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:†掌の中、空に舞う花†:



光を食み、風を掴み、咲き誇る君



春霞の空に伸び往く紅く芽吹く葉



散り急ぐ間際、一時の優美な姿を



情景を網膜と機械越しに切り取る



(魂が宿るとされるなら、嗚呼僥倖)



切り取られた時は不変的な記憶と



連続的な未来とを繋ぐ道標となり



掌の中、春の現世の一片となって



揺れる花色に再来の想いを馳せる







写メ図解:山桜。山の入り口にて。
(春の候。散り往く様を惜しみつつ)






:†四月馬鹿企画文豪夢奇譚・壱†:




※某恒例的な四月馬鹿夢小説シリーズ。
※文豪/ストレイ/ドッグスの二次創作。
※個人的に好きな作家様の文豪擬人化。
※基本的に一話完結の短編(?)で予定中。
※今回は森さんがお相手のマフィア譚。



【:深淵の呪・鬼の娯楽とする処:】



(其れは臓腑の奥深くに隠された支柱)
(暗澹たる虚無の外壁にて俯瞰する者)



――――怪奇犇めく魔都『ヨコハマ』には。
覗くのを憚られる幾つかの深淵が存在する。

中でも、異能力者の多くを構成員としている組織、ヨコハマの夜を牛耳るポートマフィア。

曰く、その組織にて、嘗て最年少幹部と称されさた権謀術数の権化。異能力無効化を擁する道化。

曰く、その道化の相方にて嫌悪対象。双黒であり相克を成す者。有象無象を破壊する重力遣い。

曰く、道化の部下であり弟子である黒き禍狗。敵対者の悉くを屠り死骸を積み上げる死の遣い。

曰く、その組織を束ねる者。数多の構成員を統括し、徹底した合理性と冷徹さを行使する首領。

曰くの付いて回る、ヨコハマの裏側に深く暗く根付く、曰く付きまみれの反社会的犯罪組織。

夜を牛耳るポートマフィアには、その勢力規模を物語る様に、ヨコハマの表と裏の世界だけでも、傘下組織を含めて多くの繋がりが存在する。


これは、その中の一つの繋がりの物語である。
そして、夜の世界の一人の深淵の物語である。





某月某日。ポートマフィアの拠点であるビルディングにて、とある『会合』が行われていた。


――――ミシリ。


静寂に満たされた室内にて鈍く響く、軋轢音。

その発現先を見遣れば、上から下まで真っ黒なゴシックロリータを身に纏った少女が、眼前で赦しを乞う様に土下座する初老の男の背を、厚底の靴を履いた細い足で、容赦無く踏み付けていた。

開いた紅い唐傘を肩に掛けて、クルリと回す。
それは、この上無く現実味の無い光景だった。

事態を把握していない者が見れば、何を見せられているのかと困惑の念を抱く事は否めない状況だろうが、場の空気はこの上無く殺伐している。

その静寂を破ったのは、少女の声だった。

「――――さて。どの面を下げて、ボクに頼み事何てしに来たんだい?」

少女の声を聴き、畏怖でガタガタと震える男の背から足を退ける事無く、少女は訊ねる。

「君達の一族は、保身の為に身内を火で焼いた。それを指摘した綾里の女を『狐憑き』と罵ったんだよ。それがどれだけの侮蔑か、解るかい?」

鈴を転がす如く響く声は、穏やかな口調でありながらも冷徹で明確な怒気を隠そうともしない。

「先代――ボクのお婆様にした君達の仕打ちを、綾里の女たちは忘れない。その障りを危惧して、君は鴎外殿を引き合いに出したんだろう?」


――――ミシリ、ミシリ。 


問いを重ねる毎に、男の背に掛かる圧は重さを増して往く。殺気にも似た不穏が膨らんで往く。

「君の矮小な保身の為に、お婆様の恩人を――綾里の女を人間として扱って呉れる稀なる御仁を、ボクへの盾として、立ち会わせたんだろう?」

それは、圧倒的な確信を含んだ問いだった。
それは、圧倒的に核心を突いた問いだった。
返答すらも拒否せんとする言霊の矛だった。


――――恥知らず。業腹にも程があるよ。


怒気と冷笑。血か宝石を彷彿とさせる紅い瞳に闇を宿し、獣にも似た獰猛な微笑を浮かべ乍ら、少女は男の背骨を踏み抜かんと足に力を込める。

と。それを見越していた様なタイミングで以て、その場に軽快に手を打つが二回、鳴り響いた。

「――――そこまでだ、けいし君」

少女の名を呼び制止を掛けたのは、少女を招集した、ポートマフィアの首領――森鴎外だった。

「君が云いたい事は分かる。しかし、その男は君が自ら手に掛ける程の相手ではないだろう?」

「…………」

鴎外の制止に対し、少女――綾里けいしは、徐に顔を上げた後、暫し鴎外と視線を交錯させる。

赤と紅。蛇の狡猾さと獣の残忍さ。内包する闇が互いの間で交わり、瞬時に空気が張り詰める。

「…………」

視線と思考の交錯の末。鴎外からの問いの解として、綾里は男の背から足を退けると、開いていた紅い唐傘をクルリと一つ回し、静かに閉じた。

それと同時に、張り詰めていた場の空気が霧散する。やや不服そうに唇を尖らせていた綾里だったが、一拍の間を置くと――まるで先程まで何事も無かったかの様に――微笑を浮かべて見せた。

「――ボクとしたことが、貴方の御前だと云うのに、随分とお見苦しい処を見せて仕舞ったね、鴎外殿。事前に知らせておけば佳かったかな?」

「いやいや、けいし君。私個人の意見としては、君程のうら若き可憐なお嬢さんならば、そのくらいお転婆な方が丁度良いと思うよ。それに、けいし君が激昂する姿何て、常の姿を知っている限りでも、中々お目に掛かれる物じゃないからね」

茶目っ気に指摘され、綾里は嫣然と微笑む。

「ボクの醜悪さを御存知の上で、本心から言霊で愛でられるのは貴方くらいなものだよ。流石は、あの『舶来の姫君』を奥方に囲うだけはある」

父親と娘程の歳の差。或いは、互いの立場など初めから度外視しているかの様に、鴎外と綾里の二人は砕けた口調で語り合う。その揶揄混じりの軽快な掛け合いは――宛(さなが)ら、気心の知れた旧友同士のそれを彷彿とさせるものであった。

「いやだなぁ、けいし君。可憐な少女の我儘やお転婆な様を、世間では醜悪とは云わないんだよ。あぁ、そうだ。この間街でエリスちゃんに似合いそうな凄く可愛いドレスを見付けてねぇ。お願いし続けて、漸く着て貰えたんだよ」

そう云うと、鴎外は至極幸福そうな表情を浮かべて、手にした携帯端末の画面を操作する。綾里の眼前に差し出された端末の画面には、花弁の様な襞(フリル)があしらわれた愛らしいドレスを纏った――金髪碧眼の少女の姿が写し出されていた。

「…………」

このドレスの為に、一体どれだけ貢いだのか。

そう疑念を抱かざる負えない程の洋菓子の大軍たちが、長テーブルに処狭しと陳列されている。

それを心行くまで堪能している少女は――流血と硝煙の香りが漂う闇には余りにも縁遠い――、砂糖菓子で出来た花の様な笑みを浮かべていた。

 「……相変わらず、姫君には甘いね。鴎外殿」

「そりゃあ、エリスちゃんの為だからね」

その上、両者共々御満悦の様子である。業の深いマフィアにしては実に平和的じゃあないかと、軽く諦念に近いものを抱き乍ら、綾里は口を開く。

「一般常識が破綻しているボクの云えた義理ではないけれど、奥方を引き合いに出されても惚気にしか聴こえないのは、まあ、あれだね。実に貴方らしい。うん、その嗜好が健在で何よりだよ」

ボクも甘いものは好きだしね。夫婦円満に越した事は無いよ。相互理解はとても大事だ。うん。

仲睦まじく微笑ましい様を――半ば遠い眼差しで――再認識した綾里は、その甘さを払拭せんと、ポシェットから板状の物を取り出して、そのまま躊躇無く包みを破る。銀色の下から覗いた暗褐色の菓子に歯を立て、パキリと齧り、咀嚼する。

唯一の『主食』であるチョコレート。その甘さに浸っていると、 未だに土下座姿勢で床と対面している男の姿が目に付く。綾里の口許が、歪む。

「あぁ、何だ。未だ居たのかい」

パキリと、チョコレートが割れる。
暗褐色がとろりと蕩けて、崩れる。

「ボクの希望としてはね、この場で君の背を踏み抜いて首を叩き落としても良かったんだよ。娯楽に成らない事で腹を満たすのは、退屈だからね」

ふぅと。チョコレートの香りの混ざる悩まし気な吐息が、陰惨な毒薬と棘に成って吐き出される。
感情の無い淡々とした口調で紡がれる声音に、男は肩を震わせた。綾里はそれを一瞥すると、鴎外を見遣り、猫の様な微笑を浮かべて見せた。

「君の依頼は承諾したよ。折角の鴎外殿からの申し出だ。心から快く引き受けようじゃあないか」


――――だから、早く此処から出て行き給えよ。


身を屈め、綾里は男の耳元で囁く。チョコレートの香りが混じる声音は、酷く蠱惑的で、冷利で、毒々しい響きを伴い乍ら、男の鼓膜を揺らした。

それに呼応し、弾かれる様にして、男は足を縺れさせ乍らも、情けない声を上げて退室する。
その様子を一瞥する事無く、綾里はポシェットから二枚目のチョコレートを取り出して、食べ始める。暗褐色が砕け、崩れ、呑み込まれて往く。

「結末の知れたお伽噺なんて、チョコレートの空き箱と同じくらい退屈だよ。足下に捨て置いて転がした処で、何が変わる訳でも無いのだからね」

誰に云うでも無く呟き、綾里は小さく欠伸を溢すと、指に付いた蕩けたチョコレートを妖艶に舐め取り、唇に付いたものを紅く濡れた舌先で拭う。

仮に血を好む怪(あやかし)が居たとしたら、吃度この様な姿をしているに違いない。そう鴎外が抱く程に、綾里の姿は現実味を帯びていなかった。

「……先程の彼が如何なるのか、けいし君には分かるのかい?」

「おや? これはまた、貴方にしては随分と些末な事を気に掛けるじゃないか。ねぇ? 鴎外殿」

鴎外からの問いに、チョコレートを食べ終えた綾里は、猫の様にニヤリと笑って小首を傾げた。

 「ボクは交わした約束は守るし、必要ならばそれに応じて助力も協力もするよ。けれども、ね」

パチリ。閉じていた唐傘を開き、それを肩に掛ければ、再び紅い花が咲く。ふわりと、ゴシックロリータのドレスの裾の黒い襞(フリル)が揺れる。

人形の様に美しく可憐な造形の顔に浮かび上がるのは、猫を彷彿とさせる――獰猛な獣の微笑。

「ボクは、決して人は救わない。貴方も御存知だとは思うけど。あと、次いでに云えば、先程の恥知らずは、遠からず死ぬよ。態々ボクが手を煩わせなくても、彼は焼かれて炭になるだろうさ」

何せ『燃える水子』が憑いていたからね。
『煉獄の業火』はさぞかし綺麗だろうさ。
退屈な『見世物』の及第点には相応しい。

「……流石は、古(いにしえ)よりヨコハマの地を守る『生き神』の一族の力、と云った処かな?」

 歌う様に。朗々と語るヨコハマの『生き神』。
異界と深淵を遊び場とする、継承の異能力者。

綾里が身に宿すモノを認識している、夜の世界の支配者――鴎外は、穏やかな微笑を浮かべる。

「……鴎外殿。まさか、貴方までその下らない『呼称』で、ボクを呼ばれる訳ではないよね?」

「おや、未だに不快かね?」

問いの応酬の末に、綾里は僅かに眉を寄せる。

「ボクがそう呼ばれるのは、ボクが今の名と共に異能力を引き継ぎ、立場を受け入れたからだ。その事実は変わらないよ。変えようとも思わない」

けれどね、と綾里は忌々しそうに鴎外に続ける。

「ボクは崇められるのも縋り付かれるのも嫌いだよ。人が望む神の在り方とは、人の迷いを救済し、人の苦悩に寄り添い、人の心の在り方を説き伏せるモノだ。ボクはその思想を保持していない。だから、その『呼称』は現で一番嫌いだよ」

ボクにとって、他人の苦痛も苦悩も無意味だよ。
暇潰しにはしても、寄り添うつもりは毛頭無い。
死とチョコレートの甘さを天秤に掛けるだけさ。

「結局ボクと云う醜悪はね、生まれ落ちた時から『人成らざるモノとして在れ』と生かされ、素質が有るだけで『異能の贄』として捧げられた『器(入れ物)』だ。生き乍らにヨコハマの『柱(背骨)』にされただけの、ただの非力な小娘だよ」

異能特務課。武装探偵社。ポートマフィア。
『三刻構想』を始めとした、『異能力』が付随する様々な組織がヨコハマに建立するよりも昔――彼の大戦よりも遥か以前から、影の存在として、『約定の地』たるヨコハマを守護するモノ。

『異能力』が今在る――確立された概念として存在していなかった頃からの、悪習と信仰の産物。

世界の裏側。その行間を区切る者。
現世と異界の境界を取り仕切る者。

故に、『罫紙(けいし)』と名付けられた一族。
故に、『継子(けいし)』と名付けられた少女。

「『人成らざるモノ』として在りながらも神には成れず、なまじ『生き神』としての『宿命』を受け入れて仕舞ったが故に、然るべき時が来るまで、人には戻れない。中途半端で醜悪な生き物」

――――それが、今在るボクの凡てだよ。

悲嘆でも憤怒でも。況してや絶望の色でもなく。
自身の存在。その現実を静かに受け入れている。
諦念の向こう側。それすらも意味を成さぬ様に。

綾里は、白磁の手を胸に当てて、嫣然と微笑む。
現実味を帯びずとも、人間として存在している。

ヨコハマに生きる、異能力者の一人(柱)として。
ヨコハマを守る、現の裏側と異界の住人として。

臓腑の奥に人知れず佇むヨコハマの背骨として。

「――まぁ。今更そんな退屈な事なんて、ボクにとっては如何でも良いのだけれどね。引っ繰り返して見た処で、何が変わる訳でもないのだし」

至極つまらなそうな口調で他人事の様に言霊を転がして、綾里は三枚目のチョコレートに手を掛ける。梃子でも動かせない事実など、最早眼中に無いと云わんばかりの様子に、鴎外は苦笑する。

「何分と忙しなくて申し訳無いね、けいし君」

「構わないよ、鴎外殿。此処はそう云う処で、この街はそう云う場所だ。今更気構えようが無いじゃないか。臓腑だろうが背骨だろうが、所詮はヨコマハを構成する器官でしかないのだからね」

賑やかで退屈しないだけ、幾分か素敵だよ。
チョコレートを割り砕き、綾里は微笑んだ。



「……さて。用件も済んだ事だし、ボクもそろそろ失礼させて貰うよ、鴎外殿」

「おや、もう帰って仕舞うのかい? 久々に『此方』に出て来られたのだから、もう少し居てくれても構わないのだよ?」

「お気持ちだけ頂いておくよ。ボクが長居をした所為で、貴方のポートマフィアに障りが出てはいけないからね。異界とを繋ぐ遊び場には打って付けだけれど、潰して仕舞うには余りにも惜しい」

チョコレートを食べ終えた綾里は、名残惜しそうに問い掛ける鴎外に対し、不穏を否めない核弾頭発言を投下しつつ、悪戯っぽくクスクスと笑う。

「まあ。冗談はさておき、そろそろボクの部下が腹を裂かせて待っているかも知れないからね」

「ああ、けいし君が拾った子かい?」

「そうだよ。物騒な案件の悉くに好かれ、尚且つ女難の相が出ている。はっきり云って『人間事故物件』だね。それでも、ボクの為に生きる盾であり、ボク好みの退屈しのぎでもある暇潰しさ」

これで異能力者でないのは不幸中の幸いだね。
そう云い乍ら、綾里は猫の様に嫣然と微笑む。
その綾里の発言に、鴎外は興味深そうに頷く。
 
「ふむ。けいし君が他人を傍に置くとは珍しい。訳在りとは云え、中々に興味深い話じゃないか」

「まさか。ただの合縁奇縁だよ。ボク以外に彼を人間として生かせる場所が無いから、その見返りでボクの手足にしているだけさ。近場のコンビニにチョコレートを買いに行かせる為の駒だよ」

「それにしても、だ。異能力以外は一般人と大差無いけいし君と、君の部下の子が一緒に居る図と云うのも……易々と想像出来るものでは無いね」

綾里が本家を毛嫌いし、家を出て、ヨコマハ郊外に在るマンションを丸々買い取り、其処で現世を俯瞰する傍らで退屈しのぎに探偵を名乗り、チョコレートを食べ乍ら独り暮らしをしている事を知っている鴎外からすれば、中々に奇異な状況だ。

そんな思案気な鴎外を他所に、綾里は開いたままの唐傘をクルリと一つ回す。紅い花が闇に咲く。

「そこまで云うのならば、鴎外殿に彼を会わせても良いよ。ただし、ボクの付人兼助手としてだ。単独で会うには、彼は少々特殊過ぎるからね」

「それは名案だ。けいし君が来てくれるならば、此方も身構えなくて良い。そう遠くならない内に、会合の席を設けるとしようじゃないか」

「決まりだね」

綾里の提案に、鴎外は色の良い反応を見せる。
互いの距離感としてはギリギリ及第点と云った処だが、綾里としては、部下とは違い突っつかれて痛む腹は持ち合わせていないので、これはこれで問題無いだろう。最悪特務課は無視すれば良い。

「……では、鴎外殿。またいずれ、桜の席で」

「うん。またね、けいし君。待っているよ」

互いに挨拶を交わし、綾里はゴシックロリータの裾を軽く持ち上げ、中世の貴族の様に優雅に礼を披露する。その後、肩に掛けていた唐傘をヒラリと手で回すと、鴎外の眼前に紅い花が咲いた。

パチリ。数秒遅れて傘が閉じる音と共に、視界から紅い色の余韻が消え、綾里の気配が霧散する。

夜の支配者の部屋には、僅かな光源と其処から立ち込める様な深い闇が、静かに横たわっていた。


 
(其れは暗闇の奥深くに隠された醜悪)
(陰惨たる夢幻の内壁にて傍観する者)
 


 【:深淵の呪・鬼の娯楽とする処:】



《完》






※次回予告は未定です。悪しからず(お辞儀)









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