料理店の奥の部屋では、時折違法の賭事で客が賑わう。
今宵も男が二人、真剣に花札をやっていた。
お偉いさんや訳有りの人間、それから情報屋等、様々な人間に混じり律も客の一人になりきる。
(情報屋に会いに来たのに、こりゃヒデェ。)
鮮やかに揃う役札に、眉にシワを寄せながら腕を組み、始終閲覧していた。
(札の一部を削って重要な役札印付けてんのか。結果は見えてんな。…挑戦者のオッサンは負ける。)
律以外の誰もイカサマに気が付かず、ゲームは進む。
しばらくして付いた決着は、思った通りに挑戦者の負けだった。
負けた男は泣き崩れ、店の人間に店の更に奥の、真っ黒な部屋へと消えていった。
「はいはいお次の方〜!」
男が居なくなって、次の参加者を募集する。
人の不幸を喜び、次の参加者は誰かとざわめく人の群れの中、律の顔だけが浮かない顔をしていた。
参加するつもりで無かった筈の律がスッと手をあげた。
「次、俺の相手とかどうだ?」
「兄ちゃん。旅人だろ?金はあんのかい??」
その言葉に、無言で小袋を投げ付ける。
その袋からはじゃらんと音を発て、小判が数枚飛び出した。
男はごくりと唾を飲んだ。
「……足りねぇならまだあるぜ。」
不適に笑う彼に、男は厭らしい下賎な笑みを浮かべる。
「一回上がったら勝負がつくまで逃げられないぜぇ??さっきのオッサンみてぇにな。」
「別にそれで構わない。」
自ら席に座り、小判を寄せて男の顔をじっと見つめる。
意識を解放すれば、いくらでも男の考えは読めた。
(イカサマをすりゃ、このガキからも勝てるな。先程の負け犬のオッサンも、今夜中にはバラして売れる。ボロ儲けだ!)
(この兄ちゃんは毛色が変わった金持ちに高く買い取ってもらう事も可能そうだな。さっきのオッサンよりも若いだけじゃなくて、品が良さそうな顔してらぁ。奴隷でも玩具にでもお好きなように……)
「……さっさと始めようぜ?後悔させてやる。」
作った笑顔で男を挑発し、耳元で囁く。
++++++
「クソッ…!なんでだ!!」
今や男は奈落の底へと落ちていた。
「五光。猪鹿蝶。花見で一杯、月見で一杯。其方の役札をどうぞ。」
「……!!」
次々の役札が完成し、律は微笑む。
男は怯えながら、彼を見た。
もう男に払えるモノはない。
残りはその身体だけだ。
「イカサマをして…!」
「いや、イカサマをしていたのはお前だろ?お生憎様、アンタには将棋でも碁でも賽子でも勝てそうだ。お望みならやってやろうか?」
クスッと優しく笑みを浮かべると、律は稼いだ分の金を持ち、その場を立ち退こうとした。
が、律に敢なく負けた男が最後の足掻きとでも言うかのように、刀を律に突き立てた。
ひやりとした刀の質感に足を止めるがそんな事は慣れている律は、眉一つ動かさない。
観客達はこの騒動に我先にと足を縺れさせながら怯え、逃げて行った。
「…このままじゃ帰せねぇ。どんな手を使ったのか知らねぇが、お前俺と共に働け。良い稼ぎ手になる。」
「嫌だ…と言ったら?」
「…海に沈めてやる。」
「やれるものならやってみろよ。」
律の口元が歪んだ。
次の瞬間、男の刀が律を目掛けて下ろされる。
律はその前に軽く跳ねてすっと避ける。
右に左に避ける彼に男は息を切らして刀を振るうが、律自身は裏の読めない顔でそれを見ている。
次第に人離れした雰囲気に、男は怖くなってきた。
(何でこれだけ避けきれるんだ?)
(何で息がきれない??)
(ば…化け物?)
「…正解。祟ってやろうか?」
脳内を読んでニヤリと笑う。
ひらりと風に舞う上着から見えた、本来なら人には付いてない筈の尻尾を見て男は腰が抜けた。
「ひっ…!!」
そのまま引きずりながらも裏口から外に逃げる。
律も特別追う事はせず、暗い奥の部屋に行った。
湿った牢屋がある部屋に、敗北者の男が閉じ込められている。
鍵を細い針金で開けてやると、中に居た男は不思議そうに此方を見た。
律は小さく人差し指を口に当てて、その男が支払った分の倍はあるだろう袋を置く。
「アンタの金。返してやる…それから、後これ。これならアンタの子供も治る。信じられねぇかもしれねぇが、5日程朝昼晩で飲ませろ。金も要らない。……とっととこの町から去りな。危ねぇから。」
そのまま店の外まで送ると、男は泣きながら礼を言って立ち去った。
そんな男を背が小さくなったのを見送ると、律は逆側を歩き出した。
「しかし簡単に騙されてくれる奴で良かったぜ。」
1回目のゲームでは札のふちに傷を付ける目的でわざと負け、2回目の掛金を全額掛けで勝利。
倍の金額を頂いた律は、2回目で付けた傷を3回目で利用。
結果、惑わされた男はそうやって何度も負けたのだった。
「さて。賞金、どうすっかな。大量の小判は正直邪魔だ。」
薬を売って儲けた金や、博打で貯めた金等、大抵の財産は家の下に深く掘って埋めてある。
本を買い、これまで通り暮らしても、人間の2人分の人生くらいは過ごせそうなくらいの貯金がある。
ちらりと道の端を見れば、子供が数人親と共に座って、米でも金でも恵んでもらおうと座っていた。
彼らの心を読むと、どうやら彼らの村は悪徳大名が支配していて、とても暮らしが厳しいようだった。
「へぇ…。暇潰しにはなりそうだな。」
律はそういうと彼らに近寄り、先程の稼ぎのお金の袋をどしりと置いた。
「やる。村の奴らと分け合いな。」
そういうと、また悪徳大名にちょっかいを出して、遊ぶ事に決めた。
指名手配される事はあっても、この暮らしは楽で良いし、こういう事をしている間は虚しさや寂しさを感じても、見ない振りをして平然と暮らせた。
律だって一緒に過ごせる仲間が居るなら一緒に居たいが、新しく仲間が欲しくても、異端はどんなに素行を良くしても嫌われるモノだ、と身に染みて分かっている。
故にそれはもう諦めている事だ。
特別大切な人も作らず、気まぐれに儲けては本を買い、増えたら家に帰り、またふらりと旅をする。
「しかしもういい加減飽きたな。人間なんて50年生きれば良い方だ。妖怪の里を訪れても住ましてくれる所は結局見つからねぇし、もういい加減旅人も卒業してぇんだがな。」
渇いた笑いを零しつつ、つまらなそうに欠伸をした。
「異端は所詮、異端……か。」
“だったらもう死ぬか?”と良からぬ誘いが聞こえる。
が、彼はクスッと自重気味に笑い、空を見上げる。
「もう少しだけ生きてみるかな。」
そうでもしないと祖母は許してくれないだろう。
異端は異端
(…運命の出会いをするまで、後もう少し)