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俺と電波

※凍て花×黒バスパロです。

春から夏へと変わるため、もうすぐ鬱陶しい梅雨の季節を迎えようとしていた時のこと。神田はいつものように仏頂面で、街灯がつき始めた黄昏時の町を歩いていた。隣では、ラビが愉快そうに笑っている。

「ったく、何で俺がこんな面倒なことを…大体、こういうのは警察の仕事だろ」
「まーまー、家賃が安くなると思えば、見回りなんて安いもんだろ?」

事の発端は、神田が住むアパートの大家だった。その大家は、町内会の役員も務めているらしく、会議か何かで、ここ最近、この近辺に夕暮れ時を狙ったスリが多発していると聞いたらしい。
主にターゲットとなるのは、買い物に行く主婦層から、下校途中の学生たちとのこと。周りの奥様連中から、怖くて夕方以降外に出ることが出来ないと不満の声が上がるのも時間の問題だった。
かといって、町内会の役員に見回りさせても、若者の足におじさん連中がついていけるわけがない。それに、万一武器などを所持していた場合の危険性を考えると、誰も見回りをしたがらなかった。
そこで、大家は自分のアパートに住む神田の存在を思い出した。剣道で何度も全国大会優勝を果たし、腕っ節は十分。スポーツマンとなれば、足も速いだろう。強い人間が見回りをしているとスリの犯人に知れれば、警戒して身を潜めてくれるかもしれない。
そして大家は家賃の割引を条件に、神田に見回りを頼んだのだ。

「チッ!人の足元見やがって…」

神田は、持ってきた竹刀で、苛立たしそうに自分の肩を叩く。
奨学金でなんとかやりくりしている苦学生の神田にとって、家賃の割引を出されてはやらないわけにはいかない。ただでさえ、上の兄に一緒に暮らした方がいいとしつこく誘われているのだ。

「っていうか、なんで信と一緒に住まないんさ?信さん家事得意だし、その方がラクじゃね?」

面白半分で神田の見回りについてきたラビは、前々から疑問に思っていたことを口にした。

「うぜぇんだよ、アイツ」
「……いつになったら反抗期終わるんさ?ユウ…」
「優人がいんならまだいい…だがな、あいつと二人暮らしなんかしてみろ…あの異常な愛情が全部俺にくんだぞ……想像するだけでうんざりする…」
「あー…まあ、ブラコンだもんなぁ、信……重度の」

確かに、あまり人とのスキンシップを好まない神田には重いかもしれない。そう考えると、ラビも納得できた。

「そーいや、優人は東京(こっち)こないんさ?」
「ああ。向こうの暮らしが合ってたみたいだな」

今でも定期的に旬の野菜が送られてきて、神田としては大変助かっている。この間送られてきたたけのこで作った天ぷらは久しぶりに食べたごちそうだ。

「ふーん。なんか部活やってんの?」
「バスケ部のマネやることになったつってたな。高等部の」
「何で高等部?」
「ちょうど空きが合って、そこの部員の奴に勧誘されたんだと。メールで『今日、巨人に会いました』って来た時は何事かと思ったがな」
「………なんて返したんさ?」
「『首の後ろを狙え』」
「おい」

まともな返しはしないと思ったが、これほどか。中学生にして、踵落としで薪割りが出来てしまうような鋼鉄の足を持つ優人にそんなアドバイスして死人でも出たらどうするんだ。

「大丈夫だろ。ただの巨人なら」
「巨人って名詞の前に『ただの』って付く方がおかしいから。つーか俺が前貸した漫画ネタちょいちょい入れないで欲しいさ」
「うるせぇ。貸してきたのお前だろ」

これ以上は何を言っても蛙の面に水だろうな、とラビは話題を潔くシフトチェンジする。

「ところで、そのスリの犯人ってなんか外見で特徴とかあるんさ?」
「ああ、緑の帽子を深めに被って、デケェサングラスにマスクって決まりすぎた格好だと」
「…形から入るタイプか…犯人…」
「人相書きも、顔なんか全然わかんねぇのに典型的過ぎて失笑もんだったぞ。……ちょうど真正面から向かってくるヤツみてぇに…」
「うわー…ホントに典型的な…ってアレ犯人じゃねぇ!?」
「かもな」
「いやいや、かもなっていうか、100パー犯人さ!普通あんな格好しねーって!」
「重度の花粉症の奴だっただどうすんだよ」
「その発想はなかった」
「ドロボーーーーーーーッ!!待てコラァァアアアアアア!!」
「って、ほら!なんか被害者っぽい人も後ろから追いかけてくるし!犯人だってアレ!」

見回りはじめて2週間目でようやく現れたか、と神田は顔色一つ変えず竹刀を一振りした。
ヒュッと風を切る音と共に、すっと神田の双眸が細まった。

「巻き込まれたくなかったら離れてろ、兎」
「へいへーい。俺は外野で見物してるさ」

巻き込まれずに見物できる場所へ移動すると、目の前にまで迫ったきた犯人が、道の真ん中に立つ神田に向かって、鈍色に光るナイフを振り回して突進してきた。

「そこをどけーーーーーーっ!!」

犯人が神田の間合いに入った直後、ナイフが宙を舞った。呆気にとられるより早く、犯人の喉元に神田の鋭い突きが叩き込まれ、喉に走った激痛に、犯人はその場をのたうち回る羽目になった。

「ほい。凶器と盗品確保さ」
「おい、ラビ。そのバックの持ち主の手掛かり探せ」
「へいへい…ったく、人使いが荒いさ…」
「す…すんません、そのバック!!」
「あ?」

息切れを起こしながらやってきたのは、先程犯人の後ろから必死に追いかけてきた被害者と思われる少年だった。

「それ…ちょっと……返して…ください……」
「だとよ、ラビ」
「いや、学生証の顔と全然違うさ。こいつのバックじゃない」
「何?」
「いや…それ、ダチので……アイツ、とられた瞬間……表情一つ変えず『行け、高尾!』とか……俺に命令してくるし…」

なんだか、結構自己中な友達に振り回されてんな…。ラビは会ってすぐのこの少年に、既視感を覚えてしまった。とりあえず、水くらいおごってあげよう。なんか、自分見てるみたいでつらいし。

「ほい、水。とりあえず落ち着くさ」
「うわー!ありがとございます!」

すぐそこの自販機で買ったペットボトルを受け取るなり、少年は喉を鳴らしながらそれを一気に半分まで減らした。…余程走ってきたのだろう。少年を観察していたラビは、彼が来ている学生服に目を止めた。

「秀徳高校の生徒さんなんさね」
「そうっス。俺は高尾和成っていいます」
「へぇーじゃあ、頭良いんさね」
「いやぁ、俺はスポーツ推薦で入ったクチなんで」
「何をしているのだよ、高尾」

悠然と歩いてやってきたのは、高尾と同じ制服を着た、長身のメガネの少年だった。なぜか手には、マーフィー君人形らしきものがのっている。

「何をしているじゃねーよ!自分のバックとられたくせに、なんで悠然と歩いてくんだよ!!」
「馬鹿め。お前がコンビニに寄ろうなどと言い出したからこんなことになったのだよ。今日はおは朝占いの結果がよくなかったからさっさと帰りたいという俺の意見を散々無視して…」
「あーはいはい!俺が悪かった!俺が悪うございました!!」

その間に、神田はラビに目で合図を出した。ラビは、学生証の写真と照らし合わせて、神田に頷いた。

「確かに写真と一緒さね。でも、念のため名前と誕生日だけ言って、本人確認させてほしいさ」
「……緑間真太郎。誕生日は7月7日だ」
「はい。オッケー。このバックは君のものさね」
「真ちゃんからもお礼ちゃんと言えよー。この人達が犯人倒してくれたんだから」
「いや、俺はただ見てただけさ。犯人仕留めたのはこっち」

緑間は神田に視線を移すと、軽く頭を下げた。

「……ありがとうございました」
「別に。こっちも大家に頼まれて見回りしていただけだ」
「素直じゃないさねーユウ」
「うるせぇ馬鹿兎。馴れ馴れしく名前で呼ぶな。テメェもこいつみたいに地面と感動のご対面させてやろうか?あぁ?」
「すんませんっしたぁぁあ!!」

神田に竹刀を突きつけられ、ラビは即座に謝り倒した。犯人は、さっきから神田に頭を足で抑えつけられながら震えている。よほど、あの喉に決まった突きが効いたらしい。

「ブッハ!!ちょ、おにーさんら面白すぎ!!」
「こっちは笑い事じゃないんさぁぁああ!言っとくけど、コイツはやると言ったらやる子だからね!?マジで俺地面とディープキスしちゃうからね!?」
「お、俺エンダァァァアアッて、歌いますよ?…ブフッ!」
「いやぁぁああああ!!できればその音楽は結婚式で聞きたいさぁ!!」

完全にラビをからかう方向に高尾はシフトしたらしい。どうやら、ラビの反応が高尾のツボに入ったようだ。しかし、早く帰りたい緑間は、溜め息を一つ吐いて踵を返した。

「いつまで遊んでいる気なのだよ、高尾。行くぞ」
「あ、待てって真ちゃん。あ、そんじゃ、ホントにありがとうございましたー」
「チッ、おいラビ。俺らもこいつ警察に叩きだすぞ」
「うぅ…ひどいさ…」

お互いの相棒と会話をしながら、別々の方向へ4人は歩み始めた。しかし、この時むすばれた縁は、どうやらよほど頑丈だったようで、これから度々彼らは顔を合わせるはめになるのだった。

 

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設定的な

神田ユウ(19)…秀徳高校の近くのアパートに住んでいる苦学生。別に家が貧乏なわけではないが、自立するために、生活費はなんとか自分で工面している模様。優人はそれを知っているので、定期的に寺の畑でとれた野菜を送ってくれる。上の兄より下の弟への対応の方が、比較的友好。優人も、神田が観野家に来た当初からすぐに懐いた。そのため、信の怨みがましい目線をたびたび受ける羽目になる。

ラビ(19)…神田と同じ大学に通う文学部史学科の学生。神田と大分授業がかぶっており、試験前には面倒をみてくれる。神田とは中学生からの付き合い。祖父と世界各地を渡り歩いた後、日本に定住して本屋を開いた。客から言われたさまざまな本の内容をよどみなく答えることが出来る祖父は、通称ブックマンとよばれ、読書好きの客たちからは尊敬されている。ちなみに緑間もこの店の常連。ラビが知らないのは、よく店番をさぼっているから。
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