きっとこの作者は知らないだろう。君の繊細で美しい文章はどんなヴェールの刺繍や煌めきも霞んでしまうし、今まで見てきたどんな宝石や星空よりも息を飲んでしまう。
はぁ、と息を漏らし、うっとりと背表紙を撫でる。
「また兄さん、本を読んでたの?」
よく飽きないね、というニュアンスで、よく似た顔が言った。
「うん。シュゼットも読むといいよ。きっと魅了される」
とある旅をしてる最中に、見つけた一冊の本。本を読むのは昔から好きだけど、同じ作者の本を一冊一気に読み終わったのち、まとめて買ってしまったのは初めてだと思う。何度も何度も繰り返し読んでは、新作が出るのが楽しみで、もし握手会やサイン会があるなら、いち早く抜け出して出かけよう……と考えている。
絶対じいやには怒られるけど、僕は切り抜ける自信がある。
「……遠慮しとくよ。というか、兄さん。そんなに作者に会いたいなら、アポ取ればいいんじゃないの?」
「ああ、なるほど」
仕事、という名義を使って会いに行くのが早い、と。
「でもそしたら、二人っきりになれないじゃないか。僕はこの文章を書いてる人物に興味がある」
「握手会やサイン会だって、二人っきりにはなれないでしょー…もー」
「手紙を書いて、後で何処かで会う……とか?」
シュゼットが大きく肩を落として頭を抱える。多分言い出したら聞かない事、よく分かってるのだろう。
「苦労をかけてすまないね。人生一度きりだからさ」
ふふふ、と笑うと、諦めたようにシュゼットは乾いた笑みを浮かべる。
「全く。仕方がないなぁ。というか」
何かを言いかけた弟に首を傾げる。
「兄さんは誰にでも優しいけど、特定の人にこれだけ執着するの、珍しいね」
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(恋に落ちるのはまた後の話)