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流行り廃りを見逃し三振(キ学:数学教師 シリーズもの)

そういう服がある、ということはなんとなく知っていて。なんで知ってるのかと言われたら、大学時代の時に付き合ってた女がSNSの画面をを俺に見せながら「これ可愛くない?」なんて言ってきたからだったような覚えがある。
ただ女が着るようなそれ、興味が沸くはずもなくその時は軽くスルーしたんだったか。その後クリスマス近くに「あの服が欲しい」とねだられて、一緒に店に行って買った覚えもある。見た目は可愛い癖に値段はちっとも可愛くなかったのも覚えてる。
何がいいんだかこんなもん、もっと安くて似てるような服なんざ沢山あるだろと彼女に言ったら急に不機嫌になって、不死川君分かってないよね、みたいなことを言われた、ような。ここら辺は曖昧だ。多分めんどくせぇなとか思ったんだろう。その後がっつりやることやったのは覚えてるのに。

それから数年経って社会人になった今も、なんであの服が女連中にウケるのか、分からなかった。


次の授業の教室に向かっている時だった。
スマホを輪の中心にきゃあきゃあと騒ぐ女子生徒達へ声掛けをする。

「おい、そろそろチャイム鳴るぞォ」

「あっ、さねみん」

「ちょっとコレ見てー!」

イヤだという前に、グイッと手を引っ張られて強引に輪の中に入れられる。
引っ張るなァ!とキレ気味に生徒を戒めた。これでセクハラで訴えられても困る。そんな俺の心配を他所に、生徒達はお構いなしにスマホの画面を俺に見せてきた。
画面に写ってるのは、見覚えのある、モコモコとしたパジャマを着ている女。

「コレ可愛くない!?秋の新作なんだよね」

「この子、彼氏にクリプレで買ってもらう予定なんだってー」

……すごくどうでもいい情報が俺を襲う。秋の新作だろうが、クリスマスプレゼントにもらう予定だろうが、マジでどうでもいい。
もう一度画面を見る。パステルカラー?アースカラーって言うんだったか、今。二つの違いがよく分からねぇが、とにかく灰色のソファーの上で、女が気だるそうなポーズをとっている。
女を包むモコモコのパジャマにプリントされているのは、とあるゲームのキャラクターだった。コラボしてんのか?女が好むパジャマのブランドと、男が遊ぶゲームとの謎コラボ。なんでこの二つを掛け合わせたんだ?

「お前、このゲーム遊んだことあるのかよ」

スマホを持ってる女子生徒に尋ねる。

「え?知らない。これゲームのキャラクターなの?」

予想外の返事だった。このゲームのキャラクターを知ってるから買うんじゃねぇのか。
遊んだことがあるゲームのキャラクターだから俺は当然知ってるし、そのゲーム会社を代表するマスコットキャラクターと言ってもいいような存在なのに、知らねぇのかよ。

と思ったが、ゲームをしない奴にとっては知らなくても無理ねぇか、と思考が一旦落ち着いた。

「このキャラ知らねぇなら、別にこのパジャマじゃなくてもいいだろォ」

俺の言葉に、女子生徒が一斉に沸いた。さねみん分かってない、だの、だからモテないんだよ、だの、女心を学んだ方がいいよ、だの、好き勝手まくし立てられる。

「うるせぇな!ギャーギャー騒ぐんじゃねェ!」

さねみんのほうがうるさいしデリカシーないよ、と言われ、ブチ切れそうになる。
余計なお世話だ。沸騰しそうな脳みそを落ち着けるために、大きく息を吸う。
すると、輪にいた別の女子生徒が俺に「さねみん」と、話しかけてきた。

「これって期間限定のデザインなのー。秋冬限定販売なんだよね。期間限定って言われたら欲しくならない?」

「……期間限定?」

そんなことも知らないの。からかわれるように言われて、口角が引き攣る。
知るわけねぇだろ、そんなもん。

「期間限定のものって思い出になるよねー。あ、この時に買ってもらったんだ、みたいな」

「それな!懐かしーってなるよね」

「あたし中学の時に付き合ってた人と買った指輪、お祭りの安い指輪だったわー」

「500円だけど特別なやつー!」

分かる分かると盛り上がり始める女子生徒達。
祭りが夏の期間限定イベントだとして、そこで買ったものが思い出、と言われると、『特別』になるのかもしれない。

「……まァ、確かに」

俺の言葉に、わっと群がる女子生徒達。寄るんじゃねェ!と一喝した。

「さねみん覚えときな。彼女が出来たら『期間限定のもの』だよ」

チャイムが廊下に鳴り響く。期間限定は分かったから早く教室戻れと生徒達を促したあとで、自分でも吃驚するくらい大きなため息が出た。歳があまり変わらないはずなのに、生徒と話す時はすごく疲れる。熱量が段違いと言うか。
それはそれとして、あのパジャマには全然興味はねぇが(そもそも基本半裸で過ごすし、冬は寒けりゃスウェットを着るし)パジャマにプリントされていたゲームのキャラクターがどうも気になる。別にアホほど遊んだゲーム、とか、キャラクターに思い入れがある、とかではないのだが。
小さい頃、弟の玄弥と一緒に遊んだ記憶が蘇って、懐かしさに胸が震えて、なんだか泣きそうになる。最近勉強を頑張ってる弟にご褒美として買ってやるのも、悪くはないかもしれない。

スマホを開いて、インターネットで検索しようとする。が、いかんせんあのパジャマのブランド名が分からなくて狼狽える。あの、ふわふわモコモコのパジャマで、ゲームのキャラクターとコラボしてる、女子ウケがいい、プレゼントで贈られることが多い……そんなことを考えながら、インターネットの検索窓にそれっぽい単語を打ち込んで、検索ボタンを押す。よくもまあ、「パジャマ ふわふわ」で出てくるよなァ。とりあえずサイトはあとで見ることにして、今は授業に集中だ。

***

「……」

その日の仕事帰りに、例のパジャマが売ってる店舗へと足を運んでみたが、店舗前で立ち尽くしてしまった。
いや、こんな可愛らしい店構えだったか?数年前の記憶を掘り返すが、やっぱり思い出せない。
淡い色のトリコロールで彩られた店の看板、店前に飾られたマネキン、が着ているふわふわモコモコのパジャマ。隣に立ってる小さいマネキンもふわふわモコモコのパジャマを着ているが、果たして需要があるのか?少なくとも俺の兄弟は着ねぇだろう。女連中も上の寿美は着るかもしれねぇが、貞子は女の子向けのシリーズ物の方が良いって言うのが想像出来る。近付いてみると、洒落たプライスカードが視界に入った。相変わらず可愛くねぇ値段だな。
店内に目をやると、店員っぽい人と目が合った。いらっしゃいませと声をかけられ、反射的に頭を下げた。ええいままよと店内に入る。なんかいい香りしねぇか?と思ったら入口付近にいくつかのアロマキャンドルが置いてあった。こんなのも売ってるのかと関心しながら値段を見て、そっと戻す。金がないわけではないのだが、キャンドルやバスボムなど消えてなくなってしまうものに対して金をかけることがどうしても無意味に思えてしまうのだ。ただ、このブランドが好きで、いい香りに包まれる生活を送りたいと思っている人にとっては惜しまず買われていく商品なんだろう。
開けた場所に、キャンディーの屋台みたいな外国風のワゴンが花やらフラッグガーランドで飾り付けられている。ワゴン上にはハンドクリーム、練り香水、ふわふわモコモコのレッグウォーマー、バニティポーチやら母子手帳ケースなんかが置かれていて、どれも可愛いらしい。

「何かお探しですか?」

話しかけられて、ドキリとする。声がした方に顔を向けると、さっき目が合った店員が俺を見上げてニコニコとしていた。

「あー。えっと、最近なんか、SNSで見たんですけど……」

無下にするのも申し訳なく思ったので、ゲームとコラボしてるパジャマを探しに来たんですけどと伝える。店員は「あー!あれですね!」と嬉しそうに声を弾ませ、人気なんですよー、とか、今日もお兄さんみたいな男性の方が買われて、とか、色々話してくれた。どうやら意外と野郎も来るらしい。よく見たら店内には男の買い物客もちらほらいて、俺だけじゃなかったのかと安堵した。
その店員に、パジャマがあるところに案内される。どうやらコラボと言うこともあり、店の一角にコーナーが展開されているらしい。ふわふわモコモコのパジャマの他にも、ブランケットや腹巻があって、どれもゲームのキャラクターがプリントされていた。
お目当てのパジャマを手に取る。触れて、驚いた。手触りが物凄くふわふわで、滑らかなモコモコが優しく掌を包む。小学生みてぇな感想だが、あの時あの女に買ってやったやつもこんな感じだったか?と記憶の海を潜ってみる。当然、思い出せるはずもなかった。
タグを見る。フリーと書いてあって、手が止まる。フリーサイズって困るんだよな。ハンガーラックから取り出し、自分に当ててみる。小さくはねぇが、ゆとりがあるわけでもない。ただ、玄弥だったら着れそうだ。アイツ、俺より細身だし。大丈夫だろ。
隣にいた店員に「これ買います」と告げると、ご自宅用ですか?と聞かれた。プレゼントではないので頷く。そのままレジに案内された。

***

買い物を終えたその足で、実家に向かう。
ただいまと玄関の扉を開けると、お袋とお袋に抱っこされてる貞子が出迎えてくれた。

「あれ!?実弥、連絡もなしにどうしたの」

驚いた表情で駆けてくるお袋。靴を揃えて立ち上がると、貞子が俺に抱っこをねだってきた。お姫様のご希望通りに抱っこしてやる。

「いや、買い物してきたから」

「なんの買い物?」

「衣替えの季節だろ。チビ達の新しいパジャマ買ってきた」

お袋に買い物袋を手渡す。中身を見たお袋は「全員分?」と申し訳なさそうに尋ねる。流石に1人にだけ、となると、他の奴らが可哀想なので、あの後急いでショッピングセンターに行って買ってきたのだった。

「寿美のはねぇけど。アイツ最近ワガママだからなァ。実兄センスねぇとか文句たれるし」

俺の一言に、お袋がそうねと笑う。一番上の長女は、反抗期の沼に片足を突っ込み始めていた。

「さねに、てこのは?」

どこで覚えてきたのか、上目遣いで俺を見つめる貞子。ちゃんとあるぞと言うと、嬉しそうに頬を胸に寄せてきた。

「ご飯食べてく?」

「いや、着替え持ってきてねぇし、今日は帰るわ。玄弥は?」

「自分の部屋におるよ」

了解。貞子を抱えたまま、二階の階段を上がる。下から就也とことのはしゃぐ声が聞こえてきて、思わず顔がほころんだ。野郎は単純でいいよな。
玄弥の部屋の扉を叩く。誰?と中から声がしたので、兄ちゃんだと返すと、バタバタと慌ただしい音がして、ガチャと扉が開いた。

「兄貴!?今日帰ってくるなんて一言も、」

「チビ達の新しいパジャマ買ってきただけだ。今日は帰る」

部屋を覗き見る。どうやら音楽を聴きながら勉強していたらしい。テーブルの上に英語の教科書と、電子辞書と、ノートが散らばっていた。

「テメェ、数学の宿題きちんとやってんだろうなァ」

俺より若干身長が高い弟に目線をやる。俺はこいつの科目担当ではないので、こいつが今どんな風に数学を取り組んでるのか、全部把握しているわけではなかった。

「やってるよ。あ、でも、今やってるところがちょっと怪しいかも……」

「今やってるところっつーと、二次関数か?」

「うん。グラフの最大値最小値の場合分けなんだけど。たまに範囲を入れ忘れちゃうんだよね。ただ、全然分からないって訳じゃないから、今度帰ってきた時に教えてよ」

「おう」

俺と玄弥の話してる内容が完全に理解できず、置いてけぼりの貞子が「なんのはなし!」と、頬を膨らませて抗議する。それを見た玄弥が苦笑いしながら「貞子も大きくなったら分かるよ」なんて優しく貞子を宥めた。

「げんにいきらいっ」

ただ、その回答が納得出来なかったのか、貞子は玄弥にあっかんべーをして、俺に力一杯しがみついてきた。自分の分からない話をされると急に不機嫌になるのは通常運転だ。玄弥は困ったように笑いながら肩を竦める。

「妹に嫌われちまった可哀想な玄弥君に兄ちゃんからのプレゼントだァ」

「えっ」

ショッパーを差し出す。まさか俺がこのブランドのパジャマを買ってくるとは思ってなかったらしく、口をぱくぱくさせている。

「え?えっ?なんで?」

疑問符ばかりの弟に、いいから見てみろと袋の中身を見るように指示する。言われた通り袋からパジャマを取り出し、広げた玄弥の瞳がキラキラ輝いていくのが分かった。

「うわ!このキャラクター懐かしっ!あのゲームのでしょ?」

「覚えてたんかよォ、てっきり忘れてるもんだと」

「そりゃ覚えてるよ。朝早く、親父とお袋が起きる前にこっそりやってたよね」

「あったな、そんなこと」

それは、俺と玄弥だけの秘密だった。
ゲームの続きが気になって、二人が起きる前に目覚ましをセットして
電気もつけずに暗がりの中、二人でゲームを楽しんだっけ。

「……って、あれ?」

そんな懐かしんでる俺の耳に、疑問符ひとつ。玄弥はショッパーをひっくり返して、「これだけ?」と不思議そうに俺を見つめる。これだけってなんだ、これだけって。
ワガママ言うなと告げると、玄弥は慌てて口を開いた。

「いやそうじゃなくて。兄貴、上だけしか買ってきてないって」

「……あ?」

玄弥の持ってるパジャマを見て、次に玄弥の顔を見て、ようやくコイツが何を言ってるか分かった。
上だけ、しか買ってきていないのだ。
パジャマなのになんで上だけしか買ってきてないんだ、俺。普通下も買うだろ。なんで上だけ買ったんだ?
自分のポンコツさに思わず頭を抱える。そんな俺への笑い声が降ってきた。

「流石にこれ一枚じゃ下半身丸出しじゃん」

そんなの、言われなくても分かる。恥ずかしさで顔に熱が集まった。
明日下も買ってくると鼻息荒く言った兄に、弟は眉を下げていやいいよと笑う。

「だったら新しいスウェット買って欲しいな。今着てるやつ、穴空いちゃって」

言いながら玄弥はパジャマをささっと畳み、俺に渡してきた。

「兄貴、いつも寝る時薄着だからこれ着たら?これから寒くなるし」

「いやでも、これはお前に」

買ってきたやつだと言おうとした口を、これまで大人しくしていた貞子のワガママで遮られた。

「さねにい、だっこ!」

……今まさにしてるんだけどな。とは言わず、妹を担ぎ直す。貞子の下にことと弘が生まれてから、すごく俺に甘えるようになってきたような気がする。お袋が幼い二人にかかりっきりだから仕方がないのだが、甘やかしすぎも良くないよなァ。そっとため息をついた。どうしたもんかね。なんて、今考えてもどうにもならねぇんだけど。

「悪ィ、今度埋め合わせする」

玄弥への挨拶もそこそこに、部屋を後にする。シワになりそうなくらい俺の服を掴んで離さない貞子。今日はこのまま帰る予定だったが、この状態だと貞子が寝るまで帰してくれなさそうだ。時計を確認する。終電には間に合いそうなので、リビングへ向かった。

***

そんな訳で弟にあげるはずだったパジャマを家に持って帰ってきてしまったのだが、あんなふわふわモコモコのパジャマを二十歳超えた厳つい男が着る訳もなく、しばらくタンスで眠っていた。
それから数ヶ月後、アイツが週末泊まりに来た時に、何のきっかけもなく、ふと思い出して。

「おい」

「ん?」

風呂上がり、バスタオルを巻いた女が俺の元へやってくる。週末飲んだくれた後俺の家に来るのが恒例となっていて、今日も例に漏れず終電がなくなるギリギリまで飲んできたところだった。
タンスから例のモコモコパジャマを渡すと、女は目を見開いて俺を見つめてきた。

「……こんな趣味あったんだ」

そんなことを言ってきたので、んな訳あるかと突っ込む。寝る時、俺のスウェットだったり、干してるTシャツを勝手に着たりしている女。まさかこんなファンシーな物が手渡されると思っていなかったのだろう。

「玄弥へのプレゼントだったんだけどよォ、いらねぇって言われて持って帰ってきた」

「年頃の男の子に着せるには可愛すぎるでしょ」

センスなさすぎ、とかなんとか言いながら女は楽しそうにパジャマに腕を通し、頭を通す。フリーサイズのそれ、俺よりひと回りもふた回りも小さい女が着ると、ワンピースみたいな形になった。

……いや、マジか。そう来るか。

「ね、どう?似合う?かわいい?」

「……」

その場で一回転し、謎のポーズを取る女。
一方で見えそうで見えない絶対領域と、絶妙な萌え袖に釘付けになる俺。
クソ、反則だろ、この服。すげぇ可愛い。そう思うのは、昔好きだった女だからだろうか。それともこの服のせいなのか。
意思に反してぐぐっと沸き上がる、安っぽい性衝動。早まる心臓の鼓動が耳に響く。
あー、可愛い。唇から転び出そうになるのをグッと堪えた。

「あ!これ、あのゲームのキャラクターじゃん。懐かしーっ。お兄ちゃんがよくやってたなぁ。実弥ちゃんもやってたの?」

「……」

「……ね、実弥ちゃ、」


流行り廃りを見逃し三振


俺の顔を覗き込む女の手首を無言で掴んで、慌てる女をそのままベッドに連れていった。
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