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白が黒を染めるのか、黒が白を染めるのか

森の奥深く、旅人ですらあまり訪れないような小さな村に、アリアと神田は訪れていた。
二人に任された任務はもうすでに完遂している。しかし、この村をこえた先の大きな町に、アレンとラビが別の任務に来ているという。
今二人は、アレン達のサポートに向かう途中。日も暮れてきたのでこの村でひとまず休むことにした。
村に入ると、アリアはさっとフードで白髪を隠す。今は夕日の光で一見金髪のように輝いているが、妙な注目を集めたくなかった。

「……宿屋は無いようですね。どこかの民家に泊めてもらいましょう」
「チッ。大体モヤシと兎がさっさと任務を終わらせねぇから…」
「こら。予想より町に潜伏しているアクマの数が多かったんですから仕方ないでしょう?」

任務中で少々気が立っている神田をなだめ、アリアは戸口を叩いた。
すぐに家の中から元気のいい返事と共に足音が近づいてきた。

「はーい………どちら様?」

出てきたのは、20代後半ぐらいの女性だった。

「すいません。旅の者なのですが、日が暮れてしまって身動きが取れなくなってしまいました。どうか今夜一晩泊めていただけないでしょうか?」

アリアが丁寧に事情を説明して頭を下げる。
しかし、女性はアリアの言葉など、頭に入っていなかった。目を大きく見開いて、カタカタと震えながら、突然戸口に現れた訪問者を凝視していた。
……アリアの後ろに佇む神田を。
アリアも不審に思い、視線を女性から神田に移す。
知り合いなのかと目線で問うと、神田の眉間に皺がぎゅっと寄った。否だ。

「あの…どうされました…?」
「あ…」
「あ?」
「悪魔ッ!!」

金切声をあげてそう叫ぶと、女性は扉を閉ざしてしまった。
大きな音を立てて閉まった戸口の前で、アリアはしばらく呆気にとられていた。

「…何なんですか…?」
「………」

神田は何も言わずに踵を返した。
アリアも慌てて後を追いながら、ちらりと閉ざされた戸を見た。
……自分が好奇の目で見られる容姿をしていることは自覚していた。だが、あの女性は明らかに神田を見て脅え、悪魔とまで叫んだ。
確かにアリアも一緒にいて鬼だ鬼畜だ天邪鬼だと思うことはある。ただ、それは神田の性格を見ての評価だ。
たまたまあの女性が神経質だっただけだろうか?
アリアは首をひねりながらも、2軒目の戸口を叩いた。
―――…その後、村の中を歩き回って頼んだが、アリアたちを泊めてくれる家は、1軒もなかった。
皆、神田を見た瞬間に顔色を変えてドアを閉めてしまう。
結局、その日は村のすぐ側で野宿することになってしまった。

「なんでしょうねぇ…みんなユウを見るなり脅えて…確かに目つきは悪いですけど、別に突然噛みついてくるわけじゃないのに…」
「狂犬か俺は!」

アリアの無礼な言い分に、さっそく神田は食ってかかった。
物理的に噛みつきはしないが、殴りたい。もの凄く。
アリアは森の中で採ってきた野草やキノコで作ったコンソメスープをぐるぐるかき混ぜながら首を捻った。

「私を見てぎょっとする人はよく見かけますが…なんでユウ…?」
「……俺の髪と目が黒いからだろ」

アリアは怪訝な顔で神田を見た。どうも腑に落ちないらしい。

「教団に入る前、親父に連れられて各地を放浪した時も、何度かこういうことがあった。……俺みたいに髪も目も真っ黒な人間はヨーロッパじゃそうそういない。都市部じゃあんまり気にする奴はいねぇが、こういう田舎村に行くとよく言われた」

『悪魔』って。

「……年寄りとかは特に気味悪がったな。東洋系で顔つきが若干違うことも、不気味だったらしい。……初めから偏見持たない奴は、教団みたいに多国籍な職場にいる奴か、お前みたいに各地を放浪していた奴ぐらいだ」

初めてあった時、自分の髪を見て綺麗、とアリアは言った。
今でもなにかと理由を付けては、神田の髪を触りたがる。だが、それは、見る人間によっては忌々しいものに映るのだ。

「馬鹿馬鹿しいですね」

アリアはそう言ってばっさり切り捨てた。
何が悪魔だ。
確かに鬼で鬼畜で天邪鬼で性格がメビウスの輪のようにひん曲がっているけど…。

「あなたのどこが悪魔だと言うのですか」

鍋をかき混ぜるのをやめ、アリアはそっと腕を伸ばして神田の髪を撫でた。

「……こんなにも綺麗なのに…」

世辞や同情からくる言葉ではない。本気でそう思っている。
神田もそれがわかっていたので、アリアの手を振り払わないでいた。

「お前がフードで隠さずに髪を晒してたら、あの村人たちには天使と悪魔に見えたんじゃねぇか?」

そしたら、あの村人たちはどうしただろう。神田は嘲笑した。
天使が白いイメージに対し、悪魔は黒。単純な二極構造。
それ以外にも、黒という色はあまり良いイメージを持っていない。白が「生」や「祝福」を現すのに対し、黒は「死」。仏教では「地獄」を表す色ともされている。
白い女と黒い男。アリアと神田は、お互いが持つ色と同じように、何から何まで対極だった。
アリアは髪をなでる手を止め、目を閉じて静かに言った。

「確かに世間一般では白は純潔や清廉などと安直なイメージが定着しています。……けどね、白は黒よりも恐ろしい色ですよ」
「恐ろしい?」
「婚儀などで白いウェディングドレスを着ることからして、白は確かに祝いなど祝福の色でもあります。でも、よく考えてみたください。人が死んだ時、纏う衣服の色は何色?棺に入れる花の色は何色?」

―――白。
アリアはゆっくりと目を開けて、微笑んだ。

「白はね、飲み込む色なの。生も死も、祝いも呪いも…貪欲に」

アリアは笑っていた。たまに、アリアの笑みの真意が神田にはわからなくなる。今もそうだ。自嘲しているような、それでいて挑発しているような。
そういう時、神田は必ず直感で掴むことにしている。
小細工なんてしたところで、アリアには見抜かれる。なら、真正面から当たるしかないだろう。

「染められるもんなら、染めてみろよ」

アリアの目がくっと大きく見開かれた。
隠そうと思っても、神田にはその手がどうしても効かない。彼は本能的にアリアの中の真実を鮮明ではなくとも、捕えてしまう。
神田はアリアの髪を一房掴むと、それを指先に絡めた。

「……飲み込めるものなら飲み込んでみろ。俺を。その白で」

黒とぶつかり、灰色になる覚悟があるのなら。

「俺を食いつぶせるものなら、食いつぶしてみせろ。アリア」

アリアはくしゃっと顔を歪めて、泣きそうになりながら笑った。
この白を、自分を、何よりも恐れているのは、アリア自身。いつか、大切な人ごと貪欲に飲み込んでしまいそうで。
それでも、彼は受け止めると言う。黒から灰色に堕ちようとも。彼はきっと変わらず矜持高いのだろう。
そんな彼だからこそ、たまにアリアは役目を忘れ、全力で彼にぶつかって行きたくなる。受け止めてくれると錯覚してしまう。だから…。

「……今のあなたじゃ、お話になりませんよ」

だから、アリアは真実を隠す。うやむやにして、逃げ隠れる。
……初めてできた戦友を、自分が潰してしまわぬように。

白が黒を染めるのか、黒が白を染めるのか
(灰色は、どうやって生まれたのでしょう)




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