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:†獄都事変短編夢奇譚・肆†:




*獄都事変見切り発車短編夢小説です。
*今回は斬島と夢主のお話になります。
*恋愛対象と言うより先輩後輩な小話。
*夢主の特殊設定がちらほら出てます。
*この位は許せるんじゃないかとか(爆)



【:†ラピスラズリの毒花を喰む†:】



(其れは誰かを陥れる手法となるか)
(或いは誰かを想う故の業となるか)



とある日の談話室にて。図書館から借りた本を読んでいた忌瀬は、任務帰りから立ち寄ったらしい斬島に声を掛けられた。

「忌瀬、少し頼みがあるんだが……」

「うん?斬島君が私に頼み事なんて珍しいね。どうしたの?」

読んでいた本を閉じ、忌瀬は小首を傾げて斬島に訊ねる。問われた斬島は暫し発言を躊躇って視線を彷徨させていたが、意を決した様に話を切り出した。

「実は、先の任務で呪詛を被(こうむ)って仕舞った。このまま何処かに支障が出る前に、呪詛を落として貰いたいのだが」

「うん、良いよ。ちょっと準備するから、そこに座って」

忌瀬は斬島の用件を聞いた後、対面に座るよう促して着席させると、制服のポケットから白いハンカチと一本の苦無を取り出した。本来ならば医務室の専属医に診せるべきだろうが、忌瀬はこう言った場合の応急処置の範囲なら、獄卒間の暗黙の了解で任されている。

「えっと―呪詛を被ってから、これと言って目立った症状は出てない?体が痛いとか、幻覚が見えるとか?」

「今の処は、特に無いが。呪詛の毒の中には遅滞性のものも有ると聞いている」

「そっか。成程ね。症状が無いなら、取り敢えず簡単な処置だけしておこうか」

「ああ。よろしく頼む」

「じゃあ、斬島君は右利きだから、左手の方が良いよね」

そう言って―忌瀬は斬島の左手首を取ると、音になら無い言の葉を唱えながら、指先で目には見えない何かの模様を描く。
最後に吐息を一つ吹き掛けると、忌瀬は淡く浮き出た静脈に沿って、苦無の切っ先で血色の青白い肌に切り込みを入れた。


―……途端に。青い何かが零れ落ちる。


ハラハラと。斬島の手首の傷口から零れたのは、青と黒のグラデーションが美しい花弁。次から次へと溢れ出すそれを落とさない様にと、予めテーブルに拡げていたハンカチから、忌瀬は溢れ出た内の一枚を指先で拾い上げた。

「わぁ、綺麗な花弁(はなびら)。久々に食べ応えが有りそうで、凄く美味しそうだね。じゃあ、早速頂きます」

賞賛するが早いか、忌瀬は摘まんでいた指先の花弁を、何の躊躇いも無く口の中に放り込む。自身の手首の傷口から溢れ出て来る花弁と、忌瀬の動向を交互に見遣りながら、斬島は徐に口を開いた。

「忌瀬が呪詛の毒を喰う処など、久々に見たな」

「ん、そうだね。呪詛は呪式の技術が高度な割りにリスクが高いし。その点、物理的かつ精神的に生者に危害を加える亡者が圧倒的に多いのは必然だよね。だから私も、こうやって呪詛を食べるのは久々だよ」

そう言いながら、忌瀬は花弁を口に運びムシャムシャと咀嚼する。忌瀬は『特務室』の獄卒の中でも、呪詛の毒に対する耐性が周りより頭一つ分以上高い。その能力は同僚内で一番優秀な佐疫よりも上である。

幽冥に生きる獄卒は不死だが、それでも―亡者が生み出した呪詛は毒である。例えある程度の力の有る獄卒でも、亡者の組み上げた高度な呪詛をその身に浴びれば、体の自由を奪われ、精神を病み、異常を来して殺される危険性が出て来る。

そんなものを平然と―寧ろ心無しか嬉々として口にしている忌瀬に、斬島は前々から思っていた諸々を訊ねてみる事にした。

「なぁ忌瀬。今更だが、呪詛は美味いものなのか?」

「ん?ああ。さっき美味しそうって言ったからね。基本的には美味しくないかな。味覚としては苦いのが多いよ。たまにドロッドロに甘かったり、血抜きされていないレバーみたいな生臭いのも有るけれどね」

今回のは少し苦いけどほんのり甘いハーブみたいな感じで食べ易いよと、忌瀬は花弁を食べながら楽しそうに微笑む。それを見て、斬島は不思議そうに瞬きをした。

「……そうか。味が有るんだな」

「うん。味の違いはどんな想いが糧に為ったかに依るね。基本的に『呪い』と言うものは、強い恨み辛み妬みの念から生まれるから。同じ種類の念や呪式でも、亡者によっては全然違う味になったりするよ」

「成程。俺の領分では無いにしろ、勉強に為るな。呪詛の形は、花が多いのか?」

「あははっ。まさか。こんなに綺麗な形をしているの何て、本当に極稀だよ」

斬島の問いに黄緑の眼を細めて苦笑すると、忌瀬は青と黒で彩られた花弁を摘まみ上げ、指先でくるくると回して見せる。

「呪いをより強く効果的に確立させる技術を『呪詛』って呼ぶんだけど、それを組み立てる術者や亡者の業の深さにも依るかな。花や蝶々は未だ良いけど―怨念が強い呪詛だと、蛇とか百足とか蜘蛛とか蜥蜴とかも有るからね。最近では、呪詛に趣なんて寄せない後者の方が多いかな」

趣向も思考も短絡的だからねと。忌瀬は小さく溜め息を吐くと、指で摘まんでいた花弁をパクンと口に含んで呑み込んだ。

一方で。斬島は何処か唖然とした表情でもって―忌瀬に訊ねようと恐る恐ると言った様子で、口を開いた。

「忌瀬は、百足や蜘蛛も喰うのか?」

「!?……そ、そうだねぇ。食べようと思えば食べるけど…流石にそこまで行くと、呪式自体を殺す(壊す)方が楽かな。文字通りの毒蟲になっていたら、幾ら呪詛の毒の耐性を持っている私でも、流石にお腹を壊しちゃうよ」

思わず吹き出しそうになった体制からギリギリで持ち直すと、忌瀬は微かに肩を震わせながら、斬島に対して極力冷静な対応を心掛ける。それが功を奏したのか、斬島は何処か安堵した様な表情を浮かべた。

「……そうか。良かった」

「うん?ん。まぁ、結果から言うと、耐性の低い子は食べない事をお勧めするよ。と言うか、呪詛の毒を好んで食べる鬼女なんて、獄都でも私位なものだけれど―っと、そろそろ良いかな」

手首の傷口からハラハラと溢れ出ていた花弁が、次第にポツリポツリと―少なく疎らになって来る。

それを見計らった忌瀬は、斬島の手首に唇を寄せると、傷口の上に―そっと、触れるだけの接吻を落とす。唇のひんやりとした体温が離れるのと同時に、美しくも禍々しい呪詛の毒を吐き出していた手首の傷口は、跡形も無く綺麗に完治していた。

「はい、応急処置お仕舞い。呪詛の大半は取り出したから問題は無いと思うけど、一応医務室でも診て貰ってね。行く時にはこの花弁も一緒に先生に渡すんだよ」

「ああ。何から何まで済まない」

「どう致しまし―んん??」

ハンカチで包んだ花弁を斬島に渡して、言葉を紡ごうとした途端―口の中でコロンと、硝子質の様な丸い何かが転がった。
忌瀬は小首を傾げてそれを掌に吐き出すと、暫し見詰めた後に斬島に見せる。

「これは、呪詛の結晶か?」

「ううん。正確には、呪詛の毒に込められていた亡者の『想い』が、凝縮されて固まったものだよ」

澄んだ青い色をしたビー玉大の球体は、先程の花弁から黒い色だけを抜き取った様な―斬島の眼と同じ色合いをしていた。

「そうか。持っていて大丈夫なのか?」

「うん。呪詛の毒の呪式自体は私がさっき食べちゃったし。術士の手を離れた呪術は、目的を果たせば(行使されて仕舞えば)、後は必然的に力が薄れて行くものだからね。逆にこうやって『想い』が残るのは珍しいのだけれど……」

明かりに透かしながら、忌瀬は物珍しそうに―想いを固めた球体に思いを馳せる。

「呪詛の毒の味と言い形と言い、今回斬島君が受けた呪詛は、亡者にとって『大切な誰かを守る為のもの』だったみたいだね。心当たり有るでしょ?」

「ああ。『大切な相手が眠る場所』だから荒らすなと、亡者は言っていた。侵入して来た生者を襲っていたのは、『領域』を守る為だったのかも知れない」

斬島からの説明に、忌瀬は成程ねと頷く。
『呪い』と言う概念では無く、どちらかと言えば、『結界』の役目として行使されたものだったのかも知れない。そう考えれば、呪詛の毒の雑味と形状の毒気が薄かった事に、忌瀬の中で自然と納得が行った。

「そっか。まぁ。地縛霊にとって見れば、縄張りは侵されたくない『領域』だからね。生前から思い入れの有る場所なら、尚更守りたい訳だよ」

「その事だが―今回の亡者は、怨霊にこそなっていなかったが、威嚇でも生者を襲って仕舞っていたらしい。それでも、例え生者に非が有るにせよ、傷付けた罪は償わなければならない事実については、変わらないのだがな」

「そうだね。でも、ちゃんとした反省の色が有るなら、情状酌量でもって輪廻転生するのにそう時間は掛からないんじゃないかな、その亡者」

生者を襲ったと言っても軽い傷害だけで、業もそんなに積んでいない様だ。そう考えると、呪術を行使する亡者の中でも少しは良心的な者だったのかと。忌瀬が何と無しに思考していると、斬島が口を開いた。

「忌瀬。もし良ければ、その結晶を俺にくれないか?」

「え?別に良いけど、何かに使うの?」

「いや。今回捕まえた亡者に返そうと思う。元々生前からの想いだったのなら、これはその亡者に返すべきだと思ってな」

「……ふぅん」

忌瀬は小首を傾げながら、真っ直ぐに答える斬島に、青い球体状の結晶を手渡す。
その瞬間。斬島の雰囲気と表情が少しだけ和らいだ様に感じて、忌瀬は瞠目する。

以前の斬島が携わった廃校での任務。
そこで対峙した亡者と関わった時から、どうやら―斬島の亡者に対する認識に、少しだけ変化が有った様だ。

亡者の大半は人間だ。つまり、『亡者を理解する』事は、必然的に『人間を理解しなければならない』と言う事に繋がる。

『理解する』と簡単に口に出来る反面その本質は、決して生半可なものでは無い。基本的に、獄卒は亡者に対して―何処までも容赦無く冷酷でなければならない。

亡者を捕縛し、力を駆使して任務を遂行するのは勿論当たり前だが、それらを踏まえた上で―亡者に自らの罪を認めさせ、諭し改心させるのは、『人間とは全く違う存在』である獄卒には―『元々の姿』が何であれ、中々に難易度の高い技術である。

そんな現場で培われた、同僚兼家族兼弟分の心境の変化に、忌瀬の口元は自然と綻んでいた。『同情の余地』を亡者に対する『甘さ』と取るか、亡者を説き伏せる『手段』と取るかは、これからの斬島の成長次第だろう。

「……うん、良いんじゃないかな。斬島君の思った通りにやって御覧よ」

「分かった。前に携わった任務でも、生前から思い入れが有った物で救われた亡者がいたんだ。少しでも、これが亡者の転生までの支えに為れば良いのだが」

「大丈夫大丈夫。きっと、その亡者にとっても斬島君にとっても、悪いようには為らないと思うから。気楽に行っておいで」

真顔で意気込んでいる斬島の言動に、忌瀬はテーブルに頬杖を突きながら、何処か嬉しそうで―同時に楽しそうでもある微笑みを浮かべる。

「そうだな。忌瀬がそう言うのならば、行ってみよう」

「うん。気を付けてね」

「ああ。忌瀬も、あまり毒を喰い過ぎて身体を壊さないようにな」

「はいはい。行ってらっしゃい」

真顔で毒薬嗜好家的な発言を喰らいながらも、斬島らしい気遣いに苦笑すると、忌瀬は談話室を後にする斬島に手を振った。

その背を見送りながら、生真面目で真っ直ぐで、少しだけ不器用な同僚の『成長』に、忌瀬は何処か感慨深いものを覚える。

昔よりも背が伸びた。一人で任務に赴ける様になった。不安そうに手を引かれていた幼い魂は、今では立派に獄卒としての職務を全う出来るまでに、強くなっている。

「……うん。何と無くだけど、肋角さんの気持ち、ちょっとだけ分かったかも」

『身近な大切なもの』の『成長』を喜ぶ気持ち。そして。それを『守る術』を保持する為の、絶え間無い覚悟と誇りを。

未だに口の中に残る―毒特有の舌を抉る様な苦さに、忌瀬は淡い微笑を浮かべていた……。


(其れは誰かを導ける道標となるか)
(或いは誰かを守る為の心となるか)



【完】



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