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神域第三大戦 カオス・ジェネシス101

―――方向性が定まった話し合いの翌日。
ルー、タラニスに先んじて回復を果たした凪子は、ヘクトールを伴ってタラニスの森へと訪れていた。
鬱蒼と緑に覆われ、確かに豊かな森であったタラニスの居域は、見るも無惨に焼け落ちていた。所々に消えきらなかった炎が明かりを灯し、黒く炭と化した森は焦げた臭いを漂わせていた。
「………成程こりゃあひどいな……」
いつ、どこでバロールに見られているのかも分からない。そうした状況下であるので、気配遮断の魔術を施したマントを羽織っていた凪子は、フードを軽く持ち上げながらぽつりとそう呟いた。同様にマントを纏い、後方でボロボロに炭化した木切れを持ち上げ、砕いていたヘクトールも、呻くような声を漏らす。
「…で、ここに呼び出すってェ?遮蔽物が無さすぎやしないか?」
「言っただろ、この時代の私は獣寄りだ。マシュが森での戦闘に慣れているってなら話は別だが、下手に森の中の方が気付かず後ろを取られかねないぞ」
「お?そんな浅知恵が回る方かい?」
「その程度は回るさ、流石に。ま、それは相手が私を殺すのとカルデアのマスターを殺すの、どちらを優先するかにもよるけれども、どうせ待ち伏せじゃあないんだ。多少、広い方がいいだろ?」
「ま、アンタがそう言うならそう言うことにしとこう。幸い、この残骸でトラップは隠しやすいしなぁ」
「よし、じゃあ準備始めようか。一応目眩ましの結界は張って、と……」
軽い応酬を交わしたのち、二人は来た目的である作業を早速始めた。凪子はす、と指先を上空に向け、蚊帳をはるかのように目眩ましの防御結界を展開する。ヘクトールは背負った鞄に入れていたトラップを取り出すと、軽く残骸を避けながらトラップを設置し始めた。
問題なく結界が発動しているのを確認したのち、凪子は入り込ませた後に外に逃がさないようにする結界の下準備を始めた。
「…………」
ヘクトールが無言でテキパキと作業をしているのを横目に見ながら、凪子はぼんやりと口を開いた。
「なぁ、お前さん、なんかマシュと藤丸ちゃんに言ってくれた感じ?」
「んー?何のことだぁー?」
二人が作業をしている場所が微妙に離れているからか、間延びした声でヘクトールが言葉を返してきた。遠回しに言ってもはぐらかされるだけか、と、凪子は小さく唸る。
「だから、要石を抉っちゃおう作戦のことさ。顔を見る限りあんまり受け入れられてなさそうだなーなんかフォローしないとなーと思ってたのに、ルー側の様子見て戻ったらなんか覚悟したような顔してたから」
「あー……いや、別に?」
「嘘つけェ、……まだそんな割りきれるようなところまでは行ってないだろあの二人」
「……………ま、そうだけどな。だが、本当に俺は大したことを言っちゃあいないぜ?」
「ふぅん?ま、一応礼を言っとこうと思っただけなんだが、なら言わなくていいかな??」
「礼?」
ヘラヘラとした笑顔が容易に頭に浮かぶような、軽く答えを返してきていたヘクトールの声色が僅かに意外そうに揺れた。何かを言ったことについて聞かれることはともかく、それに対して礼を言われるとは想定していなかった、ということのようだ。
凪子はせっせとチョークで結界用の紋章を描きながら、おお、と言葉を返す。
「いやぁ、私説得とか苦手だからさ。どうしたもんかなぁと思ってたから」
「…苦手、ねェ」
「私は確かにずーっと人間社会の中に紛れて生きてきたわけだけど、魔術協会みたいに何もしてないのに敵意や悪意を向けられることはまぁ、ままあったわけだ。そういう時、私は全力で逃げてきたから」
「!」
ヘクトールは凪子の言葉に驚いたように顔を起こしたが、凪子はヘクトールの方を見てはいなかった。雑談でもするかのようなノリで、凪子は言葉を続けていく。
「だからこう、意見が分かれたときに擦り合わせる、ということはてんで経験がなくてな。あんまりこうやって共同で作業すること事態、随分久しぶりなことだし」
「……………」
「今回、割りと私とルーのペースで話は進んでるから、おいてけぼりだろ、あの二人。その支援なんだかんだしてくれてんだろ?」
「……驚いた、存外気にしていたんだな?態度からは全然感じなかったが」
「ごめんねぇー私もねぇーこれでもねぇー一応商売やって人間の金得てるからねぇー全く分からんということはないのよ。言い訳していいなら泉入り浸って全然話せてなかったってのはあるにはあるけども」
そんな風に考えているようには到底思えなかった、という聞きようによっては失礼なことを言われた凪子だが、特に気にせずおどけたように言葉を返す。ヘクトールは、あぁー…、と小さくぼやき、ポリポリと頬をかいた。
「…ま、俺も神様には色々と思うところがあるんでね」
「まぁ、そうだよなぁ」
「何、どうせ戦力は今回お前さんら頼りだ。ならオジサンは支援に徹底するだけのことさ。……だからさっさと終わらせて、さっさとおさらばしたいもんだね」
「成程そういう感じか。そうだな、次の襲撃でさっさと仕留めてもらって、君らはカルデアに、私は日本の本体に帰る。それでさよならばいばいといこう」
「!…………、こう言っといてなんだが……カルデアにいたい、とかはねぇのか、お前さん。キャスターから聞いてはいるぜ?」
―ヘクトールが言外に滲ませた、凪子やルーとは早く関係を切りたい、という心証に凪子が機敏に気が付いたように、またヘクトールも汲み取られたことを理解したのだろう。
その上でそう問うた彼に、凪子はきょとんとした顔をしたあと、小さく吹き出した。
「はっは!タラニスには揶揄られたが、まぁ、孤独には慣れてるし、それが私の普通だ。それに、人間がどういう道を辿るのかは、結局私には関係のない、いや、持てないことの話だ。今回は星レベルの話だったからたまたま道が交差したというだけ。カルデアは面白そうではあるが、狭い人間社会の中にいてもろくなことがなかったからね、私からお断りするよ」
「………、ないと言ってやりたいところだが、万が一、人理焼却が果たされちまったらお前はどうするんだ?」
「さぁ?それが星の命に関わらないことなら呼び出されることもないだろうし、私は私で、やろうと思うことをやるだけさ」
「………そうかい」
「こういう隣人ってのは、それくらいの距離感がいいもんだろう?」
「ま、違いない」
ヘクトールは凪子の、あっさりとしていて、どこか冷酷で、しかしどこか安心するようなその言葉に、薄く笑って肩を竦めた。
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