スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

:†文スト*トリップ夢*試供譚†:




*復活夢主(大人香乃葉)トリップ話。
*香乃葉と太宰さんが友人設定です。
*お互いにほっとけない感じの友愛。
*長編予定前夜のプロトタイプです。



【:自棄っぱち命たちの讃美歌(仮):】



――『元の世界』に帰る術を調べる傍ら、『此方の世界』で生活を始めて早数日。

横浜の港街に在る赤煉瓦造りの建築物。
その一階に在る喫茶処。『うずまき』。

現在。香乃葉は其処の店員をしている。
所謂。『働かざる者喰うべからず』だ。

世に通じる摂理に従じた形で以て、香乃葉は『店の従業員』もとい、『仮初めの職務(此方の世界の本業)』を全うしている。

身元不明者で職業不定で『此方の世界』の『異物(遺物)』であっても、腹は減る。

『生きる』とは中々儘ならないものだ。

細々とした紆余曲折と成り行きから始まった『訳在り生活』だが、人間関係に恵まれた事と、持ち前の順応性と適応力が功を奏してか、比較的平穏な日が続いている。

そんな比較的平穏な日常の片隅にて。
店の遣いで食材の買い出しから戻る帰路の途中で、香乃葉は鶴見川に浮かぶ『自殺嗜好者(マニア)』の『友人』を発見した。

その『友人』の名は――『太宰治』。

香乃葉を実質保護し、香乃葉に共同生活の場を提供している『借宿の主』である。

太宰の姿を確認した香乃葉は、小さく溜め息を吐いて荷物を下ろすと、太宰救助の為に躊躇無く川面へと飛び込んだ――。



「――――太宰君。起きて、太宰君」

川から引き上げた太宰に呼び掛け乍ら、慣れた様子で太宰の頬をペチペチと叩き、肩を掴んで強めにユサユサ揺さぶると、緩慢な動きでもって太宰が目を覚ました。

「……ヤァ、お早う。香乃葉さん」

「……お早う、太宰君」

互いに軽く挨拶を交わすと、香乃葉は安堵の息を吐く。香乃葉が太宰の上から退くと同時に、太宰から落胆の声が上がった。

「……嗚呼。亦(また)死ねなかった」

「そう。善かったね、失敗出来て」

太宰の暗い声に、香乃葉は苦笑混じりに相槌を打つ。出会った当初こそ、太宰の趣味(自殺)に少なからず右往左往していたものの、日常茶飯事的に決行される心穏やかではない行為の数々に対して、今では幾分かは平常心で対応出来る様に為った程だ。

慣れとは恐ろしい。改めてそう思う香乃葉を他所に、太宰は小首を傾げている。

「今回は入水の際に、一寸(ちょっと)捻りを加えて見たンですけど。真逆、頭を打っただけで上手く往かなかったとは……」

未だに痛みを感じるのか。太宰は額を擦り乍ら唇を尖らせると、何処か悔しそうに呟く。一方で香乃葉は、成程と拊手する。

「引き上げた時に、気道に水が入ってたら如何しようかと思ったけど。そっか、気絶したお陰で水を飲まずに済んだンだね」

「そうだったンですか。いやぁ、それは実に惜しかったなぁ」

「何か云った?」

「イイエナニモ」

疑問への自己完結を済ませた香乃葉は、何処か意味深長で飄々とした太宰の物言いに、双眸を鋭く細める。それに対して、太宰は賢明に苦笑を浮かべるだけに留めた。

「……まぁ、善かったじゃない。運良く打ったのが後頭部じゃなくて」

「私的には非常に残念何ですが……イイエナンデモアリマセン」

睨まれた後の、飄々とした言動と苦笑。
再度繰り返される不毛な遣り取りに、香乃葉は小さく溜め息を吐くと、横たわった侭の太宰の額に柔らかく、手を翳した。

「一寸動かないでね。流石に晶子さん迄とは云えないけれど、この位なら私にも如何にか出来そうだから」

香乃葉が告げるのと同時に、太宰の額の上に有る香乃葉の掌中に熱源が発生する。


『貌(かたち)違えど、其の姿に差異無く。空々漠々にして極色胡蝶虚空へ舞い発つ。翅撃(はばた)き見(まみ)える現世の夢幻。――――――風よ。胡蝶ノ梦に染まれ』


香乃葉の掌中には、木漏れ日を思わせる黄色く輝く蝶々が宿り、太宰の傷を癒し始めていた。柔らかく暖かな――『日輪』を彷彿とさせる温度に、太宰は目を閉じる。

『柊香乃葉』は『異能力者』ではない。
そして。この術も『異能力』ではない。

然し。香乃葉は『此方の世界』で、『異能力者』と言う分類(カテゴリヰ)の体を取っている。それを提案したのは、太宰だ。

そして。それに則って、提案者である太宰は、香乃葉の『異能力』に名を付けた。

付与された能力名は――【胡蝶ノ梦】。

自身の生命力を炎へと顕現させ、七色の蝶々を召喚する。更にそれを元にして、七色各々の蝶に寄って様々な『現象(作用)』を起因させる――云わば、『世に生じる数多の現象に干渉出来る能力』である。無論、その『対象』は異能力も例外では無い。

故に。太宰の持つ『異能力無効化の異能』――『人間失格』さえも、現在進行形で難無く容易に無視(透過であり突破であり看破)している。これには、流石の太宰も驚きを感じ得なかったのは云う迄も無い。

香乃葉曰く。太宰の異能が働かないのは、香乃葉の異能力ではなく『性質』に因る処の問題であり、香乃葉自身が『此方の世界』での『異物(遺物)』と云う事に起因しているらしいが――それはまた別の機会で、本人の口から語られる事になるだろう。

「人の命は個人の物。世に在る人の命の在り様は人各々。だから、私が兎や角云うべきでは無いと思う。けれどね」

傷を癒し終えた後。幼子を宥めるかの様な手付きで、香乃葉は太宰の額を撫でる。

「自分の命に対して、余り自棄っぱちに成っては駄目だよ。太宰君」

幼子を諭すかの様に。真摯に響く言葉。
静かに紡がれる声音が、鼓膜を揺らす。

閉じた侭の瞼越しに感じる穏やかな温度に。今は亡き友人の面影と、道を示してくれた声が、太宰の中で重なった気がした。

「……ふふふ。香乃葉さんは、やっぱり私の友人に似てますね」

「そう?まぁ、私は彼の人の『二重存在(ドッペルゲンガー)』だから、似てると云えば似てるンじゃないかな?」

太宰の友人。今は亡き、太宰の理解者。
同時に。香乃葉の鏡合わせの二重存在。

香乃葉はその人物の記憶と未練から『此方の世界』に引き寄せられ、彼の人の想いを引き継ぎ、生前の叶わなかった未練を全うさせる為に、太宰の『友人』と為った。

然しながら――と。香乃葉は思考する。
自分とは違って――吃度、彼の人は、稀に見る『善い人間』だったに違い無い。
生前の姿でもう会えないのが、少しだけ、香乃葉には残念に思えて為らなかった。

二重存在。重ならない鏡合わせの魂。

もしも。別の形で出会えていたならば。
記憶の中に見た『最期』とは違った別の道が、彼の人に在ったのかも知れない。

然し。それは、もう叶わない事柄だ。
彼の人が復讐を遂げて鬼籍に入り、香乃葉が次元の境界を越えて『此方の世界』に召喚された時点で、既に彼の人の『死』は肯定された過去の事象と為って仕舞った。

故に。だからこそ。香乃葉が存在する。
亡き彼の人の意志と魂を宿し、『死』から反転した、命の延長線上に立っている。

身元不明の足の生えた幽霊として。
寂しがりな太宰の『友人』として。

孤独な魂の傍に。時間の許す限り。



「――さてと。やる事は済んだし。そろそろ店に戻らなくちゃ」

買い出しから帰る途中だった事を思い出しながら、香乃葉はスクッと立ち上がる。

「ほら。太宰君も。どうせ今日も無断で仕事を抜け出して来たンでしょ。また国木田君に怒られるよ?」

苦笑混じりに指摘し乍ら、香乃葉は太宰に手を差し伸べる。一方の太宰は、香乃葉の手を取ると、何処か胡散臭さが漂う清々しい程の微笑みを浮かべて立ち上がった。

「心配有りませんよ香乃葉さん。無断外出した私を捜して右往左往の四苦八苦で縦横無尽に奔放した暁に、私を連れ戻す迄の一連の流れが、国木田君の仕事ですから」

「心配大有りだよ太宰君。特に国木田君に対する心身的疲労な意味で大有りだよ」

胸に手を当て朗々と語る太宰に対して、香乃葉は間髪入れずに突っ込みを入れる。

香乃葉の勤め先こと喫茶処『うずまき』と、太宰の職場である武装探偵社は、同じ建築物の一階と四階に各々店子として入っている。云わば『ご近所同士』の間柄だ。

特に武装探偵社の従業員は、『うずまき』の御得意様である。同じ建築物の中に有る喫茶処としての利用頻度が高く、今では香乃葉も、武装探偵社の面々とは顔馴染み以上身内未満の良好な関係を築いている。

そんな太宰を含めた個性豊かな従業員の中でも、太宰の同僚である国木田独歩は、生真面目を地で行く仕事人間な人格者だ。

太宰曰く。太宰が探偵社に入社した日から、国木田は社長から直々に太宰の『お目付け役』を任命されたらしい。それからと云うもの、太宰の奇行に日々泡を喰わされ、泡を吹き、煮え湯を呑まされようとも、未だに国木田は仕事を投げ出していない。

その姿はいっそ涙ぐましいものがある。

実直で愚直で。理想を追い求める現実主義者である国木田。香乃葉が太宰と同居する件では一番気を揉んでいたが、香乃葉の苦笑混じりの説得――「成人男子の顎を蹴り砕く位は出来るから大丈夫だよ」(太宰を指差し乍ら)発言に、何故か尊敬の眼差しを向けられたのは記憶に新しい。

「そう云えば、もう直ぐ給料日前だよね。日頃の感謝とお詫びも兼ねて、国木田君に何かご馳走したいなぁ」

太宰の様に『隙在らば入り浸る』と云う頻度では無いものの、国木田も喫茶処に度々訪れている。そしてそれは、懐が一番寂しくなる給料日前が大半だったりする。

成人男子の文字通りの『独り暮らし』。
そう考えて、香乃葉の中の老婆心にも似たお節介な処が出て来るのは、成人済みと云っても年下の男子が相手だからだろう。

「え?それってもしかして、もしかしなくても。香乃葉さんの奢りですか?」

「別に構わないけど。仮に私持ち前提でも全然善いけど。その言い回しは、太宰君も一緒に着いて来る的な感じだよね?」

「当たり前じゃないですかっ!!」

覚醒したかの様にカッと目を見開くと、太宰は至極真面目な声音で熱弁し始める。

「二人が食事をするだなんて。そんな滅多に無い機会なのに、近場で見ないで如何やって私に楽しめって云うんですか!?」

「うん。寧ろ『山葵の焼酎割り(山葵割増+酩酊成分度数強)』なんて、飲み屋への挑戦状とも云うべき不届きな飲み物を作った子が一緒だと、流石に国木田君も心置き無く休めないンじゃないかと私は思う」

「いやぁ。業務時間外の国木田君の忍耐力が何処までの物かと思いまして♪」

「『テヘペロ☆』じゃないよ止めなさい太宰洒落や冗談抜きで国木田君が吐血しそうだから本当に止めなさいお願いだから」

太宰の茶目っ気を通り越して国木田が不憫に思えて来た香乃葉は、太宰を制止する傍らで、国木田への奢りに纏わる件は別の代案を立てようと、改めて強く決意した。

「ふふふ。香乃葉さんのお願いなら仕方有りませんね。それより、今日の夕食は如何しますか?外にでも食べに出ます?」

「そうだね。冷蔵庫の食材は明日買い足すとして、今日は『うずまき』で賄いを頂こうかな。その方が幾分か安く済むし」

喫茶処『うずまき』は、店員価格で通常価格よりも比較的安価に賄い食が摂れる。
香乃葉の事情(太宰との同居云々)を知っている店長夫婦の心遣いにより、こうして太宰と共に賄いに与る事も最近の習慣だ。

「あ、そうだ。明日買い出しに行く訳だけど、夕食は何が食べたい?」

「香乃葉さんにお任せしますよ」

「善し。じゃあ、太宰君が今日の仕事を頑張ったら、その分私も注文(リクエスト)にお応えしようかな」

「是非とも蟹料理でお願いします」

目を輝かせ乍ら要求して来る太宰に、香乃葉は苦笑を浮かべて「了解」と頷いた。

その後。太宰が寄り道(自殺)しない様にと、香乃葉が手を繋いで太宰を探偵社の事務所迄送り届けると、個性豊かで賑やかな社員の面々の出迎えと共に、国木田の(主に太宰に対する)怒号が飛んで来たのは、云うまでも無い。


こうして。香乃葉の『此方の世界』での比較的平穏な日々は、続いて行く――。






Next>>>>介錯的解釈文な後書き


*
前の記事へ 次の記事へ