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神域第三大戦 カオス・ジェネシス91

「………ふっ。随分可愛い反応を見せるなァお前の坊やは」
「黙れ」
―洞窟に残された二柱はしばらく互いに黙ったままだったが、不意にタラニスが口を開き、にやにやと笑いながらルーを見上げた。タラニスの言葉に冷たくルーは返したが、小さくため息をつくとざばり、と再び泉へと入った。身体が回復しきってはいないのだろう。
タラニスの隣に身を沈め、静かに目を伏せたルーをタラニスは暫し見つめたのち、ふ、と表情を消すと視線を前へと戻した。酷く真面目なその表情はどこか不満げで、そしてどこか心配げであった。
「何故オレを使わない、我が御霊。例え人間の使い魔、再現体であっても、あれは賢台の……」
「……タラニス」
「いざというときの依り代にするためと?曲がりなりにも我らは三位一体、分からない程オレが愚かだとは言わせんぞ。……例え依り代が必要な状況になったとて、オレを使うつもり、ないだろう」
「タラニス、」
「そうだろう、違うか?」
否定の言葉をはっさないルーに、非難するようにタラニスは声をあらげた。向き直った彼の動きに泉の水が跳ねる。ルーは微動だにせず、瞳も開かない。
タラニスは眉間を寄せた。
「………エススが殺されたことには気がついているだろう。万が一のことに備えるべきだ、オレは、」
「ならば聞くがな、タラニス」
声を重ね、言い連ねるタラニスにいよいよルーが口を開いた。ルーの言葉に口を止めたタラニスに、ルーはゆっくりと目を開き、タラニスへ視線を向けた。その顔は酷く穏やかだった。
「なぁタラニス。……卿が死んでもよくて、私が死んではならない、そんな理由があるというのか?」
「…何を………」
「卿を依り代にしようというのも、バロール対策で使おうというのも、それは卿を私より軽んじているからゆえに出る考えだろう。ダグザ翁の知見は確かとはいえな…それに卿が言った通り、我らは三位一体。であるなら、私でなく卿が残ることも何ら可笑しな話ではないだろう」
「本気で言っているのか…!?」
タラニスは信じられない、とでも言いたげな表情で声を荒げた。

ケルト神話において、確定的な序列のようなものは見られない。神話サイクルにおいても神々の一族の入れ替わりが激しいゆえだ。ダグザがトゥアハ・デ・ダナーン神族の最高神と歌われつつも、フォモール族との戦いの折りにはルーの配下であったことからも、またルーが神族の王でありながらも最高神ではないことからも、単純な関係性ではないことがうかがえる。
だからこそルーにしてみれば、タラニスと己の存在の重さ、価値といったものに、大した差を感じ得ないのかもしれない。神話を基準にするならば、語られることの多いルーの方がより力ある神だと見なせようが、所詮、神話は人が語り継いだ曖昧な証拠に乏しい記録にすぎない。人間の語りで神々を捉えるようとすること自体が、そもそも曖昧な手段なのだ。

タラニスの思う価値と、ルーの思う価値、それは人間が互いに異なる価値観を持つのと同じように違うものであり、そしてそれは人間関係のそれと同じく、単純なものではないのだろう。
「そもタラニスよ、卿も感じてはいるだろう。……近い内に、このテクスチャに……地表に、神の居場所はなくなるだろう。人間の増殖速度…そして神にも勝る傲慢さ。恐れ入ることだな」
「!」
「そうであるなら、私か卿か、どちらが残るべきかなぞ正直どうでもよくはしまいか。そしてどうでもいいのであるのならば、私は私の管轄に、私以外のものをなるべく入れたくはない」
「…………だがセタンタはどうするんだ。どうしたって、あの坊やは来るぞ。……我が御霊よ。賢台、二度も死ぬところを見届けたくはないだろうに」
「………………」
ルーは眉尻を落とし、ぽつりとそう言ったタラニスの言葉に口を開きかけ、だが何も言わずに閉じた。タラニスが伺い見せていたルーへの心配は、要は、息子の死に目に再度立ち会わせたくないという思いから来ていたようだ。そしてルーも、それを否定しきれない思いがあるようだ。
タラニスはじ、とルーを見つめたが、何も言わないルーに諦めたように視線をそらし、ザブン、と再び身を横たえ、ルーに背を向けた。
「……………もういい、知らんぞオレは」
「……ふふ、人間に恐れられる卿が、随分殊勝なことを言う」
「だが、賢台がオレを使うつもりになるようなことは言っておく。今のセタンタの属性は何故かドルイドだ。そして何故か、ウィッカーマンを作ることができる。…………賢台がそんなに死に急ぐっていうんならな、オレはあの半端なウィッカーマンに騙されてやってもいいと思ってる」
「!」
「確かに、あのセタンタは何か妙だ。ドルイドの属性なんか付与されていることもだが、深遠ののように、何か奥に気に食わねぇものを感じる。………だがそれでもあれはセタンタだろう、今は。賢台とて、そう感じているだろう」
「………………そうだな、否定はしない」
「どうせ人の理から外れた存在になったんだ。別に介入したって罰は当たるめぇよ。…賢台の言うように、我らの刻があと僅かなのであれば…正直になったっていいだろう」
「…。卿にそんなことを言わせる日が来るとはな。つくづく、私も焼きが回ったな……」
ルーはタラニスの言葉に自嘲的な笑みを浮かべるばかりで、否定も、肯定もしなかった。結局答えは出さなかったルーにタラニスはわずかに悔しげにしかめたが、それ以上言葉も思いつかなかったか、黙って目を閉じた。
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