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その一言があたしの世界を救う(キ学:数学教師 褒められたかっただけ)

あたしは
お姉ちゃんよりも
弟よりも
馬鹿で馬鹿で馬鹿で
親の期待をいつも裏切ってきた
所謂、親不孝者だ。

小学校も、中学校も
第一志望には合格できず
必死に勉強して受けた高校すら
受験当日に
「お前にはここの高校は無理だ」と、高校の正門に言われ
「どうして姉さんも弟も賢いのにお前はそんなに馬鹿なんだ」と、解答用紙に笑われ
「生きてる価値ないよ」と、誰かに耳元で笑われた気がして。
あんなに勉強したのに、自己採点は散々なものだった。

聞こえるため息。
耳に入った嘲笑。
泣いて泣いて泣いて
それでも、朝はやってきて。

誰にも会いたくなくて、滑り止めの高校は遠いところにした。
片道2時間。
その分家にいなくて済むし、あたしのことを誰も知らない学校は案外居心地がよかった。

そう、あたしのことは
誰も知らなくていい。
そのままあたしの存在が消えて、なくなってしまえばいい。


空気のように生きてきた数ヶ月後
それは、予告通りにやってきた。

「んじゃテストを返すぞォ」

げーっ!という明らかなブーイングに
うるせぇ地の果てまでぶっ飛ばすぞ、と
教師らしからぬ返しをしたのは数学の先生。
あたしはこの先生が苦手だ。
苦手だけど、とても分かりやすい授業は好きだ。
赤点取った奴は今日から補習なァ
そう言った先生の表情はどこか意地悪そうに見える。

赤点はとってないはず。
手応えはあった。
流石に満点とは言わないけれど、9割は越えているはず。

「聞いて驚け、この中に満点取った奴がいる」

その一言に、教室がざわめいた。
うっそー!とか、ありえねー!とか
野次にも似た言葉が飛び交う。
そんなクラスメイト達を見渡し
ふん、と鼻を鳴らして数学の先生が笑った。

「嘘じゃねぇし有り得るんだなこれが。逆に赤点は数多くいるから覚悟しやがれェ」

じゃあ出席番号1番の奴から来い、その先生の言葉に
ガタガタと番号順に立ち上がり、解答用紙を受け取る。
自席に帰ってくるみんなの表情は様々だ。

そしてあたしの番。
数学の先生の前に立ち、解答用紙を受け取る。
一番に目に飛び込んできたのは大きく右端に書かれていた「100」の文字。

……嘘だと思った。

顔を上げると、いつも眉間にシワが寄っている先生が
「頑張ったなァ」と、柔らかく笑ってくれた。

頑張ったな。
それは今まで生きてきて、初めて言われた言葉。
親にも、兄弟にも
誰にも、言われたことがなくて。

あたしは、その場で泣いてしまった。

あーっ!しなセン女の子泣かしたーっ!
うわー、パワハラだー!通報通報!
遠くで聞こえるクラスメイトの喧騒が眩しい。
けれど、数学の先生は泣いてるあたしに狼狽えることなく声をかけてくれる。

「俺知ってるぜ、毎日遅くまで図書室で勉強してたよなァ。難しいテストだったのによく満点取ったぜ、大したモンだァ」

テメェらもコイツの勤勉さと努力を見習え!
と、一発吠えた。

嬉しくて嬉しくて
思わず手に力が入って
解答用紙がくちゃくちゃになっても
涙の向こうで、先生は優しく笑っていた。



その一言があたしの世界を救う



「セクハラになるからなァ」と、そっと差し出された紺のハンカチが
涙で滲んで、優しさで胸がいっぱいになって
口からこぼれた感謝の言葉は
びっくりするほど震えて小さかった。


【たださねたゃに頑張ったなって言われたかっただけ……】
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