空気中をふわり、と漂う甘い匂いはあの人の大好物。街中をふらふら歩いていたら偶然目に入ったそれ、どどんと飾られているサンプルを見ていつもこんなの食べてるんだったらそりゃあ糖尿病予備軍にもなるなぁ とこころの中でひっそりと笑った。いや、馬鹿にしてる訳じゃなくて、どんな時でもあの人を考えてしまう自分の脳内に呆れただけ。胸がキュンとなってくすぐったくなって、でもそれがやめられないんだなぁ
軽やかな靴音を引き連れていつもの道を転がるように歩く。目的地まで後5分、頭上で宇宙を旅する船が舞い上がっていった。
『こーんにーちはっ!…て、アレ?』
ガラガラと扉を開けて元気よく挨拶したはいいけど返事が返ってこない。なんだよみんないないのかよ鍵閉めないで出掛けるなんて無用心だなぁ なんて思ったら奥から声がした。
「おー、来たなー」
いつもと変わらない気怠い声、その主──銀さんはいつもの席に座ってのんびり週刊少年ジャンプを読んでた。こないだジャンプ楽しい?って聞いたらジャンプの面白さについて熱く語られた。多分30分くらい。
でもまあそんな貴方がすきだからいいんですけど ね。
『銀さん、新八君と神楽ちゃんは?』
いつものふたりがいないことに疑問を覚えたあたしは銀さんに訊ねる。銀さんはジャンプからちらりと目を離して「俺と二人きりじゃ嫌?」と返してきた。ああもうそんなこと言わないでよ馬鹿!今のあたし、阿呆面決定、
「…ぱっつぁんと神楽は買い出し」
『 え あ…そーいうことですか、』
買い出しかぁ、って呟いた刹那あたしは手に握られていた袋の中身を思い出した。小さな袋に入っていた色とりどりな包み紙
『そうだ!あたしアメ買ってきたの』
ばたばたと銀さんの元に走り、机の上でビニールの袋を逆さにする。重力に引っ張られて雨のように落ちてきたのは近くのスーパーで安売りしてた棒付きのアメ達だった。
ホントは街で見たパフェを買いたかったんだけど4人分をお持ち帰りするのは流石に出来なかったので。(てかパフェのお持ち帰りってやってるんですか?)
「…アメ?」
『そう、安かったから思わず!はい、銀さん♪いつもお仕事ご苦労様ですっ』
一番手前で横たわっていた青色の包み紙を着ているアメを手に取り、ずずいと銀さんの目の前に差し出す。あたしの顔とアメを交互に見つめていた銀さんだけど、ジャンプを机の上に置きそっとアメを受け取ってくれた と思いきやアメの棒をくるくる回しながら不機嫌そうに呟いた。
「…俺ァ子供じゃねー、けど」
『……え、』
その言葉に驚いたあたしは銀さんに視線を向ける。銀さんもあたしの方を見ていたらしく空中でカチリと瞳が合わさった。うわ、緊張
「銀時複雑〜。何だかなぁ、俺ってそんなに子供っぽく見える?」
『あ…そ、そんなことない……ようなあるような』
子供っぽく と言う言葉にあたしは素直に首を横に振ることが出来なかった。
だって銀さんってたまに子供っぽいところあるんだもん。ジャンプを毎週欠かさず読むところとかお祭りで綿あめー!ってはしゃいだりするところとかひそかにドッキリマンシールを集めてるところ とか。
「え、マジで?それマジ?」
あたしの曖昧な答えにがっくりとうなだれる銀さん。柔らかく銀色の髪が揺れて、あれ なんか綺麗
『か…可愛い、けど』
「…フォローになってねーよ」
可愛いなんて言葉はなァ、男に使うモンじゃねーぞ って言われたけどホントに可愛いんだもん、銀さん。でもそんなこと言ったらまたふて腐れちゃうから言わないどこ。
『…ねぇ、銀さん、』
「…なんだよ」
『もしかして…パフェの方がよかったりした?』
あたしは適当に桃色の包み紙のアメを掴み、それを剥がす。出てきたまあるいアメをほおばると甘ったるい味がぼんやりと口の中で広がって何となく切なくなった。やっぱりあのパフェ買った方がよかったかなぁ そんなことを考えてしまうあたしはこのアメより遥かに甘いらしい。惚れた弱味と言うかそんなカンジ、
「いや あの、そんなことねーんだけど、そりゃあパフェとアメどっちが好き?って聞かれたら迷わずパフェを選ぶし、もし明日世界が滅亡するとしたら俺はパフェと共に終わりを迎えたいって思うけどよ」
『…けど?』
不意に途切れた言葉の先が知りたくてあたしは首を傾げた。アメの甘さに我慢出来なくて口内から取り出したそれは最初の形より小さくなっていて、
「その、アメも好きなんだぜ?特に綿あめが…じゃなくて…えーと、嬉しいんだけどよォ、その…。 っ、だからぁ!!」
がたん と乱暴に席を立った銀さんはあたしが持っていたアメをパクリと自分の口の中に入れてしまった。
……あの それ、あたしのなんですけどっ!
唖然としているあたしの顔を見て銀さんは頭を掻きながら申し訳なさそうに言葉を続けた。
「……ワリィな。俺、実はこの味が食べたかったりしたんだっつーか、その」
ねじれの法則と言う名のすれ違い
(ええっ、そうだったんだ!ごめんね銀さん!でも食べかけのアメなのにいいのかなぁ)
(子供扱いすんな、俺ァれっきとした大人の男なんだぞ なんて言ったらこいつに触れちまいそーで)
【いつきへの捧げ夢。
ビバすれ違い。】