」
「いいだろう。ダグザ翁、なにかあるか」
「いいや、特には」
「カルデアの、そちらは」
『問題ありません』
「OK、じゃあ、行こうか」
淡々と段取りを決め、確認を取り終えると、凪子は迷いなく森へと飛び込んでいった。
そんな二人のやり取りの様子を見ていたダグザが、ふぅむ、と声を漏らした。
「…ルーよ、お主いつの間にあやつとあれほど仲良くなったのだ?」
「は?何を言っている?」
「あらぁ自覚ないの。ならまぁ、よいがのう」
凪子とルーのスムーズなやり取りが気になったのだろう。だが肝心のルーは、心底解せぬといった表情でキョトンとした顔を見せるものだから、無自覚を察したダグザはあっさりとそれ以上の言及を避けた。そんな様子にタラニスは愉快そうに肩を揺らし、サーヴァント陣は反応に困り思わず顔を見合わせるしかない。
ルーは不気味そうにそんな面々を見ながら、コホン、と咳払いをした。
「…とにかく、何もなければ突入するぞ。これより先は死が隣にあると思え。…今回で決着をつける、行くぞ」
「応ともさ!では行くぞお前たち!」
凪子が飛び込んでから少しの間を開けて、ルーの一行も森へと足を踏み入れていった。


―――


先行して森に飛び込んだ凪子は、ある気配のする方向へ迷いなく、戸惑いなく森を駆け抜けていた。
森に入った瞬間から寒気を覚える気配を感じていた。間違いなくバロールのものだろう。この森はバロールの領域となっている、それだけである意味不利な状況だ。ならば立ち止まったところで意味はない、そう判断して駆け抜けているのだ。
「―!来た!」
そうして大分森に入り込んだろうところで、凪子は勢いよく迫ってきた気配に踵でブレーキを掛けた。相当の勢いで走っていたのか勢いはすぐには止まらず、凄まじい土煙を起こしながら地面を滑っていく。
そうして、ようやく動きが止まらんとしたちょうどその時、木々が揺らめく音がして、深遠のが勢いよく上空から飛び出してきた。
「ぬっ……!!」
落下の重力加速と体重、そのすべてを乗せて振り下ろされた拳を、要石に触れないようにして受け止める。受け流した衝撃が地面へと流れ、一瞬の間を置いて大きく地面が沈んだ。
凪子はそのまま凪子の腕を蹴って距離を取ろうとした深遠のの足を逆に掴み、そのままタオルでも振るかの如くの軽さで彼女を振り回し、地面へと叩きつけた。
「っ、」
「やぁ、数日ぶり。君の相手は私なのかな?」
「そう、だ。貴様、の、排除、最優先事項、だそうだ」
「だそうだってお前適当な。だがちょうどいい!」
「!?」
深遠のの目的が凪子の迎撃である、ということを確認した凪子は、にっ、と笑って鞄から取り出した宝石を地面に叩きつけた。瞬間、魔法陣がラグなしに展開する。
「じゃあバトルフィールドに行くとしようか!」「…!」
凪子の宣言を合図として魔法陣に刻まれた転移の魔術が発動し、二人の姿は瞬く間にかききえた。
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