*文豪/ストレイ/ドッグスで短篇夢譚。
*登場夢主は乱歩の相方で福沢の養女。
*日常系なほのぼの話を目指してます。
【:†名探偵との心の繋がり方†:】
(表には出せないだろう此の心象を)
(君は直向きに見つめて呉れている)
生来。或いは元来。私は笑うのが苦手だ。
否。笑うだけでは無い。私は、喜怒哀楽を巧く表に出せない。所謂、『感情表現』と云う『人間らしい動作』が苦手なのだ。
それは私の特殊な『生い立ち(経緯)』から基因している一種の『呪い(傷痕)』だ。
その所為で「人形の様だ」、「表情筋が死んでいる」等と周囲から度々揶揄されて来たが、如何云われようとも、そこは取り繕えない。流石に苦痛と迄は行かないものの、苦手なものは矢張り苦手なのである。
多分。それを遣れと云われれば、私も尽力して試みるだろう。『苦手』と『出来無い』とでは、根本的に意味合いが異なる。
しかし。例え試みたとしても、苦手を豪語している以上、それは心から滲み出る『人間本来の感情の色』には、遠く及ば無いものに成るだろう。想像に難しくない。
そして。云わずもがなだが。前述を見れば明らかだが。こんな私を『冷静沈着』と称するとなると、かなりの誤解が生じる。
少なくとも私は、世間一般で云われている『冷静沈着(クール)』な性格ではない。
飽くまでも。物事に対して『人よりも動じない』だけである。更に云えば、感情らしい感情が『表に出せない』だけなのだ。
その様は善く云えば胆が据わっている。
悪く云えば無頓着と捉えられるだろう。
そんな私の表情や動作を唯一『解り易い』と称しているのは、十代半ば頃から同じ屋根と上司の下で生活を共にして来ている、家族兼相方の江戸川乱歩位なものだ。
【超推理】と云う、他の追随など歯牙にも掛けない卓越した推理力を持つ、稀代の名探偵である乱歩は、どんな些細な情報でも瞬時に拾い上げ、直ぐ様解決へと導いて仕舞える。云わば武装探偵社の生命線だ。
「僕としては、詩歩は心の中で笑ったり泣いたりしているのが解るから、周りよりもずっと解り易いよ。勿論良い意味でね」
そう。正しく。まあ。こんな感じで。
至極当たり前の様に云って、乱歩は得意気にニコニコと微笑む。疑問は尽きない。
「……そう? そんなに解り易い?」
私としては、天真爛漫な子ども宛(さなが)らに、裏表無く感情を表に出せる乱歩の方が、私よりもずっと解り易いと思う。
その事を云って見れば、「だったら矢っ張り詩歩もそうだよ」と言葉を返された。
「僕は名探偵だからね。詩歩が考えている事は手に取る様に解るけど、君は君が思っているよりも、ずっと正直者だよ。だって、心の中の表情は顔のそれや言葉と違って、嘘なんて吐けないンだからさ」
「ね?」と小首を傾げた乱歩に同意を求められる。的を射た乱歩の言葉に、私は「そう云われれば確かにそうかも知れない」と、素直に納得して頷くしかない。
そこまで思い至り――私は、閉口した。
今迄の乱歩との付き合いを踏まえて推考すると、乱歩は表に出して来なかった私の心の中を、沈黙の向こう側に有る声を、心の有り様を――ずっと、傍らで見(聴き)続けて来て呉れていた、と云う事になる。
胸中に暗く翳ったのは、一抹の不安。
私はそれを、声に乗せて言葉を紡ぐ。
「……ねぇ、乱歩」
「ん? なあに? 詩歩」
「……その、嫌じゃ無かった? 面倒じゃ、無かった?」
「ぜーんぜん」
恐る恐る問い掛けると、間髪入れずに乱歩からケロリとした声音が返って来る。
「だってさあ、詩歩。君と暮らし始めてから十数年だよ、十数年っ! 嫌だったら見続けていないし。面倒だったらとっくに飽いて辞めていたよっ!」
「……あ。そっか。それも、そうだね」
「でしょ!? それに、これは名探偵たる僕だけの特権だからねぇ。僕だけが詩歩の心を解るなんて、何だか二人だけの秘密みたいで楽しいでしょ?」
そう云って、乱歩は悪戯めいた笑みを浮かべると、唇の前に人差し指を立てる。
一方。私はと云うと、乱歩から紡がれた『二人だけの秘密』と云う単語に、奇妙な気恥ずかさを覚えた。何処か温かくも、擽ったい様な感覚が沸々と込み上げて来る。
自分の中では処理し切れないそれを隠す様に、無意識に唇に力を込めて、キュッと一文字に結ぶ。上がる心拍数と共に、じわじわと、頬が熱を帯びて来るのを感じる。
「へぇ、詩歩。今嬉しそうなんだ」
「!!」
私の表情を見た乱歩は、上機嫌で心得た様に云うと、両の手で私の頬を包んだ。
「う〜ん。詩歩の感情が表情(顔)に出るのも悪く無いけどさ。やっぱり、好きな子の心は独占していたいよね」
心は見るものじゃなくて、見えないからこそ感じられるもの何だからさ、と。
そう続けられた乱歩からの言葉と共に、唇に降って来た温もりを感受する。触れるだけの行為なのに、体温と肌を通じて、柔らかく暖かく、心が満ちて行くのが解る。
それに、如何しようもない、身に収まらない程の幸福感を覚えて胸が苦しくなる。
きゅうと高鳴る鼓動に泣きそうになる。
けれども。私は、泣く事が出来無い。
苦しい程に。嬉しくて、幸せなのに。
「……っ、乱歩」
「うん、おいで」
そんな、普通の人間の様に泣けない私は、涙を溢す代わりに、目の前の乱歩に抱き付いた。背中に腕を回すと、同じ様に乱歩の腕が私の背中に回る。その感触に、温もりに、安堵した私は、そっと瞼を閉じた。
それが私の、私なりの。精一杯の乱歩との『幸福』の体現である――。
(笑みも涙も溢せ無い心模様が)
(掬われ満たされたある日の譚)
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