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※本編終了後から数年後の二人だと思ってください
ある夜更けのこと。書物を読んでいた絳攸は、ふっと顔をあげて眉をしかめた。もう随分と月が高くまで昇っている。少し夜更かししすぎたようだ。
思ったよりも短くなっている蝋燭の火を吹き消そうとしたその時、ふっと窓の外が暗くなった。
(……?雲でも出たのか…?)
少し風の音が聞こえてくる。それが雲を連れて月を隠してしまったのだろうか。
すると、窓に礫が当たるような音が数回鳴った。
不思議に思った絳攸は、燭台を持って、窓に近づいた。窓の音は鳴りやまない。それどころか、少しずつ強くなっている。
絳攸は持っていた燭台をかかげ、窓の外を照らした。
「――――色!!」
窓の外の木の枝に、色が止まっていた。見れば、色の肩に相棒のフクロウである染の姿も見えた。礫で叩くようなあの音は、染の嘴だったのかと絳攸は納得した。
外にいるのが色だと分かると、絳攸は慌てて窓を開けて、部屋の中に色を招き入れた。
「夜分遅くにすまないね。絳攸」
「いや…俺もまだ起きていたから別にかまわん。それよりどうしたんだ急…に…っ」
訳を答えることなく、色の腕が絳攸の背中に回された。ふわりと頬をかすめた白い髪のくすぐったさに、絳攸が少し身をよじると、すかさず逃がすまいとさらに強く抱きしめられる。
「しっ、色!?」
いつもの彼女らしくない大胆な行動と、好きな女性に抱きつかれた気恥ずかしさで、絳攸は顔を真っ赤にして慌てふためいた。
ど、どうしたんだいったい……というか、俺のこの置き場のない手はどうすれば…!
「な、何かあったのか…?」
「………ちょっと、死ぬ思いをした」
色の口から重い言葉が出た途端、羞恥心や焦りなど吹き飛んだ。
「どういうことだ」
「…………紫州の外れにある町で薬草市が開かれるから、それを見に行ってたんだ。その道中、つり橋を渡るんだけれど、ずいぶん古くなっていたみたいでね…私が渡ってる途中で切れてしまったんだ」
絳攸の息をのむ音が、色の耳に届いた。それから、まるで生きてることを確かめるように強く抱きすくめられた。必死に、色が生きているぬくもりを感じ取ろうとするかのように。
「下はけっこう急な流れの川だったし、水もずいぶん冷たくなっていた。幸い、川の流れをうまく作用して対岸に押しやられて、なんとか岸にしがみついた。そして気づいた商人の人が、私を川から引き上げてくれた」
だから、幽霊じゃないよ。痛いほど抱きしめてくる絳攸を安心させるように、ぽんぽんと背中を叩いた。
「……橋が落ちて死ぬなって思った時、真っ先に頭をよぎったのは、君の顔だった」
絳攸は目を見開いた。
色は、その絳攸の驚きの表情を目にすることなく、首元に顔をうずめて話を続けた。
「そしたらもう、会いたくて、一目見たくて、自然と足がこの邸に向かってしまった」
首元から顔を離した色は、苦笑しながら絳攸の頬を撫でた。
「私も、剣を持つ者の端くれとして、死ぬ覚悟は出来ているつもりだった。そのために、なるべく後悔を残さないよう心がけて生きてきた。……でも、君をおいて逝く後悔だけは、どんな時でも残ってしまうようだ」
「………それの、何が悪い」
「え?」
思ったよりも低く響く絳攸の声に、色は驚いた。
「お前は、俺の従者だろ。だったら、俺より先に死ぬなんて許さん!!絶対だ!!絶対…っ、俺より先に死ぬな!!」
絳攸の怒号に呆気にとられ、色は数拍遅れて噴き出した。
「くっ…ふふふ……普通は逆だよ、絳攸」
主君より後に死ぬなと言われることはあれど、主君よりも先に死ぬなと命令されるなど、聞いたことがない。
「それに、私の方が君より年上なんだけれどねぇ…」
「根性で踏ん張れ」
「ふふ、御意。頑張って長生きするよ」
「……色」
「ん?」
「……無事でよかった…!」
今度こそ、息が詰まるのではないかと思うほど、強く抱きしめられた。痛みなど、感じなかった。心は驚くほど穏やかで、幸福すら感じていた。
ねぇ、絳攸。
いつ死んでもいいと思っていた。でも、こうして君と再びめぐりあえた今では、君と長く生きたいと思って仕方がないんだ。
どうして君は、いつも私の心をこうも簡単に染めてしまうのだろうね。
君がため惜しからざりし命さへ 長くもながと思ひけるかな
(君のためなら惜しくなかった命でさえ、結ばれた今では、長くありたいと思うようになったんだ)
――――…クロス・ジャーナルの取材で、室長のコムイがインタビューされた時、インタビュアーがこんな質問をした。
「コムイ室長の妹さんであるリナリー・リーを含め、教団には十代のエクソシスト達がいますよね?十代というと大人の目の届かない所でつい生活が乱れがち…ということも多いと思いますが、コムイ室長はそこのところどう思いますか?」
「確かに、食堂で注文するメニューは本人の好きな料理を注文してしまい、栄養が偏ってしまいそうで心配なエクソシストが何人かいるとは料理長から伺っています。でも、僕はあまりこの問題については深刻に見てはいません」
にこやかにきっぱりと言い切ったコムイに、記者は驚いて、その理由を尋ねた。
「こんなこと本人の前で言うと拗ねちゃうだろうけど…彼らには、小さなお母さんがついていますから」
little mother
「優人ー」
「いつもつけてるリボンタイならクローゼット開けて右側」
「優人」
「この間天一達が作ってくれた新しい髪紐なら、ユウ兄の部屋のテーブルの上」
「優人〜」
「おやつはもう少し待ってて。ちなみに今日はにんじんケーキと甘さ控えめの蕎麦粉クッキーだよー」
赤ん坊の泣き声聞き分けるお母さんか。
この現場を目撃した人たちは、心の中でそうつっこんだに違いない。名前を呼ぶ声だけで、相手が言いたい事を先読みして答えている。しかも、外れていないらしく、優人の返答を聞いたエクソシスト達は、すぐに踵を返している。
そうこうしている間に優人はケーキとクッキーの生地を作り上げ、それぞれオーブンに入れてタイマーをセットした。
「じゃあ、焔は生クリーム作っててくれる?俺その間に洗濯物干してきちゃうから」
「御意」
焔にその場を任せた優人は、自分の洗濯物と一緒に他のティーンズエクソシストの洗濯物も干しに行った。なぜ優人が他のエクソシストの洗濯まで受け持っているのかというと、以前、洗濯のノウハウを知らないエクソシストが、優人の洗濯物と自分の洗濯物を一緒に洗濯してしまい、優人のお気に入りだったTシャツがまだら模様になってしまったことがあったからだ。その時優人は涙目になってキレて、俺が洗濯するから俺の心の洗濯を増やすな、と言い放った。以来、ティーンズの男子はみんな優人に洗濯物を預けている。
「ふぅ…今日は洗濯物がよく乾くぞー…布団も干そっかなー」
もともと寺の雑用を引き受けていた優人にとっては、大所帯での生活は苦にもストレスにもならなかった。最初こそ、知らない土地と言語の壁に悩まされていたが、今ではすっかりそれもなくなった。
「優人」
「あれ?どうしたの?リナリー」
「今日天気いいじゃない?せっかくだから外でお茶会しない?」
「わー楽しそう。今回のお茶会はどれくらい集まるの?」
「私と優人とアレン君、ラビ、神田にミランダにマリとクロウリーだから8人よ」
「思ったよりも大人数だねーじゃあ、お菓子も追加しよ……リナリーはそこら辺にいるアレンやラビを使ってテーブルとイス運ばせといて。おそらく厨房あたりをうろうろしてるだろうから」
「ふふ。わかったわ。優人の作るお菓子、みんな楽しみにしてるからね」
すぐに任務が入るエクソシストたちと交流できるお茶会は、優人の楽しみでもあった。もともと喧騒を好まない優人は、和やかな雰囲気が落ち着くのだ。
「にんじんケーキに蕎麦粉クッキー…最近みんな野菜足りてないからな…なに作ろう…」
どこか楽しげに呟く優人を、リナリーは微笑ましげに見ていた。優人の作る料理が美味しいのは、技術や味もさることながら、作っている本人が食べさせる相手を想って一生懸命作ってくれているからだと、リナリーを含むエクソシストたちはとっくに気づいている。
「わー!今回のお茶会のお菓子は豪華ですね!!」
「今回はけっこう人数が多いから、多めに作ってみましたー」
「優人は本当に手先が器用だな」
ポンとマリがその大きな手を優人の頭において撫でまわすと、照れくさそうに眉をハの字にさせた。
「それにしても今回のお菓子は色どり鮮やかさねー。この緑のマフィンって抹茶?」
「ほうれん草」
ぎょっと一同が目をむいた。
「ほうれん草!?ほうれん草って野菜のほうれん草ですよね!?」
「それ以外のほうれん草に俺は出逢ったことないけど。ちなみに他のはアボカドとチーズのフロマージュ、にんじんケーキ、トマトのゼリー、甘さ控えめ蕎麦粉クッキーです。まあ、甘いものだらけになっちゃったから、今回はかぼちゃの冷製スープも作ってみましたー」
「すごい…今回は野菜づくしなのね…」
ミランダが感心したように手元のにんじんケーキを見つめた。先程一口食べたが、にんじんの味など全然しなかった。言われなければきっとわからなかっただろう。
「特に野菜が足りてないとジェリーさんから通告を受けてるアレンとラビとユウ兄は必ずどれか一つは食べること。じゃないとお前らの部屋掃除してきた時に出てきたアレやソレやコレをこの場で暴露します」
「……!!テメッ!優人!!」
「ちょっと待つさ優人――――!!」
「言われなくても残しませんよ。全部完食します」
「アレン君、私たちの分もちゃんと残してね」
余裕の表情を見せるアレンとは対照的に、18歳コンビの方は少し焦り出した。どうやらそれぞれ心当たりがあるらしい。
「言われたくなかったらちゃんと普段から野菜を取る!!ジェリーさんを始め、厨房の人達凄く心配してたんだから!!生活習慣病は堕落した生活から来るんだよ!!」
宣告された言葉が撤回されそうにないとわかると、神田もラビも渋々目の前のお茶菓子に手を伸ばした。
「初めて食べたが濃厚で美味しいである。このアボカドのフロマージュ」
「アボカドはけっこうチーズと組み合わせると濃厚な味わいを引き出してくれるんだー。よかったークロウリーの口に合って」
「優人の作る料理は何だって美味しいである!」
「ほんとにね。みんな美味しいからついつい食べ過ぎちゃうのよね…うぅ、これ食べたら運動しなくちゃ」
やはり、女性たちはカロリーの方が気になるらしい。今度のお茶会は豆腐などを使って、ヘルシーで美味しいお菓子を作ろう。優人は頭の片隅にメモをしておく。
「でも、リナリー今でも全然太ってる感じしないけど…」
「甘いわよ優人!女性の体は脂肪がつきやすいんだから!!」
「そうね…ちょっと油断してるとお腹や顔がふっくらしちゃうのよね…」
「そうよ…神田なんか蕎麦と天ぷらしか食べてないくせに…!見てよこの肌のハリと髪のツヤ!!なんでこんな状態保っていられるのよ!!」
憎ったらしいと言わんばかりに、リナリーは神田の頬をつねる。まあ、女性からしたら羨ましいく、妬ましい体質であるのは確かだろう。
「いっ!いってぇな!!何すんだ馬鹿リナ!!」
「なによ!!馬鹿って!!」
「まあまあ…うーん、ユウ兄はともかく、リナリーも肌綺麗だと思うけどなぁ…」
「そうですよ。気にすることありませんよ、リナリー」
「でも、そういうアレン君と優人も私より肌の状態いいのよね…」
リナリーの恨みがましい視線を受けた二人は、顔を見合わせた。そんなのお互い気にしたこともなかった。
「あー…確かに二人とも肌綺麗さね。まあ、ユウやリナリーが絹肌なのに対して、二人は餅肌っぽいけど」
「よく伸びんだよな…コレ」
「「いひゃいいひゃいいひゃい!!」」
これでもかと頬を引っ張られた二人はそろって悲鳴を上げた。頬を引き千切る気かこの男は。
「いった…なにするんですか神田!!」
「そうだよ!!ユウ兄なんか禿げろ!!」
「あぁ!?」
「こら、3人とも。それぐらいにしておけ」
マリが仲裁に入ったところで、4時を知らせる鐘がゴーンと鳴り響いた。
「あっ、いけない。そろそろ洗濯もの取りこまなきゃ」
「じゃあ、今回はこれでお開きにしましょうか」
「優人!次回は肉料理がいいと思うさ、肉!!」
「却下」
「美味しかったぞ、優人。次回も楽しみだ」
「次回は私たちも少し作ってみない?リナリーちゃん」
「そうね。なに作ろうか」
みんなで食器やテーブルを片づけながら、それぞれ目的の場所に散っていく。
アレンやラビたちがそのまま遊びに移るのに対し、優人は再び家事に専念する。これではただ、ティーンズたちが、優人に甘えているだけのように見えるが、実はそうでもないらしい。
日も傾いて来た5時頃。神田は優人を探していた。自分と一緒の任務に就くことになったからだ。明日の朝6時には出発だと告げておかなければならないのに、部屋にも食堂にもいない。
少し苛立ちを抱えながら談話室の扉を開けると、ソファーの上に、見覚えのある後頭部が見えた。
「おい、ゆう……と…」
大声のきつい口調から、徐々に神田の声はしりすぼみになってしまった。なぜなら、
「すー…」
ソファーの上で、今日干した布団を抱き枕に寝ている優人。どうやら洗濯ものを畳んでいるうちに誘惑に負けて寝てしまったらしい。みれば、テーブルの上にまだ畳まれていない洗濯物と、アレン、ラビ、神田の洗濯ものにきっちり分けて畳まれているものが乗っている。
神田は溜め息をつくと、優人が掴んでいる布団ごと抱き上げた。
「あれ?神田?何でこんな所に…って、ああ…」
「寝ちゃったんさね、優人」
談話室に入ってきたアレンとラビは、神田が腕に抱えた人物を見て、表情を崩した。
「明日の任務の予定話すために探してたってのに…見つけたらこの様だ」
「ふふ、干したての布団って気持ちいいですからねー」
あどけない寝顔を見せる優人に、アレンは目を細めてその髪を撫でた。
「リナリーとミランダさんがお茶会を企画してくれたのは大成功でしたね。優人、すごく張り切っていて嬉しそうでしたし」
「この間の任務のせいで落ち込んでたもんな…優人」
「そう言う時に限って、無理矢理家事や鍛練とか詰め込んで考え込まないようにするんですよね…まったく、体壊したら大変なのに…」
えい、とアレンが優人の鼻をつまむと、「ふがっ」と間抜けな声が漏れて、三人で声を押し殺して笑った。
「でもまあ、もうだいぶ復活したみたいだし、これなら明日からの任務も大丈夫そうさね」
「大丈夫じゃねぇよ。こんな中途半端な時間に寝ちまって…明日起きられなかったら置いてくぞ、俺は」
「今の内に神田のトランクの中にでも詰め込んでおきますか?」
「起きた時、ものすっげぇ膨れるからやめとけって。…って、ユウ。なに「その手があったか」的な顔してんさ。無理だって」
「チッ。……俺はこいつ部屋に運んどくから、お前らその洗濯ものどうにかしろ」
「アイアイサー」
「途中で優人落したりしないでくださいねー」
談話室を出ていく神田の背に向けて、二人は微笑みを送る。
自分たちの小さな家族は、今日もいっしょうけんめいだ。
彩雲国物語の夢主さんへの質問です。
・彩雲国完結おめでとーございます!!〜の方≫色「拍手、ありがとう……完結を祝ってくれただけでなく、番外編も望んでいただけるとは…私は幸せ者だな、絳攸」
できました!!
性 別 | 女性 |
誕生日 | 8月24日 |
血液型 | A型 |