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この街の太陽は沈まない59

――Episode ?-5 <メアリー・リード>――



┃ 7/10 21:56:13 ┃

 「………」
メアリーはぐい、とコートの襟を口元まで引き上げた。暑苦しいですわ、と相方には言われてしまったが、メッシュ地のものなので別に暑くはない。
今日はここ一月近く、こちらを振り回してくれた雀蜂にいよいよ報復をできる機会が訪れた日だ。メアリーは相方のアンと共に車を降り、雀蜂が集結している筈の廃工場を見上げた。
この廃工場は馴染みがある。逃げ場をなくしたチンピラがよく逃げ込むものだから、自分とアンは幾度とこの廃工場内で相手を追い詰めたものだった。そして、馴染みがあるからこそ気が付いた。

取引が行われているはずなのに、人の気配がないのだ。

確かこの廃工場には地下室はある。が、そこが取引に向く場所だとは思えない。
メアリーは、ううん、と頭を捻った。
「……静かだね」
「…そうですわね。雀蜂は少数精鋭とは聞いていますが…見張りのようなものもいないようですし」
「あ〜………なるほどね」
「ヘクトール?」
メアリーがアンとそう密かに言葉を交わしていると、後ろからやって来たヘクトールが一人納得したように呟いた。
なにかを含んだような物言いに、メアリーはヘクトールを振り返る。ヘクトールはメアリーの視線に気が付くと、にやっといたずらっぽく笑って人差し指を口に当てた。とても胡散臭い。
「さぁて行きますか」
「ちょ…ヘクトール、いくらなんでも無防備ではありません?」
そうして、特に護衛を侍らせることもなく工場内に入ろうとしたヘクトールをアンが慌てて止めた。メアリーもらしくないヘクトールの姿にわずかに驚く。
彼は普段、もっと慎重だ。こうした大きな、派手な表舞台にでてくることも珍しいというのに、先頭を切っていこうなどと、まず見たためしがない。
ヘクトールはそれだけ、自分の役割と、敵にとっての自分の価値をよく理解している男だった。だというのに、今日は一体全体、どうしたというのだろうか。
「そうだよ、ここは僕とアンか、ビリーが先行して…」
「いいんだよ。今日のオジサンはちょっと頭が悪いおじさんだからね」
「?それはどういう…」
「…なんか変だよヘクトール。変だと言えば、ボスはなんで来ないの?一応これは報復戦だっていうのに」
そうして、変だと言えば、あの恐ろしい男だ。クー・フーリン・オルタ、我らがボス。あの人はボスだというのに、こうした戦闘が予想される事案に関しては大抵やって来て、これまた先陣切って敵のなかに突っ込んでいく人間だ。彼の戦闘スタイルは実に野性的で、飛び道具は滅多に使わず、足の長さと同じくらいある長い刃が3つついたメリケンサックを両手に装備して、文字通り相手の懐に飛び込んだ行くのだ。
メアリー達幹部組にしてみれば万が一があってはとヒヤヒヤしないでもないのだが、それでも必ず生還し、相手の首をとってくる。ゆえに、彼の戦闘スタイルは、その血に濡れた凶悪な笑みは、大いにUGFクリードの構成員たちを鼓舞するものであった。
そうした普段のことを思うと、味方の報復のための戦いであり、殲滅を目的とした戦闘であるというのに、その姿がないのはひどく居心地の悪いものを覚える。
「いーの、ボスはボスでお仕事あるからね」
ヘクトールはそんなメアリーにお構いなしにそうあっさりと言ってのけ、ぽすぽすと頭を叩いた。
のらりくらりとヘクトールはなにかを交わしている。どうにも、肝心なところを隠されているような気もして、あまり気分のいいものではない。
だが。
「…貴方がそういうのでしたら…でも、死ぬような真似はしないでくださいね?ヘクトール」
ヘクトールの前に立ちふさがっていたアンは、ヘクトールの態度に渋々といったように前からどいた。ヘクトールが隠しているのであれば、自分達は知らない方がいいのだろう。そしてきっとそれは、相手を欺くことに繋がるはずだ。で、あるならば、今、ヘクトールにその事を追求するのは間違いだ。
「おーおー、分かってるよ」
ヘクトールは軽くそう言って工場へと足を踏み入れていった。彼の、その緻密な頭脳と作戦構築能力を感じさせない飄々とした態度は、少しばかり苦手だった。
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