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この街の太陽は沈まない60

アンとメアリーはヘクトールから少し離れて廃工場に踏み込んだ。直近の護衛はビリーが担当しているから、多少放っておいても平気だろう。二人はそれぞれ、廃工場の壁際に陣取った。アンは廃工場を入って左手、メアリーは右手だ。
メアリーは壁にもたれ掛かりながら、ヘクトールが向かっていった工場の奥へと目をやった。ヘクトールの前衛をつとめている構成員たちがクリアリングをしながら奥へと進んでいく様子を見守る。
「…でもこれ……」
メアリーはぽつり、と呟いた。
やはり、どうにもこの工場に雀蜂がいるようには見えない。
だが、メアリーに気になる程度のことであるなら確実にヘクトールは気がついているはずだ。なぜ、彼はお構いなしに進んでいくのだろうか。
「ねぇ、ヘクトール、」
『メアリー。何かが起きるまで、できるかぎりその場を動くなよ』
どうしても不安でメアリーが無線を繋げると、間髪入れずにヘクトールの声が耳に飛び込んできた。あまりにすぐに来たので、メアリーは思わずヘクトールの後ろ姿を目で追う。
『そんで、何かが起きたらすぐに動け。いいな』
「…なんでさっき……」
『オジサンもそんな自信の無さそうな声で通信こなけりゃ言わなかったよ』
「うっ…!そ、そんなことは」
なぜ先程言わなかったのだ、と問えばそんな言葉が返ってくるものだから、メアリーはかっと頬を赤らめた。そんなに声に感情が漏れていただろうか。
万一にも赤くなった顔を見られたくはないので、襟首をもう一度引き上げる。
冗談だ、と、カラカラと笑うようなヘクトールの声が聞こえる。
『ボスは別件で動いてるからいねぇ。となると、君らに頑張って鼓舞してもらわないとだからねぇ。あ、できないとか言わないでくれよ?期待してるんだから』
「………ふん。分かってるよ。何がきたってアンが撃ち落として、ぼくが切り刻む」
『ウンウン、いいお返事。そんじゃよろしくね』
ヘクトールはそう言うと通信を切った。メアリーはぽふぽふ、と頬を叩くと廃工場内すべてに注意を向け、カトラス剣の柄を握りしめた。


戦闘ヘリコプターによる機銃掃射が行われたのは、その通信から、ほんの数分後のことだった。



「アン!!」
「メアリー!」
出来る限り動くな、というのはこれを予想していたためだったのか、と頭の片隅で考えながら、戦闘ヘリコプターがヘクトールにより撃墜された直後、メアリーは工場内を横に突っ切ってアンとの合流を目指した。アンも同じことを考えていたようで、二人は工場のちょうど真ん中で落ち合った。アンに怪我はないようで、少しばかり安堵する。
メアリーはアンに背中を預けるように立つと、入り口のほうへと目をやった。炎上するヘリコプターを背景に、あの気味の悪い、特徴的なヘルメットがずらりと並んでいるのが目にはいる。この工場にいて追い詰めるはずだった者たちの姿が、こちらを追い詰めるように、入り口に立ち塞がっている。
「………嵌められたのかしら」
ぽつり、アンが呟く。メアリーはカトラス剣を引き抜いた。
「ヘクトールが焦っていない。だからそれはない」「…つまり、ヘクトールはこの展開を予想していた?」
「その可能性はあると踏んでたんだと思う。その上で、ヘクトールはその可能性に落ちるのをよしとしたんだ、理由は知らないけど」
「……ボスは別件でしたわね。まさかとは思いますが……」
「…うん、たぶん、そうなんじゃないかな」
ヘリコプターを撃ち落としたヘクトールは、なにも焦っていなかった。顔色一つかえなかった。それは表情を隠していた、とかそんな次元のものではなかった。
であるならば、この作戦はまだヘクトールの手の中にあるはずだ。
『はい全員注目。耳だけ注目ー』
ちょうどそこへ、全体通信でヘクトールの声が飛び込んできた。
これで多少なりとも疑問はとけるだろうか、と、期待して、メアリーはすでに仕掛けてきた雀蜂の攻撃を柱の影に隠れながら耳をすました。

『これで雀蜂に内通していた奴等は雀蜂が殺してくれた。ということで、あとは当初の予定通り。工場のなかにいるか、入り口にいるかの違いだけだ、困惑しないで仕事をしっかりやりますよー。ボスの言葉を借りるなら――殺戮だ。残らずな』

ヘクトールが口にした言葉にぞくり、と背筋に冷たいものが走った。直後、興奮したようにメアリーの身体は熱を持った。
「…なるほど。意地の悪い方、心臓に悪いですわ」
アンがいたずらっぽく言った言葉に、メアリーはにやりと笑って返した。
「行くよ、アン!!」
「えぇ!」
そうして二人は、銃弾飛び交う戦場へと躍り出た。
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