2017-12-6 23:58
【Last Episode】
「失礼します」
「やぁやぁ、病み上がりのところ連れ回してすまないね、大丈夫かい?」
体調が回復したとして、ランサーは朝から本部の様々な機関から聴取を受けていた。彼個人としては精々代表会議でミスを吊し上げられるくらいであろうと思っていたのだが、思いの外CPA本部はことを大きく受け止めているらしい。何を明かして、何を明かさないか、については予めChaFSS内で相談して決めてきていたので、彼らにとってはさぞ実りのない聴取になっているのであろう、と、ランサーは質問に機械的に答えながらぼんやりと考えていた。
―そして最後にランサーを呼び出したのは、ダ・ヴィンチだった。
身体を気遣うようなことを言われたのは本日初だが、原因が原因なので、残念なことに少しもありがたくもない。
ランサーは儀礼的に会釈を返した。
「差し障りはありません」
「そうか。まぁ、座ってくれ。何度も同じ話をしていて飽きているとは思うんだが…」
「いえ」
「まず確認したいんだが、君を襲った人物のことは記憶にない、というのは本当かい?」
「申し訳ありません、事実です」
「ふーむ、そうか」
ちらり、と、ランサーはダ・ヴィンチの表情を盗み見る。彼女は困ったなぁ、とでも言いたげな表情を浮かべていた。
それが、ランサーの言葉通りに受け取ってランサーが気が付いていないことに困っているのか、建前上明らかである方が好都合なのであるのだから困ったふりをしているのか、までは判断がつきそうにない。
「まぁ、命があっただけよしとしよう。後遺症はないかい?」
「幸い、今のところは特には」
「それはなによりだ。UGFクリードのボスと戦闘になったと聞いているけど」
「監禁先から脱出する際に」
「何か気になることとか、あったかい?」
「気になること?………いえ、特には。噂通りの暴力性だとは思いましたが」
「ふむ、そうか。君を見て何か気にした様子は?」
「…向こうも交戦中だったためにろくに相手にもされなかったので…そういった様子は見られませんでしたが」
―やけにUGFクリードのボスのことを気にするな、と、ランサーは内心で眉を潜めた。
今回の事件はCPAないしChaFSSの有用性を示すパフォーマンス。UGFクリードはその敵役として選ばれた役者であるはずだ。そのボスのことを気にかけるということは、UGFクリードを潰すことに関しては、割合本気であった、ということなのだろうか。
「その交戦相手はわかるかい?」
「雀蜂の関係者、ではあったかと」
「女王蜂、ではない?」
「…そこまでは、断言できません」
「……そうか。ふむ、分かったよ、ありがとう」
「終わりですか?」
「あぁ、ご苦労様。気を付けて帰ってくれたまえ」
ついでに、と言わんばかりに交戦相手について聞かれたが、こたえを誤魔化すと特に深入りしてくることもなく、ダ・ヴィンチはあっさり聴取を切り上げた。少なくとも今は、UGFクリードのことだけを意識しているらしい。
ふぅ、とランサーは小さく息を吐き出すと、椅子から立ち上がった。ダ・ヴィンチに意識を向けながらも、礼をし、部屋の扉に手をかける。
「……なぁ、ランサー」
「なにか」
かちゃり、と、扉が音をたてたところで、ふとダ・ヴィンチがランサーを引き留めた。ランサーは念のため扉を少し開けたまま、首だけダ・ヴィンチを振り返る。
ダ・ヴィンチは、窓から外をみていた。外には夕日が輝いている。
「…およそ私は万能だからね」
「?……はぁ」
ダ・ヴィンチはランサーに視線を向け、にっこり、と妖艶な笑みを浮かべた。
「この街の太陽は沈まない。沈ませないとも」
「……………は」
一瞬、気圧された。
穏やかに笑っているはずなのに、その笑みに潰されかけた。
気付かれている。“彼女はこちらが気が付いてることに気がついている”。
ランサーは本能的にそう直感した。その上で彼女は自分を見ながらはっきり言った、「沈ませない」と。
つまりそれは。
「(……邪魔立てするなら次はねぇ、ってことか)」
ランサーは頭に浮かんだ予想に、背筋がそっと冷えるのを感じた。
だがランサーはぺろり、と乾いた口内をそれとなく舐め潤すと、にぃ、と笑みを浮かべて見せた。
「当然。悪となりうる善意も含めた、ありとあらゆる悪意。それらからこの街を守るのがChaFSSの仕事だ。次からは、不覚をとりませんよ、―――何者にもな」
「!」
一瞬、ダ・ヴィンチの表情が揺らいで見えた。
たとえそれが善意から来ているものであっても、悪であるのであればそれを否定し、断罪する。
たとえそれが、万能たるダ・ヴィンチであっても関係ない。次は、見逃さない。
言外にランサーはそう宣戦布告をしたのだ。
今回、ダ・ヴィンチを告発するまでには至れなかった。それが可能でないことはわかっているし、誰もがそれを受け入れながらもよしとはしていないことなど分かっている。
今は耐えるときなのだと。息を潜め、尻尾をつかみ、確実に仕留めるべきなのであると。
そう、頭では分かってはいても、心が黙ったままではいられないと叫んでいた。
だからこそ、ランサーは挑発に挑発で返したのだ。
挑発されて黙ったままではいられなかったし、黙っているほどChaFSSは生易しくはないぞ、と。
オレは、オレたちは、この程度では止まらないぞ、と。
「では、失礼します」
ランサーはあっさりとその挑発の笑みを引っ込めると、礼をし、今度こそ部屋を出た。
「…ふぅん。そうかい」
一人部屋に残されたダ・ヴィンチは、ややあってからそう呟いていた。
***
「長かったな」
「げ、ずっと待ってたのか?」
「ずっとではないよ。でも仕事ができてね」
「!」
ランサーがCPA本部から外へ出ると、正面玄関にアーチャーとセイバーの姿があった。制服姿に、ChaFSSの警備用の車。仕事中であるのは明らかであったし、セイバーの仕事ができた、という言葉に、自分をすぐに向かわせるために来たのだと理解する。
ランサーはにぃっ、と好戦的な笑みを浮かべた。
「よっしゃ、案件はなんだ?」
「移動しながら説明する、乗ってくれ」
「おぅ」
「…ダ・ヴィンチ殿の聴取はどうだった?」
アーチャーが運転席に引っ込み、ランサーはその後ろの席に座るべく反対側の扉の方へと回り込む。
乗り込む直前、セイバーがそう尋ねてきたので、ランサーは扉を開けたまま、顔だけひょい、とセイバーに向けた。にやっ、とした笑みを浮かべたまま、目を細める。
「あいつ、オレたちが感付いてることに感付いていやがった」
「!」
「…まぁ、予想の範疇だな。それで?」
「はっ。太陽を沈ませねぇだのなんだの、よくわからねぇが挑発してきたから挑発しかえしてきたわ」 「!!…全く、君はもう」
セイバーは一瞬呆れたように目を見開いたが、すぐにくすくすと楽しそうに笑う。セイバーの反応に、へぇ、とランサーは思わず呟いた。
「怒らねぇんだな?」
「何、まぁ多少迂闊ではあるが…舐められても困る。それくらいはいいだろう」
「全く…セイバー、君はたまに大胆で不遜になるな」
それくらいはいい、というセイバーに、運転席のアーチャーが呆れたように言葉をこぼす。ランサーとセイバーは思わず顔を見合わせ、くすくすと笑いあった。そう言いながらも、アーチャーの声には、呆れはなかったからだ。
「さぁ、ではいこうか、ランサー!」
「おうよ!」
パン、と、二人は車の上で手を叩きあった。そうして再びにっ、と笑い合うと車に乗り込み、それを確認したアーチャーは迷いなく車を発進させ、車はすぐに夕暮れの街へと消えていった。
―その街は、平和な街だった。
―その街は、物騒な街だった。
悪意と善意が入り交じり、その境界線はいつの間にかあやふやなものになっていた。
何が善で、何が悪なのか。
護るべきものはなにで、倒すべきものはなにか。
その空に輝く太陽は、果たして本当に太陽か。
万能の博士が掲げる太陽の輝きが勝るのか。
狂った王の振りかざす暴力の破壊が勝るのか。
あるいは悪に落ちた正義の振るう断罪が全てを断ち切るのか。
道は未だ定まらない。
だが、賽は投げられた。動き出した歯車は止まらない。
七人の守護者が掲げる正義が辿り着く先に待つものは、果たして、輝きか、破壊か、断罪か、それともそれ以外のなにものか。
この街の太陽は、果たして。
END