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戦乙女とHalbert




戦乙女とHalbert


厳しい父や大人の男達の中に交じっての鍛練。

指を見れば豆だらけ、体を見れば痣だらけ。

それでもこの、ハルバートという、扱いの難しい武器に遊ばれぬように、昼夜問わず一生懸命ハルバートを振るった。

その鍛練は一人の時でも続き、いつも薔薇の咲く庭で、隠れるように行われている。

「はっ!やぁあああっ!!」

今日も家庭教師の付きっ切りの勉学が終わった後、決まった場所で当然のように刃を振るっている。

父や父の仲間に負けるのが、悔しかった。

確かに父以外、仲間の誰も、その武器を扱えている者は居なかったし、これは一族の頭首が代々受け継ぐ武器だ。

逆に言えば、これを扱えるようにならなければ、頭首にはなれない…という事だ。

この家の主になるべく産まれた自分は、例え“女”というハンデを背負っても、それを口実に逃げる事は許されない。

何より自分もそのような理由に逃げたくはなかった。

ましてやこれから一生、クラウスは男として生きなければならない。

分かっているからこそ、歯を食いしばって生きて行くしかなかった。

「あっ…!」

からんと音を発て、ハルバートが手から落ちる。

それを急いで拾いに行く。

ひょいっと、子供用に作られた練習用のハルバートを掴む。

ちらりと目の端に映る柱の影を追うように見れば、そこには母が居る事に、気が付いた。

「あ…母上。」

「クラウス…。」

出来ればクラウスが、一番苦労しているのを見せたくない相手だった。

母はクラウスが女であるのに、男として生きる道を選ばざるおえない事を、悔いているのを知っているのだ。

急いでハルバートを背に隠す。

そんなクラウスに母は苦笑した。

++++++


数年後。

今では仲間内でも貴族達の中でも、勇猛な騎士だと言われるようになった。

それでも驕れる事を知らない彼は、未だに同じ場所で鍛練を続けている。

「…クラウス」

あの日と同じように、母は娘を見た。

その手には、最早持つに相応しいというように、凛としたハルバートが握られていた。

母の声に気が付いたクラウスは、玉のように落ちる汗を軽く拭い、母を見る。

母は見ない内に少しばかり痩せ、歳をとった。

「任務から帰って参りました、母上。お久しぶりです」

綺麗なお辞儀をし、極めて真摯な対応をする。

「帰郷した際、一番に顔を見せるつもりでしたが、仮眠を取っていると、侍女から承ったので」

「…いいえ、良くぞ無事に帰って来てくれましたね、クラウス」

母は優しく笑い、近くに来るとクラウスを抱きしめた。

「母上、お止め下さい。私はもう子供では…」

「いつまでも私の子は私の子です、クラウス」

そう言うと、悪戯っ子のような顔をした母が離れる。

しかしハルバートを見れば、その瞳はほんの少し陰りを見せた。

その瞳の意味。

クラウスは耐え切れず、口が動く。

「…母上、悔やまないで下さい。私はハルバートを持ち、やがて頭首になる事を悔やんではおりません」

母がぱっと顔を上げ、クラウスの瞳を見る。

「私は大切な者を護る術を頂きました。私は貴女から生を受けた事を、幸福に思います」

そういうクラウスの瞳には、迷いの意は感じなかった。

「クラウス…。」

母はほんの少し目を開き、泣きそうな顔で『彼』を見る。

「また遠くで争いがあれば、私は駆り出されるかもしれません。」

母は左右に小さく首をふり、胸元でギュッと手を握る。

それを見てクラウスは「きっと、母上の元に帰ってきます」と言った。




Fin

++++++
2011*03*26/琴音 記

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