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:†獄都事変短編夢奇譚・参†:




*獄都事変見切り発車短編夢小説です。
*今回は田噛と夢主のお話になります。
*恋愛対象と言うよりは姉弟愛な小話。
*ほんの少しだけ田噛がデレてます(爆)
*若干のグロ表現を含みますご注意を←



【:†アンバーとの温かなる親愛†:】



(その癒しは親愛なる者の為に有る)
(その願いは暗闇を照らす為に有る)


ゆらゆら。ゆらゆら。一定の間隔で揺れる振動に、田噛の意識は―ぼんやりとした灯りが点く様に、緩やかに浮上した。

「……あ。田噛君起きた?」

慣れ親しんだ声に、徐に瞬きを数回。
朧気だった視界から次第に焦点が合って来ると、田噛が目覚めた気配に気付いたのか、制帽の影から横目で覗いた黄緑色の眼が、ちらりと―田噛の橙色の眼に映る。

「……忌瀬(キセ)?」

「うん、そうだよ。御免ね。本当だったら、とっくに館に着いてる予定だったんだけど。思ったより足場が悪くって……」

名を呼ばれて応える声は、田噛の直ぐ近く(僅かに前方)から聞こえた。浮遊感と共に視線をずらせば、細く青白い首筋と制帽からはみ出た艶やかな黒髪が映った。

そこで漸く、田噛は同僚の女性獄卒こと―忌瀬におぶさっているのだと理解した。
一定の間隔で身体が揺れていたのは、忌瀬の歩行と歩幅に寄るものだ。

足元にはコンクリートや廃材等の瓦礫が散乱しており、閉塞的な空間は何処か洞窟やトンネルを彷彿とさせたが―今回の現場は廃ビルだった筈だと。田噛は記憶を引き出しながら、ぼんやりと思考する。

「……なぁ、何でこんな事してんだよ?」

「ん?何でって……怪我して死んじゃった仲間を、放っては置けないでしょ?」

「……怪我って、アンタだって片手無くし(喰われ)てんじゃねぇか」

本来ならば有る筈の―有るべき場所に、体を持ち上げ支えてる手の感触が無い。
どうやら忌瀬は、器用に肘の間接の間を使って、田噛の体を持ち上げている様だ。
そう示唆する田噛の指摘に、忌瀬は苦笑して小さく肩を揺らした。

「うん。両の腕丸ごとじゃなくて本当に良かったよ。そうじゃなかったら、こうして田噛君をおぶれなかったろうしね」

不幸中の幸いだよね等と続ける忌瀬に、田噛は苛立たしそうに僅かに眉を寄せる。

「そう言う問題じゃねぇよ。降ろせよ、流石のアンタでも重いだろ?」

「大丈夫大丈夫。血が抜けてる分、今の田噛君大分軽いから。寧ろ、今動かれたら貧血で脳震盪起こして倒れかねないからね。後、傷も塞がりきれて無いので却下。暴れたら足が取れちゃうから気を付けてね」

「……ちっ」

畳み掛けられる様に忌瀬に言葉で制され、田噛はだるそうに小さく舌打ちをする。

忌瀬は先手を打つのが上手い。否。相手の行動を制限する『牽制』が上手いと言った方が正しいのか。作戦参謀ならぬ頭脳戦なら田噛に勝算は有るが、変化する盤上での戦略的云々は忌瀬には余り通用しない。

忌瀬も頭の切れる部類の獄卒だが、忌瀬の場合は条件も掛け値も全て木っ端微塵に無し崩しにして仕舞う『何か』が有る。
それは斬島や谷裂の持つ『実直さ』でも、平腹や木舌の宿す『奔放さ』でも無い。
近いものでは有るが、『何か』が違う。


それは何処か温かくて、擽ったい様な。


そこまで思考して―田噛は思考にそっと蓋をした。どの道、負傷して背負われて身動きが取れない今の状況では、どう反論しても忌瀬に敵わないと目に見えている。

なので。蓋をした思考の代わりに、田噛は常時騒がしく駆け回っている筈の―奔放な相方の存在を槍玉に上げる事にした。

ちなみに。例え同僚内で姉弟な間柄でも、男が女に背負われてる図は中々に情けないものだが、緊急事態だったのだから致し方無いと、田噛は静かに溜め息を吐いて自尊心と羞恥心を黙らせる。

「……そういや、平腹の奴は?」

「平腹君には亡者の連行と境界までの先導―と言うより、道を作って貰ってるよ」

「……はぁ?どういう事だよ」

「田噛君が倒れた後。亡者が私達を道連れにしようとして、強制的に異界を閉じようとしてね。流石に空間そのものの崩壊は私の結界でギリギリ防いだんだけど、その余波で実際の現世の物体にまで影響が出ちゃったらしくてさ」

「つまり生き埋めになりかけた訳だな」

「そう。しかも、亡者の作った異界の空間の歪みまで此方(現世)に反映しちゃってるみたいでね。来た道をそのまま戻る事も出来なくなっちゃったから、そこは平腹君の本能的な部分に頼ってる感じかな」

足場に無駄に瓦礫が多いのはその所為かと、田噛は忌瀬の説明で納得する。そして、納得した上で―忌瀬の肩に顎を乗せると、面白く無さ気に盛大に舌打ちをした。

「……クソだりぃ。ってか、アイツの世話になるとかマジで納得行かねぇ」

「コラ。怪我して動けない子がそう言わないの。それに、あの子以外に現場の機動力は無いんだもの。仕方無いでしょ?」

田噛の愚痴に、忌瀬は正論で説き伏せる。忌瀬の言う事は正論だ。動けない田噛と田噛を背負う忌瀬を除外したら、動ける者は必然的に平腹しか残らない。しかも現状に於いて、一番の重傷者である田噛が文句を言える筋合いでは無いだろう。

それは田噛自身も重々に理解している。
忌瀬の発言は紛う事無き正論だ。しかし、正論だからこそ、噛み付きたくもなる。

『待てコラ人選ミスじゃねぇのか』と。

「……だからってなぁ。あの馬鹿がまともに行動するとでも思ってんのか?」

「あ。そこは大丈夫。下手な気を起こしたら、その時は『到底口には出せない世にも恐ろしい事を、その身を以て教えてあげる』って言って有るから……ウフフ♪」

忌瀬の涼やかでいて至極楽しそうな声に、田噛の首筋にゾゾゾッと悪寒が走った。

誰よりも仲間思いで少しだけ先輩の同僚は、誰よりも獄卒らしくない性格だと言われがちだが、その真髄は間違い無く―誰よりも鬼女らしい鬼女である。その事を、田噛は改めて思い知らされた気がした。

「……アンタも大概えげつねぇよな」

「そりゃあ、私だってこれでも鬼女だからね。その辺はちゃんと釘を刺しておかないと、色々と示しがつかないじゃない?」

勿論『特務室』所属の獄卒としてもね。
そう苦笑して付け加える忌瀬に、田噛は内心で首を傾げる。忌瀬はそこまでこだわりが強い方では無いと思ったが、それでも、何かしら―忌瀬の中では誇張する程外せない『何か』が有るのだろうと、田噛は思考を自己完結させた。

「ふぅん、そう言うもんか?」

「そう言うものだよ。それにさ。田噛君だって、早く館に帰りたいでしょ?」

「……あぁ、まぁな」

「じゃあ、もう少しだけ我慢してね。館に着いたら起こしてあげるから、田噛君は寝てて良いよ。貧血で眠たいでしょ?」

『寝て良い』とは、田噛にとっては中々に魅惑的な言葉だ。忌瀬の言う通り、出血した分の血液の再生が追い付いていない所為か、未だに貧血特有のだるさは有る。
しかし。そんな本心に反して、田噛は忌瀬の背で緩く首を振った。

「……あー、いや。起きてる。目が冴えちまったし。背負う側は意識が有った方が、多少は運ぶの楽になんだろ?」

「まぁ、幾分かは。でも、眠いなら無理しなくて良いからね」

「……その台詞、そっくりそのまま今のアンタに返すぜ」

「……ふっ。あはは、ありがとう」

若干だるそうな―何処かブスッと不貞腐れた様な声色の田噛に笑って答えると、忌瀬はよいしょと田噛を背負い直した……。





ゆらゆら。ゆらゆら。一定の速度で進んで行く忌瀬の足取りは、決して早く無い。
パワーよりもスピードに分が有る忌瀬の歩調が緩やかなのは、田噛の傷に為るべく響かない様にと言う配慮からだろう。

それでも、少しずつは境界に近付いているのか―薄暗く閉鎖的だった空間が、次第に開けていくのが分かった。忌瀬と田噛の会話が、足音に混ざって空間に反響する。

「何か、懐かしいなぁ。昔はよくこうやって、小さい皆をおんぶしていたっけね」

「そいつは大分大昔な話だな。ってか、今はアンタの方がは小さくなってるよな」

「あはは。違う違う。田噛君たちが大きくなったんだよ。館に来た頃は、私の腰位の身長しか無かったんだからね」

「あー……」

確かにそんな時期も有ったなと。忌瀬の指摘に、田噛は何と無く当時を思い返す。

未だ獄卒を名乗る前。平腹と共に館に連れて来られた当時。幼い見習い時代の頃。
田噛は平腹と共に、周りの獄卒に(今でこそ頻度は減った)悪戯を仕掛けたり、事有る毎にやんちゃをしていたものだった。

その度に。年長である木舌に心配され、少しだけ先輩である同僚の谷裂に注意され。更には―最終兵器である我等が上司こと肋角にも、笑顔で凄まれ雷を落とされた事も多々ある。今となっては若気の至りだ。

そんな中でも。当時から館に頻繁に出入りしていた同僚兼姉貴分の忌瀬は、肋角率いる『特務室』に所属している数少ない女性獄卒であり、新しく入って来た田噛たちの面倒を見て来た獄卒の一人でもある。

田噛と平腹の巧妙な悪戯に引っ掛かって怪我をしたり、何かと振り回されて来た被害者の一人ではあるが、当の忌瀬本人は何処吹く風と言った様子で、例え泥だらけにされても困った様に苦笑するだけだった。

ただ。本当に稀だが、田噛と平腹が本気で怒られた事も有った。傷を負っても再生する獄卒だが、そんな事は関係無いと言った様子で、怪我をした二人を叱責し、涙を流しながら抱き締められた事も有った。

夕焼けの逆光でも、キラキラと輝いていた黄緑色の双眸。その優しい眼差しと、生者よりも低い温もりは、昔と変わらない。

今思えば、あの頃から―忌瀬に対して頭が上がらなく為っているのではないかと。

何と無しに昔を思い返してみたら、あまり本心では認めたくない事実と、何ともむず痒くなる様な感覚が湧いて出て来た事に、田噛は小さく舌打ちをした。

「……やっぱ寝る。着いたら起こせよ」

「ん?はいはい。帰ったら医務室のベッドまで運んであげるから、肋角さんへの報告は一緒に行こうね」

暗に『起きるまで待っている』と宣言され、流石に良い加減小言も反論も面倒臭くなって来た田噛は、貧血から来る眠気も合間ってか―素直にそれに頷く事にした。

「ああ。…………サンキュな、姉貴」

「此方こそ。どう致しまして、弟君」

返事の少し後。聞き取れるか聞き取れないかギリギリの声量でもって―田噛から紡がれた言葉に、忌瀬は心底嬉しそうな微笑みを浮かべた。背中でスヤスヤと寝息を立て始めた田噛を再度背負い直すと、忌瀬は平腹と合流すべく僅かに足取りを早める。

「……『ありがとう』か。それなら、私の方こそ―『ありがとう』だよ。田噛君」

忌瀬の黄緑色の眼が僅かに伏せられ、口許に柔かな微笑が浮かぶ。成長して自分の背を追い越していた弟の重みは、流石に昔と一緒とは行かないものの―忌瀬にとっては、今でさえ何の苦でも無いのだ。

寧ろ―愛しい家族の存在の重さを、直に感じられる今に、忌瀬は幸福を覚える。

獄卒としての『身体(器)』を得る以前の―存在さえも覚束無い呪われ続けた『容貌(形)』。あのおぞましく厭わしく忌み嫌われた昔のままの自分だったなら、こうして家族を背負う事も、触れる事も、他愛無い会話を交わす事さえも、終ぞ叶わぬ絵空事で終わる筈だったのだから。

それを思えば、今の光景がどれだけ幸福に満ちているのかと。忌瀬は胸中に膨らむ想いに、淡く微かに小さく息を吐いた。

「……私の家族(姉弟)に為ってくれて、ありがとう」

再度言葉に紡いでみれば、黄緑色の眼の表面が淡くぼやけた気がして。忌瀬はそれを零れ落とさない様に―自身の獄卒らしからぬ多感さに苦笑を浮かべると、顔を上げて、出口を目指して一歩を踏み出した。


……その後。無事に空間を渡り歩き、平腹と合流した忌瀬は、捕縛状態だった亡者に対して―『世にも恐ろしい彼是(アレコレ)』を嬉々とした表情で実行すると、親愛なる家族と一緒に、意気揚々と『獄卒の館(我が家)』へと帰還したのであった……―。



(その癒しは信愛なる者の為に有る)
(その祈りは暗闇を晴らす為に有る)



【完】



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