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:†獄都事変短編夢奇譚・弐†:




*獄都事変見切り発車短編夢小説です。
*ノミ●イタ作品の影響派生猟奇暗話←
*若干夢主無双な感じになってます(爆)
*最初からガッツリグロいですご注意←
*最後の方で谷裂君が少し出てます(爆)



【:†不生不滅のメメント・モリ†:】



(記憶と物体と時間と感覚とを掻き集め)
(留めたいと欲するは異形か人間の性か)



忌瀬が任務で訪れたのは、亡者が生者を引きずり込んでいると報告の有った画廊だった。亡者を追跡する内に辿り着いた―奥まった場所に位置するアトリエで、忌瀬は異様過ぎる光景を目の当たりにする。

「―へぇ。これは凄いね。食事の時間帯に見ようものなら、確実に頗(すこぶ)るご飯が不味くなる光景だよ」

アトリエの扉のその先で目にした光景の異常さと陰惨さから、忌瀬は獄卒ながらに不快を現す様に僅かに眉を潜める。

「防腐剤やらその他諸々の処置を施されて、死んでも土にも還れないだなんて。しかも、それを他人に望み他人から望まれるなんて―人間は中々に残酷な生き物だね」

初めに目に付いたのは、頭を斬り落とされ両手足と胴体で組み立てられた椅子。次に色違いの皮膚を鞣して継ぎ接ぎされたソファ。骨で組み立てられた電気スタンド。頭髪で編み込まれているだろう色とりどりのカーペット。肌色の壁紙に掛けられたモザイクアート(額縁は骨)に使われているのは年齢層様々な歯で、淡く部屋を満たす色合いの間接照明を飾っているのは、床から突き出てて咲いた花の様な両手腕の骨一式だ。小さなシャンデリアを思わせる天井照明は、光源を細かい部品(白骨)が被い、防腐処理を施された小腸が、蜘蛛の巣の様に何重にも逆アーチに垂れ下がっている。飾り棚や食器棚の中にも、似た様な形容し難い―グロテスクな『作品』が幾つも陳列していた。

もしも、正常な感性を持つ人間が見たら、まず間違い無く発狂している光景だ。
尤も、此処に連れて来られた元生者達は、そんな暇も無く物言わぬ肉塊に変えられて仕舞った者も多かっただろうが―。

忌瀬は部屋に鎮座している『元人間だったそれら』を無感情で見渡すと、口許に無機質な笑みを浮かべる。

「……私たち幽冥に生きる獄卒には、『死』は存在しない。肉体(器)が耐え切れず負傷すれば『死』に近い現象は起こるけれど、本来ならば『死』の概念すら無い」

部屋に足を踏み入れた忌瀬は、物言わぬ『雑貨たち』を眺めながら、誰に語るでも無く―否、何処かで動向を監視しているだろう亡者に、話し続ける。

「だから、こう言った『形を留めたまま誰かを繋ぎ止めたい』と言う一途過ぎる想いは、とても希薄なんだよね。流石に他人に依存や執着が無いと言う訳では無いけれども。態々『有象無象の理』を踏み砕いてまでやる所業では無いよね、普通は」

何と無しに手袋越しに触れた肌色の壁紙は、血管も神経も入っていない表皮の筈なのに、妙に生温かい。冥府の住人である獄卒の体温は低い。故に、その異常さと不快が顕著なまでに忌瀬に伝わって来る。

「常識や規則や、そう言った壁や柵や囲いを、自分の欲求だけで平気で壊して崩して破いて踏み越えられるんだから。本当、人間って救われないよねぇ」

忌瀬が呆れながら盛大に溜め息を吐く。
それと同時に―入室時には開け放たれたままだったアトリエの扉が、バタンと派手な音を立てて閉められる。加えて、ご丁寧に鍵まで掛けられる始末だ。

ぶわりと。部屋に広がる禍々しい亡者の気配に振り返りながら―制帽の鍔の影から、忌瀬の黄緑色の眼が一点を睨み付ける。

亡者は比較的若い青年だった。しかし灰色の肌と赤い眼を見る限り、既に変異している事は明白だ。血に染まった作業着らしきエプロンはどす黒く変色しており、手は幾つもの工具がガチャガチャと組合わさった形になっている。

「異界構築の基因は亡者の心象風景に反映するものだけれど、これまた―随分と悪趣味な空間を造ったものだね」

『キハハハッ!!悪趣味ダト??ドウヤラ、貴様ニハコノ世界ノ素晴ラシサガ分カラヌダロウナァ!!』

「そうだね。私には分からないよ。例え死が訪れない、時間の『理』から外れた人外でも。死して尚も必死に生きている仲間と苦楽を共にして、その姿を近くで見ている方が、私には一方通行の『芸術』何かより、よっぽど魅力的だもの」

言い終わるのと同時に、飾り棚と食器棚の硝子が粉々に砕かれ、中に有った『作品』にも被害が及ぶ。液体に浮かんだ目玉が試験管ごと潰れ、頭部を丸々加工された蓄音機は棚の破片でグシャグシャに崩れる。
それに狂った様な絶叫を上げたのは、彼等の制作(加害)者である亡者だった。

『アァアア〜ッ!!?貴様ァッ!!私ノ芸術二何ヲスルッ!?』

「『芸術』?随分と的外れ(愚か)な事を言うんだね。こんな未練がましい、死骸にも為れない出来損ないを『芸術』だなんて。コレは、薬臭くて出来の悪い『剥製』の間違いでしょう?」

小首を傾げながら、忌瀬がクルクルと指先で器用に遊ばせるのは、地獄の業火で鍛え上げられた鋭利な鐵(くろがね)。銘は『カゲヌイ』。忌瀬の苦無(獲物)である。

「可哀想に。こんなに重くて不細工な形にされて。これじゃあ何処にも行けないし、行くべき場所にも昇れない筈だよね」

言いながら、忌瀬は手近に有った目障りなロッキングチェア(材料は胴体と両手足)を、木っ端微塵に粉砕する。同時に、中から幾つもの淡い光源が飛び出して来る。一つの『作品』の材料になった生者は、どうやら必ずしも一人とは限らないらしい。

その事実を悟った忌瀬は、十の指先に十の黒い刃を備え構える。犠牲になった生者の魂を解放しつつ、亡者を確実に捕獲すると言う計画が、忌瀬の中で組み上がった。

「……待ってて。今、この亡者を倒して全員自由にしてあげるから」

『ヤメロォオオッ!!貴様ァ私ノ芸術ニ何ヲシテイルゥウウッ!!』

「何って―ほら、『芸術は爆発だ』って言うでしょ?もしかして貴方、芸術家なのに知らないの?」

かの有名な芸術家の名言を引き合いに出しながら、手当たり次第に自信作であろう『作品』を壊し始めた忌瀬に、亡者は怒りの声を上げる。亡者の感情が反映された両手は、工具がドロドロに溶け合った―小型のチェーンソーに変化していた。

『ガアアアアアアッ!!殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル貴様モ殺シテ我ガ作品ノ素材二シテヤルウゥゥッ!!!!』

「無理だよ。私が此処に入った時から、私の結界は既に完成している。例え此処が貴方の領域でも、もう好き勝手させるつもりは無いから―良い加減観念なさいな」

チェーンソーの刃が回る甲高い駆動音が響き渡る中、忌瀬は顔色一つ変えずに臨戦態勢に入る。怒りに任せてチェーンソーを振り回して向かって来る亡者に対し、忌瀬は手元の苦無数本を素早く投擲する。それを大振りな動きで叩き落とす亡者。

その隙を作った忌瀬は、亡者を討とうと縮地の足取りで助走と共に跳躍し、その首目掛けて苦無を持つ手を素早く横に薙ぐ。

しかし、その目論みは空振りで終わる。
正確に言えば―本来ならば魂だけの亡者を傷付けられる攻撃が、素通りしたのだ。

「なっ、がっ!?」

予想外の手応えの無さに戸惑っていると、それを好機と捉えた亡者が、チェーンソーの刃と共に体当たりする形で―忌瀬の身体を切り付けた。亡者の体当たりの衝撃によって、忌瀬の身体は抉られながら吹き飛ばされ、肌色の壁へと叩き付けられる。

『ヒッヒヒ、無理ダ無理ダ無理ダ無理ダ。貴様ニ私ヲ倒ス事ナド出来無イ。大人シク私ノ作品ノ素材ニナレェエッ!!』

「……何言ってるの。そんなの、嫌に決まってるでしょ」

『ナッ!?』

「それより『コレ』、さっき見付けたんだけど……一体何だと思う?」

壁に叩き付けられた筈の忌瀬は、胸元から肩に掛けて深過ぎない切り傷を負っているものの―黄緑色の双眸を細め、比較的余裕そうな表情を浮かべて、立ち上がる。

その手に、『木製の時計』を携えて。

それを見た亡者の顔が―驚愕で歪む。

『貴様ッ!!ソレヲ一体何処デ―ッ!!?』

「何処でも何も、この部屋に決まっているでしょう。言ったよね。『結界は既に完成している』って。獄卒の空間探索能力を嘗めないで欲しいものだよ。あと、生を諦め切れないで死んで逝った人たちの―恨み辛みもね」

涼やかに微笑する忌瀬の周りに、『作品』から解放した魂たちの淡い光源が、呼応する様に集まる。彼等は見ていた筈だ。事切れるその最期の時まで。望まぬ痛ましい最期を強要された彼等は―『作品』にされて物言わぬ形に為っても尚、亡者への雪辱の時を、息を潜めて待っていたのだ。

『ソウカ。先程ノ、アレハ……ッ』

「そう。この人たちを解放し始めた頃から、貴方の魂の核の目星は付いていたよ。ただ、依代の確信が持てなかったから、態と失敗して見せたってわけ」

人間を惜しみ無く素材とした『作品』の中で、唯一一切の人肌(体温)を纏わぬもの。人間を素材としていない『木製の時計』は、この禍々しい部屋の中では、逆に異質なまでに異質で不自然過ぎたのである。

チラリと―悪戯っぽく紅い舌先を見せる忌瀬に対して、ガタガタと震える亡者の顔には、驚愕と焦燥から汗が滲んでいる。

「時間に命を繋ぐ術式と施術。異界を造った亡者になら容易に出来るよね。有名な年を経る絵画と同様、貴方はこの時計に自らの心臓を埋め込んだのでしょう?」

『ヤメロォオッ!!ヤメテクレェエッ!!』

鳴り響くチェーンソーと亡者の制止の声に反して、忌瀬は時計を床に置くと―体重を乗せて勢い良く苦無を突き立てた。

犠牲になった生者の永らく続いたろう苦しみを無くす様に。理不尽な惨劇に終止符を打つ為に。今ここに、任務を遂行する。

「懺悔なら、地獄でゆっくりとすると良い。幸いな事に…貴方の罪を立証する証人と、償いの時間は沢山有るのだからね」

『ギィヤァアアアアァァッ!!』

バリン、グシャリと。無機質に文字盤が割れて、奥に嵌め込まれていた心臓が苦無に貫かれるのと同時に、亡者は断末魔にも似た絶叫を上げて―活動を停止した。

「許されざる者には罰を。獄卒の名に懸けて、ね……―」

苦無に付いた血を払うと、忌瀬は解放された魂たちの中で満足そうに微笑んだ…。





―その後。『特務室』に連絡を入れた忌瀬は、応援に来た獄卒に捕縛した亡者と非業の死を遂げた魂たちを任せると、持ち主のいなくなった画廊に火を放った。

亡者がいなくなったとは言え、澱んだ空間の記憶は消えない。新たな惨劇と異界を生まない為にと、肋角から指示を仰いだ忌瀬は、迎えに来た谷裂と共に―地獄の業火で焼かれる画廊の光景を見ていた。


どうして。
人は形を留めたいと思うのだろう。

どうして。
人は変わらない事を望むのだろう。

それらは。
決して叶う筈が無いと知っていて。


明るく燃え盛る火を無感情に眺めながらも、自然と忌瀬の手は戸惑いも迷いも無く―隣で立っていた谷裂の手を握っていた。

「どうした?」

「どうもしないけど……少しだけ。少しだけで良いから、こうさせて。嫌なら、振り払って良いから」

谷裂の問いに答える忌瀬の視線は、未だに燃え続ける画廊に向けられている。

しかし。その横顔は、谷裂には何処か心許無い―脆く儚いものに見えた。縋り付く処が無ければ、足元から崩れ落ちて仕舞いそうな―あまりにも空虚な危うさに、谷裂は無意識に忌瀬の手を握り返していた。

「……ふん。好きにしろ」

「……ありがとう、谷裂君」

視線を交えずに、声と繋いだ手の温もりだけで対話する。たったそれだけなのに、互いが隣に有ると言う実感が強くなる。

それは決して『一方通行』ではない。
これは互いを証明する為の繋がりだ。

叶わぬ願いに傾倒する思考は理解し難く歪だ。しかし―それが矛盾だと感じながら、傍らの戦友との一時が続くのは悪くないと、忌瀬は人知れず思った。

握り返された手の温もりに、忌瀬は谷裂に頷いて礼を言うと、次第に鎮火して行く画廊の最期を二人で見届けたのだった……。



(世に留まらぬ者と幽世に留り続ける者)
(影形は違えども深淵にて欲し渇望する)



【完】



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