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ミヤコワスレは去る

プラリネ
++++++

太陽が昇り切らぬ朝。

隣の見ず知らずの他人を置いて、素知らぬふりでチェックアウトする。

いろんなモノを買って貰ったし、財布から現金も頂けたとなれば、もう此処には用事がない。

下品な話しだが、向こうもやる事が終わればそれで満足だろう…とプラリネは考えた。

「この時計や宝石、売ったらいくらになるんだろう。」

貰った金の腕時計は、指で摘めば小さくシャランと音を発てた。

美しい飾りの施された時計。

歩きながら一通り眺めた後、コートのポケットに入れ直す。

その瞳は何処か寂しそうに揺れた。

後ろを一度振り返る。

勿論、そこに追ってくる人影など無い。

プラリネはまた前を向き、歩き続けた。

「…本当は……願ってるのかも知れないな。…誰かに愛される事……否、」

俯いた顔と、長い睫に縁取られた瞳。

ふぅと息を吐き出せば、冬の訪れを知らせるかのように、白い息が吐き出された。

「ほんの一時。それだけの安息で、十分。…それ以上は、望まない。」

そう言うと朝もやの中、彼は立ち去った。



ミヤコワスレ
は去る
(また会う日、まで)


「また会う事はないけれど。」

菊は朽ちる

ユーリ
++++++

河原に一人、ぽつんと座る乙女。

彼女の手に持つ黄色い菊の華が揺れる。

「くだらない恋もしたものね。」

俯きながら強がりでポツリと呟いた言葉も、風に吹かれては虚しく消える。

途端に寂しい気持ちでいっぱいになった。

ユーリにすれば本気の恋。

けれど、…向こうからすれば、遊びの恋だったのかもしれない。

ユーリはまだまだ未成年。

一方向こうは成人男性。

思えば少し背伸びをした恋だった。

「…それでも好きだったんだから、仕方ないじゃない。」

やっとの事で呟いた言葉。

それが全ての形だったような気がする。

僅かな愛。

微かにももう感じない愛。


菊は朽ちる
(破れた恋を)

2010*11*18

紫苑は消える


ルキア
++++++

青空と墓前。

その場所は毎朝、決まった時間に綺麗に清掃されている。

ルキアは今日もそっと華を添えた。

それは生前、自分の名も付けずに逝ってしまった“ルキア”の、最も愛した華だった。

「紫苑の花言葉、知ってるか?ルキア。」

墓に語りかける彼の瞳は、哀しみを称えている。

それでも彼はそれに話かける事を止める事が出来なかった。

「“追想”だってさ。…皮肉だよな。」

ぽつりぽつりと落ちる言葉と涙。

次の瞬間、強い風が吹き抜けて行く。

『お前の所為じゃないよ。』

はっとして振り向く。

けれど、そこには何も居ない。

「ル…キア?」

懐かしい声に今度は胸がいっぱいになった。

ふと、墓前に目を戻す。

しかしそこにあった筈の紫苑の華は、強風に煽られたからか、もうその場所には無い。

「…縛られているな…って事か?」

最後に一つ、落ちた言葉。

自分に都合の良い解釈をした、と自重気味に笑う。

しかし今度は優しい風が頬を撫で、ルキアを包んだ。

それはまるで彼の全てを赦したような、暖かい風だった。



紫苑は消える
(君を、忘れない)

2010*11*18

浦菊は沈む

静夜


“まるで投げ捨てられた華のようだ。”

ベッドに沈む身体を、何処か遠退いた思考で辛うじて捕らえる。

秋の肌寒さに煽られて瞳を閉じれば、永遠を手に入れたと共に失ったモノが思い浮かび始めた。



浦菊は沈む
(追憶の彼方へ)




小さな子供が大きな縫いぐるみを抱えて走る。

『おかあさん!ねぇおかあさん!!みて!もらったの!!』

長い髪を梳かしてもいない、何処か不気味な雰囲気の母親は、虚ろな瞳で男の子を見る。

その表情に彼は怯え、縫いぐるみを抱きしめる力をより強めた。

『…誰から?』

ゆっくりと伸びる母の腕。

それが優しいモノではない事を、彼は幼いながら知っている。

それでも小さな声で、怯えながらも『おとうさん』と言った。

途端、痛みと共に世界が回る。

しばらくしてやっと、自分が部屋の隅に投げられたのだと気が付いた。

『おかあ…さん?』

恐る恐る口を開く。

『嘘を吐くな!本当は盗んできたんでしょ?!』

カッと開かれた母の瞳。

見れば体は動かなくなった。

そのまま無抵抗に殴られる。

++++++

何時間後?

はっとして目を覚ませば、夏でもないのに服が肌にくっつく程、汗をかいていた。

荒い息を整えようと、息を吸って吐き出す。

「あの後僕は…。」

そっと首を触る。

もうあの苦しさも胸の痛みも遠い過去の筈なのだ。

それでもその頬に伝うのは…。

「僕は誰を憎めば良いのでしょうか?」

憎くて憎くて、生まれ変わってからも縛られている自分すら憎い。

きっと、あの不幸な母を見つけ出し、殺してあげれば自分も『母』も救われる気がした。

けれど。

「嗚呼、なんて汚い感情でしょう。死んでいるだろう人にこんな感情を抱いたままだなんて」

そういった獣になった自分の大きな体を、この居場所のない感情を精一杯抱きしめて、静夜は泣いた。

2010*11*08
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