此処は何処だろうか。鮮やかな青い空と白い雲。青々とした茂る草原に隠れ、ひょこひょこと頭だけ出して少女は駆けていった。
「ギル兄様!ギル兄様!!声が聞こえたなら、出ていらして!!」
少女がそう言いながら、三メートル程ある木の下を通り過ぎる。
「わっ!」
いきなり大声を背後から出され、少女はびくんと大袈裟に跳ねた。それを末の兄は、木の枝に逆さに吊り下がった状態でゲラゲラと楽しそうに笑う。
「シャルロッテも懲りないなぁ!僕が普通に出てくる訳がないだろう?」
「兄様達はいつもイジワルなのは理解してるわ。でも、それとこれとは別よ」
そう会話をしながら、彼は軽い身のこなしで地上に降りてきた。幼い彼女では埋れてしまいそうな程に草は育っているのに、彼の身体はしっかりと地上に出ていた。
何もかも納得いかないシャルロッテは、幼い故の柔らかそうな頬をぷっくりと膨らませて小さな抗議をする。そんなシャルロッテの頬を兄は両手で挟むと、ぷぅっと空気が抜けた音がした。
「ねぇ、シャルロッテ」
「なに?」
「この時間だからさ、母様がメイド達にお願いして、オヤツを作らせたんでしょ?どっちが家に着くか、競おうか」
そう言った兄はシャルロッテの同意を求める事もなく、「よーいドン!」と言ってかけていく。
歩幅の差は歴然としているのにゆっくりと走る末兄と、全力で走るシャルロッテ。二人が駆けた後は、まるで轍のように道が出来ていた。
大きな城壁をくぐり抜け、扉に着くか否かの所で兄は急速に速度を遅める。こうして小さな妹が、勝てた事により微笑むのを見て、兄はほんの少し笑った。
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「…懐かしい夢を見たわ」
仕事をしている最中に、どうやらうたた寝をしていたようだ。肩には薄桃色のブランケットがかかっている。…きっとヤムナが気を利かせてかけてくれたモノだろう。
そのブランケットに頭を隠して、シャルロッテはほんの少し思い出に浸る。あの時歳の離れた兄達に負けないよう背伸びをしていた事も、それでも敵わない事をシャルロッテは知っていた事も、子供なのでつい競ってしまう事も兄達は知っていたのだろう。
(きっと全て見透かされていたのね…。そして、)
いつも一手先を行っていた兄達は、もう手の届かない所に行ってしまった。彼らの言葉も想いも、もうシャルロッテの中にしか存在しない。
(もしかしたら万が一の時、私がこの家を護らなければいけない事を、兄達は想定していたのかもしれないわね)
もう途切れてしまって、亡くなってしまった轍の片輪。それでも支えてくれる人達がいる事を、このブランケットの暖かさも証明していた。
シャルロッテはセンチメンタルな感情を隠すように、ブランケットから顔を出さずに丸まった。
(大丈夫。もう、無力な子供ではないわ)
シャルロッテはそう自らに言い聞かせ、今度は顔を上げた。
2014*07*12