大晦日の日に『かざす花』の方に番外編『嵐の夜』を掲載しました。
こちら、結構前に拍手文に掲載していたのですが、ちょっと展開がアレなので、すぐに下げてしまいました。
ですが、『かざす花』の続きが読みたいとのありがたいコメントをいただき、なろうさんの方へのせることにしました。
『スタート・ゼロ』の巴と壮司側の話になります。
……いつもなら、この話について語るのですが、今回は恥ずかしいので止めておきます。数年後にはこの話、私の黒歴史になりそうな気配ムンムンです。
『嵐の夜』を上げるに際して、おまけを書きました。『嵐の夜』翌日の話です。
壮司、あなたはまったくもうっ!という話です。
追記からどうぞ。
「待たせたな」
壮司が玄関で待っていると、間もなく巴が現れた。
壮司は昨晩、巴以外の家人が出払っている古賀家に泊まった。泊まったが、自業自得ともいえる事態で寝不足を引き起こし、巴が来るまで徹夜による頭痛を緩和するために痛むこめかみを揉んでいた。
じゃれあいのような朝食の後、大学に行く壮司と巴はせっかくなら一緒に家を出ようと、壮司は巴が身支度を終えるまで待っていたのだ。そこに現れた巴に、壮司は眉間を揉んでいた手を中途半端に浮かせたまま釘付けになる。壮司の体を取り巻いていた眠気は波が引くように存在を消した。
格子戸から漏れる朝の陽光を受けながら板の間に立つ巴は、藤色のひらひらとしたワンピースを身にまとっていた。家にいるときは和服が多い巴だが、さすがに大学に行く時は無用な注目を集めないベく洋服を着ているようだ。膝丈のワンピースは胸元に同色のリボンがついている清楚なデザインで、露出度が高いだとか、生地が薄すぎるというわけではない。だが、壮司は思わず聞いてしまった。
「その格好で行くのか?」
壮司の問いかけに、巴は数回またたきをした後、ワンピースの裾をつまんで「変か?」と聞いてきた。
「変じゃねえが……」
壮司はその先の言葉を飲み込む。変ではない。むしろ藤紫のワンピースに巴の黒髪が良く映えて似合っていた。むしろ変ではないから問題なのだ。
なおも浮かない顔をしていたのか、巴が控えめに「着替えた方がいいか?」と伺いを立ててくる。壮司は是とも非とも答えられなかった。巴が自分とのデートにこの服装で来てくれたなら、壮司はよろこんだだろう。だが、これから行く場所は大学なのだ。しかもお互いに異なった大学に行く。しかも巴は男女比が一方に片寄りすぎている医学部の学生なのだった。
そう思ったら、壮司はすばやく靴を脱ぎ、巴のいる板の間に上がってた。
「大学は休みだ」
言うなり、巴の腕を引く。ワンピースの膨らんだ袖からむき出しになっている白い腕にああくそっ、と心中で吐き捨てる。
「休むって……何を言ってるんだ」
壮司に腕を引かれて、玄関から遠ざかりながら、巴が困惑しきった声を出す。そのうち、巴の腕を引いているのももどかしくなり、壮司は一旦立ち止まった末に、巴の胴に腕を回し、彼女を担ぎ上げた。小さく巴が驚きの悲鳴を上げる。
そのまま手近な部屋の襖を開ける。空き部屋になっているそこは障子が閉められていて薄暗かったが、掃除はよく行き届いていて畳にはちりひとつ落ちていない。使っていない三面鏡だとか、長持がほこりよけの布を被っておいてある。その使っていないながらも整然と物が置かれた部屋に巴を下ろし、後ろ手で襖を閉める。廊下からの明かりもとれなくなった室内はさらに暗くなった。
「壮司……?」
密やかな薄い暗がりの中で巴がとまどった問いかけを発する。その問いかけに導かれるように壮司が一歩踏み出すと、巴が一歩下がった。背後の桐の衣装箱に手をつこうとするその腕を捕らえて、壮司は巴を抱きしめる。
巴の艶やかな髪から放たれる甘い香りが鼻孔をくすぐる。頭のどこかが痺れたように霞んだ。
「……壮司。お前が嫌なら服を着替えるから」
壮司に抱きしめられたままの巴の声が、日が射さずにひんやりと暗い部屋に落ちる。
着替えるから、今からでも大学に行こう、と彼女が続けるだろうことを壮司は簡単に予測する。それを阻止すべく、開きかけた巴の唇に押し込むように自分のそれを重ねた。
口づけを続けながら、自分が何を嫌だと思っているのかわからなくなる。巴そのものをここに閉じ込めておきたいのかもしれない。
繰り返すキスを段々とやわらかいものに変えて、唇を離す。巴は潤んだ瞳と上気した頬、わずかに開いた唇、それにまぶたが落ちかけた甘いまなざしという何とも言えない表情でこちらを見上げてくる。なんつう顔してんだ、と壮司は悩ましくなった。
腰が砕けて体勢を崩した巴を支え、畳の上に座らせる。そのまま自分の胸にもたれかけさせた。ぐったりと巴は壮司に身を預けている。無防備なその姿に壮司は苦悩をさらに深くする。こいつは服装にしても、その甘い香りにしても、表情にしても、自分がどれほどの影響を男に与えるかわかってなさすぎる、と。
男が女性の服装のことに口を挟むべきではない。そうはわかっていながらも、壮司は言わずにいられなかった。巴の体に回す腕の力をさらに強くしながら、壮司はささやく。
「そんなかわいい格好は俺の前だけでしてろ」
動きに合わせて揺れる裾。優しい藤紫の生地。切り替えによって、布を押し上げる柔らかな胸はその丸みを強調させている。清楚だが、男を惹き付ける。こんな姿の巴を、男がわんさかといる医学部になど行かせられるか、と壮司は巴の髪に手を差し込み、軽く後頭部をつかんで上を向かせる。
「着っ、着替えるから」
間近に迫った壮司の顔に、巴は切羽詰まった声を漏らす。巴は自分が捕らわれていることに本能的な恐怖を感じるのだろう。だが、逃げようとする巴を壮司は許さなかった。
「今日は一日、俺の腕の中にいろ」
唇を合わせる寸前につぶやいて、壮司は巴の反論を吸いとる。
そのままふたりの体は重なったまま、畳の上に倒れた。
壮司はその日、ふたりの意識が溶け合うまで幾度となく口づけを交わした。その頃には学生としてあるまじきことだが、大学のことはすっかり頭から抜け落ちていたのだった。