俺は緑帝国の一般的な名門貴族の、長男として生まれた。上には半分しか血が繋がらない姉が六人。やっと出来た長男には、愛情も物も言う前になんでも手に入った。
貴族時代の俺は、元々、何にも執着がない人間だったのは、今も記憶している。何故なら全ては用意されていて、それが全て当たり前だった。
けれど同時にそれらは自分が望んで努力して手に入れた物より、全て簡単に手放せた。
この、『俺の為』に用意されている女達も、全てわかりやすかった。皆何れ、名門貴族の名が欲しい、と、その瞳と行動が語っている。身分など関係なく、由緒あるこの家の貴族になれる他ならぬチャンス。
子供の頃からそれを理解している俺には、それすらも愛おしかった。だって本能のまま忠実で、俺が武器を手に取って戦って、負ければ傷の手当を、勝てばちやほやしてくれた。
俺はみんなが望むようにニコニコ笑って、それを受け取ればいいだけの話だ。たまにほんの少しドジをして、ダメなヤツだと笑わせればいい。
「貴方はいつも楽しそうですね」
そう言ったのは末の姉の専属奴隷。
「そう?実際笑顔でいると楽しいよ。人生一度きりだし、何事も経験でしかない」
俺がそう言うと、女は面白くなさそうに言う。
「貴方は恵まれた環境だからそう思うのですよ」
俺はそんな彼女に「さぁ、どうかな」と返す。
「一般的に名門貴族に生まれた嫡男。欲しい物は何でも入り、一見愛されて育ってるように見えるかもしれない。でも」
そう言う俺はきっとさぞつまらなそうな顔をしていただろう。空を見上げていたから、その時の女の顔はわからない。
「それで幸せかどうかは別の話。一夫多妻制の所為で姉達の母は扱いが難しいし、広い家には平民達のような温かい家庭なんてない。姉達の昔遊んでたママゴトと同じで、形だけの家族だよ。みんなそれぞれの役割を演じてるだけ」
ちょっと見てれば分かるそれに便乗して、今日を精一杯生きてれば何を残せずともそれだけでいいのだ。
このままの人生はどうなるか見えてる。父と同じように、柔らかい女の肌を感じて愛でて、やがて自分と同じような存在を作りその座を渡す。あとは周囲が喜びそうな事を適当にやって生きていけばいい。
そうやって過ごして十年の年月が経った。
姉さん達も全て嫁に行き、両親が死んで俺だけが残った頃、あの日の末の姉の専属奴隷が言った。
「私もメルヒオール様の姉君様と同様、明日、この家から出て行きます。良かったら、最後にワインを飲んで下さいませんか?」
俺は呑気にうなづいてワインを飲む。
……油断していた訳じゃない。精一杯生きてれば、明日死ぬのも今日死ぬのも変わらない。そういう思考からだ。
俺がぐいっとそれを飲み干すと、女が満足気な表情でいう。
「貴方はあの日、自分は恵まれている訳ではないと、言いました。けれど、その何れもが私が欲しかった物です。だから全てを貰いにきました」
俺のシナリオでは、こんな展開は予期していなかった。
俺は一瞬目を開いたが、次の瞬間には大笑いして言った。
「全てはあげられないよ。俺の心は俺の物だからさ」
女は悲しそうな顔をした。
「そうですか。せめて貴方が私の夫になったなら、お立場も変わったでしょうに」
ぐらり、と世界が歪む。急速なこの現象を『睡眠薬による眠気』だと気がつくのは意識を手放す瞬間だった。
女は小さな声で「さようなら」と口を動かした気がした。
これが俺が貴族だった最後の記憶。目が覚めた時は奴隷市場に俺はいた。
俺は思った。
「悩んでも仕方がないし、まぁ生きてりゃどうにかなるか」ってね。
一つ以外は全部あげる
心だけはいつか出来た、本当に大切なその人に