そこにはもう何もなかった。


途切れて続く白いラインが冷えた雨に打たれて
それでも存在を淡く発光していた

何かから追われる不安
繰り返される映像
積もっていく哀しみ
消えない痛み


失った、存在意義


それでも
走って
走って
よぎるフラッシュバックを
かき消すように
走って
泣いて
このまま降り続ける雨に
重たいからだ
溺れてしまえ

消えて欲しいのは自分自身だと気付いた時に
雨は雪へと変わっていた




赤いライト、綺麗。




「    、」



こころの中で名前を呟いた

この世界にはもうその姿はないのに
求めてしまうのも滑稽な話で
死んだ、と言う
現実すら
ないものにしようとする自分

言いしれぬ不安を無理矢理にかき消して
赤く光る信号も無視して
ひたすらに走った


鳴るクラクションは誰のため?


地面を踏んで
こころが痛くなった
すれ違う車のライトが
何も見えない自分を照らして消える
照らして、消える

消え、る。



テールランプが滲んで
真っ赤な血のように見えた



冷たいとか
疲れたとか
痛いとか
ツラいとか
余計な感情が排除されてイカれたロボットみたいに
ただ
がむしゃらに街中を走り抜けた

この街のどこかをさまよえば会える気がして
夜を潜っていく

続く
ナイトダイビングは
続く
続く


さようなら、見慣れた風景


このまま走り続けて
世界の果てに辿り着いたとして
そこに君はいるだろうか
僕は完全な形で君に会えるだろうか
そんなことばかり考えてしまうんだ
そうやって言えば君はきっと


「ばかだなあ、兄ちゃんは
世界の果てなんてないよ
だって地球は丸いんだから」


そうやって
いつものように返してくるのだろう

じゃあ
君はどこへ行ったんだい?

息を切らして高架下を走る
上をくたびれた電車が走る
瞬く間に追い越されて、見えなくなった

君もそうやって
僕の知らない世界に行ってしまったのかい?


降りだしたまま
止まない雪
立ち止まったら
ガクリと膝が折れた

やってくる目眩に吐きそうになって、


「……んで、」


冷たく染まった服が現実だけを知らせていた
これは悪夢なんかじゃない
終わらない、現実
乱暴に包んで
ほどけない呪縛
後悔で埋め尽くされた目の前
息がつまって窒息しそうになった


「なんで……俺じゃなくて、正文なんだよ…」

「なんでだよ…」

「なん、で」

「なんでだよ!!」



気が付けば白む空、赤いライトがぼやけて




もう
お揃いの生活を送ることはない
死にそうなくらい疲れきった身体を取り戻しにやってきた
まるで生きているように走る車
ただ虚しくて
また泣いた。



【song by:ASIAN KUNG-FU GENERATION“ナイトダイビング”
弟の影を追いかけて、疾走中
でも、泣いたのは君だけじゃない
(この空の下、哀しみの涙がもうひとつ)】