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彼が求める者は


「…臭う。」

鶴茸は自室に帰ってきていきなり顔をしかめ、元凶である白い狐、八雲を見た。

八雲は自分の身体の臭いを一度嗅いで、素知らぬ振りをして寝直す。

それは安い香の香りで、粉っぽく鼻に付くのだが、人よりも遥かに鼻の利く八雲には、鈍っていてもう解らない。

丸くなって寝ている八雲に、怒りで震える鶴茸は低い声で言った。

「……八雲。お前、また女遊びをしたな?」

「…はてどうだろうな。……まぁ眠らせろ。水浴びをしたが落ちぬ臭いなどほっておいてな。」

「そうか。ならばせめて外に出ろ。私の部屋がお前の臭いで充満し、吐きそうだ。」

そう言って勢い良く襖という襖を開け、空気の入れ換えをする。

「…全く煩い奴だ。たかが一人や二人、遊んでやっただけではないか。」

八雲がそう言って一度欠伸をしたのを見ると、普段は穏やかな筈の鶴茸が怒りで顔を赤に染めた。

「全くお前という奴は!この間は隣町の呉服屋の娘に声をかけ、その前は風呂屋の女将に手をかけて、その前は団子屋の娘と行為に及んだそうじゃないか!!節操無しにも程がある!!」

「…私が誰と何をしてようが構わないだろう。一度きりの約束だ、利害も一致しておる。」

「その割にはもう一度会いたいと、あちらこちらからお前を探しに来るのだが!!どう落し前を付けて貰おうか!?」

「薬屋を営んでおるのだ、商売は繁盛して良い案配だろう?」

「毎度女同士の戦いを止める方の身にもなれ!」

鶴茸も感情的になっては八雲に敵わない事は分かっている。

一度深呼吸をし、八雲の前に膝を組んで座った。

「で、八雲。お前が女遊びをする理由はなんだ?人肌恋しいのか??違うだろう。暇潰しの為なら止めろ。」

鶴茸がそう言うと、八雲は楽しそうにクツクツと笑う。

「堅物の其方が正解を叩き出すとは。其方、大分私を理解しておるの。」

「…私も齢二十五。お前とは二十年の付き合いだ。何度苦労させられたと思っている。」

鶴茸は諦めたように懐からキセルを出し、火を燈して吸った。

ふわりと浮いた煙りは風に静かに流されていく。


八雲はそれを見ながらもう一度欠伸をすると、ぽつりぽつりと珍しく拗ねたように言葉を吐きだした。

「……しかし一言言うならば。奴らは遊びにもならん故、つまらぬ。」

「…まぁお前は基本的には触られたがらぬし、触りたがらぬからな。どうせ口づけも嫌がるのだろう?」

「良く分かってるな。…しかし狩りの本能か、期待してしまうのだ。」

「何を?」

「それが何よりも代え難い獲物か。」

その言葉に鶴茸は目を丸くし、キセルを落としそうになった。


彼が求める者は
(心の底から愛せる人だと、まだ彼は知らない)

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