霞色の着物が、降り注ぐ陽光を弾いてさらさらと輝く。
優しい微笑みと、ぎこちない距離と、重ならない二人の歩幅。
「おい、歩くの早ぇか?」
「大丈夫です、風ば……あ。いや、さ……実弥、さん」
言い慣れない名前を口にして、たどたどしさに変な汗が出る。
「おう」
わたしのことを気遣ってくれているのが分かるから、ただただ申し訳なくて。
ついて行くだけで精一杯だった。
昼下がり、夏の真ん中で。
こんな状況になっているのは、事情があった。
「変質者?」
そうなんです!と、鼻息を荒くしてわたしにずいっと近付く、文の配達員さん。
旅をしていた風柱様からの文をずっと届けてくれた人で、今はこうして世間話をする程度の仲になっていた。
「最近の話ですけど、ここいらに出没するって噂ですよ!なんでも刃物を持ってるみたいで、メッタ刺しにされたって話も聞きます」
「ええっ」
血溜まりを想像して背筋が凍る。
まさか鬼じゃないよね?
一抹の不安が脳裏をよぎる。
「その変質者ですが、昼夜問わず現れるらしくて。こんな仕事なんで、僕も気をつけてます。最近旦那さんも帰ってきたんですよね?奥さんもなるべく一人で出歩かない方が」
「お、おくさん」
違いますと口を開こうとした、その時。
後ろから風柱様の声が聞こえた。
「どーもォ」
「あっ、風柱様」
体格のいい風柱様を見たご近所さんは「あっ!どうもこんにちは」と一礼し、足早に去っていった。
小さくなる背中に、屋敷の主が一言。
「……誰だァ、アイツ」
歯に衣着せぬ物言いに、郵便の配達員さんですよと説明する。
「数年前からお世話になっているんです。風柱様からの文もあの方がずっと届けてくださいました」
「……ふぅん」
「あっ、これ。音柱様からの文でございます」
「宇髄から?」
手紙をまじまじと見つめながら、それより何の話をしてたんだと訊かれる。
ここで話すと長くなりそうだ。
とりあえず屋敷に戻りましょう。
提案する前に、風柱様が「ここだと日が当たるから中で話せェ」とおっしゃってくれた。
この時はまだ、あんなことになるなんて
ちっとも考えられなかった、のだ。
「変質者ァ?」
眉間に皺を寄せた風柱様の口から、割と大きめの舌打ちが出た。
「チッ、奉行所の奴ら何やってんだァ。んなめんどくせぇやつ、のさばらせてんじゃねぇよ」
「昼夜関係なしに現れるらしいので、追うのも一苦労なのではないでしょうか?」
「あー。成程なァ」
風柱様と一緒に、おはぎと抹茶を食べる。
風柱様は手についた餡子をぺろりと舐め、そのまま口を開いた。
「っと。そういや、宇髄が近日ここに来るらしい。アイツ、美味い飯用意しておけとかほざきやがって」
「あ、そうなんですね。では買い出しに行かないと」
「は?買い出しィ?」
んなの適当でいいんだよ!と言われたけど、適当でいいはずがない。
「はい。備蓄している食料が二人分しかないので、いつお越しになってもいいようにある程度は用意しておかないと。あっ、茶請けも買ってきます」
「だからァ、んなことしなくていいってェ」
「そんな訳にはいきません。わたしにとって風柱様も音柱様も、今でも尊ぶべきお相手です」
「尊ぶべきって……」
目を逸らしながら頭を掻く風柱様を横目に、空いたお皿と湯呑みを持って立ち上がる。
「では、行ってまいります」
すると横から勢いよく言葉が飛んできた。
「あっおい!テメェ、俺の話聞いてたか!?」
「えっ!?はい、聞いておりましたっ」
「だったら出掛けるんじゃねぇ!」
「ええっ!?なぜですか?」
「宇髄の野郎にはそこら辺の露でも舐めさせとけ!」
「そんな訳にはいきませんっ!」
あれ、このセリフさっき言ったな。
なんだか堂々巡り。
はあ、と風柱様が長いため息をついた。
「……変質者に襲われたらどうすんだァ」
ここでようやく腑に落ちた。
あ。
もしかして。
「心配……してくださるのですか?」
わたしの疑問にやや間を置いて「そうだよォ」と小さく返ってきた。
こころなしか、お顔が赤く火照っているようにも見える。
座り直し、深々と頭を垂れる。
「身に過ぎるお気遣い感謝致します。しかしわたしは女中の身。出来ることをやらないのは怠慢でございます。それに、風柱様のご厚意に甘えてしまってはこの屋敷に務めている意味がございません」
「……」
「こんな昼間から怪しい動きをしている人がいれば目につきます。それに、人気が少ない場所に行くわけではございませんので」
そう言い、顔を上げたその時。
肩をガシッと掴まれた。
予想外の出来事に身体が強ばる。
「……」
「風柱様?」
風柱様はそっぽを向いて何かを考えていたが、急にこちらを見ると瞳孔を開いたまま「俺も行く」と同行を希望する旨をわたしに伝えた。
「へっ!?そんな、風柱様はここで待っていてください」
「変質者がうろついてんだぞ、女ひとりで歩かせられっか!俺も行く。すぐ支度するからちょっと待ってろォ」
「あっえっ、しかし」
わたしが慌てている間に、風柱様は二人分の皿と湯呑みを持ち、立ち上がるとスタスタと台所に向かって行った。
わたしも慌てて立ち上がり、痺れはじめた足を引きずりながら風柱様を引き留めようとする。
「ああ、風柱様!わたしがやります」
「いいから、テメェは買い出しの準備でもしてろォ」
「そんな、わたしの仕事で」
「おい」
「はい!」
くるりと振り返った風柱様にぶつかりそうになったので、両足で踏ん張ってなんとか距離を保つことに成功する。
風柱様はわたしを無遠慮に見つめると、驚愕の一言を発した。
「お前、外では俺のことを旦那扱いしろ。名前で呼べェ」
「……えっ!?」
それはあまりにも突拍子もない提案だった。
なぜ、なんで、どうして!?
ぐるぐる混乱している頭をなんとか落ち着かせようとしていると、風柱様が言葉を続けた。
「夫婦って名乗ってた方が色々都合がいいんだよ。俺の名前は知ってるよなァ?」
「えっ、あっ。はい!でも」
「いいから呼んでみろ、ほら」
「ええっ!?」
さてこれは 願ってもない 密か事(みそかごと)
ぽつりと名前を呼んでみる。
薄く笑い、戸惑い、なぜなんて聞けずじまい。
【
距離が近付いた話の続き。
きっと玄関先の話聞こえてたんだろうなあ
ちゃんと自分の気持ち言えて偉いねえ
タイトルにちゃんと名前入ってるの
こだわり!
次の話に続くっ
ちゅうしてくれてもいいんだぞっ←
口調も公式設定もめちゃくちゃだけど
自己満でおっけい】