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その全ては喪失の調べ


山奥にある覚の里。

そこに住む妖怪達は人に居場所がばれぬよう、話す事はなく、しん、と静まりかえっているだけで、一見何も居ないように見える。

辺りは木々と絶壁に囲まれている為、人が入って来ようとするには、困難な場所だろう。

故に今日も聞こえるのは、木々のざわめきぐらいだった。

律はそこでただ静かに百年間暮らしていた。

これは船にも人間の世界にも居なかった頃の律の話。


その全ては喪失の調べ


雀がちゅんちゅん鳴いている。

律はむくりと布団から起き上がると、薄ぼんやりとした思考のまま、水を飲もう、と壷を覗いた。

が、そこには茶碗一杯分の水しかない。

(あぁ、そうか…。)

変わり者だった祖母の後を継ぎ、薬売りをしている律は、薬を作り、毎週1回、決まった日に山を下り、人里に行く。

昨日はその日で、律は昨夜の自分の行動を思い出し、けだるそうに頭を掻いた。

(そういや疲れてそのまま寝ちまったんだった。)

水入れの壷を持つと、朝ご飯も作れないので出掛ける事にする。

生前変わり者だった祖母が集めていた、人間の書いた本だらけの祖母の部屋に、ちらっと顔を覗かせる。

(ババア、出掛けてくるわ。)

30年程前、事故で亡くなった祖母の忘れ形見の簪に、挨拶をしない日はない。

(ババアも馬鹿だよな。呆気なく逝っちまった。…寂しいんだぞ。)

祖母に聞かれたら怒られそうな弱音を、周りに“聞”こえないよう、とても小さな“声”で呟いた。

覚同士の会話は、脳内で考えれば良いだけで、口を開く手間がない。

それ故に読み取り方の上手い下手はあれど、互いに嘘のない純度が高い物から、低い物まで全て“聞”こえてしまう。

自分にも相手にも嘘は効かないそれは、不本意に聞かれてしまう可能性も否定出来ない。

それでも切なく思うこの喪失感を消せる事は無く、泣き出したいのをぐっと堪えて歩き出した。


++++++


律が家の外に出ると、決まったように同じ世代の子供達が騒ぎ立て、大人達は顔をしかめた。

今日もいつもの三人が、律を待ち伏せしている。

避けられる物なら避けるが、水場に向かう道はそこしかない。

律は面倒臭そうな顔をして、その三人を見た。

(よくもまあ飽きもせずに…。)

しょうがなく、一度溜息を吐き出すと、しゃんと前を向いて歩き出した。

(やーい!忌み子!!何だよ、まだ生きてたか!)

(母さんが言ってたぞ!たった一人の家族を、お前が殺したようなものだって!お前は居るだけで罪なんだって!)

そう思われている事を何とも思ってないそぶりで、律の赤紫とは異なる、青紫の髪色の子供達が言う言の葉を無視する。

心を無にしてかからねば、より酷い扱いをされるのは、解りきっている事だった。

(おー怖い怖い。早く山に還ってくれないかなー。ってかあちゃんも言ってた。居るだけで他人を不幸に出来るなんて、すごいよなぁ!)

(あはははははっ!!やめろよー。お前も呪われちゃうぜ?)

いつもならば、このままこんな台詞が後ろで聞こえるだけで、終わる筈だった。

しかしそのまま視界が暗転する。

(!?)

気が付いたら地上は上。

予期せぬ事態に、腰を抜かし、口をあんぐりと開けたまま、空を見た。

(あはははははっ!!ヒトの子が掘ったのか知らんが、忌み子が穴にはまった!)

(こんな面白い事はない!今のうち埋めてしまおうぜ!!)

ケラケラ笑う声に、土塗れになる事を覚悟し、溜息を吐き出す。

何もかもを拒絶し、諦めてしまえば、世の中は楽だ。

律は何の抵抗もせずに瞳を閉じた。

(おやめ。律が何をしたというんだい?ほんの少し、私達とは色が違うだけではないか!)

次の瞬間、土が落ちてくると思いきや、上から落ちて来たのは、聞き慣れた気高い女性の声だった。

三人の動きがぴたりと止まる。

(長様…。)

綺麗な出で立ちの老婆はキッと三人を睨む。

(律は友人の孫だよ!友人の孫は私の孫だ!!私を敵に回したいのかい?)

その一言に一喝され、子供達は怯えながら散り散りに逃げた。

(…大丈夫かい?可哀相に。怪我はないかい??)

そっと被った土を優しい手で払ってくれる。

(あ、りがとう…ございます。)

律はお礼を言うと、壁伝いに一生懸命立ち上がった。

震える足から、思ったより自分が怯えていた事に気が付き、驚いた。

それを隠すように笑うと、長は頭優しく撫でた。

(言っただろう?お前は私の孫みたいなモノだからね。気にしなくて良い。)

長には嘘の笑顔は通じない。

それでも困ったように笑うと、村長は眉を吊り上げ、言われもない罪で責められる彼を、自分の事のように怒り、それから謝罪した。

(そうだ律。新しい本が入ったんだ。いつも通りに寄ってくかね?勿論水を入れて来た帰りにね。)

ふふふ、と笑い律を愛おしげに見る。

(行きます!ぜひ!!)

そして、彼が来やすいように、こっそり本を増やし、待っていてくれる、そんな優しくて強い長が、律は大好きだった。

そんな長が、一週間後、亡くなるなんて、誰が想像しただろう。

それは誰もが訪れる寿命だった。
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月蝕恋歌

紀伊聖夜さん宅の薄さんをお借りしました!
++++++

小さな部屋にあるのは本棚と机。

ベッドなどなく、ただ窓から漏れた月明かりが、調度美しく照らすヶ所に、白い敷布団が置いてある。

元々物置部屋だったこの場所は、扉以外の場所を天井までの本棚で囲われている。

物置部屋だった為、底抜けしないような設計になっているのが、律にとっては好ましかった。

今や足元は本だらけで、足の踏み場もない。

そこに住む住人は、今宵は本を開いた侭、ただぼんやりと天井を見上げ、床に転がっていた。

薄へと向かう思い。

この思いを、何と例えば良いのだろうか、と考える。

苦しくて胸が締め付けられるようなこの感情の行き先は、ただ一カ所にしか行き着かなかった。

最初はそれこそ、怪我をしても全く救護室に来ない薄が、ただ単純に気になっただけだったのが、今ではこんなにも、律の心を振り回すモノになっている。

あの茶金の髪を解いて結ぶ仕種も、優しい声音も、面倒臭がりでも真面目に仕事する所も、知れば知る程、愛おしさと胸の痛みが増すだけだった。

(俺はこんなにも好きだ。だけどアイツは…薄は俺の事を、何とも思っていない。)

分かってはいるのだ。

真剣に考えてくれる、その一言を聞けただけでも有り難いと、思うべきだと言う事も。

ましてや自分は、変わった毛色の所為で里を追い出された妖怪。

同じ覚に恋をするなら分かるが、追放された同胞の行方など知らないし、他の種族の妖怪や人間になど、恋をしても不毛な事くらい分かっていた。

今までそんな自分は恋などしてはならないと、制御し、人を遠ざけ、慎ましく生きてきたつもりだった。

…そのつもりだったのだ。

それが簡単に恋に落ち、勝手に望み、勝手に思い、勝手に幸せを願う。

ただでさえ不毛なのに、男を好きになるなんて、救いようもない。

最早、願う幸せは、果たして誰の為の幸せか。

相手の為を思っている…と言いながら、己の幸せを願っているのかもしれない、と考えて、律は自重気味に笑った。

「自分勝手、自己中、我儘…。俺、最低だな。」

読みかけの本に栞を挟んでぱたりと閉じた。

どうせ昨日から頁は進んでいない。

真剣に読まないのは、作り手に失礼だ…と言い訳をし、布団の中で丸くなる。

そのままぼんやりと、宙を見ていた。

無に近い脳みそで、ふと、何処か遠い国の神話を思い出す。

太陽と月を追う二匹の狼の話だ。

二匹はそれぞれ、太陽と月を覆ってしまおうと追いかける為、朝や夜は来、やがては月食や日食を起こすという。

「月…か。」

あの茶金の髪を思い出し、呟く。

追いかけても追いかけても、辿り着きそうにない…という点では、とても類似しているような気がした。

その腕を掴んでも、決して距離が縮まる事はなく、彼に己の言葉が、心に届いているのか、それすらも分からなくて、もどかしい。

苦しくて、苦しくて、藻掻く自分を、覚の本能が「全て勝手に見てしまえよ」と嘲笑う。

それでも暴かないのは、彼が彼を愛している故だった。

律が様々なニンゲンらしい感情に、戸惑いを感じているのは確かだ。

「…船に、乗らなければ良かったか?」

苦笑気味に自分に問い掛け、首を振って、瞳を閉じた。

聞かないようにしていても、聞こえる程の強い“声”は、今日も彼からは聞こえない。

まだ投げられた目が見えない賽を思いながら、そのまま眠りに付いた。


月蝕恋歌
(気が付けば月に蝕まれている)

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