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神域第三大戦 カオス・ジェネシス106

フッ、と。ルーは困ったように笑みを浮かべた。
「……さぁな。気の迷いだ」
「…なんだそれ」
「私とて、先程悩みの聞き手を打診した貴様のように、どうにも己の事が分からないこともある、ということだ。そうだな……貴様に話しておいて、後々ダグザ翁とタラニスに説明させようとしているのかもしれんぞ」
「うげぇ。ダグザはともかく、タラニスはなぁー……」
「?」
「キョトンとした顔してんじゃないわよ」
何故ダグザはよくてタラニスに言うのは嫌なのだ?と顔に書いて己を見るルーに凪子は思わず毒づいた。こうしてルーは、突飛もなくボケを噛ましてくることがある。
凪子は、ピッ、と人差し指をルーへ向けた。
「端から見てても分かるわ。言っとくけどな、お前が死に前向きなことに対して一番嫌がってるのはタラニスだからな?」
「…?そう…か?」
「同位体なんじゃないのかよ」
「だからこそだ。奴のことは己のことのように分かる。だからこそ解せんという話だ」
「…ふーん。まぁそんなミラクルでファンタジーな事情の正確性なんて知らんけど」
「……まぁ、貴様がわざわざそう言うのであれば、そういう傾向があるのは確かなのだろうな。しかしそれは、………参ったな」
ルーは意外そうにそう言いながら、本当に困ったようにそう口にした。凪子は再び噛み合わないものを感じながらも、ぐい、と茶を飲み干した。
「ま、なるようになるだろ。なんだかんだ言っても、タラニスはお前の参戦するなっていうのを律儀に守ってたんだ。なら、無粋な横入りはしないと思うよ?」
「………それは、そうだ。アレは根っからの戦士だからな」
「なら、私の星の代弁者なんて役割しかり、お前がバロールに感じる運命しかり、なぁなぁでもいいんじゃないの。100%、確実にわかると言えるものなんて存在しないに等しいわけだし」
「!」
「適当だと言うか?言いそうだな。まぁそうだ、適当だよ。でも、確実なものが何もない世界で“確実”を追い求めるだけならまだしも、それに縛られるのは、なんというか、無為だろ。だったら適当に、緩やかに、寛容に生きていく方がいい」
凪子はそう言いながらカップに残った水滴を払い、軽く布で拭いてから鞄にしまう。そして器用に木の上で立ち上がると、ルーの方を振り返った。
「例えばタラニスがお前さんの死で苦痛を抱くのだとしても、それをどうこうするのはタラニスのするべきことだ。お前さんがそうだろうと確定させて、先んじてそれを癒す必要は別にない。だから、考えすぎる必要はないと凪子さんは思うよ?」
「……………はっ。全くその通りではあるがな」
ルーはぱちぱち、と何度か瞬いた後、脱力したように目を伏せ、笑いながら肩を竦めた。
ざぁ、と、風が木々をざわめかせる。両者の髪が風に揺れ、月明かりをそれぞれ反射させる。
ルーは、ぱちり、と目を開くと、どこか穏やかな表情で凪子を見上げ、そして、ふっ、と笑った。
「…成程、いい経験になった」
「なんだい急に」
「いや、何。貴様は私の同胞や敵である神ではなく、信仰を向けてくる人でもない。…貴様は、ただの、無関係な隣人だ」
「……、そうだね。私はこの世界のどの生命体にとっても、関係を持てない隣人だとも」
ルーは言いながら凪子と同様に立ち上がり、凪子に身体ごと向き直った。
そうして、笑いを浮かべた。楽しそうであり、挑発的であり、呆れたようであり、困ったようであり、悲しそうであり、それでいて嬉しそうである―そんな、色んな感情を混ぜこんだ、静かな笑みを浮かべた。
「その無関係さが――責任もない、憂いもない、この虚無の関係性が、我が身の癒しになるとは思いもしなかった」
「!!」
「すまないな、春風凪子。私は勝手に、貴様で癒された。だが、別に構わないのだろう?先のお前の言葉から察するに」
「はわわ」
「おいどうした」
唐突に語彙力を失った凪子に思わずルーもたじろぐ。
自分が他者の行いに対してどう思うか、それは自分自身の勝手な行いだ。その感情の決着はその他者にもとめるのではなく、己でつけるべきだ。
ルーは暗にそう告げていた凪子の言に則った、ということなのだろう。凪子の言葉に勝手にひとり、癒されたのだと。そう悪戯っぽく告げたら唐突に凪子の様子がおかしくなれば、たじろきもするのだろう。
凪子はしばし瞬きを繰り返した後、ぶっ、と盛大に吹き出した。
「あっはっは!あぁ、構わんとも!いやぁ、今日のお前さんは本当に素直だな!」
「む…」
「あぁ、ホント、私の生においてお前さんは本当に奇特な隣人だよ。未来を憂いたり槍くれたり心配してくれたり勝手に癒されたり………あぁでも、悪い気分じゃないなぁ」
「!」
笑いすぎたからか、はたまた別の理由か、目尻ににじんだなにかを拭いながら、凪子はルーの顔を見上げた。そして、にや、と笑う。
「私の過去ではな、お前さん、いなくなる前ずいぶん私に甘くなったんだ。それも癒されてたからなのかね?」
「…どうだかな、そうかもしれんな」
「ふふ!知らなかったお前さんを知った気分だ。…それだけでここに来た価値はあるってもんだなぁ」
「言っておくが、まだ肝心なことは終わっていないぞ」
「分かってるって。…ルー。我が隣人よ」
歓談を交わした後に、凪子はふっ、と真面目な表情を浮かべると、そう呼び掛けて手を差し出した。
“隣人”と。光神ではなく、友でもなく、“隣人”と呼び掛けて。
「勝てよ。その後死ぬ死なないはどちらであるにせよ――負けては死ぬな」
「…、春風凪子。あぁ…我が隣人よ。当然だ、貴様に言われるべくもない。貴様も、いくら肉体は制限があるとはいえ過去の己なぞに敗けを取るなよ。…そうして、貴様はまた歩いていけ。――その旅路に幸いあらんことを」
「………っ……、当然だ」
そう、両者は誓い合うように言い合い。
パシン、とその手を叩きあったのだった。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス105

「…………んー、まぁ。なんというかな」
凪子の言葉は歯切れが悪い。凪子自身、何か目的があってそうルーに言い出したわけではなかったのだろう。
凪子は、くるくる、とカップを揺らした。
「…や、ほんと、君自身のことだからどうでもいいんだけどさ」
「あぁ」
「どうでもいい、ん、だけど、ほら、何か誰かに話したいことがあれば聞こうかな、というか、アウトプットしたらなんか変わることもあるかもというか、なんだ、んもう!!」
「貴様なぁ」
うがーっ、と、呻いた凪子にルーはコロコロと楽しそうに笑う。今日のルーは本当に機嫌がいいらしい。
凪子はブスッ、とした顔でルーを振り返る。
「なんだい、気持ち悪いくらい寛容だな今日は」
「何、貴様が私のことでそうも思い詰めるような事態があるのかと興味深いだけだ。何せ、私の貴様に対する印象は、“威嚇をしてくる獣”だからな」
「…獣じみてたことは否定はせんけどな……」
「その獣が2000年も生きて、その果てにこうも変わるのかと思うと、面白くもなるだろう。貴様に槍を託すという判断は我ながら彗眼ものだ」
「…!……それは……“託してよかった”と思っている、ととっていいのかな?」
「あぁ」
ルーの返答に、凪子は眼を丸くした。まじまじ、とルーを見つめれば、ルーはそんな反応が帰ってくることを予想していたのか、満足げに笑っている。
凪子はそんな、らしからぬルーの姿に、ふい、と視線をそらした。
「………………なんだお前、今日はエラく素直だな」
「…そんなに普段の私は捻くれものか?」
「ひねくれている、というより、言葉遊びが巧みでのらりくらりとかわされる感じがする。このところは特にそう感じていた。………だから、そうした駆け引きをしないお前は、つまりそういうことなんだなという気がしてくる」
「そういうこと、というのは?」
「率先的、意図的にという訳ではないにしろ、お前はバロールを倒した後に、今日、死ぬつもりでいる、ということだ」
「…………………」
ルーは肯定はしなかった。だが、否定もしなかった。
凪子はそのルーの反応に、ぽりぽり、と頭をかいた。そう、まるで今日のルーは、死期を悟ったものが遺書をしたためているかのような、そんな穏やかな静けさを湛えているのだ。そう納得のいった凪子は、はぁ、とため息をついた。
「…お前は頑固だからな。そう覚悟を決めているなら、多分話を聞いたところで変わることはないんだろうな」
「結局、ああは言いつつも貴様は私を死なせたくないのか?」
「……なんていうかな。死に目に会いたくない……のかもしれん」
「預り知らんところで死なれるのは寂しい、のではなかったのか?」
「お前あん時意識不明だったはずじゃ、…〜〜あー………。ケースバイケース!!感情ってのは、常に1つではないのだよ!」
「凄まじい開き直りだな、事実ではあるが」
凪子の張り上げた声に、近くの木から驚いた鳥が飛び立つ。ルーは凪子の返答に呆れたように言葉を返したが、すぐに、またどこか楽しそうな笑みを浮かべた。
凪子はそんな風に楽しげなルーを恨めしげに睨む。
「…だけど、お前のそれはどこか…“死にたいから仕事終わらせて死ぬ”ではなくて、“仕方ないことだし特に未練もないから死ぬ”って感じに見えるぞ」
「…ま、ここまで弄り回した詫びだ、それくらいは答えよう。それは、否定しない」
「バロールに勝つことが、お前が死ぬことと同義だと?」
あっさりと希死念慮めいた思いを抱いていると明かしたルーに、凪子は怒るでもなく、ただ静かにそう問い返した。

預り知らないところで死なれるのは寂しい。とはいえ、できれば死に目に会いたくはない。だが、だからといって死を選ぶことを否定しない。
死なないで欲しい、それを知らせないで欲しい、だがだからといって死なせないということはできない。その感情は矛盾しているようで確かに同時に凪子の中に存在している。

諦めたように希死の念を語るルーに、その複雑な感情を凪子は爆発させることはしなかった。それはルーと同様に、どこか諦めであるようにも感じられた。
責めたい、けれど責められない。凪子は所詮、その立場なのだ。本来誰もが、誰かの選択の前には恐ろしく無力になる。そして凪子は、それでもどうかと叫べるほどの存在にはなれない。誰の、隣人にもなり得ないのだ。

恐ろしく静かに問い返してきた凪子に、ルーはその辺りの凪子の事情や思いを汲み取ったのだろう。ふっ、といたずらっぽい笑みを浮かべて見せる。
「と、いうよりかは、そうだな。確信めいた感覚があるのだ。あの魔神がわざわざ甦るなら、そうして二度目の死を迎えるのであれば、その時奴は私の命を掴んで離さないだろう、という確信が」
「…それは……殺した相手だから?」
「私が奴を殺すことは予言されていた。所謂、運命、というやつだった。私とタラニスが同位体であるように、私と奴はさながら運命共同体。だから妙な、理由のない確信がある。……奴には恐らく何か目的がある。だが、その根元的な目的は、“私の死”なのだろうという確信がな」
「………どちらかというと理論的なお前らしからぬ、随分と感情的な話なんだな」
「そうでもないぞ?だからこそ、ダグザ翁にもタラニスにも話してはいない。話しておくべきことだとは思っても、確証は私にもないからな」
「!……なら、なんで」
ルーは確実なことしか口にしない。それはダグザも言っていたことだ。ならばどうして自分には話したのか。
そう問いかける凪子に、ルーはゆっくりと凪子を見た。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス104

「………アンタの話ってのは、なんなんだ、雷神タラニス」
「なァに。あの死に急ぎで堅物野郎の我が御霊を驚かせてやろう、ってだけだ。……うまくいきゃ、彼の魔神の魔眼の効果を相殺できる」
「!」
「あそこの似非ドルイドの補助でも、即死を回避はできてもデメリットがでかいそうじゃねぇか。それに、賢老の一打と違って魔神の即死は恒常効果だ。恒常的に防げないと、結局あまり意味はないだろう?」
「なんと、そんな手があるのか?」
タラニスの提案には、ダグザも驚いたようにタラニスを見た。だがすぐにダグザにはその方法が思い至ったのか、その顔が渋い色を浮かべる。ダグザが渋い顔をするだけの事はあるのか、ニヤニヤと笑っていたタラニスも、すぅ、とその笑みを消す。
「…ま、正直な話、リスキーなことに違いはない。お前らがオレに文字通り“命を預ける”気があるなら、の話だけどな」
「…………。マスター!ちょっといいか!」
「?何ー?」
「お主、迷いもせんのか」
タラニスの顔を見上げていたクー・フーリンは、少しの間タラニスの顔を見つめたのち、小さく息を吐き出すと藤丸を呼んだ。その行動が、マスターである藤丸に許可を取るためなのだとすぐに察したダグザは、また意外そうにそう言った。
クー・フーリンは、にやっ、と笑ってみせる。
「何、遅すぎる反抗期ってやつだ」
「は…………。ガッハッハ!これは敵わんな!!」
「?どうした…んです?」
真剣な空気が一転、はっはっはと笑いあう三者に呼び出された藤丸はキョトンとした様子を浮かべる。藤丸を呼んだ用がある程度予想できていたのか、他のサーヴァント陣もついてきていた。
クー・フーリンは笑ったまま、だが真剣な眼差しで藤丸に向き直った。
「あぁマスター、戦闘補助組の方で作戦について一個提案がある。同席してくれ」
「…!分かった」


―――


策略と、思惑と、願いとが入り交じって混沌を為す。

その先に待つものは、果たして。


―――


――そうして、決戦の時が来た。
日付が変わった直後頃、日が昇るよりもはるか前に起き出していた凪子は、淡く月が夜空に輝く中、一際高い木の上にいた。何か茶でも淹れたのか、湯気のたつカップを片手に、ぼんやりと遠くを見つめている。
「見張りにしては気が抜けすぎているな」
「まぁ見張りはしてないからねぇ。元気?」
「貴様程度に暇するほどには」
「なんだそりゃ」
キィン、と澄んだ音をさせて、すぐ隣にルーが姿を見せた。浮遊しているのかバランスをとって立っているのかは分からないが、木の枝に腰かけている凪子の隣に立ち、そんな他愛のない言葉を交わしながらルーは凪子の視線の先を見た。
「…貴様、折り合いはついたのか?」
「何の?」
「貴様の役割との、だ。なんだかんだと、気にはしているんだろう、貴様。ここ数日、妙に殊勝な時があったからな」
「…あー、まぁ、そうね。することもないから考えてはみていたけど、まぁ、やっぱり私にはよう分からんな」
星の代弁者。
ルーが指摘した、凪子の本質。それを指摘された時には目先の問題を優先し保留としていたが、それを全く考えていない、という訳ではなかったようだ。
凪子はルーの指摘に、くあぁ、と呑気に欠伸を伸ばす。ルーはそんな凪子に特に諌めるようなことは言わずに肩を竦めると、ふわり、とそのままその場に同じように腰を下ろした。
「2000年、分からずに困らなかったのならば、別によいのではないか」
「存外適当な時あるよね、ルー」
「何、他者に己ほど厳格ではやってられんからな。それが同族でもなければ尚更だ、私が口を出す領域ではあるまいよ」
「…………なぁ、ルー〜」
「なんだ」
今日のルーは機嫌でもよいのか、何か思うところでもあるのか、凪子の間延びした、雑な問い掛けにも怒りも見せずに対応している。凪子は膝についた手で頬杖をつきながら、じ、とそんなルーを見つめた。
「…………お前、疲れてない?」
「…?回復したから今日襲撃するわけだが?」
「そうじゃなくて、気持ち的に、さ。生きるのに疲れたな〜もう飽きたわ〜みたいな?」
「なんだそれは…」
「私も経験あるからさぁ。違うなら別にいいけど」
「…………………」
「違わなくても別にいいんだけど」
「………なんだ、それは」
凪子の問いに一度は口を閉ざしたルーだったが、続いた凪子の言葉にきょとんとした表情を浮かべたのち、ぷっ、と小さく吹き出した。
くっくと声をあげて笑うルーに、何気なく言葉を発したつもりだった凪子が逆にキョトンとしてしまう。ルーはひとしきり笑うと、凪子と同じように頬杖をついて凪子の方を見た。その顔は今までになく穏やかに笑んでいる。
「…貴様は私が死んでもよいと?」
「人聞きの悪い聞き方をなさるゥ。別に、もう疲れたなら無理して生きなくてもよくね?とは思うだけさ。だから、もしも本当に死にたいのだとしても、私は悪いとも悪くないとも言わないよってお話だ。少なくとも、どんだけ疲れていたとしても職務放棄してエスケープできるタイプではないしね、お前」
「ふ、己の役割を放棄しないのは当然のことだ。死にたがりを止めもしない、というのは、なかなかに貴様らしい言葉なのかもしれないな。だが、そうであるならばなぜわざわざ私にそんなことを問うた?」
ルーの問いに、凪子はず、と茶をすすった。
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