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笑顔でさよならを言えるほど大人ではなくて(キ学:数学教師 つづきものぽい)

わたしとあなたは同級生、だったから。
まあそうだよね、地元でばったり会う可能性だってあるわけで、

「……実弥ちゃん?」

「……あ?」

休日、そんなに天気がよくない昼下がり。
たまたま家の近くのスーパーに買い物に出かけたら
同じ学校で働く同僚の実弥ちゃん──と、実弥ちゃんを取り囲む色々な背丈の子どもたちと偶然出くわして
スーパーの入口付近で、お互い目を丸くした。

なんでここに?

言いかけて、やめた。
わたし達は中学の同級生で、お互いの実家が変わってなければ
地元のどこかで鉢合わせることだって考えられるわけで。
でも、まさか、こんなところで。

「さねにい、だれ?」

実弥ちゃんの足にぎゅっとしがみついてる、変わった、でも見たことがある髪型の
小さい子(かわいい)が、わたしを見てそう言った。
さねにい、というのは
きっと彼の愛称だろう。

「あ、わたしは──」

中学時代の同級生です。
同じ学校で働いてます。
どちらを言おうか迷った隙間、実弥ちゃんの隣にいた女の子がわたしを見て
ニヤリと、怪しげに笑った(その顔、実弥ちゃんそっくり)

「あー、分かった!実兄の彼女だ」

かのじょ!?
その一言に、わっと子ども達が盛り上がる。

「かのじょってなにー?」

「付き合ってるってこと!」

「おとうさんとおかあさんみたいに?」

「それはケッコンっ」

「けっこーん!」

やいのやいのと、当の本人達を置いて盛り上がり始めたから。

「うるせぇ!お前ら、兄ちゃんまだ何も言ってねぇだろーが!」

一番背の高いお兄ちゃんが、一喝した。

---

どうやら家族でここのスーパーに買い出しに来ていたらしい。
そういえば先週「土日予定が入ってるから、今週は無理だわァ」なんて、あらかじめ言われてたんだっけ。

いつも週末はなんやかんやで一緒にいることが多いわたし達だけど
付き合ってない中途半端な関係で、だからある一定の距離があって。
お互いプライベートを詮索しないしされないから、適当な返事をした記憶がある。

まさか地元で家族サービスをしていたとは。

と言うか、実弥ちゃん、こんなに兄弟姉妹がいたんだ。
兄弟って玄弥くんだけじゃなかったのか、と、実弥ちゃんの家族構成をこの日初めて知った。

「えーっ、じゃあ実兄と同じ学校で働いてるのぉ?」

わたしの顔を覗き込んできたのは、さっきと違う女の子。
身長も高めで、着ている服から察するに
大体中学生くらいかな?という印象だ。

「うん。えっと……」

「あたし、寿美」

「寿美ちゃん」

「うん。で、ことに就也に貞子。弘と玄兄は留守番してて」

「ちょ、ちょっと待って」

寿美ちゃんはぽいぽい指差しながら早口で兄弟姉妹の紹介をし始めたので、目線も思考も追いつかない。

「えーと?きみがことくん」

「おれ、就也!ことはこっち」

「あーごめん、きみは就也くんね。ことくんはきみね」

実弥ちゃんの足にしがみついている小さな男の子の名前を呼んであげると、少し照れくさそうに笑った。

「そしてあなたが貞子ちゃん」

もう一人の、これまた小さな女の子に話しかけると
女の子は実弥ちゃんの後ろに隠れてしまった。

「おい貞子、俺の足でかくれんぼしないの」

「えー!かくれんぼ!おれもするぅ」

就也くんはそう言うと、わたしの後ろにさっと隠れる。
それを見た寿美ちゃんも「あたしも隠れる!」なんて楽しそうにわたしの後ろに隠れたから。
わたしと困り顔の実弥ちゃんのふたりが向かい合う形になって
その光景がなんだかおかしくって
ふふっと笑みがこぼれていた。

「お前らなあ、遊んでるとお菓子買ってやんねーぞ」

あ、それ、強烈な脅し文句。
就也くんと寿美ちゃんは急いでわたしの背中から飛び出した。
と思ったら、ことくんがわたしの目の前に飛び出してきて、無防備だったわたしの手をきゅっと握ってきた。

「ふぇっ」

急展開に、変な声が出る。

「こーら。こと、お姉ちゃんに迷惑かけるんじゃねぇ」

お姉ちゃん。
血が繋がってるわけじゃないのに「お姉ちゃん」なんて呼んだのは
きっとその呼び名の方が、小さい子に伝わると思ったからだろう。
ほんと、実弥ちゃんってお兄ちゃんなんだな。今更だけど。

ことくんは首をぶんぶんと横に振り、「おねえちゃんといっしょにいく」と、わたしの手、と言うか指を強く握る。
すると今度は寿美ちゃんがことくんの逆に立ち、わたしの腕に自分の腕を絡ませてきた。

「あたしもお姉ちゃんと一緒がいい!」

「あ!ふたりともずるーい!」

それを見ていた就也くんがじたばたしながら「さね兄おれも!おれも!」と、あざとかわいいおねだり発動。
ただ、一番上のお兄ちゃんは下の子達と違って
全然かわいくない顔をしていた。
(でもそんな顔しながら就也くんの手を握ってあげるの、やさしい)

「人様に迷惑かけんじゃねぇっていつも言ってんだろーが!さっさと離れろ」

「やだもーん。実兄のケチ」

寿美ちゃんが実弥ちゃんに向かって意地悪く舌を出す。
寿美!と声を荒らげた実弥ちゃんを、まあまあと宥めた。

「不死川家はこれから買い物なんでしょ?わたしも買い物に来たんだし、付き合うよ」

「はぁ!?お前、何言っ、」

「それに、こんなにぎゅってされたら離せないと言うか……」

ぎゅってされすぎて指が痛いんだけど、それもまたかわいい。
いいでしょ実兄、このお姉ちゃんもそう言ってるんだし。寿美ちゃんの追い討ちと
実弥ちゃんを無言で見つめることくんの圧。
はやくいこうよー!就也くんのかわいいわがままに
実弥ちゃんの服を無言で引っ張る貞子ちゃん。

お兄ちゃんに勝ち目は無い。

「……ったく、」

スーパーの喧騒に溶けそうな、ため息混じりの「ごめん」。
気を遣わせないように「なんのお菓子買ってもらおうかな?」なんて、おどけてみせた。

---

どうやらすっかり気に入られてしまった、らしい。
貞子ちゃん以外の子ども達はわたしから付かず離れずで
喧嘩しながらわたしのふたつの手を奪い合うっている。

なんて容赦のない争い。

そしてやっぱり年齢が下になればなるほど非力でか弱いので
途中でことくんが泣いてしまった。
どうすればいいのか分からずあたふたしていると、ことくんの泣き声を聞き付けた実弥ちゃんがものすごい形相で駆けつけてきた。

「お前ら、何してんだ!」

「ごっ、ごめん!」

怒られたことにびっくりして謝ると、実弥ちゃんは「あ、いや、お前じゃねェ」と、慌てて訂正する。

「就也!寿美!」

就也くんと寿美ちゃんは実弥ちゃんの(鬼のような)顔を見て、しゅんと俯いてしまう。

「実弥ちゃん、そんなに怒らなくても」

「ことはまだ小せぇんだから優しくしてやれっていつも言ってるだろ」

「……」

「……」

あー。これ、ふたりとも泣くのでは?
どうしよう、ここで泣かれるとお店に迷惑がかかるのでは。
というか、監督不届きだったわたしが一番悪いのでは。
実弥ちゃんほんとごめん。
おろおろしてるわたしを横目に、実弥ちゃんはかがんで優しくふたりを諭す。

「兄ちゃん、お前らが喧嘩してる姿なんて見たくねぇな。悲しくなっちまう。ほら、就也、寿美。ことにちゃんと謝って許してもらえ」

……普段生徒のことをスマッシュしてる人物とは思えないくらい、優しい声色だった。
ごめんなさい。ごめんね。
いいよ。
無事に仲直りした3人は、わたしのことなんてもうすっかり眼中になくて
実弥ちゃんの後ろにいた貞子ちゃんと4人で仲良くお菓子コーナーへと向かっていった。

「……ごめん」

「あ?」

「ことくん、泣かせちゃった」

「んなの気にすんなァ。俺なんかしょっちゅうアイツらのこと泣かしてるわ」

「でも、」

口を開こうとしたわたしを、実弥ちゃんが遮った。

「逆に付き合ってくれてありがとなァ。いつもならお袋もいるんだけどよ、一番下の弟が今朝吐いちまって、今かかりっきりで診てんだ」

「えっ」

それって大丈夫なの?
わたしの問いに、まだ小さいからよくあることだと話してくれた。
それってよくあること、なんだ。
想像がつかない。

「だからアイツらもお前のこと、お袋みたいに感じてんじゃねぇかな。気ぃ遣わせちまって悪い」

「えっ、あ、いや」

「っと、俺ん家の話はどーでもいいんだわ。ほら、行くぞ」

買い物かごにたくさんの商品を詰め込んだ実弥ちゃんが歩き出す。
小走りで大きな背中を追いかけた。
学校で見かける後ろ姿とは全然違うから、別人みたいに見えて。
少しだけ、戸惑った。

---

「マジ助かったわ。ありがとなァ」

なんとか買い物を終えて、買ったものを不死川家の車に詰め込む。
黒の、大きなファミリーカーだ。
たくさん商品を詰め込んだはずなのに、まだまだ余裕がある。
……というか、ファミリーカーなんて見るの初めてかも(わたしの家にある車は軽だし)

「っていうか、わたしの分まで買ってもらっちゃったけどいいの?」

買い物袋に入ってる、アイスやらお菓子やらお酒やら。
全部実弥ちゃんに払ってもらった、わたしの買いたかったもの。
実弥ちゃんは車の窓から身を乗り出し、肩を竦めた。

「まァ、迷惑料ってことで」

「……なんかごめん」

「謝ることなんかねぇだろ」

んじゃまた学校でなァ。
車のエンジンがかかる音。
一歩下がって車を見送ろうとした時、だった。
後部座席から、寿美ちゃんとことくんが顔を出して抗議の声をあげる。

「えー!おねえちゃん、ばいばいなの?」

「うちに来なよ!玄兄と弘もいるし!」

「おいこら、弘は今日具合悪くて寝てるんだぞ」

「おねえちゃんとばいばいやだ!」

ことくんがいやいやと首を振る。
ふたりともかわいい。
……じゃなくて。

「ことくん、寿美ちゃん。今度遊びに行くから、それまでふたりとも仲良しでいてね」

ことくんの頭を撫でてあげる。
ことくんは瞳に大粒の涙を溜めていたけれど、うんと大きく頷いた。

「お姉ちゃん、絶対に来てね!約束ね!恋バナしよ、恋バナ」

「こいばな、」

寿美ちゃんのなんてことない一言なのに狼狽してしまった理由なんて、きっとひとつしかなくて。

「ごめん。お姉ちゃん、今恋バナはない、かな……?」

実弥ちゃんの方に目線を向けると、ふいと逸らされる。
わたし達付き合ってないし、わたしのことをフォローする義理なんてないし、
それはそうなんだけど、そうじゃなくて!

「ふーん」

なにか言いたそうな寿美ちゃんの目。
見つめ返したらなにかバレそうな気がして。
その前に、不死川家に別れを告げた。
小走りで駐車場を抜ける。

(あーもう、実弥ちゃんのバカ)

恋なんかじゃない恋なんかじゃない、この気持ちは絶対に恋なんかじゃない!
大股で帰路に着くわたしの頬を、夏風がすり抜けた。
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好奇心は誰を殺す?(キ学:数学教師 つづきものぽい)

注意書き
・直接な描写はないけどえろ
・卑猥な単語が出てくる
・えつらんちゅうい












よきですか
よきですねっ














家に行くまでの道中で寄ったコンビニ。その隅っこにある2つの箱。
数字が違うから、何がどう違うのか気になった。

「実弥ちゃん実弥ちゃん」

「あ?んだよ、欲しいものでもあんのかァ」

「ちょっとこっち来て」

「?おう……」

「これ」

「って、ゴムじゃねぇか。まだ家にあるから買う必要ねぇよ」

「ちがうちがう、よく見て」

「よく見て、って」

「0.02と0.03があるの」

「……まァ、そう、だな」

「何が違うの?」

「何が違うって、0.01ミリ違うだろォ」

「そうじゃなーい!つけ心地とか、挿れた感覚とか、なんか色々あるじゃん!」

「んなの、いちいち確認して買わねぇよ」

「家にあるのは?」

「知らね。0.01とかじゃね」

「0.01って、これとこれより薄いってこと?」

「お前……数学教師目の前によくそんなポンコツなこと言えるな?」

「まあまあ。んで、やっぱり違う?0.01って」

「だから知るかァ!いちいち厚さ薄さを確認して買わねぇって言ってんだろ」

「じゃあ一番厚い0.03のやつ買って確認しよ」

「……は?」


好奇心は誰を殺す?
(わたしか、それともあなたか)(もしかしたら共倒れかも)


そんなわけで、なんだかんだで
お互い準備万端で、あとは確認するだけで。

両手にある
ふたつの、違う隔たり。

「……つーかこれ、俺、2回出さなきゃいけないわけ?」

「ちょっと挿れて、諸々確認したら外して、次のやつつければいいじゃん」

「……まァ、そうだけどォ」

「どっちから確認します?」

「別にどっちでも」

「じゃあ薄い方から」

「……」

「はい」

「……あんま変わんねぇと思うけどな」

「やってみなきゃ分かんないでしょ」

「つーかなんでそんな乗り気なんだよ」

「だって気になるじゃん!もしかしたらこの知識がどこかで生かせるかもしれないし」

「……」

「あー、なんだかドキドキしてきた。わたしも違いを感じられるのかなあ」

「ムードもへったくれもねぇな……」

「それ、今更」

「はぁ……ったく、挿れるぞ」

「はーい」

「……」

「……」

「……」

「……どう?」

「……いつもと同じだな」

「うん、わたしもいつもと同じ」

「……」

「……動いてみて?」

「……」

「……ん。うん、普通。はい次、厚い方」

「オイ!はい次って言われてはいそうですかってなるわけねぇだろ!」

「あっ!ねえ、バカ!ダメだって!」

「いってぇ!おい、変に動くな!折れる!」

「本格的にするのはこの次でいいでしょ!」

「はー……。分かった、取り替えればいいんだろォ」

「分かればよろしい」

「……」

「……つけたげようか?」

「結構です。お前にやらせると真っ二つに折られそうだし」

「ひどーい」

「どの口が言ってるんだか。ほら、挿れるから足開け」

「うん」

「……」

「……あ!ねえ、ちょっと違うかも!」

「マジ?……違いが分かんねェ」

「なんか挿れた時に引っ掛かりがあったと言うか、重たい?というか、摩擦を感じるというか、」

「なんだそれ、濡れてねぇんじゃねぇの」

「えっ、どう?」

「いや俺が聞いてんだけどォ……」

「分かんないよ、自分が濡れてるかどうかなんて」

「んじゃ動くか」

「そうだね、お願いしまーす」

「……」

「……ほら!なんか違う!」

「言われてみりゃあ、なんか違和感はある……か?」

「えっすごい、なんか感動。小数点以下の厚さでも違いが分かるんだ」

「そりゃ数字が違うから当たり前だろ」

「ね、どっちがいい?」

「どっちがって、どっちもそんなに変わんねぇよ、俺は」

「わたし0.01の方がいい」

「……まさかもう一回取り替えろ、とか言うんじゃねぇだろうなァ」

「言ったらどうする?」

「ぶち犯す」

「いやーん。優しくしてっ」

「へいへい、優しくすりゃいいんだろォ……」

「……あっ!」

「なんだよ!」

「薄い方がいいってことは、0ミリのナマってヤバそう」

「ナマ」

「うん」

「……言っとくけどよ、0ミリではしねぇぞ」

「それはそうでしょ」

「気になるからやってみて、とか言うのかと思ったァ」

「気になるけどね。実弥ちゃんはナマでしたいの?」

「そりゃまあ、ナマ中出しは男の夢っつーか、憧れっつーか」

「あこがれ、」

「どんな感じなんだろうな、とは思うなァ。めちゃくちゃやべーんだろうな、とか、最高に気持ちいいんだろうな、とか」

「ナマ中出し、したことあるの?」

「ねーよ。んな無責任なことしねェ」

「意外と真面目だよね。ヤンキーみたいな怖い顔なのに」

「おい、」

「うそうそごめん実弥ちゃんってば優しくてイケメンで素敵でかっこいい」

「調子乗ったことばっか言ってると、どうなるか分かってんだろうなァ」

それからふたりは、いつものように。
かさねて、つないで、まじりあって。

たった小数点以下の膜が
わたし達を、ちゃんとふたつの個体にしているのが不思議で
わたし達の距離がゼロにならない限り
きっとずっと、ひとつにはなれないんだろうな。
揺れる視界に身を任せながら
そんなことを、考えた。


(それがさみしい、ってわけじゃないけど)

(さすがにそれは、ケジメつけてからだな)
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体温のヒミツ(キ学:数学教師 つづきものぽい)

わたしとは違う、柔らかい熱
ふれるたび、どうしようもなく
戸惑ってしまうのだ。


「っは、……っ」

シーツの上で重なっている大きな手のひらにぐっと力が入る。
その手のひらの持ち主は長く息を吐いて、それから空気の抜けた風船のように
わたしにくたりともたれかかって来た。

「いっぱい出た?」

「……んなの聞くな」

めちゃくちゃに絡んだ指が解かれて、ベッドが軋む。
上体を起こしてもう一度息を吐く彼の姿を、ぼんやりと見つめていた。

「抜くぞォ」

「、っ」

繋がっていた部分がずるりと離れて、思わず声が出る。
不意に走った快感に身を捩らせていると、わたしの頬をするりと細長い指が滑って、宥めるように優しく包み込んだ。
汗ばんだ手のひらから微かに血液の流れを感じて、心地よくて頬擦りする。

「……実弥ちゃんの手のひら、あったかい」

「寒いか?」

「へーき。むしろ暑い」

季節は初夏を迎えると言うのに、今日はなんだか肌寒い。
それでも身体が発熱してるのは、ベッドの上でお互い激しく動いていたからで。
耳の奥で、まだ心臓が鳴り騒いでいた。

実弥ちゃん、と呼んだ目の前の男性は
同じ学校に勤務する同僚で、実は中学の同級生で、付き合ってないけどやることはやる、所謂身体だけの関係ってやつだ。
世間からはよく思われないし、大っぴらに言えないけれど
わたしはこの中途半端な関係が好きだったりする。

実弥ちゃんの手に自分の手を重ねる。
大きさが全然違うそれ、なんだかわたしの手は子どもみたいだ。
さっきまでこの手で、この指で、色々されていたのかと思うと、恥ずかしさもあるけれど。
骨の出っ張りや手の甲の輪郭をなぞっていると、上から優しい口付けがひとつ。
それから前髪をかきあげられて、額と額が触れ合った。実弥ちゃんの前髪が顔に落ちてきて、くすぐったい。
ほんと、最中と終わったあとでギャップが激しいな。さっきまであんだけ激しかったのに。

「足りないんですか?」

「うっせェ」

「まだいけるよ」

「明日もあるし、あんま無理させらんねぇだろ」

なんでそういうことサラリと言うかなぁ。
今まで付き合ってきた男の人達の誰よりも気を遣ってくれているのが分かるから、その度にこころがざわざわする。
言えない気持ちを飲み込んで、実弥ちゃんの背中に腕を回した。

「ありがと」

「……ん、」

違う体温が密着して、そのままシーツの波間に溶けていく。
なんで実弥ちゃんってこんなに温いんだろ。湯たんぽみたいな、冬の太陽みたいな、ぽっかりあいた陽だまりみたいな、安心するあたたかさ。抱きしめられることがこんなに落ち着くなんて、この人と関係を持たなかったら一生気付かなかったかも。

「ダメ。寝そう」

「おい、風邪引くぞォ」

言いながらばさりと肩まで毛布をかけてくれる。それから、隙間がないようにぴったり密着してくれたから。
わたしはもう、ここから逃げることが出来なくなるのだ。
囚われの身、なんてのも悪くない、かな。なんて、なんだかロマンチストみたい。
実弥ちゃんの乱れた前髪に手をかける。普段だったらしっかり整えられているのに、なんだか別の人みたいで。
うとうとしながら好き勝手に前髪をいじっていると、おもむろに手を握られた。
ぬるい体温にきゅっと力が入って、わたしの手のひらがくちゃくちゃに歪む。

「……実弥ちゃん」

意識を睡魔に預ける手前、こっちにおいでって口に出していた。
もうこれ以上縮まる距離なんかないのに、こんなにあなたと近いのに、まだ足りない気がする。
聞こえる心臓の音はどっちのだろう。
混ざりあって、絡み合って、まるでさっきのわたしたちのようだ。
規則正しいそれに耳を済ませているうちに、ことんと寝落ちていた。

---

「……ぅ、ん」

目が醒めた。
なんだか夢を見ていたようだけど、ハッキリと思い出せない。
隣で寝ている実弥ちゃんを起こさないように視線だけ窓に向ける。カーテンの向こうの色を見て、まだ夜が明けてないんだなと寝ぼけた頭で考えた。
夜寝る時は常夜灯をつけないので(実弥ちゃんの実家は小さい兄弟がいるからつけているらしいけど、本人は暗い方が好きなんだとか)(ほんと兄弟思いだな)実弥ちゃんの寝顔をじっくりと見たことがないかもしれない。だって、いつもわたしより早く起きてるんだもん。
今ならどうかな、もうちょい近付いたら見えるかな。ベッドの上で慎重に動く。するとわたしの頬に、実弥ちゃんの指先が触れた感触がした。

「!……」

仰向けに寝ているそれを、指先でそっとなぞってみる。
運命線と生命線と、あとなんだっけ。
考えながら手のひらに彫られている線を辿っていると隣からうんとかなんとか小さな声が聞こえて、そのままごろりと寝返りを打たれた。暗がりの中に映える白っぽい髪の毛からお揃いの匂いがする。
実弥ちゃんの背中に額をくっつけてみる。手のひら、くすぐったかったよね。声にならない声は、掠れて闇の空気に消えた。

二度寝しようと目を閉じて、眠りを待っていた時だった。実弥ちゃんがもぞもぞ動く気配と布擦れの音を耳が感じとる。
薄目を開けて確認すると、寝返りじゃなくてしっかり起きたみたいだった。枕元にあるスマホを手に取ってなんやかんややってるらしい。
おはよう。とか、起こした?なんて言えなかったのは
単純に眠かったって言うのもあるし、声をかけたらびっくりさせちゃうかなと思ったから。
スマホをいじり終わって、欠伸をする。それから頭をかいて、ふうと息をつくところまで見て、起きてることがバレないように寝たフリをした。
とは言ってもこの暗がりだし、わたしが起きてることなんて分からないと思うけど。

実弥ちゃんはわたしを起こさないように(起きてるけど)そっとベッドから抜け出す。毛布が乱れたので、かけ直してくれた。
そのタイミングでうーんと唸ってみる。実弥ちゃんの息が詰まったのが分かった。起こしてしまったと勘違いしたのだろう。
わざと閉じられた瞼の向こうでどんな顔をしているのか、気になる。けど寝たフリを続けた。

「……」

しばらくして、大きく、でも静かに息を吐いているのが聞こえた。ほんと、優しいな。
ごそごそ何かしているのは、きっと脱ぎ散らかした服を着ているのだろう。
ややあって、部屋の扉が閉まる音が聞こえた。誰もいなくなった部屋で、存分に欠伸をする。眠気が完全に醒めたわけではないけれど、かと言って今すぐ眠れそうにもない。
体勢を変える。さっき偶然頬に触れた実弥ちゃんの温もりを探してみるけれど、もうとっくになくなっていた。
少しだけ冷たかったな、実弥ちゃんの手。手というか、指先か。冷たかったのに、嫌じゃなかった。
昔友達と冷えた手のひらを頬に当てあって、きゃあきゃあはしゃいで冷たいやめてなんてふざけあっていたっけ。シチュエーションは全然違うけど。
在りし日を思い出しているうちに、いつの間にか寝てしまっていた。

---

「……おい、起きろォ」

実弥ちゃんの声が脳に響く。
その声に導かれるように目を開けると、わたしを覗き込んでいる実弥ちゃんと目が合った。
恋人同士だったらおはようのキスくらいするんだろうけど、わたし達は目が合って、それで終わり。
目を擦りながら身体を起こす。そう言えば何も着てなかった。ただまあ、慌てて隠すようなこともない。(今更だし)

「確か今日、午後練だろ?そろそろ起きねぇと間に合わねぇぞ」

「んぇ、もうそんな時間?」

手元にあるスマホを点けて、時間を確認する。本来だったらまだ寝ててもいい時間だけど、ここは自分の家じゃないから仕方ない。
着替えがあればここから学校に行けるし楽なんだけど、そんな厚かましいこと言えるわけない。
まあ、寝るのに化粧を落とさなきゃいけないから、顔周りのものは置かせて貰ってるけど。

高体連に向けて気合いが入ってる部活ナンバーワンの女バス監督者であるわたしに、休みはほぼないに等しい。
学生時代青春を捧げてきたバスケットボール、まさか社会人になっても関わるなんて思わなかった。
教員試験の面接日に中学から大学までバスケットボールをやってましたとアピールしたから当然と言えば当然のことなんだけど。
今関わっている女バスはわたしの現役時代と同じくらいの熱量だった。だから、時折その熱が邪魔に感じることがある気持ちも分かるし、熱に全てを捧げたい気持ちも分かる。
学生は勢いで突き進みがちなので、その勢いを調整するのはわたしの役目だ。

「朝メシ食うか?」

「食べる」

「んじゃ服着ろ」

「はーい」

渡された衣類をもそもそ着る。居間から味噌汁のいい匂いがした。

「実弥ちゃんの今日の予定は?」

「実家に帰る」

「それ、夫婦関係に疲れた奥さんのセリフじゃん」

「事実なんだから仕方ねぇだろォ」

居間に向かうと、朝ご飯が並べられていた。わたしが食べないって言ったらどうするんだろうと思ったけど、午後から部活の監督があるし食べないことはない、そう判断したのだろう。
部活がなくても実弥ちゃんの家に泊まった次の日の朝ごはんを欠かしたことがないので、それもあるのかな。ほんと、わたしの母親よりわたしのことを分かってるかもしれない。

座って、箸を手に取り、食べ始める。おかずがいくつか用意されているのは、彼が自分の健康に気を遣っているからで。
彼とお付き合いした人は、男の一人暮らしなのにご飯がしっかり出てくることに驚いんだろうなあ。なんだったら冷蔵庫の中もきっちりしてるし。ビール多めだけど。

「ごちそうさま、ありがと。食器洗うね」

食べ終わった食器を重ねて持ち上げると、実弥ちゃんに制止された。

「俺がやるからシンクに置いとけェ」

「え、いいの?」

「早く出ねぇと、午後練に間に合わねぇぞ」

「わーい」

お言葉に甘えることにする。シンクに食器を置いた後、そのまま荷物を持って玄関に向かう。
見送りに立ってくれる実弥ちゃんに、また月曜日学校でねと言うと、実弥ちゃんは黙って手のひらをヒラヒラさせた。

---

午後練を終え、月曜日の授業の準備をしに職員室に戻る。
土日、しかも夕方だから教員の数はまばらで、だから職員室にいる、白い髪の毛の──不死川先生がいることに少しだけ驚いた。
あれ?今日、実家に帰るんじゃなかったっけ。
お疲れ様ですと不死川先生の横を通ると、呼び止められた。渡されたのは一枚のテスト用紙で、わたしが先週の授業で行ったものだった。
名前欄を見ると、彼の弟の名前が書かれている。不死川玄弥。実弥ちゃんに似てるけど、お兄ちゃんより服をきっちり着ていて、顔つきに反して腰が低い素直な生徒だ。

「どうしたんですか?これ」

「目も当てられねぇ点数だったから解き直しさせたァ」

「解き直し」

実弥ちゃんって、不死川君(弟の不死川玄弥君のこと)のことになると急に厳しくなるんだよなあ。名前の横に書かれている点数は赤点を上回っているのに、まさかこんなことになるなんて思ってもいなかっただろう。
答案が見つかってしまうとこうなるのか、月曜の授業で不死川君にフォローを入れてあげようと苦笑いしながらお礼を言う。

「あ、それと」

それから差し出されたのは、小分けされたチョコレート。
部活お疲れ様です、と労いの言葉をかけてくれた。

「わ、ありがとうございます」

受け取った時、手と手が触れた。びっくりするほど冷たくて、反射的に昨日のことを思い出す。実弥ちゃんの手、あれだけ熱かったのに、今は微塵も感じない。もしかして、あの熱っぽい体温を知ってるのはわたしだけ?
そう考えて、一気に恥ずかしくなった。
ぶわっと汗が吹き出して、目を逸らす。動揺がバレる前に、急いで立ち去った。

(なんで学校で思い出しちゃったかな!?)

頬を軽く叩きながら、顔に集まった熱を散らす。
ずっと握り締めていたチョコレートは、開けてみたらすっかり溶けていた。
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いつかどこかでまた会おう(キ学:数学教師 つづきものぽい)

「不死川君、って」

「あ?なんだよ」

「不死川君の苗字、怖いよね」

「好きで名乗ってる訳じゃねェ」

「下の名前って実弥だっけ?」

「そうだけどォ」

「じゃあわたし、今度から不死川君のこと実弥ちゃんって呼ぼ!」

「はァ?いいだろ不死川で」

「だって不死川君だと怖いじゃん」

「怖いってなんだよ意味分かんねェ」

「怖いからちゃん付けして怖くないようにするの!」

「ちゃん付けなんて女みてぇだろォ。それから俺は怖くねェ」

「その目つきも喋り方も怖いじゃん!」

「怖くねぇって」

「ねえ実弥ちゃん」

「名前で呼ぶなちゃん付けすんな」

「実弥ちゃんって数学得意だよね?」

「まァ、それなりには」

「今度わたしの友達に数学教えてあげてよ」

「なんでだよめんどくせェ」

「いいじゃんわたしもその場にいるし」

「お前がいるとかいねぇとか関係ねぇだろ。つーかなんてお前の友達に数学教えてやらねぇといけねぇんだ」

「だってその子、数学苦手だって言うし」

「んなの、数学の先生に教えてもらえばいいだろォ」

「実弥ちゃんがいいんだって」

「知るか」

「んもー、このわからずや!」

「分からずやで結構」

「実弥ちゃんの意地悪!」

「ちゃん付けで呼ぶなって言ってんだろ」

「数学教えてくれるまでちゃん付けで呼ぶもん」

「勝手にしろォ」

「そんなんだからモテないんだよ」

「ほっとけ」

「もー……あっ!先生!実弥ちゃんがいじめるの」

「ばっ!」

「おー、不死川、どうした。女の子に優しくしないとダメだぞ」

「先生あのね実弥ちゃんがね」

「おいてめぇ、実弥ちゃんって呼ぶなァ!」

「なんだ?不死川、何かの罰ゲームか?」

「そんな訳ないでしょう。逆に俺がいじめられてるんです」

「実弥ちゃんがね数学めっちゃ得意なくせに、数学教えてくれないの」

「不死川、それくらい教えてやればいいだろ。」

「……なんで俺がァ」

「お前、クラスメイトに数学、たまに教えてるだろ。見てるぞ、先生。面倒見がいいなって思ってたんだ」

「……」

「実弥ちゃんって兄弟何人いるっけ?すごく多かったよね」

「今関係ねぇだろ」

「兄弟の世話することあるから面倒見がいいのかなって」

「小せぇ兄弟の面倒見るのは普通だろォ」

「いやいや不死川、なかなか出来ないことじゃないぞ。クラスメイトに自分の知識を教えることだって、なかなか出来ないしな」

「別に、数学が好きなだけです。答えが一つしかないし」

「お前に助けられてるクラスメイトは多いと思うぞ?人助けだと思って、これからもよろしく頼むな。課外活動の一環として内申にオマケしておくから」

「本当ですか」

「えっ。ってことは、実弥ちゃん」

「……一回だけだからなァ」

「やったーっ!」

「さすが不死川。んじゃよろしく頼むな」

「ありがと実弥ちゃん!」

「だからちゃん付けで呼ぶな」

「えーっ。まだ数学教えてもらってないからこのままだよ」

「ふざけんな」

「ふざけてません」

「……んで?いつにすんだよ」

「友達に聞いてくる!」

「……チッ」

***

あのね、本当はね。
ずうっとずうっと、下の名前で呼んでみたかったんだ。
だって、あなたのこと、すきだったから。
不死川君、じゃなくて、実弥ちゃん。
距離が近付いた気がして、勝手にドキドキして、ニヤついちゃった。

だから
別のクラスの友達が「不死川君のこと好きなんだよね」なんてわたしに相談してきた時
心臓がキュってなって、目の前が真っ暗になった。
わたしの方がすきだし、って思ったけど
実弥ちゃんはわたしのことなんて、きっと何とも思ってなくて。
だから、その友達の力になってあげようと思った。
この気持ちは、隠したままでいい。
名前で呼べるだけで、幸せなんだ。
そう自分に言い聞かせて、でも、モヤモヤして、ちょっと泣いた。

そのあと、二人がどうなったか知らない。
知りたくなかったし、聞きたくなかった。
でも、一緒に帰ってるところを何度か見て
その度に、胸が痛んだ。

***

「実弥ちゃん、これ」

「あ?」

「寄せ書き!クラスのみんなからもらってるの。実弥ちゃんも書いてっ」

「めんどくせーな」

「いいじゃん、高校別なんだし」

「その理屈はよく分かんねぇけどォ」

「もう会えないかもじゃん」

「んなの分かんねぇだろ」

「ダメ?」

「……チッ。クラスの奴全員に書いてもらってんだろ。だったら俺の寄せ書きだけねぇの、不自然じゃねぇか」

「やった!ありがと!はいこれ」

「おい、書くスペースねぇだろ」

「じゃあ隣のページに書いてよ」

「ったく。お前も書け」

「えっ、わたしも?」

「こんなめんどくせぇこと俺だけにやらせようってのかァ?」

「そーいうの書いてもらうってタイプでもないんじゃないの?……ほら、真っ白」

「いいから書けェ。もう会えないかもしれねぇんだろ」

「……そうだね」

「……」

「……」

「……ほらよ」

「……ありがと」

「……」

「……」

「……元気でな」

「……実弥ちゃんこそ」


***

実弥ちゃん。
いつからすきだったか、覚えてないけど。
わたし、あなたのこと、すきだったんだよ。
ねえ、初恋の人。
言えずに卒業しちゃうけど、いいんだ。
でも、きっと
言えなかったなって、なんで言わなかったんだろうって思い出して
きっと泣いたり、後悔したりするんだろうな。

ねえ、実弥ちゃん。
寄せ書き書いてくれて、うれしかった。
まさか書いてもらえると思ってなくて
何書こうかな、って
すごく悩んだ。
ずっと好きでした、って、思い切って書こうかと思ったんだよ。
でもね。
手が震えて、涙で滲んで、書けなかった。
「数学教えてくれてありがと」
そう伝えるのに精一杯で、アルバムとペンを受け取ったわたしは
精一杯の笑顔で、実弥ちゃんにさよならって言った。

さよならって言って
この気持ちを忘れたかったのに。
はい終わりって、ケジメつけたかったのに。
結局忘れられなかったな。
高校でも、大学ても。
ずっと会いたかったな。あなたに。
忘れようとして色んな人と付き合って
どこかであなたの影を追いかけていて
連絡先なんて知らないし
実家の場所しか知らないし
繋がりなんて何一つないし

あーあ。
気付かなきゃよかったな。
でも、知ってよかったかも。

初恋の人。
お元気ですか。
今どこにいるのかな。
わたしは
大学で学んだ知識を活かして
この度教員になりました。
中学国語と高校国語の免許、まさか両方取れるとは思わなかったな。
赴任先の学校には
どんな恋の形があるのかな。
もしも、この学校にあの時のわたしがいるのなら
こう伝えてあげたい。

「想いはちゃんと伝えなさい」

って。
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なにもない、しない、それでいい。(キ学:数学教師 つづきものぽい)

そんな日もあれば、こんな日もある。
それはまるで波のよう。

「ごめん、その日はちょっと無理」

申し訳なさそうな顔で手を合わせた、ソファに座ってる女。
同じ学校に勤務する同僚で、昔同級生だったこともある。

「あっそォ、んじゃいいわ」

ダメと言われて、なんでだよ。なんて聞くこともない。
じゃあ別の日は、いつならいいんだ、と食い下がる必要もない。
所謂「都合のいい関係」である俺達は
お互いの都合が合えば一緒にいるし
都合が合わないならそこでおしまい。

ちょっと離れたところに甘味処が出来たらしく、一人で行くのもなんとなく憚られたからこいつを誘ってみたってだけで、それ以上の理由はない。
兄弟姉妹を誘うとなると全員連れていかなければいけないし、そうなると父親のミニバンを否が応でも出すことになる。ってことは買い物であちこち連れ回され、大量の荷物を実家に運ぶことになるだろう。そして家のとっ散らかりっぷりに頭を抱え、母親の家事を一通り手伝い、休む暇もなく小さい兄弟の面倒を見たりオトシゴロの姉妹の恋バナに付き合ったり出来の悪い弟の数学を見たりなんだりする。まで未来が見えた。

それが嫌だ、という訳ではない。
俺はいつまでもアイツらの兄ちゃんだし、何歳になっても親父とおふくろの息子だ。
だから、兄ちゃん遊んでと言われたら言い出しっぺが遊び疲れて寝るまで遊んでやりてぇし
実兄あれ買ってと言われたら出来るだけ叶えてやりてぇし
実弥ちょっと洗濯手伝ってもらえん?と言われたら洗濯以外も手伝う気でいる。
そうしてきたし、それが当たり前だった。

だから、かもしれない。
ある日、おふくろにこんなことを言われた。

「実弥。いつまでも私達のこと、気にかけんでいいのよ。自立したんやし、もっと自分のために時間を使いなさい」

その一言に後押しされ、社会人になったと同時に実家を出て一人暮らしを始めた。
とは言え、いきなりひとりぼっちになった時間を存分に楽しめる訳もなく。
そういう意味でもこいつはなにかと都合が良かった。

「ちなみになんのお誘いだったの?」

女の問いに、俺の趣味に付き合ってもらいたかっただけだと返す。
ふーん、そうなんだ。
興味があるんだかないんだか分かんねぇ気の抜けた声。
どうやら俺の趣味より、テレビの方が気になるらしい。
今日、映画見放題のサブスクに加入したと言う話を生徒としていたのだけど、その話を一体どこで耳に入れたのか。
休み時間に「映画見放題のサブスク始めたんでしょ?どんなかんじか見てみたい!」なんてメッセージが俺のケータイにちゃっかり入っていた。

「つーかどんなかんじよ?それ。俺まだなんも見てねぇから分かんねぇんだけど」

晩ごはんの食器をとりあえずシンクに置き、女の隣に座る。
サブスクに加入した際に送られてきたリモコンをカチカチと弄りながら、結構なんでもあるよと教えてくれた。

「うーわ!これ見て懐かしい!中学の時流行ったよね」

画面に映し出されたのは、夕日に照らされる男女の姿。
この画と映画のタイトルにどこか見覚えがあるのは、昔々に観たことがあるからだろうか。

「あー。なんだっけこれ。観たことあるかもしんねェ」

「マジ?一緒に観る?」

「どーせ観たところで恋愛モノに興味ねぇからいいや」

ソファから立ち上がり、台所に向かう。
背後から「なにか手伝おっかー?」と聞かれたので、すぐ終わるからその懐かしい映画でも観とけェ、と、振り向かずに伝える。
台所が居間の方を向いている作りということもあり、映画が始まったのが食器を洗いながらでも見えた。
ついでに明日の米とぎをして、残った春雨サラダを冷蔵庫に入れ、ビールを取り出す。
居間に戻ると、女はクッションを抱きながらすっかり画面に夢中になっていた。
邪魔にならないようにささっとソファに座る。
ソファの背もたれに寄りかかってなんとなく映画に目をやると、回想シーンだろうか、女の声で独白が流れていて、小さな子ども二人が自転車に乗りながら夕焼けに向かって一生懸命漕いでいた。
見始めたばかりなのに興味が全くわかないので、持ってきたビール片手、ケータイを片手に好き勝手ダラけることにする。
変に相手に気を遣わなくていいのも、都合が良かった。

ビールを飲みきり、おかわりしようと立ち上がる。

「なんか飲むかァ?」

俺の問いに、女は画面から目を離さず黙って首を振った。
どうやら今いいところらしい。
再び台所まで歩き、冷蔵庫から二本目を取り出そうとしたところで思い出した。そうだ、洗濯してねェ。
踵を返し、洗面所に向かう。
洗濯籠の中には洗うべきものが山積みになってる。思い出してよかった。
ぽいぽいと衣類を洗濯機の中に入れ、洗剤と柔軟剤を投入。扉を閉めてスタートボタンを押す。
独特の機械音と水の流れる音が響き出してハッとした。もしかしてうるせぇか、コレ?
とは言え、一々気にしてたら何も出来ない。まあいいかと思いつつ、せめて音が小さくなるように洗面所の扉を閉めた。

終わるのに大体30分。ビール二本くらいだろうか。一本しか持ってきていないからタイミングのいい時に持ってくることにする。テレビは占拠されてるから、動画サイトで流行りを追いかけることにしよう。
当たり前なのだが、気を抜いてるとあっという間に生徒と話が噛み合わなくなる。「しなセンそんなことも分からないのー!?」と、何度も何度も生徒からの煽りを受けた。
分かるわけねぇだろ、んなもん。口ではそう言うけれど、やっぱり悔しくて。
そうして見始めた動画サイト。意外と面白くて驚いた。今ってなんでも動画サイトにあるんだなァ。なんて生徒に話したら、そんなの当たり前じゃんと返された。俺が学生だった時を思い出す。そーいやあの頃、エロ本を隠すのに精一杯だったな?

動画を見ながら、ビールを流し込む。
人気の音ハメ動画と、有名曲を歌ってみたってやつと、ついでに筋トレの動画を見る。観たかった動画を一通り観て、身体を伸ばす。満足する頃には映画も中盤に差し掛かっているらしく、女は俺に見向きもしない。
なんだかんだで三本飲んでしまった。立ち上がり、足元がふわふわしている感覚に飲みすぎたかもしれないとぼんやり思った。

空き缶を台所のゴミ箱に捨て、洗濯機の残り時間を確認する。終わるまであと数分の表示。居間に戻るのも面倒くさいので、歯を磨くことにする。
洗面台に二本の歯ブラシ。家族のものではなく、あいつのものだ。それからクレンジングオイル、洗顔フォーム、化粧水、乳液、美容液。これもあいつのもの。家に泊めるようになって、あちこちに女物が増えた。家族を家に呼ぶことがあったらなんて説明しようか。特に妹達はすぐ気付くだろう。そうなった時の言い訳、考えておかねぇとなァ。なんてことを考えていたら、いつの間にか洗濯が終わっていた。
濡れている洗濯物をさくっと干して、歯を磨く。風呂は入ったので後は寝るだけだ。映画に付き合う必要もない。

洗面所から寝室まで一直線。
立ち止まることなく、先寝るぞと伝える。
女からの返事はなかった。

もう一人横たわれる用のスペースを空け、ベッドに入る。暗がりの中でケータイを弄っていると突然睡魔が襲ってきた。
部活の監督で朝早く夜遅い、と言うのもあるが、今週は各学年で小テストが重なり、答案作成と丸つけで忙しかったこともある。生徒の情報漏洩がないように、個人情報を持ち帰る、持ち出すのは禁止となっている。通知表、生徒指導の他、テスト用紙もだ。
必然的に学校にいる時間が長くなる。こうして家でゆっくり出来るのは、久々な気がした。
寝落ちする前にアラームをかける。俺のためじゃなく、あいつのためだったりする。あいつが担当する部活が明日午前練だったはず。午前練の辛さは俺も知っているから、だからこそ朝メシくらい作ってやりたかった。
適当な時間にアラームを設定し、目を閉じた。

---

ベッドが揺れ動いて、柔らかな気配を感じた。
目を開けると、布団に潜り込む最中の女と目が合う。
寝惚けながらも声が出た。脳を通してないから、言葉になってなかったかもしれない。
女の声が耳元でゆらゆら響く。上手に聞き取れなかったのは、意識を手放しかけていたからで。
完全に落ちる前に、壁側に寄ってもう一度スペースを作る。その隙間にすっぽり収まった女からぬるい体温を感じる。じわりじわり、胸の辺りとふくらはぎ付近に熱が集まってきて、それが心地よくて、蕩けそうだ。
おやすみ。そう呟いたら
こだまのように、小さくおやすみと返ってきた。

---

遠くで、アラームの音が聞こえる。
醒めない瞼を無理矢理こじ開け、急いでアラームを止めた。
隣で寝ていた女がもぞりと動き、うーんと唸る。

「ふえぇ、もうそんな時間?」

「悪ィ、起こしちまった。まだ大丈夫だから、もう少し寝てろォ」

俺の一言に、そうすると間延びした声を出しながらごろりと寝返りを打つ。
邪魔にならないように上手くベッドから降り、欠伸をしながら居間を通り過ぎ、台所に立つ。炊飯器はしっかり動いている。予定通りだ。
冷蔵庫を開けて、何を作ろうか考える。と言っても選択肢はほぼないに等しい。手前にあった卵とベーコンを取り出して、朝メシの準備を始めた。溶いて、焼いて、盛り付ける。
これだけだと食事バランスが悪いので、棚からインスタントの味噌汁を取り出した。それから、冷蔵庫にある春雨サラダ。これだけあれば充分だろう。
ダイニングテーブルに自分の分だけ用意して、先に朝メシをいただく。椅子に座る前に、ソファの正面に置いてあるローテーブルからテレビのリモコンを手に取り、テレビをつけた。
映ったのは、映画のエンドロールの一時停止画面。
エンドロールには興味がなかったのか、はたまた体力の限界だったのかは分からない。
何気なく再生ボタンを押すと、聞き覚えのある歌が流れ始めた。

キミの願い ぼくの想い
かけ違って すれ違って
平面宇宙の端っこまで
はなればなれになったって
もう迷わない ずっと忘れない
まるい地球の終着駅で
きっとまた会える

「……あ?」

なんだよ平面宇宙の端っこって。まるい地球の終着駅ってどこにあるんだよ。変な歌詞だな。そう思って、ハッとした。昔、この曲の同じ部分で「変なの」と思った記憶が蘇る。誰が歌ってんだよこれ。気になって調べると、中学の時に大流行したバンドが出したものだった。そういやあいつも「中学の時に流行った映画」って言ってたか。流行ったってことは耳にする機会も多いわけで、だったら聞き覚えもあるわけで。

「懐かしいなァ」

無意識のうちに、そう呟いていた。

---

こころなしか身体が軽いのは、早く寝たからか、それとも昨日してないからか。するかしないかはその場の雰囲気もあるけれど、お互いの気分や残り体力なんかでも決まる気がする。
昨日は完全にそういう雰囲気ではなかったし、俺の体力もほぼゼロだったし、あいつもそんな気分ではなかったのだろう。
出会って即ハメなんてAVタイトルのような日もあれば、こうして健全に過ごす日もある。貪り尽くすように求め合うこともあれば、まるで他人のように一定の距離を保ったまま時が過ぎることもある。俺が先に手を出すこともあるし、あいつから誘ってくることもある。そこに合意があればするし、なければしない。高校時代や大学時代はもっとがっついていた気がする。年齢のせい、と言ったらそれまでだが、大人になった実感もない。好きな子に嫌われたくなくて我慢したり、背伸びしすぎていたあの頃。今はある程度気を遣うことはあるものの、自分の気持ちや相手の態度に振り回されることがほとんどないので、学生時代よりは気が楽だった。もし付き合っていたら、俺達はどんな付き合い方をしていたのだろう。入口まで考えて、やめた。今のこの関係がちょうどいい。

インスタントのコーヒーを淹れている最中に、女がバタバタと起きてくる。

「ヤバいめっちゃ寝てた!」

「まだ間に合うだろ。んな慌てんなァ」

メシは?と聞いたら食べると即答される。
諸々準備をしていると、テレビから映画のエンドロールが流れていることに女が気付いた。

「あれ?実弥ちゃん、映画観てたの?」

「いや。一時停止のとこから観てる」

「観てないじゃん、それ」

「この曲中学ん時に流行ってたよな?」

「流行ってたねー。アホほどカラオケで歌ってた」

「耳に残る曲だけどよォ、変な歌詞ばっかじゃね?平面宇宙の端っことか、まるい地球の終着駅とか」

俺の一言に、女が勢いよく吹き出した。それ、中学の時にも言ってたよ。なんて笑いながら言う。マジかよ、俺の思考ってもしかして中学から変わんねぇってこと?

「よく覚えてんな」

「そりゃ覚えてるでしょ」

「覚えてるわけねぇだろ、んな大昔のこと」

「えーっ、まだ十年前くらいなのに」

「それが大昔だって言ってんだろォ」

「じゃあわたしが教えてる古文なんかもーっと大昔じゃん」

目が合って、二人で笑う。
朝メシを食べながら、他愛のない話をした。
そんな日もあれば、こんな日もある。
波のような、俺達の関係。
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