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神域第三大戦 カオス・ジェネシス96

「帰ってこないなーと思えば、なァにやってんの、お三方」
「!ヘクトール、」
ずぅん、と思い空気が三人の間に垂れ込めたところへ、あまりに場違いな、間延びした明るい声が飛んできた。素材収集から戻ってこないことを案じたヘクトールが様子を見に来たらしい。
巻きタバコをくわえ、木の影から顔を覗かせたヘクトールはそれまでの話を聞いていたのか、項垂れるリンドウと震えるマシュを見て、はぁ、と小さくため息をついた。
「やれやれ、難しく考えちゃってまぁ。マシュはともかく、アンタまでそんなんじゃあ困るよォ」
「へ、ヘクトール!」
「…ごもっともです」
ヘクトールの遠慮のない言葉に藤丸は一人仰天したが、リンドウは図星だ、とでも言いたげに笑い、顔をあげた。思い悩みはすれど、悩んだところでどうしようもなく、また変えられない。それを分かってはいるのだと、彼の笑顔は語っていた。
ヘクトールも本気でリンドウが思い悩んでいるとは思っていなかったのか、その表情ににやっ、とした笑みを浮かべてみせる。
「ま、オジサンみたいにカミサマの気紛れに巻き込まれたりもしちゃった身としちゃ、ずいぶん無害な存在だと思うけどね、アレは。それにもう随分と割りきってるように思うぜ?置いていかれる云々ってことについては」
「!」
「凪子に言ってみろ、“そんな悩みは数百年前に悩みきってもう飽きた”とでも言うだろうぜ。…不死の存在、俺たちとは異なる存在。そういうのはな、俺たちが勝手に悩んで解決してんのと同じように、勝手に悩んで、解決してんのさ」
「………それは……私たちが凪子さんのことで思い悩むことは筋違いである…ということでしょうか」
ぐ、と目元をぬぐったマシュが、おずおずとヘクトールにそう尋ねた。ヘクトールは笑みを崩さないまま、肩を竦めてみせる。
「ざっくり言ってしまえばな。無駄とも言えるし、場合によっちゃ迷惑でもあろうよ。大体、俺たちだって自分の悩んでることについて他人に分かった顔されたら、ムカつくこともあるだろ??他者の悩みに、頼まれもしないのに悩んだってしょーがないのさ」
「………………それは、そうかもしれませんが……」
「立っている前提も異なるものの悩みなんて、俺たちには悩んだところで同じ地平にすら立てんもんさ。…神々の都合に関与できないことと似たようなもんだ。同じ地平にもおらず、なにかを共有できるような近しい存在でもない。…どのような意図であれ、そんなものに一方的に助力や手助けを申し出されても、鬱陶しいし迷惑なだけだぜ」
「………ッ」

――神話において、トロイア戦争は増えすぎた英雄の種族の人間たちを間引き、大地女神の重荷を軽減する目的でゼウス自身によって計画されたといわれる。
トロイア戦争は史実でもあったとされる戦争だ。神話の解釈だけで語ることは語弊を生むのだろうが、ヘクトールの言い回しからして、全く神というような外的要因が作用しなかった、ということはなかったようだ。実際はどこまで影響を与えうる存在だったのか、それを論議はしまいが、少なくともヘクトールはそうした一方的な介入で良い思いをした、ということはないのだろう。逆はあれども。

ふー、と、ヘクトールは紫煙を吐き出す。
「それに比べて凪子は無害なもんだ。あれだけ人間に見目が似ていて、2000年も生きていたのなら、迫害めいた目に遭っていてるだろうに。随分と人間に好意的じゃあねぇか、気味悪さすら感じる」
「ヘ、ヘクトールさん!」
「…………そうだな。確かにあの子は、私の知っているあの子とあまりに遜色ない。勿論随分優秀になったけれど、なんというか、本質の部分はあまり変わっていない気がする」
タバコを口から離したヘクトールは、掌に押し付けて炎を消した。
「まぁあいつがその辺器用だったのか、定住を避けたら平気だったのか……その辺の事情は知らねぇが、まぁ何を言いたいかというとだな。あんなものが人間に好意的なだけ、ツイてると考えるべきだってことだ。それはあの神々にも言えることだけどな、いやぁ正直俺は気味が悪いし、今すぐにでも逃げ出したいくらいだよ、こんな状況」
「………ヘクトール」
「…マシュの気持ちは分からんでもないがな。アイツにとっちゃ、生きていることは呪いであったとしても幸いではないのだろうさ。迷惑をかけてきた、と思ってんだろ?なら、ここはオジサンに免じてその気持ちに蓋をして、ちっと見逃してやってはくれんかね」
マシュの視線に合わせるようにヘクトールが屈み、その顔を覗きこんでにかり、と笑って見せた。

彼は、自分がこれ以上神々や凪子と何か揉め事を起こす可能性があるのは怖いから、マシュに案じる気持ちを封じてくれ、と言ってきたのだ。その前者が、マシュが受け入れやすいようにという思いからの方便であることは目に見えていた。ただそれは単にさっさとこの事態を収束させたい、というよりかは、その気持ちを塞ぐことが困難であろうマシュへの配慮から来ているように感じられた。

「………すみません、ご迷惑をお掛けして。…善処します」
マシュはそう言ってヘクトールに頭を下げた。ヘクトールは困ったように笑いながら、ぽんぽんとその頭を叩く。
「なぁに、理解不能なものと交流しなけりゃならないのは難しいもんだ。それを考えるな、という方が厄介だ、面倒なことを頼んでいる自覚はあるさ。お前さんは……言うまでもないよな」
「無論。それに…そうでもしない限り、この時代のあの子を助け出すことは難しいだろうからね。無謀に魔神に挑んだ勉強代と思ってもらうさ」
「ははっ、違いない。で、素材の方は集まったかい?」
「あ、うん」
「じゃ、戻るとしようや。キャスター側もそう長くはかからんだろうしな」
ヘクトールは話の決着を認めると、そう言ってひらひらと手を振った。
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