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:†四月馬鹿企画文豪夢奇譚・壱†:




※某恒例的な四月馬鹿夢小説シリーズ。
※文豪/ストレイ/ドッグスの二次創作。
※個人的に好きな作家様の文豪擬人化。
※基本的に一話完結の短編(?)で予定中。
※今回は森さんがお相手のマフィア譚。



【:深淵の呪・鬼の娯楽とする処:】



(其れは臓腑の奥深くに隠された支柱)
(暗澹たる虚無の外壁にて俯瞰する者)



――――怪奇犇めく魔都『ヨコハマ』には。
覗くのを憚られる幾つかの深淵が存在する。

中でも、異能力者の多くを構成員としている組織、ヨコハマの夜を牛耳るポートマフィア。

曰く、その組織にて、嘗て最年少幹部と称されさた権謀術数の権化。異能力無効化を擁する道化。

曰く、その道化の相方にて嫌悪対象。双黒であり相克を成す者。有象無象を破壊する重力遣い。

曰く、道化の部下であり弟子である黒き禍狗。敵対者の悉くを屠り死骸を積み上げる死の遣い。

曰く、その組織を束ねる者。数多の構成員を統括し、徹底した合理性と冷徹さを行使する首領。

曰くの付いて回る、ヨコハマの裏側に深く暗く根付く、曰く付きまみれの反社会的犯罪組織。

夜を牛耳るポートマフィアには、その勢力規模を物語る様に、ヨコハマの表と裏の世界だけでも、傘下組織を含めて多くの繋がりが存在する。


これは、その中の一つの繋がりの物語である。
そして、夜の世界の一人の深淵の物語である。





某月某日。ポートマフィアの拠点であるビルディングにて、とある『会合』が行われていた。


――――ミシリ。


静寂に満たされた室内にて鈍く響く、軋轢音。

その発現先を見遣れば、上から下まで真っ黒なゴシックロリータを身に纏った少女が、眼前で赦しを乞う様に土下座する初老の男の背を、厚底の靴を履いた細い足で、容赦無く踏み付けていた。

開いた紅い唐傘を肩に掛けて、クルリと回す。
それは、この上無く現実味の無い光景だった。

事態を把握していない者が見れば、何を見せられているのかと困惑の念を抱く事は否めない状況だろうが、場の空気はこの上無く殺伐している。

その静寂を破ったのは、少女の声だった。

「――――さて。どの面を下げて、ボクに頼み事何てしに来たんだい?」

少女の声を聴き、畏怖でガタガタと震える男の背から足を退ける事無く、少女は訊ねる。

「君達の一族は、保身の為に身内を火で焼いた。それを指摘した綾里の女を『狐憑き』と罵ったんだよ。それがどれだけの侮蔑か、解るかい?」

鈴を転がす如く響く声は、穏やかな口調でありながらも冷徹で明確な怒気を隠そうともしない。

「先代――ボクのお婆様にした君達の仕打ちを、綾里の女たちは忘れない。その障りを危惧して、君は鴎外殿を引き合いに出したんだろう?」


――――ミシリ、ミシリ。 


問いを重ねる毎に、男の背に掛かる圧は重さを増して往く。殺気にも似た不穏が膨らんで往く。

「君の矮小な保身の為に、お婆様の恩人を――綾里の女を人間として扱って呉れる稀なる御仁を、ボクへの盾として、立ち会わせたんだろう?」

それは、圧倒的な確信を含んだ問いだった。
それは、圧倒的に核心を突いた問いだった。
返答すらも拒否せんとする言霊の矛だった。


――――恥知らず。業腹にも程があるよ。


怒気と冷笑。血か宝石を彷彿とさせる紅い瞳に闇を宿し、獣にも似た獰猛な微笑を浮かべ乍ら、少女は男の背骨を踏み抜かんと足に力を込める。

と。それを見越していた様なタイミングで以て、その場に軽快に手を打つが二回、鳴り響いた。

「――――そこまでだ、けいし君」

少女の名を呼び制止を掛けたのは、少女を招集した、ポートマフィアの首領――森鴎外だった。

「君が云いたい事は分かる。しかし、その男は君が自ら手に掛ける程の相手ではないだろう?」

「…………」

鴎外の制止に対し、少女――綾里けいしは、徐に顔を上げた後、暫し鴎外と視線を交錯させる。

赤と紅。蛇の狡猾さと獣の残忍さ。内包する闇が互いの間で交わり、瞬時に空気が張り詰める。

「…………」

視線と思考の交錯の末。鴎外からの問いの解として、綾里は男の背から足を退けると、開いていた紅い唐傘をクルリと一つ回し、静かに閉じた。

それと同時に、張り詰めていた場の空気が霧散する。やや不服そうに唇を尖らせていた綾里だったが、一拍の間を置くと――まるで先程まで何事も無かったかの様に――微笑を浮かべて見せた。

「――ボクとしたことが、貴方の御前だと云うのに、随分とお見苦しい処を見せて仕舞ったね、鴎外殿。事前に知らせておけば佳かったかな?」

「いやいや、けいし君。私個人の意見としては、君程のうら若き可憐なお嬢さんならば、そのくらいお転婆な方が丁度良いと思うよ。それに、けいし君が激昂する姿何て、常の姿を知っている限りでも、中々お目に掛かれる物じゃないからね」

茶目っ気に指摘され、綾里は嫣然と微笑む。

「ボクの醜悪さを御存知の上で、本心から言霊で愛でられるのは貴方くらいなものだよ。流石は、あの『舶来の姫君』を奥方に囲うだけはある」

父親と娘程の歳の差。或いは、互いの立場など初めから度外視しているかの様に、鴎外と綾里の二人は砕けた口調で語り合う。その揶揄混じりの軽快な掛け合いは――宛(さなが)ら、気心の知れた旧友同士のそれを彷彿とさせるものであった。

「いやだなぁ、けいし君。可憐な少女の我儘やお転婆な様を、世間では醜悪とは云わないんだよ。あぁ、そうだ。この間街でエリスちゃんに似合いそうな凄く可愛いドレスを見付けてねぇ。お願いし続けて、漸く着て貰えたんだよ」

そう云うと、鴎外は至極幸福そうな表情を浮かべて、手にした携帯端末の画面を操作する。綾里の眼前に差し出された端末の画面には、花弁の様な襞(フリル)があしらわれた愛らしいドレスを纏った――金髪碧眼の少女の姿が写し出されていた。

「…………」

このドレスの為に、一体どれだけ貢いだのか。

そう疑念を抱かざる負えない程の洋菓子の大軍たちが、長テーブルに処狭しと陳列されている。

それを心行くまで堪能している少女は――流血と硝煙の香りが漂う闇には余りにも縁遠い――、砂糖菓子で出来た花の様な笑みを浮かべていた。

 「……相変わらず、姫君には甘いね。鴎外殿」

「そりゃあ、エリスちゃんの為だからね」

その上、両者共々御満悦の様子である。業の深いマフィアにしては実に平和的じゃあないかと、軽く諦念に近いものを抱き乍ら、綾里は口を開く。

「一般常識が破綻しているボクの云えた義理ではないけれど、奥方を引き合いに出されても惚気にしか聴こえないのは、まあ、あれだね。実に貴方らしい。うん、その嗜好が健在で何よりだよ」

ボクも甘いものは好きだしね。夫婦円満に越した事は無いよ。相互理解はとても大事だ。うん。

仲睦まじく微笑ましい様を――半ば遠い眼差しで――再認識した綾里は、その甘さを払拭せんと、ポシェットから板状の物を取り出して、そのまま躊躇無く包みを破る。銀色の下から覗いた暗褐色の菓子に歯を立て、パキリと齧り、咀嚼する。

唯一の『主食』であるチョコレート。その甘さに浸っていると、 未だに土下座姿勢で床と対面している男の姿が目に付く。綾里の口許が、歪む。

「あぁ、何だ。未だ居たのかい」

パキリと、チョコレートが割れる。
暗褐色がとろりと蕩けて、崩れる。

「ボクの希望としてはね、この場で君の背を踏み抜いて首を叩き落としても良かったんだよ。娯楽に成らない事で腹を満たすのは、退屈だからね」

ふぅと。チョコレートの香りの混ざる悩まし気な吐息が、陰惨な毒薬と棘に成って吐き出される。
感情の無い淡々とした口調で紡がれる声音に、男は肩を震わせた。綾里はそれを一瞥すると、鴎外を見遣り、猫の様な微笑を浮かべて見せた。

「君の依頼は承諾したよ。折角の鴎外殿からの申し出だ。心から快く引き受けようじゃあないか」


――――だから、早く此処から出て行き給えよ。


身を屈め、綾里は男の耳元で囁く。チョコレートの香りが混じる声音は、酷く蠱惑的で、冷利で、毒々しい響きを伴い乍ら、男の鼓膜を揺らした。

それに呼応し、弾かれる様にして、男は足を縺れさせ乍らも、情けない声を上げて退室する。
その様子を一瞥する事無く、綾里はポシェットから二枚目のチョコレートを取り出して、食べ始める。暗褐色が砕け、崩れ、呑み込まれて往く。

「結末の知れたお伽噺なんて、チョコレートの空き箱と同じくらい退屈だよ。足下に捨て置いて転がした処で、何が変わる訳でも無いのだからね」

誰に云うでも無く呟き、綾里は小さく欠伸を溢すと、指に付いた蕩けたチョコレートを妖艶に舐め取り、唇に付いたものを紅く濡れた舌先で拭う。

仮に血を好む怪(あやかし)が居たとしたら、吃度この様な姿をしているに違いない。そう鴎外が抱く程に、綾里の姿は現実味を帯びていなかった。

「……先程の彼が如何なるのか、けいし君には分かるのかい?」

「おや? これはまた、貴方にしては随分と些末な事を気に掛けるじゃないか。ねぇ? 鴎外殿」

鴎外からの問いに、チョコレートを食べ終えた綾里は、猫の様にニヤリと笑って小首を傾げた。

 「ボクは交わした約束は守るし、必要ならばそれに応じて助力も協力もするよ。けれども、ね」

パチリ。閉じていた唐傘を開き、それを肩に掛ければ、再び紅い花が咲く。ふわりと、ゴシックロリータのドレスの裾の黒い襞(フリル)が揺れる。

人形の様に美しく可憐な造形の顔に浮かび上がるのは、猫を彷彿とさせる――獰猛な獣の微笑。

「ボクは、決して人は救わない。貴方も御存知だとは思うけど。あと、次いでに云えば、先程の恥知らずは、遠からず死ぬよ。態々ボクが手を煩わせなくても、彼は焼かれて炭になるだろうさ」

何せ『燃える水子』が憑いていたからね。
『煉獄の業火』はさぞかし綺麗だろうさ。
退屈な『見世物』の及第点には相応しい。

「……流石は、古(いにしえ)よりヨコハマの地を守る『生き神』の一族の力、と云った処かな?」

 歌う様に。朗々と語るヨコハマの『生き神』。
異界と深淵を遊び場とする、継承の異能力者。

綾里が身に宿すモノを認識している、夜の世界の支配者――鴎外は、穏やかな微笑を浮かべる。

「……鴎外殿。まさか、貴方までその下らない『呼称』で、ボクを呼ばれる訳ではないよね?」

「おや、未だに不快かね?」

問いの応酬の末に、綾里は僅かに眉を寄せる。

「ボクがそう呼ばれるのは、ボクが今の名と共に異能力を引き継ぎ、立場を受け入れたからだ。その事実は変わらないよ。変えようとも思わない」

けれどね、と綾里は忌々しそうに鴎外に続ける。

「ボクは崇められるのも縋り付かれるのも嫌いだよ。人が望む神の在り方とは、人の迷いを救済し、人の苦悩に寄り添い、人の心の在り方を説き伏せるモノだ。ボクはその思想を保持していない。だから、その『呼称』は現で一番嫌いだよ」

ボクにとって、他人の苦痛も苦悩も無意味だよ。
暇潰しにはしても、寄り添うつもりは毛頭無い。
死とチョコレートの甘さを天秤に掛けるだけさ。

「結局ボクと云う醜悪はね、生まれ落ちた時から『人成らざるモノとして在れ』と生かされ、素質が有るだけで『異能の贄』として捧げられた『器(入れ物)』だ。生き乍らにヨコハマの『柱(背骨)』にされただけの、ただの非力な小娘だよ」

異能特務課。武装探偵社。ポートマフィア。
『三刻構想』を始めとした、『異能力』が付随する様々な組織がヨコハマに建立するよりも昔――彼の大戦よりも遥か以前から、影の存在として、『約定の地』たるヨコハマを守護するモノ。

『異能力』が今在る――確立された概念として存在していなかった頃からの、悪習と信仰の産物。

世界の裏側。その行間を区切る者。
現世と異界の境界を取り仕切る者。

故に、『罫紙(けいし)』と名付けられた一族。
故に、『継子(けいし)』と名付けられた少女。

「『人成らざるモノ』として在りながらも神には成れず、なまじ『生き神』としての『宿命』を受け入れて仕舞ったが故に、然るべき時が来るまで、人には戻れない。中途半端で醜悪な生き物」

――――それが、今在るボクの凡てだよ。

悲嘆でも憤怒でも。況してや絶望の色でもなく。
自身の存在。その現実を静かに受け入れている。
諦念の向こう側。それすらも意味を成さぬ様に。

綾里は、白磁の手を胸に当てて、嫣然と微笑む。
現実味を帯びずとも、人間として存在している。

ヨコハマに生きる、異能力者の一人(柱)として。
ヨコハマを守る、現の裏側と異界の住人として。

臓腑の奥に人知れず佇むヨコハマの背骨として。

「――まぁ。今更そんな退屈な事なんて、ボクにとっては如何でも良いのだけれどね。引っ繰り返して見た処で、何が変わる訳でもないのだし」

至極つまらなそうな口調で他人事の様に言霊を転がして、綾里は三枚目のチョコレートに手を掛ける。梃子でも動かせない事実など、最早眼中に無いと云わんばかりの様子に、鴎外は苦笑する。

「何分と忙しなくて申し訳無いね、けいし君」

「構わないよ、鴎外殿。此処はそう云う処で、この街はそう云う場所だ。今更気構えようが無いじゃないか。臓腑だろうが背骨だろうが、所詮はヨコマハを構成する器官でしかないのだからね」

賑やかで退屈しないだけ、幾分か素敵だよ。
チョコレートを割り砕き、綾里は微笑んだ。



「……さて。用件も済んだ事だし、ボクもそろそろ失礼させて貰うよ、鴎外殿」

「おや、もう帰って仕舞うのかい? 久々に『此方』に出て来られたのだから、もう少し居てくれても構わないのだよ?」

「お気持ちだけ頂いておくよ。ボクが長居をした所為で、貴方のポートマフィアに障りが出てはいけないからね。異界とを繋ぐ遊び場には打って付けだけれど、潰して仕舞うには余りにも惜しい」

チョコレートを食べ終えた綾里は、名残惜しそうに問い掛ける鴎外に対し、不穏を否めない核弾頭発言を投下しつつ、悪戯っぽくクスクスと笑う。

「まあ。冗談はさておき、そろそろボクの部下が腹を裂かせて待っているかも知れないからね」

「ああ、けいし君が拾った子かい?」

「そうだよ。物騒な案件の悉くに好かれ、尚且つ女難の相が出ている。はっきり云って『人間事故物件』だね。それでも、ボクの為に生きる盾であり、ボク好みの退屈しのぎでもある暇潰しさ」

これで異能力者でないのは不幸中の幸いだね。
そう云い乍ら、綾里は猫の様に嫣然と微笑む。
その綾里の発言に、鴎外は興味深そうに頷く。
 
「ふむ。けいし君が他人を傍に置くとは珍しい。訳在りとは云え、中々に興味深い話じゃないか」

「まさか。ただの合縁奇縁だよ。ボク以外に彼を人間として生かせる場所が無いから、その見返りでボクの手足にしているだけさ。近場のコンビニにチョコレートを買いに行かせる為の駒だよ」

「それにしても、だ。異能力以外は一般人と大差無いけいし君と、君の部下の子が一緒に居る図と云うのも……易々と想像出来るものでは無いね」

綾里が本家を毛嫌いし、家を出て、ヨコマハ郊外に在るマンションを丸々買い取り、其処で現世を俯瞰する傍らで退屈しのぎに探偵を名乗り、チョコレートを食べ乍ら独り暮らしをしている事を知っている鴎外からすれば、中々に奇異な状況だ。

そんな思案気な鴎外を他所に、綾里は開いたままの唐傘をクルリと一つ回す。紅い花が闇に咲く。

「そこまで云うのならば、鴎外殿に彼を会わせても良いよ。ただし、ボクの付人兼助手としてだ。単独で会うには、彼は少々特殊過ぎるからね」

「それは名案だ。けいし君が来てくれるならば、此方も身構えなくて良い。そう遠くならない内に、会合の席を設けるとしようじゃないか」

「決まりだね」

綾里の提案に、鴎外は色の良い反応を見せる。
互いの距離感としてはギリギリ及第点と云った処だが、綾里としては、部下とは違い突っつかれて痛む腹は持ち合わせていないので、これはこれで問題無いだろう。最悪特務課は無視すれば良い。

「……では、鴎外殿。またいずれ、桜の席で」

「うん。またね、けいし君。待っているよ」

互いに挨拶を交わし、綾里はゴシックロリータの裾を軽く持ち上げ、中世の貴族の様に優雅に礼を披露する。その後、肩に掛けていた唐傘をヒラリと手で回すと、鴎外の眼前に紅い花が咲いた。

パチリ。数秒遅れて傘が閉じる音と共に、視界から紅い色の余韻が消え、綾里の気配が霧散する。

夜の支配者の部屋には、僅かな光源と其処から立ち込める様な深い闇が、静かに横たわっていた。


 
(其れは暗闇の奥深くに隠された醜悪)
(陰惨たる夢幻の内壁にて傍観する者)
 


 【:深淵の呪・鬼の娯楽とする処:】



《完》






※次回予告は未定です。悪しからず(お辞儀)









:†文スト夢小説/乱歩夢(閑話)†:




*文豪/ストレイ/ドッグスで短篇夢譚。
*登場夢主は乱歩の相方で福沢の養女。
*日常系なほのぼの話を目指してます。
*夢主が『願い事』を考える閑話な譚。



【:†願い事を綴る七夕の日の譚†:】



無尽蔵に転がる選択肢や願望の中で。
それこそ、星の数程のそれらの中で。

たった一つだけ、選び取るとしたら。
私は一体、何を手に取るべきだろう。



「はい詩歩、コレあげる♪」

「……これって、短冊?」

書類を纏めている最中。重ね合わせた白い紙面の上に被せる様に差し出された長方形の色紙を受け取り乍ら、小首を傾げる。
渡された色紙は、淡く柔らかな橙色だ。

「今日は七夕だからねぇ。折角だから、皆でコレに願い事を書かないかって事になったんだよ。今夜は晴れるみたいだしね」

私の問いに、乱歩は上機嫌で返答する。
それにつられて、他の社員の机(デスク)を見遣れば、皆各々思い思いに短冊に願い事を記入している最中らしく、賑やかだ。

社員たちが行事を嗜む姿は、伝統を重んじると云う風よりも、それに便乗して、ワイワイ楽しんでいる意味合いの方が強い。

「詩歩は、願い事に何て書くの?」

「……う〜ん」

乱歩に問われ、私は再度小首を傾げる。

昔――、社長(義父様)と乱歩に救われた当初は、願い事の意味すら知らなかった。

それが意味を帯びて輝きを宿した頃には、私は探偵社の最古参の一人になっていた。
乱歩の背を支え、乱歩の隣に在る事が、私の欠けた空白の部分を埋める様に自然と、探偵社に於ける私の役目になっていた。

武装探偵の社員になってから十数年。
事務員統括主任になってからは数年。

薄暮の刻に正義の旗を掲げ打ち立て続けて来て、今に至るまでを振り返り乍ら、改めて、今此処に在る温かな情景を見遣る。

「……」

太宰は国木田に絡んでは、例に漏れず投げ飛ばされている。大方、太宰が国木田の書いた短冊の内容でも揶揄ったのだろう。

潤一郎とナオミちゃんは、お互いの短冊の内容を見せ合い乍ら、人目も憚らず恒例の仲睦まじい触れ合いを繰り広げている。

天井に着く高さの竹を運んで来た賢治君は、里芋の葉に溜まった朝露で墨を擦って、習字の手習いをして来たと話している。

その話を聞く傍らでは、晶子ちゃんが願い事を書き乍ら彦星に悪態を吐いている。年に一度しか河を渡れないとか根性無し云々の旨を溢しつつ、苦笑を浮かべている。

敦君と鏡花ちゃんは、如何やら七夕の行事が初めての様で。願い事を彼是悩み乍らも、楽しそうに会話に花を咲かせている。

「……」

斬った張ったの荒事を領分とする武装探偵社の、平穏な一時。その情景と短冊とを見較べ、口許に笑みが浮かぶのを感じた。

「……これは、難しいね」

「ふぅん? 願い事を書くだけなのに?」

私の内心を察しているだろう乱歩は、悪戯っぽく、楽しそうな声音で訊ねて来る。

「……昔には無かったものが、沢山増えたから。願い事も、選ぶのが難しいよ」

乱歩に応え乍ら、胸ポケットから万年筆を取り出して、短冊に願い事を記入する。

温もりを宿した星たちを『幸せ』と云うのならば、自ずと願い事は定まって来る。
選ぶのが難しいのなら、その願いに当て填まるものを全部一纏めにして仕舞えば良いのだ。そうすれば迷う必要は無くなる。

「……うん、出来た」

短冊の記入を終えて頷くと、私は社員たちの賑わいの中へと、足を進めた――。



例え、この願いが天に届かなくても。
例え、この行為に確実性等無くても。

私は、願いを願わずにはいられない。
それが、私の望んでいる最上だから。


『この平穏が長く続きますように』






はい。皆様こんにちは♪
山間の家にも関わらず慣れない熱帯夜に最近やられ気味の燈乃さんです(´△`;)

夜間の熱中症にはご注意下さいませっ!!

さて。今回載せましたのは、久々の文スト乱歩夢でございます。しかも閑話です。
そして。何気に七夕当日に上げられなかったネタの雪辱戦だったりします(Σヲイ)

織姫と彦星のあるあるネタでは無く、夢主の『願い事』に対する彼是を綴ってみました。あと、夢主視点から見た、社員たちの動きやそう言った感じの諸々を色々と。
寒地鼠の案件で本家が未だ修羅場から落ち着いていないので、ほのぼのを投下(爆)

昔には無かった大切なものが増えて来た上で、それらを守ろうとする夢主の思想は、社長から受け継いだものの一つですね。
勿論、武術も同等に受け継いでいます。
その辺りの過去の出来事も、少しずつ綴っていけたらと考えています。道は長い←

そして多分。この後、探偵社では流し素麺とかのイベントが行われると思います。
で。太宰が盛り上がった雰囲気に止めを刺しに行くと思います→国木田激怒の図。

……はい。そんなこんなで。今回もここまでお付き合い頂きましてありがとうございます。乱歩夢とか称して今回はあまり乱歩さんと絡んでないので、次回はもう少し夢主との絡みを多くしたいですね(*^ω^*)



ではでは、今回はこの辺で☆



*

:†文スト夢小説/乱歩夢(閑話)†:




*文豪/ストレイ/ドッグスで短篇夢譚。
*登場夢主は乱歩の相方で福沢の養女。
*日常系なほのぼの話を目指してます。
*原作の一話と二話の間に当たる閑話。



【:†虎の子を迎える前日譚†:】



三角巾と前掛け(エプロン)を着用し、掃除用具と幾つかの工具を持ち込む。無人が続いた事を考慮して、備品の家電に一通りの手入れを施し、社員寮の一室を見渡す。

人の不在になった部屋は酷く傷み易い。
空気に熱が無く、流れも無く、人の手が加わらなくなった空間は、迚も澱み易い。

「――ふぅ、良し」

清掃と手入れを遣り遂げた達成感と共に、一息吐くと、最後の点検に取り掛かる。

「……瓦斯良し。水道良し。電気良し」

焜炉の青い火。流れる水。部屋の電灯。
必要最低限のライフラインは概ね良好。

「……家電良し。寝具良し。収納良し」

空っぽの冷蔵庫。天日干しの蒲団。
空っぽの押し入れと背の低い箪笥。

「……お風呂場も良し。石鹸準備良し」

点検箇所を回り指差し確認を繰り返し乍ら、これからこの部屋に来る人物について思考する。武装探偵社の社員寮の一室は、少々造りが古いものの、人一人が生活するには十分な広さと備え付けがされている。

そう。探偵社の社員に成れたらの話だ。
飽くまでも、結果論の延長線上の話だ。

それでも、その結果論足る確信が有る。
それ故に、この部屋に赴いたのだから。

住人を迎える準備をしていたのだから。

「……ん?」

思考に耽っている最中に、前掛けのポケットの中で携帯端末が震える。液晶に浮かんだ名前に、釦を押して通話に応じる。

「――もしもし、太宰? うん。君に云われた通り、此方の準備は出来ているよ。うん、そう。部屋の点検も終わったところ」

慣れ親しんだ探偵社の後輩こと、太宰からの電話に現状報告をしつつ、幾つかの受け答えをし乍ら、そのまま通話を続ける。

「……私はその場に居なかったから、未だ顔を見ていないのだけれど。うん。心配はしていないよ。君が連れて来る子だもの。新しい後輩が出来るのは、嬉しいよ」

「君の時もそうだったよね」と続ければ、「是非とも今から私と心中して下さい」と期待の込められた声音で以て到底穏やかでは無い申し出が返って来た為、「乱歩と社長と探偵社が大事だから無理」と云って、火急的速やかに通話を強制終了させた。

「……ふぅ」

部屋の合鍵は、太宰が持っている。
よって、これ以上の長居は無用だ。

持って来た道具類を片付け乍ら、武装探偵社恒例の通過儀礼である『入社試験』に思いを馳せる。根本的な意味合いは同じでも、比較的新参の潤一郎や賢治君の時とは、また異なる趣を持つものとなるだろう。

生憎、乱歩の出張の付き添いが有る為に、当日の入社試験には立ち会えないのが残念だが。太宰が初見でその人物を見込んでいるなのら、余程見処が有るのだと思う。

これから、太宰に連れて来られる人物。
これから、この部屋の住人になる人物。

一体、この部屋で如何過ごすのだろう。
一体、どんな色を添えて呉れるだろう。

「……気に入って貰えると良いな」

この部屋も。探偵社も。横浜の街も。

『住めば都』と云えば幾分かは聞こえは良いだろう。しかし、それだけではこの街では生きていけない。どんな境遇の生まれであれ。どんな半生であれ。生きて行くには、強くならなければならないのだから。

これから、自分の後輩になる新人は。
これから、どんな日々を迎えるのか。

探偵社の古参の一人で在る以上、否応無しに、それを見届ける事になるだろう。

探偵社員としての葛藤も。苦悩も。
一人の『人間』としての、成長も。

未だ見ぬ新たな後輩にとって、これから生きて行く場所が、掛け換えの無いものになって呉れる事を、切に願うばかりだ。

「……私に出来る事なんて、そう多くは無いだろうけれど」

呟き乍ら、部屋の換気で開けていた窓を閉める。施錠された窓の外。夕刻の色が濃くなる空に、明星を見付ける。流れ星になっては呉れない明るい輝きに、そっと願いを預けると、誰の温度も灯っていない部屋を一瞥して、静かにその場を後にした。

これは、中島敦の『入社試験前日譚』。
入社試験大選考会前の夕刻の譚である。







はい。皆様こんにちは♪
半袖でも寒くない春の雨の夜を布団の中でゴロゴロと過ごしてます燈乃さんです。

今回の雨風で桜は大分散って仕舞うでしょうね。木々の新芽の淡い萌木色と、紅い葉桜の織り成す彩りも綺麗ですけれども。

明日も最高気温がトチ狂った様に高くなるらしいので、着て行くものと体調管理には気を付けたいと思います。大型連休前に初夏の陽気とか身体が付いていかない!!←

さて。今回は文スト乱歩夢の閑話です。
新入社員と言う事で、少々時期ネタっぽい感じにしてみました。原作だと時期や季節等の細かい設定は無らしいのですが、四月だし始まりの時期だし新入社員に纏わる譚を書きたいなぁと思い、今に至ります。

時間軸的には、原作の一話と二話の間。
もう少し細かくすると、小説三巻の『入社試験大選考会』の数時間前の閑話になります。敦君の為の部屋を夢主が用意している図が浮かびまして、掃除用具やら道具片手に準備に意気込んでいる夢主がいます。

太宰が敦君を保護して、入社試験に至るまでの描写に空白が有ったとして(自己解釈)、色々準備するとしても太宰さんが裏工作してるだろうなと思い至った次第です←

社員寮の管理とか。探偵社が受け持つとしたら、夢主(事務員統括主任)が逐一動いてそうです。自分の手に余る処は信頼出来る外部業者にお願いしそうですが、基本的な整備とかは自分でこなしてそうですね。

そんな感じで。新しい後輩が出来る事に感慨深くもワクワクしている夢主の譚でした。ちなみに、乱歩さんの出張の付き添いの準備をしなくてはならないので、夢主自身は『入社試験大選考会』を欠席します。
敦君ときちんと面会を果たすのは、原作の二巻辺りかなと考えてます。単発も面白いですが、時系列ネタも良いですね(真顔)

……はい。そんなこんなで、今回も恒例通り長くなって仕舞いましたが、ここまでお目を通して下さり、本当にありがとうございました。今回は友情出演が電話越しだったので、次回は太宰さんか、もしくは乱歩さんとのお話を書きたいですね。



ではでは、今回はこの辺で☆



*

:†後書き兼介錯的解釈な反省文†:




はい。皆様こんにちは♪
季節の変わり目なのかストレスからなのか下手な風邪でも貰って来たのか最近胃の調子がいまいちな燈乃さんです(´□`;)

う〜ん。この時期になると体調がガッタガタになります。睡眠時間は取れている筈なんですけど。寝落ちしちゃうのがダメなんでしょうか。寝落ち常習犯はダメですね。すいません。常習犯ですみません(滝汗)

気が付いたら枕と仲良く夢の中です(爆)

その所為で昨日載せる予定だった『文スト乱歩夢』が見事に日付を跨いで仕舞った始末です。そして恒例の反省会です!!(何)

ほのぼので甘い話を書きたいのにシリアスが横槍を入れて来たの図。もとい、今回は乱歩さんと夢主の相関図的なお話になりました。お互いに両想いなのですが、夢主があんな感じなので、乱歩さんとの関係も少し特殊な仕様です。と言うか、乱歩さんだったら本当に全然苦じゃなさそう(真顔)

「莫迦だなあ。君の考えている事なんてとっくに全部お見通しだよ」とか。得意気に言ってそう。普通に言ってそう。日常茶飯事的に言ってそう。てか絶対に言ってる。乱歩さんと夢主は読心術何て使わなくても、お互いに意思疏通可能なレベルだと思われます。文字通り相思相愛な関係です。

この関係に行き着く迄のお話も、追々仕上げて行きたいです。原作沿いの裏方のお話も書きたいですが、多分、その辺を行ったり来たりする感じになると思われます。

ちなみに。夢主の無表情っぷりは、芥川君や鏡花ちゃんの比ではありませんっ!!←

補足として。今回は夢主の設定の追記を載せて幕引きにしたいと思います。下記からザックリとしたプロフィール編です。





※文スト乱歩夢/夢主設定※
名前:詩歩(福沢詩歩)

年齢:26歳

身長:166cm/体重:50kg

血液型:?

誕生日:??月??日
(本人曰く『福沢と乱歩に出会った日』)

好きなもの:絵本、パズル、花、乱歩

嫌いなもの:無音、暗闇、不安、寝台

所属:武装探偵社・事務員統括主任

二つ名:『探偵社最強の事務員』
(他にも『白刃花』、『夕白』等が有る)

見た目:乱歩同様に童顔。橙色に近い夕日色の瞳。髪は銀色で腰の上程の長さ。
顔立ちは常に物憂げで、何処か儚い印象を与えるタイプの美人。然し薄幸な雰囲気は一切見られ無い。(σ_σ)←こんな感じの表情が通常運転兼デフォルメである。

設定:福沢の養女にして、乱歩の現在の相棒兼相方(乱歩曰く『僕のお嫁さん』)。
過去に夏目経由で福沢に保護され、引き取られる形で以て、福沢の養女の籍に入った経緯を持つ。探偵社を影ながらに支えようと、事務や経理担当を受け持っている。縁の下の力持ち的な探偵社最古参の一人。

異能力は有していないが、異能力者に匹敵する程に身体能力が高い。福沢から授かった武術と培った知識で、今では探偵社の事務員統括主任を日々全うしている。探偵業方面は調査員と事務員を兼用している。

探偵社内では福沢に次ぐ乱歩の理解者。
福沢以外で乱歩を誘導(ある程度制御)出来る貴重な存在。付き合いが長く互いに気心が知れているので、乱歩からの突飛な無茶振りや我が儘を振られても、大体は難無く対応出来る位の寛容な精神スキルを持ち合わせている。ある意味で探偵社の良心。

性格:実直で冷静沈着で真面目な常識人……に見せ掛けた、不思議性格の持ち主。
たまに突拍子も無い言動をして周りを驚かせたり振り回す事がある。周りの同僚たちが本気で大人の悪ふざけをしていれば、それに平然と便乗する位の童心の持ち主。

過去の事件で負った心的外傷(トラウマ)により、滅多な事が無い限り感情を表に出さない(出せない)。その為『黙っていれば人形の様』とも称されるが、決して寡黙と言う訳でも無く、寧ろ思った事は物怖じせず抑揚の少ない淡々とした口調で以て、ズバズバ口に出すタイプの人間。役職がてら、見た目以上にかなりの行動派で、思い立ったら直ぐに行動に移す等機動力が高い。

感情を表に出せない分、乱歩の天真爛漫さと自由奔放さに憧れており、周りに対する乱歩の年齢不相応な振る舞いにも、ある程度は(乱歩には必要な事だと割り切って)譲歩している節がある。家族として仲間として恋人として友人として、それら全てを区切らず引っ括めて乱歩と言う個人を愛し、乱歩もまた互いに信頼を預けている。

イメージ曲:『心拍数#0822』


……はい。今の処、構想が纏まっているのは大体こんな感じです。時系列バラバラでお話のネタを考えるのも楽しいので、もしかしたらお話の展開が前後左右するかもですが、色々試行錯誤してみようと思います。個人的に女性陣とのお話も書いてみたいですね〜。探偵社の面々もそうですが、紅葉さん辺りとバチバチさせたい気分。絶対に死合いにしかならないフラグです(爆)



ではでは、今回はこの辺で☆



*

:†文スト夢小説/乱歩夢・弍†:




*文豪/ストレイ/ドッグスで短篇夢譚。
*登場夢主は乱歩の相方で福沢の養女。
*日常系なほのぼの話を目指してます。



【:†名探偵との心の繋がり方†:】



(表には出せないだろう此の心象を)
(君は直向きに見つめて呉れている)



生来。或いは元来。私は笑うのが苦手だ。
否。笑うだけでは無い。私は、喜怒哀楽を巧く表に出せない。所謂、『感情表現』と云う『人間らしい動作』が苦手なのだ。

それは私の特殊な『生い立ち(経緯)』から基因している一種の『呪い(傷痕)』だ。

その所為で「人形の様だ」、「表情筋が死んでいる」等と周囲から度々揶揄されて来たが、如何云われようとも、そこは取り繕えない。流石に苦痛と迄は行かないものの、苦手なものは矢張り苦手なのである。

多分。それを遣れと云われれば、私も尽力して試みるだろう。『苦手』と『出来無い』とでは、根本的に意味合いが異なる。

しかし。例え試みたとしても、苦手を豪語している以上、それは心から滲み出る『人間本来の感情の色』には、遠く及ば無いものに成るだろう。想像に難しくない。

そして。云わずもがなだが。前述を見れば明らかだが。こんな私を『冷静沈着』と称するとなると、かなりの誤解が生じる。
少なくとも私は、世間一般で云われている『冷静沈着(クール)』な性格ではない。

飽くまでも。物事に対して『人よりも動じない』だけである。更に云えば、感情らしい感情が『表に出せない』だけなのだ。

その様は善く云えば胆が据わっている。
悪く云えば無頓着と捉えられるだろう。

そんな私の表情や動作を唯一『解り易い』と称しているのは、十代半ば頃から同じ屋根と上司の下で生活を共にして来ている、家族兼相方の江戸川乱歩位なものだ。

【超推理】と云う、他の追随など歯牙にも掛けない卓越した推理力を持つ、稀代の名探偵である乱歩は、どんな些細な情報でも瞬時に拾い上げ、直ぐ様解決へと導いて仕舞える。云わば武装探偵社の生命線だ。

「僕としては、詩歩は心の中で笑ったり泣いたりしているのが解るから、周りよりもずっと解り易いよ。勿論良い意味でね」

そう。正しく。まあ。こんな感じで。
至極当たり前の様に云って、乱歩は得意気にニコニコと微笑む。疑問は尽きない。

「……そう? そんなに解り易い?」

私としては、天真爛漫な子ども宛(さなが)らに、裏表無く感情を表に出せる乱歩の方が、私よりもずっと解り易いと思う。
その事を云って見れば、「だったら矢っ張り詩歩もそうだよ」と言葉を返された。

「僕は名探偵だからね。詩歩が考えている事は手に取る様に解るけど、君は君が思っているよりも、ずっと正直者だよ。だって、心の中の表情は顔のそれや言葉と違って、嘘なんて吐けないンだからさ」

「ね?」と小首を傾げた乱歩に同意を求められる。的を射た乱歩の言葉に、私は「そう云われれば確かにそうかも知れない」と、素直に納得して頷くしかない。

そこまで思い至り――私は、閉口した。

今迄の乱歩との付き合いを踏まえて推考すると、乱歩は表に出して来なかった私の心の中を、沈黙の向こう側に有る声を、心の有り様を――ずっと、傍らで見(聴き)続けて来て呉れていた、と云う事になる。

胸中に暗く翳ったのは、一抹の不安。
私はそれを、声に乗せて言葉を紡ぐ。

「……ねぇ、乱歩」

「ん? なあに? 詩歩」

「……その、嫌じゃ無かった? 面倒じゃ、無かった?」

「ぜーんぜん」

恐る恐る問い掛けると、間髪入れずに乱歩からケロリとした声音が返って来る。

「だってさあ、詩歩。君と暮らし始めてから十数年だよ、十数年っ! 嫌だったら見続けていないし。面倒だったらとっくに飽いて辞めていたよっ!」

「……あ。そっか。それも、そうだね」

「でしょ!? それに、これは名探偵たる僕だけの特権だからねぇ。僕だけが詩歩の心を解るなんて、何だか二人だけの秘密みたいで楽しいでしょ?」

そう云って、乱歩は悪戯めいた笑みを浮かべると、唇の前に人差し指を立てる。

一方。私はと云うと、乱歩から紡がれた『二人だけの秘密』と云う単語に、奇妙な気恥ずかさを覚えた。何処か温かくも、擽ったい様な感覚が沸々と込み上げて来る。

自分の中では処理し切れないそれを隠す様に、無意識に唇に力を込めて、キュッと一文字に結ぶ。上がる心拍数と共に、じわじわと、頬が熱を帯びて来るのを感じる。

「へぇ、詩歩。今嬉しそうなんだ」

「!!」

私の表情を見た乱歩は、上機嫌で心得た様に云うと、両の手で私の頬を包んだ。

「う〜ん。詩歩の感情が表情(顔)に出るのも悪く無いけどさ。やっぱり、好きな子の心は独占していたいよね」

心は見るものじゃなくて、見えないからこそ感じられるもの何だからさ、と。

そう続けられた乱歩からの言葉と共に、唇に降って来た温もりを感受する。触れるだけの行為なのに、体温と肌を通じて、柔らかく暖かく、心が満ちて行くのが解る。

それに、如何しようもない、身に収まらない程の幸福感を覚えて胸が苦しくなる。
きゅうと高鳴る鼓動に泣きそうになる。

けれども。私は、泣く事が出来無い。
苦しい程に。嬉しくて、幸せなのに。

「……っ、乱歩」

「うん、おいで」

そんな、普通の人間の様に泣けない私は、涙を溢す代わりに、目の前の乱歩に抱き付いた。背中に腕を回すと、同じ様に乱歩の腕が私の背中に回る。その感触に、温もりに、安堵した私は、そっと瞼を閉じた。

それが私の、私なりの。精一杯の乱歩との『幸福』の体現である――。



(笑みも涙も溢せ無い心模様が)
(掬われ満たされたある日の譚)



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