好奇心は誰を殺す?(キ学:数学教師 つづきものぽい)

注意書き
・直接な描写はないけどえろ
・卑猥な単語が出てくる
・えつらんちゅうい












よきですか
よきですねっ














家に行くまでの道中で寄ったコンビニ。その隅っこにある2つの箱。
数字が違うから、何がどう違うのか気になった。

「実弥ちゃん実弥ちゃん」

「あ?んだよ、欲しいものでもあんのかァ」

「ちょっとこっち来て」

「?おう……」

「これ」

「って、ゴムじゃねぇか。まだ家にあるから買う必要ねぇよ」

「ちがうちがう、よく見て」

「よく見て、って」

「0.02と0.03があるの」

「……まァ、そう、だな」

「何が違うの?」

「何が違うって、0.01ミリ違うだろォ」

「そうじゃなーい!つけ心地とか、挿れた感覚とか、なんか色々あるじゃん!」

「んなの、いちいち確認して買わねぇよ」

「家にあるのは?」

「知らね。0.01とかじゃね」

「0.01って、これとこれより薄いってこと?」

「お前……数学教師目の前によくそんなポンコツなこと言えるな?」

「まあまあ。んで、やっぱり違う?0.01って」

「だから知るかァ!いちいち厚さ薄さを確認して買わねぇって言ってんだろ」

「じゃあ一番厚い0.03のやつ買って確認しよ」

「……は?」


好奇心は誰を殺す?
(わたしか、それともあなたか)(もしかしたら共倒れかも)


そんなわけで、なんだかんだで
お互い準備万端で、あとは確認するだけで。

両手にある
ふたつの、違う隔たり。

「……つーかこれ、俺、2回出さなきゃいけないわけ?」

「ちょっと挿れて、諸々確認したら外して、次のやつつければいいじゃん」

「……まァ、そうだけどォ」

「どっちから確認します?」

「別にどっちでも」

「じゃあ薄い方から」

「……」

「はい」

「……あんま変わんねぇと思うけどな」

「やってみなきゃ分かんないでしょ」

「つーかなんでそんな乗り気なんだよ」

「だって気になるじゃん!もしかしたらこの知識がどこかで生かせるかもしれないし」

「……」

「あー、なんだかドキドキしてきた。わたしも違いを感じられるのかなあ」

「ムードもへったくれもねぇな……」

「それ、今更」

「はぁ……ったく、挿れるぞ」

「はーい」

「……」

「……」

「……」

「……どう?」

「……いつもと同じだな」

「うん、わたしもいつもと同じ」

「……」

「……動いてみて?」

「……」

「……ん。うん、普通。はい次、厚い方」

「オイ!はい次って言われてはいそうですかってなるわけねぇだろ!」

「あっ!ねえ、バカ!ダメだって!」

「いってぇ!おい、変に動くな!折れる!」

「本格的にするのはこの次でいいでしょ!」

「はー……。分かった、取り替えればいいんだろォ」

「分かればよろしい」

「……」

「……つけたげようか?」

「結構です。お前にやらせると真っ二つに折られそうだし」

「ひどーい」

「どの口が言ってるんだか。ほら、挿れるから足開け」

「うん」

「……」

「……あ!ねえ、ちょっと違うかも!」

「マジ?……違いが分かんねェ」

「なんか挿れた時に引っ掛かりがあったと言うか、重たい?というか、摩擦を感じるというか、」

「なんだそれ、乾いてんじゃねぇの」

「えっ、どう?」

「いや俺が聞いてんだけどォ……」

「分かんないよ、自分が濡れてるかどうかなんて」

「んじゃ動くか」

「そうだね、お願いしまーす」

「……」

「……ほら!なんか違う!」

「言われてみりゃあ、なんか違和感はある……か?」

「えっすごい、なんか感動。小数点以下の厚さでも違いが分かるんだ」

「そりゃ数字が違うから当たり前だろ」

「ね、どっちがいい?」

「どっちがって、どっちもそんなに変わんねぇよ、俺は」

「わたし0.01の方がいい」

「……まさかもう一回取り替えろ、とか言うんじゃねぇだろうなァ」

「言ったらどうする?」

「ぶち犯す」

「いやーん。優しくしてっ」

「へいへい、優しくすりゃいいんだろォ……」

「……あっ!」

「なんだよ!」

「薄い方がいいってことは、0ミリのナマってヤバそう」

「ナマ」

「うん」

「……言っとくけどよ、0ミリではしねぇぞ」

「それはそうでしょ」

「気になるからやってみて、とか言うのかと思ったァ」

「気になるけどね。実弥ちゃんはナマでしたいの?」

「そりゃまあ、ナマ中出しは男の夢っつーか、憧れっつーか」

「あこがれ、」

「どんな感じなんだろうな、とは思うなァ。めちゃくちゃやべーんだろうな、とか、最高に気持ちいいんだろうな、とか」

「ナマ中出し、したことあるの?」

「ねーよ。んな無責任なことしねェ」

「意外と真面目だよね。ヤンキーみたいな怖い顔なのに」

「おい、」

「うそうそごめん実弥ちゃんってば優しくてイケメンで素敵でかっこいい」

「調子乗ったことばっか言ってると、どうなるか分かってんだろうなァ」

それからふたりは、いつものように。
かさねて、つないで、まじりあって。

たった小数点以下の膜が
わたし達を、ちゃんとふたつの個体にしているのが不思議で
わたし達の距離がゼロにならない限り
きっとずっと、ひとつにはなれないんだろうな。
揺れる視界に身を任せながら
そんなことを、考えた。


(それがさみしい、ってわけじゃないけど)

(さすがにそれは、ケジメつけてからだな)
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体温のヒミツ(キ学:数学教師 つづきものぽい)

わたしとは違う、柔らかい熱
ふれるたび、どうしようもなく
戸惑ってしまうのだ。


「っは、……っ」

シーツの上で重なっている大きな手のひらにぐっと力が入る。
その手のひらの持ち主は長く息を吐いて、それから空気の抜けた風船のように
わたしにくたりともたれかかって来た。

「いっぱい出た?」

「……んなの聞くな」

めちゃくちゃに絡んだ指が解かれて、ベッドが軋む。
上体を起こしてもう一度息を吐く彼の姿を、ぼんやりと見つめていた。

「抜くぞォ」

「、っ」

繋がっていた部分がずるりと離れて、思わず声が出る。
不意に走った快感に身を捩らせていると、わたしの頬をするりと細長い指が滑って、宥めるように優しく包み込んだ。
汗ばんだ手のひらから微かに血液の流れを感じて、心地よくて頬擦りする。

「……実弥ちゃんの手のひら、あったかい」

「寒いか?」

「へーき。むしろ暑い」

季節は初夏を迎えると言うのに、今日はなんだか肌寒い。
それでも身体が発熱してるのは、ベッドの上でお互い激しく動いていたからで。
耳の奥で、まだ心臓が鳴り騒いでいた。

実弥ちゃん、と呼んだ目の前の男性は
同じ学校に勤務する同僚で、実は中学の同級生で、付き合ってないけどやることはやる、所謂身体だけの関係ってやつだ。
世間からはよく思われないし、大っぴらに言えないけれど
わたしはこの中途半端な関係が好きだったりする。

実弥ちゃんの手に自分の手を重ねる。
大きさが全然違うそれ、なんだかわたしの手は子どもみたいだ。
さっきまでこの手で、この指で、色々されていたのかと思うと、恥ずかしさもあるけれど。
骨の出っ張りや手の甲の輪郭をなぞっていると、上から優しい口付けがひとつ。
それから前髪をかきあげられて、額と額が触れ合った。実弥ちゃんの前髪が顔に落ちてきて、くすぐったい。
ほんと、最中と終わったあとでギャップが激しいな。さっきまであんだけ激しかったのに。

「足りないんですか?」

「うっせェ」

「まだいけるよ」

「明日もあるし、あんま無理させらんねぇだろ」

なんでそういうことサラリと言うかなぁ。
今まで付き合ってきた男の人達の誰よりも気を遣ってくれているのが分かるから、その度にこころがざわざわする。
言えない気持ちを飲み込んで、実弥ちゃんの背中に腕を回した。

「ありがと」

「……ん、」

違う体温が密着して、そのままシーツの波間に溶けていく。
なんで実弥ちゃんってこんなに温いんだろ。湯たんぽみたいな、冬の太陽みたいな、ぽっかりあいた陽だまりみたいな、安心するあたたかさ。抱きしめられることがこんなに落ち着くなんて、この人と関係を持たなかったら一生気付かなかったかも。

「ダメ。寝そう」

「おい、風邪引くぞォ」

言いながらばさりと肩まで毛布をかけてくれる。それから、隙間がないようにぴったり密着してくれたから。
わたしはもう、ここから逃げることが出来なくなるのだ。
囚われの身、なんてのも悪くない、かな。なんて、なんだかロマンチストみたい。
実弥ちゃんの乱れた前髪に手をかける。普段だったらしっかり整えられているのに、なんだか別の人みたいで。
うとうとしながら好き勝手に前髪をいじっていると、おもむろに手を握られた。
ぬるい体温にきゅっと力が入って、わたしの手のひらがくちゃくちゃに歪む。

「……実弥ちゃん」

意識を睡魔に預ける手前、こっちにおいでって口に出していた。
もうこれ以上縮まる距離なんかないのに、こんなにあなたと近いのに、まだ足りない気がする。
聞こえる心臓の音はどっちのだろう。
混ざりあって、絡み合って、まるでさっきのわたしたちのようだ。
規則正しいそれに耳を済ませているうちに、ことんと寝落ちていた。

---

「……ぅ、ん」

目が醒めた。
なんだか夢を見ていたようだけど、ハッキリと思い出せない。
隣で寝ている実弥ちゃんを起こさないように視線だけ窓に向ける。カーテンの向こうの色を見て、まだ夜が明けてないんだなと寝ぼけた頭で考えた。
夜寝る時は常夜灯をつけないので(実弥ちゃんの実家は小さい兄弟がいるからつけているらしいけど、本人は暗い方が好きなんだとか)(ほんと兄弟思いだな)実弥ちゃんの寝顔をじっくりと見たことがないかもしれない。だって、いつもわたしより早く起きてるんだもん。
今ならどうかな、もうちょい近付いたら見えるかな。ベッドの上で慎重に動く。するとわたしの頬に、実弥ちゃんの指先が触れた感触がした。

「!……」

仰向けに寝ているそれを、指先でそっとなぞってみる。
運命線と生命線と、あとなんだっけ。
考えながら手のひらに彫られている線を辿っていると隣からうんとかなんとか小さな声が聞こえて、そのままごろりと寝返りを打たれた。暗がりの中に映える白っぽい髪の毛からお揃いの匂いがする。
実弥ちゃんの背中に額をくっつけてみる。手のひら、くすぐったかったよね。声にならない声は、掠れて闇の空気に消えた。

二度寝しようと目を閉じて、眠りを待っていた時だった。実弥ちゃんがもぞもぞ動く気配と布擦れの音を耳が感じとる。
薄目を開けて確認すると、寝返りじゃなくてしっかり起きたみたいだった。枕元にあるスマホを手に取ってなんやかんややってるらしい。
おはよう。とか、起こした?なんて言えなかったのは
単純に眠かったって言うのもあるし、声をかけたらびっくりさせちゃうかなと思ったから。
スマホをいじり終わって、欠伸をする。それから頭をかいて、ふうと息をつくところまで見て、起きてることがバレないように寝たフリをした。
とは言ってもこの暗がりだし、わたしが起きてることなんて分からないと思うけど。
実弥ちゃんはわたしを起こさないように(起きてるけど)そっとベッドから抜け出す。毛布が乱れたので、かけ直してくれた。
そのタイミングでうーんと唸ってみる。実弥ちゃんの息が詰まったのが分かった。起こしてしまったと勘違いしたのだろう。
わざと閉じられた瞼の向こうでどんな顔をしているのか、気になる。けど寝たフリを続けた。

「……」

しばらくして、大きく、でも静かに息を吐いているのが聞こえた。ほんと、優しいな。
ごそごそ何かしているのは、きっと脱ぎ散らかした服を着ているのだろう。
ややあって、部屋の扉が閉まる音が聞こえた。誰もいなくなった部屋で、存分に欠伸をする。眠気が完全に醒めたわけではないけれど、かと言って今すぐ眠れそうにもない。
体勢を変える。さっき偶然頬に触れた実弥ちゃんの温もりを探してみるけれど、もうとっくになくなっていた。
少しだけ冷たかったな、実弥ちゃんの手。手というか、指先か。冷たかったのに、嫌じゃなかった。
昔友達と冷えた手のひらを頬に当てあって、きゃあきゃあはしゃいで冷たいやめてなんてふざけあっていたっけ。シチュエーションは全然違うけど。
在りし日を思い出しているうちに、いつの間にか寝てしまっていた。

---

「……おい、起きろォ」

実弥ちゃんの声が脳に響く。
その声に導かれるように目を開けると、わたしを覗き込んでいる実弥ちゃんと目が合った。
恋人同士だったらおはようのキスくらいするんだろうけど、わたし達は目が合って、それで終わり。
目を擦りながら身体を起こす。そう言えば何も着てなかった。ただまあ、慌てて隠すようなこともない。(今更だし)

「確か今日、午後練だろ?そろそろ起きねぇと間に合わねぇぞ」

「んぇ、もうそんな時間?」

手元にあるスマホを点けて、時間を確認する。本来だったらまだ寝ててもいい時間だけど、ここは自分の家じゃないから仕方ない。
着替えがあればここから学校に行けるし楽なんだけど、そんな厚かましいこと言えるわけない。
まあ、寝るのに化粧を落とさなきゃいけないから、顔周りのものは置かせて貰ってるけど。

高体連に向けて気合いが入ってる部活ナンバーワンの女バス監督者であるわたしに、休みはほぼないに等しい。
学生時代青春を捧げてきたバスケットボール、まさか社会人になっても関わるなんて思わなかった。
教員試験の面接日に中学から大学までバスケットボールをやってましたとアピールしたから当然と言えば当然のことなんだけど。
今関わっている女バスはわたしの現役時代と同じくらいの熱量だった。だから、時折その熱が邪魔に感じることがある気持ちも分かるし、熱に全てを捧げたい気持ちも分かる。
学生は勢いで突き進みがちなので、その勢いを調整するのはわたしの役目だ。

「朝メシ食うか?」

「食べる」

「んじゃ服着ろ」

「はーい」

渡された衣類をもそもそ着る。居間から味噌汁のいい匂いがした。

「実弥ちゃんの今日の予定は?」

「実家に帰る」

「それ、夫婦関係に疲れた奥さんのセリフじゃん」

「事実なんだから仕方ねぇだろォ」

居間に向かうと、朝ご飯が並べられていた。わたしが食べないって言ったらどうするんだろうと思ったけど、午後から部活の監督があるし食べないことはない、そう判断したのだろう。
部活がなくても実弥ちゃんの家に泊まった次の日の朝ごはんを欠かしたことがないので、それもあるのかな。ほんと、わたしの母親よりわたしのことを分かってるかもしれない。

座って、箸を手に取り、食べ始める。おかずがいくつか用意されているのは、彼が自分の健康に気を遣っているからで。
彼とお付き合いした人は、男の一人暮らしなのにご飯がしっかり出てくることに驚いんだろうなあ。なんだったら冷蔵庫の中もきっちりしてるし。ビール多めだけど。

「ごちそうさま、ありがと。食器洗うね」

食べ終わった食器を重ねて持ち上げると、実弥ちゃんに制止された。

「俺がやるからシンクに置いとけェ」

「え、いいの?」

「早く出ねぇと、午後練に間に合わねぇぞ」

「わーい」

お言葉に甘えることにする。シンクに食器を置いた後、そのまま荷物を持って玄関に向かう。
見送りに立ってくれる実弥ちゃんに、また月曜日学校でねと言うと、実弥ちゃんは黙って手のひらをヒラヒラさせた。

---

午後練を終え、月曜日の授業の準備をしに職員室に戻る。
土日、しかも夕方だから教員の数はまばらで、だから職員室にいる、白い髪の毛の──不死川先生がいることに少しだけ驚いた。
あれ?今日、実家に帰るんじゃなかったっけ。
お疲れ様ですと不死川先生の横を通ると、呼び止められた。渡されたのは一枚のテスト用紙で、わたしが先週の授業で行ったものだった。
名前欄を見ると、彼の弟の名前が書かれている。不死川玄弥。実弥ちゃんに似てるけど、お兄ちゃんより服をきっちり着ていて、顔つきに反して腰が低い素直な生徒だ。

「どうしたんですか?これ」

「目も当てられねぇ点数だったから解き直しさせたァ」

「解き直し」

実弥ちゃんって、不死川君(弟の不死川玄弥君のこと)のことになると急に厳しくなるんだよなあ。名前の横に書かれている点数は赤点を上回っているのに、まさかこんなことになるなんて思ってもいなかっただろう。
答案が見つかってしまうとこうなるのか、月曜の授業で不死川君にフォローを入れてあげようと苦笑いしながらお礼を言う。

「あ、それと」

それから差し出されたのは、小分けされたチョコレート。
部活お疲れ様です、と労いの言葉をかけてくれた。

「わ、ありがとうございます」

受け取った時、手と手が触れた。びっくりするほど冷たくて、反射的に昨日のことを思い出す。実弥ちゃんの手、あれだけ熱かったのに、今は微塵も感じない。もしかして、あの熱っぽい体温を知ってるのはわたしだけ?
そう考えて、一気に恥ずかしくなった。
ぶわっと汗が吹き出して、目を逸らす。動揺がバレる前に、急いで立ち去った。

(なんで学校で思い出しちゃったかな!?)

頬を軽く叩きながら、顔に集まった熱を散らす。
ずっと握り締めていたチョコレートは、開けてみたらすっかり溶けていた。
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いつかどこかでまた会おう(キ学:数学教師 つづきものぽい)

「不死川君、って」

「あ?なんだよ」

「不死川君の苗字、怖いよね」

「好きで名乗ってる訳じゃねェ」

「下の名前って実弥だっけ?」

「そうだけどォ」

「じゃあわたし、今度から不死川君のこと実弥ちゃんって呼ぼ!」

「はァ?いいだろ不死川で」

「だって不死川君だと怖いじゃん」

「怖いってなんだよ意味分かんねェ」

「怖いからちゃん付けして怖くないようにするの!」

「ちゃん付けなんて女みてぇだろォ。それから俺は怖くねェ」

「その目つきも喋り方も怖いじゃん!」

「怖くねぇって」

「ねえ実弥ちゃん」

「名前で呼ぶなちゃん付けすんな」

「実弥ちゃんって数学得意だよね?」

「まァ、それなりには」

「今度わたしの友達に数学教えてあげてよ」

「なんでだよめんどくせェ」

「いいじゃんわたしもその場にいるし」

「お前がいるとかいねぇとか関係ねぇだろ。つーかなんてお前の友達に数学教えてやらねぇといけねぇんだ」

「だってその子、数学苦手だって言うし」

「んなの、数学の先生に教えてもらえばいいだろォ」

「実弥ちゃんがいいんだって」

「知るか」

「んもー、このわからずや!」

「分からずやで結構」

「実弥ちゃんの意地悪!」

「ちゃん付けで呼ぶなって言ってんだろ」

「数学教えてくれるまでちゃん付けで呼ぶもん」

「勝手にしろォ」

「そんなんだからモテないんだよ」

「ほっとけ」

「もー……あっ!先生!実弥ちゃんがいじめるの」

「ばっ!」

「おー、不死川、どうした。女の子に優しくしないとダメだぞ」

「先生あのね実弥ちゃんがね」

「おいてめぇ、実弥ちゃんって呼ぶなァ!」

「なんだ?不死川、何かの罰ゲームか?」

「そんな訳ないでしょう。逆に俺がいじめられてるんです」

「実弥ちゃんがね数学めっちゃ得意なくせに、数学教えてくれないの」

「不死川、それくらい教えてやればいいだろ。」

「……なんで俺がァ」

「お前、クラスメイトに数学、たまに教えてるだろ。見てるぞ、先生。面倒見がいいなって思ってたんだ」

「……」

「実弥ちゃんって兄弟何人いるっけ?すごく多かったよね」

「今関係ねぇだろ」

「兄弟の世話することあるから面倒見がいいのかなって」

「小せぇ兄弟の面倒見るのは普通だろォ」

「いやいや不死川、なかなか出来ないことじゃないぞ。クラスメイトに自分の知識を教えることだって、なかなか出来ないしな」

「別に、数学が好きなだけです。答えが一つしかないし」

「お前に助けられてるクラスメイトは多いと思うぞ?人助けだと思って、これからもよろしく頼むな。課外活動の一環として内申にオマケしておくから」

「本当ですか」

「えっ。ってことは、実弥ちゃん」

「……一回だけだからなァ」

「やったーっ!」

「さすが不死川。んじゃよろしく頼むな」

「ありがと実弥ちゃん!」

「だからちゃん付けで呼ぶな」

「えーっ。まだ数学教えてもらってないからこのままだよ」

「ふざけんな」

「ふざけてません」

「……んで?いつにすんだよ」

「友達に聞いてくる!」

「……チッ」

***

あのね、本当はね。
ずうっとずうっと、下の名前で呼んでみたかったんだ。
だって、あなたのこと、すきだったから。
不死川君、じゃなくて、実弥ちゃん。
距離が近付いた気がして、勝手にドキドキして、ニヤついちゃった。

だから
別のクラスの友達が「不死川君のこと好きなんだよね」なんてわたしに相談してきた時
心臓がキュってなって、目の前が真っ暗になった。
わたしの方がすきだし、って思ったけど
実弥ちゃんはわたしのことなんて、きっと何とも思ってなくて。
だから、その友達の力になってあげようと思った。
この気持ちは、隠したままでいい。
名前で呼べるだけで、幸せなんだ。
そう自分に言い聞かせて、でも、モヤモヤして、ちょっと泣いた。

そのあと、二人がどうなったか知らない。
知りたくなかったし、聞きたくなかった。
でも、一緒に帰ってるところを何度か見て
その度に、胸が痛んだ。

***

「実弥ちゃん、これ」

「あ?」

「寄せ書き!クラスのみんなからもらってるの。実弥ちゃんも書いてっ」

「めんどくせーな」

「いいじゃん、高校別なんだし」

「その理屈はよく分かんねぇけどォ」

「もう会えないかもじゃん」

「んなの分かんねぇだろ」

「ダメ?」

「……チッ。クラスの奴全員に書いてもらってんだろ。だったら俺の寄せ書きだけねぇの、不自然じゃねぇか」

「やった!ありがと!はいこれ」

「おい、書くスペースねぇだろ」

「じゃあ隣のページに書いてよ」

「ったく。お前も書け」

「えっ、わたしも?」

「こんなめんどくせぇこと俺だけにやらせようってのかァ?」

「そーいうの書いてもらうってタイプでもないんじゃないの?……ほら、真っ白」

「いいから書けェ。もう会えないかもしれねぇんだろ」

「……そうだね」

「……」

「……」

「……ほらよ」

「……ありがと」

「……」

「……」

「……元気でな」

「……実弥ちゃんこそ」


***

実弥ちゃん。
いつからすきだったか、覚えてないけど。
わたし、あなたのこと、すきだったんだよ。
ねえ、初恋の人。
言えずに卒業しちゃうけど、いいんだ。
でも、きっと
言えなかったなって、なんで言わなかったんだろうって思い出して
きっと泣いたり、後悔したりするんだろうな。

ねえ、実弥ちゃん。
寄せ書き書いてくれて、うれしかった。
まさか書いてもらえると思ってなくて
何書こうかな、って
すごく悩んだ。
ずっと好きでした、って、思い切って書こうかと思ったんだよ。
でもね。
手が震えて、涙で滲んで、書けなかった。
「数学教えてくれてありがと」
そう伝えるのに精一杯で、アルバムとペンを受け取ったわたしは
精一杯の笑顔で、実弥ちゃんにさよならって言った。

さよならって言って
この気持ちを忘れたかったのに。
はい終わりって、ケジメつけたかったのに。
結局忘れられなかったな。
高校でも、大学ても。
ずっと会いたかったな。あなたに。
忘れようとして色んな人と付き合って
どこかであなたの影を追いかけていて
連絡先なんて知らないし
実家の場所しか知らないし
繋がりなんて何一つないし

あーあ。
気付かなきゃよかったな。
でも、知ってよかったかも。

初恋の人。
お元気ですか。
今どこにいるのかな。
わたしは
大学で学んだ知識を活かして
この度教員になりました。
中学国語と高校国語の免許、まさか両方取れるとは思わなかったな。
赴任先の学校には
どんな恋の形があるのかな。
もしも、この学校にあの時のわたしがいるのなら
こう伝えてあげたい。

「想いはちゃんと伝えなさい」

って。
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なにもない、しない、それでいい。(キ学:数学教師 つづきものぽい)

そんな日もあれば、こんな日もある。
それはまるで波のよう。

「ごめん、その日はちょっと無理」

申し訳なさそうな顔で手を合わせた、ソファに座ってる女。
同じ学校に勤務する同僚で、昔同級生だったこともある。

「あっそォ、んじゃいいわ」

ダメと言われて、なんでだよ。なんて聞くこともない。
じゃあ別の日は、いつならいいんだ、と食い下がる必要もない。
所謂「都合のいい関係」である俺達は
お互いの都合が合えば一緒にいるし
都合が合わないならそこでおしまい。

ちょっと離れたところに甘味処が出来たらしく、一人で行くのもなんとなく憚られたからこいつを誘ってみたってだけで、それ以上の理由はない。
兄弟姉妹を誘うとなると全員連れていかなければいけないし、そうなると父親のミニバンを否が応でも出すことになる。ってことは買い物であちこち連れ回され、大量の荷物を実家に運ぶことになるだろう。そして家のとっ散らかりっぷりに頭を抱え、母親の家事を一通り手伝い、休む暇もなく小さい兄弟の面倒を見たりオトシゴロの姉妹の恋バナに付き合ったり出来の悪い弟の数学を見たりなんだりする。まで未来が見えた。

それが嫌だ、という訳ではない。
俺はいつまでもアイツらの兄ちゃんだし、何歳になっても親父とおふくろの息子だ。
だから、兄ちゃん遊んでと言われたら言い出しっぺが遊び疲れて寝るまで遊んでやりてぇし
実兄あれ買ってと言われたら出来るだけ叶えてやりてぇし
実弥ちょっと洗濯手伝ってもらえん?と言われたら洗濯以外も手伝う気でいる。
そうしてきたし、それが当たり前だった。

だから、かもしれない。
ある日、おふくろにこんなことを言われた。

「実弥。いつまでも私達のこと、気にかけんでいいのよ。自立したんやし、もっと自分のために時間を使いなさい」

その一言に後押しされ、社会人になったと同時に実家を出て一人暮らしを始めた。
とは言え、いきなりひとりぼっちになった時間を存分に楽しめる訳もなく。
そういう意味でもこいつはなにかと都合が良かった。

「ちなみになんのお誘いだったの?」

女の問いに、俺の趣味に付き合ってもらいたかっただけだと返す。
ふーん、そうなんだ。
興味があるんだかないんだか分かんねぇ気の抜けた声。
どうやら俺の趣味より、テレビの方が気になるらしい。
今日、映画見放題のサブスクに加入したと言う話を生徒としていたのだけど、その話を一体どこで耳に入れたのか。
休み時間に「映画見放題のサブスク始めたんでしょ?どんなかんじか見てみたい!」なんてメッセージが俺のケータイにちゃっかり入っていた。

「つーかどんなかんじよ?それ。俺まだなんも見てねぇから分かんねぇんだけど」

晩ごはんの食器をとりあえずシンクに置き、女の隣に座る。
サブスクに加入した際に送られてきたリモコンをカチカチと弄りながら、結構なんでもあるよと教えてくれた。

「うーわ!これ見て懐かしい!中学の時流行ったよね」

画面に映し出されたのは、夕日に照らされる男女の姿。
この画と映画のタイトルにどこか見覚えがあるのは、昔々に観たことがあるからだろうか。

「あー。なんだっけこれ。観たことあるかもしんねェ」

「マジ?一緒に観る?」

「どーせ観たところで恋愛モノに興味ねぇからいいや」

ソファから立ち上がり、台所に向かう。
背後から「なにか手伝おっかー?」と聞かれたので、すぐ終わるからその懐かしい映画でも観とけェ、と、振り向かずに伝える。
台所が居間の方を向いている作りということもあり、映画が始まったのが食器を洗いながらでも見えた。
ついでに明日の米とぎをして、残った春雨サラダを冷蔵庫に入れ、ビールを取り出す。
居間に戻ると、女はクッションを抱きながらすっかり画面に夢中になっていた。
邪魔にならないようにささっとソファに座る。
ソファの背もたれに寄りかかってなんとなく映画に目をやると、回想シーンだろうか、女の声で独白が流れていて、小さな子ども二人が自転車に乗りながら夕焼けに向かって一生懸命漕いでいた。
見始めたばかりなのに興味が全くわかないので、持ってきたビール片手、ケータイを片手に好き勝手ダラけることにする。
変に相手に気を遣わなくていいのも、都合が良かった。

ビールを飲みきり、おかわりしようと立ち上がる。

「なんか飲むかァ?」

俺の問いに、女は画面から目を離さず黙って首を振った。
どうやら今いいところらしい。
再び台所まで歩き、冷蔵庫から二本目を取り出そうとしたところで思い出した。そうだ、洗濯してねェ。
踵を返し、洗面所に向かう。
洗濯籠の中には洗うべきものが山積みになってる。思い出してよかった。
ぽいぽいと衣類を洗濯機の中に入れ、洗剤と柔軟剤を投入。扉を閉めてスタートボタンを押す。
独特の機械音と水の流れる音が響き出してハッとした。もしかしてうるせぇか、コレ?
とは言え、一々気にしてたら何も出来ない。まあいいかと思いつつ、せめて音が小さくなるように洗面所の扉を閉めた。

終わるのに大体30分。ビール二本くらいだろうか。一本しか持ってきていないからタイミングのいい時に持ってくることにする。テレビは占拠されてるから、動画サイトで流行りを追いかけることにしよう。
当たり前なのだが、気を抜いてるとあっという間に生徒と話が噛み合わなくなる。「しなセンそんなことも分からないのー!?」と、何度も何度も生徒からの煽りを受けた。
分かるわけねぇだろ、んなもん。口ではそう言うけれど、やっぱり悔しくて。
そうして見始めた動画サイト。意外と面白くて驚いた。今ってなんでも動画サイトにあるんだなァ。なんて生徒に話したら、そんなの当たり前じゃんと返された。俺が学生だった時を思い出す。そーいやあの頃、エロ本を隠すのに精一杯だったな?

動画を見ながら、ビールを流し込む。
人気の音ハメ動画と、有名曲を歌ってみたってやつと、ついでに筋トレの動画を見る。観たかった動画を一通り観て、身体を伸ばす。満足する頃には映画も中盤に差し掛かっているらしく、女は俺に見向きもしない。
なんだかんだで三本飲んでしまった。立ち上がり、足元がふわふわしている感覚に飲みすぎたかもしれないとぼんやり思った。

空き缶を台所のゴミ箱に捨て、洗濯機の残り時間を確認する。終わるまであと数分の表示。居間に戻るのも面倒くさいので、歯を磨くことにする。
洗面台に二本の歯ブラシ。家族のものではなく、あいつのものだ。それからクレンジングオイル、洗顔フォーム、化粧水、乳液、美容液。これもあいつのもの。家に泊めるようになって、あちこちに女物が増えた。家族を家に呼ぶことがあったらなんて説明しようか。特に妹達はすぐ気付くだろう。そうなった時の言い訳、考えておかねぇとなァ。なんてことを考えていたら、いつの間にか洗濯が終わっていた。
濡れている洗濯物をさくっと干して、歯を磨く。風呂は入ったので後は寝るだけだ。映画に付き合う必要もない。

洗面所から寝室まで一直線。
立ち止まることなく、先寝るぞと伝える。
女からの返事はなかった。

もう一人横たわれる用のスペースを空け、ベッドに入る。暗がりの中でケータイを弄っていると突然睡魔が襲ってきた。
部活の監督で朝早く夜遅い、と言うのもあるが、今週は各学年で小テストが重なり、答案作成と丸つけで忙しかったこともある。生徒の情報漏洩がないように、個人情報を持ち帰る、持ち出すのは禁止となっている。通知表、生徒指導の他、テスト用紙もだ。
必然的に学校にいる時間が長くなる。こうして家でゆっくり出来るのは、久々な気がした。
寝落ちする前にアラームをかける。俺のためじゃなく、あいつのためだったりする。あいつが担当する部活が明日午前練だったはず。午前練の辛さは俺も知っているから、だからこそ朝メシくらい作ってやりたかった。
適当な時間にアラームを設定し、目を閉じた。

---

ベッドが揺れ動いて、柔らかな気配を感じた。
目を開けると、布団に潜り込む最中の女と目が合う。
寝惚けながらも声が出た。脳を通してないから、言葉になってなかったかもしれない。
女の声が耳元でゆらゆら響く。上手に聞き取れなかったのは、意識を手放しかけていたからで。
完全に落ちる前に、壁側に寄ってもう一度スペースを作る。その隙間にすっぽり収まった女からぬるい体温を感じる。じわりじわり、胸の辺りとふくらはぎ付近に熱が集まってきて、それが心地よくて、蕩けそうだ。
おやすみ。そう呟いたら
こだまのように、小さくおやすみと返ってきた。

---

遠くで、アラームの音が聞こえる。
醒めない瞼を無理矢理こじ開け、急いでアラームを止めた。
隣で寝ていた女がもぞりと動き、うーんと唸る。

「ふえぇ、もうそんな時間?」

「悪ィ、起こしちまった。まだ大丈夫だから、もう少し寝てろォ」

俺の一言に、そうすると間延びした声を出しながらごろりと寝返りを打つ。
邪魔にならないように上手くベッドから降り、欠伸をしながら居間を通り過ぎ、台所に立つ。炊飯器はしっかり動いている。予定通りだ。
冷蔵庫を開けて、何を作ろうか考える。と言っても選択肢はほぼないに等しい。手前にあった卵とベーコンを取り出して、朝メシの準備を始めた。溶いて、焼いて、盛り付ける。
これだけだと食事バランスが悪いので、棚からインスタントの味噌汁を取り出した。それから、冷蔵庫にある春雨サラダ。これだけあれば充分だろう。
ダイニングテーブルに自分の分だけ用意して、先に朝メシをいただく。椅子に座る前に、ソファの正面に置いてあるローテーブルからテレビのリモコンを手に取り、テレビをつけた。
映ったのは、映画のエンドロールの一時停止画面。
エンドロールには興味がなかったのか、はたまた体力の限界だったのかは分からない。
何気なく再生ボタンを押すと、聞き覚えのある歌が流れ始めた。

キミの願い ぼくの想い
かけ違って すれ違って
平面宇宙の端っこまで
はなればなれになったって
もう迷わない ずっと忘れない
まるい地球の終着駅で
きっとまた会える

「……あ?」

なんだよ平面宇宙の端っこって。まるい地球の終着駅ってどこにあるんだよ。変な歌詞だな。そう思って、ハッとした。昔、この曲の同じ部分で「変なの」と思った記憶が蘇る。誰が歌ってんだよこれ。気になって調べると、中学の時に大流行したバンドが出したものだった。そういやあいつも「中学の時に流行った映画」って言ってたか。流行ったってことは耳にする機会も多いわけで、だったら聞き覚えもあるわけで。

「懐かしいなァ」

無意識のうちに、そう呟いていた。

---

こころなしか身体が軽いのは、早く寝たからか、それとも昨日してないからか。するかしないかはその場の雰囲気もあるけれど、お互いの気分や残り体力なんかでも決まる気がする。
昨日は完全にそういう雰囲気ではなかったし、俺の体力もほぼゼロだったし、あいつもそんな気分ではなかったのだろう。
出会って即ハメなんてAVタイトルのような日もあれば、こうして健全に過ごす日もある。貪り尽くすように求め合うこともあれば、まるで他人のように一定の距離を保ったまま時が過ぎることもある。俺が先に手を出すこともあるし、あいつから誘ってくることもある。そこに合意があればするし、なければしない。高校時代や大学時代はもっとがっついていた気がする。年齢のせい、と言ったらそれまでだが、大人になった実感もない。好きな子に嫌われたくなくて我慢したり、背伸びしすぎていたあの頃。今はある程度気を遣うことはあるものの、自分の気持ちや相手の態度に振り回されることがほとんどないので、学生時代よりは気が楽だった。もし付き合っていたら、俺達はどんな付き合い方をしていたのだろう。入口まで考えて、やめた。今のこの関係がちょうどいい。

インスタントのコーヒーを淹れている最中に、女がバタバタと起きてくる。

「ヤバいめっちゃ寝てた!」

「まだ間に合うだろ。んな慌てんなァ」

メシは?と聞いたら食べると即答される。
諸々準備をしていると、テレビから映画のエンドロールが流れていることに女が気付いた。

「あれ?実弥ちゃん、映画観てたの?」

「いや。一時停止のとこから観てる」

「観てないじゃん、それ」

「この曲中学ん時に流行ってたよな?」

「流行ってたねー。アホほどカラオケで歌ってた」

「耳に残る曲だけどよォ、変な歌詞ばっかじゃね?平面宇宙の端っことか、まるい地球の終着駅とか」

俺の一言に、女が勢いよく吹き出した。それ、中学の時にも言ってたよ。なんて笑いながら言う。マジかよ、俺の思考ってもしかして中学から変わんねぇってこと?

「よく覚えてんな」

「そりゃ覚えてるでしょ」

「覚えてるわけねぇだろ、んな大昔のこと」

「えーっ、まだ十年前くらいなのに」

「それが大昔だって言ってんだろォ」

「じゃあわたしが教えてる古文なんかもーっと大昔じゃん」

目が合って、二人で笑う。
朝メシを食べながら、他愛のない話をした。
そんな日もあれば、こんな日もある。
波のような、俺達の関係。
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とある先生達のウィークエンド(キ学:数学教師 つづきものぽい)

予定が入っていない夜が気に入らない、なんてわけじゃないけれど
授業と授業の隙間に送った「今夜飲まねえ?」素っ気ない一文が
なんだかかまってちゃんみたいに見えて、職員室でこっそりため息ひとつ。

いやいや待て待て、今更遠慮する仲でもねぇだろうし
でもでもだって、飲みたい気分になったからしょーがねぇし
言い訳なんて泉の如く

「新しい古文の先生、かわいいよな」

なんて噂がちらほらり。
聞こえる中で、優越感。
抜け駆けつーか俺が適役

だってふたりは同級生、だったんだから。

当たり前だけど返事が来ることなくて
(そりゃそーだ、授業中だし)
気もそぞろのまま、鳴り出す授業終了のチャイム。
ここから怒涛の連続授業、しかも学年違いときたもんだ。

「うしっ」

気合いを入れて、立ち上がった。

***

社会人になって驚いたことは、びっくりするほど友達との予定が合わないことだった。
アフターファイブなんて夢の夢、採点補習に部活の見守り保護者対応生徒指導にあれやこれ。
やること多くて毎日目が回ってる。物理的に。
だから、同業者、というか
同じ穴の狢というか
賛同してくれる人がいるのって
実はものすごくありがたいのではないだろうか。
だから、休み時間にケータイを開いて

「今夜飲まねえ?」

って、同僚から連絡が来ている時
なんだか少し、嬉しかったりする。

***

授業後、数名の生徒に呼ばれているのを「今行くからちょっと待てェ」なんて言いながら急いでケータイを見てメッセージを開く。
あいつから「OK」のスタンプが送られてきてて一安心。
採点補習に部活の見守り保護者対応生徒指導あれやこれを先にこなしてきた俺は
待ち合わせ場所の居酒屋で先に、ビール二杯と酒の肴各種をやっつけていた。

いらっしゃいませー、と店員が声出しする度に入口を確認する。
一人じゃどうも落ち着かない。
ただまあこの状況は仕方ない。
どうやらあいつが担当している女バスが大会前で張り切ってるらしい、というのをあらかじめ聞いていたからだ。
弾ける苦さをぐいっと飲みきって、もう一杯頼もうか迷っていると
ふわりと香る風と気配を感じた。

「ごめーん!遅くなっちゃった。待った?」

なんとも絶妙なタイミング。
俺は疑問詞に答えず、ビールでいいだろォ?と、空のジョッキを掲げた。

***

ああ美しい青い春。
体育館の真ん中で、険しい顔しながらのミーティング。
三年生が一年生に喝を入れるこの光景、いつの時代もあるもんだなあ、なんて一人でしみじみ。

「じゃあ最後、先生達から一言お願いします」

お願いします!
揃った声がわたしに向けられる。
三年生の目は、今にもわたしに噛みつかんとギラギラしている。
そんな最上級生を宥め賺すように、丁寧な言葉を紡いでいく。
うんうん分かるよ。ウザいよね、上から目線の綺麗事って。
だけどもそうじゃないとやってけないのよ。
先輩風、吹かしてます。

お疲れ様でした!
体育館中に響き渡り、各自が自分の仕事を全うすべく動いていく。
わたしはというと、今日の仕事は全て終えた……はず、なので、
あとは部活が無事に終わるのを見届けるだけ。

ちらり。
壁にかかってる時計を見る。
19時ちょっと前、気分はシンデレラさながら。
もう飲んでるかな、終わったよって連絡しなきゃ、こっから待ち合わせ場所までどれくらいだろ
なんて考えをめぐらせていると、もう一人の女子バスケ部の顧問を担当している冨岡先生が、わたしの隣に立った。

「……この後、用事でもあるんですか」

ずばりと言い当てられ、息が詰まる。
もしかして、もしかして、

「え、ご、ご存知でしたか?」

わたしの問いに、冨岡先生は「いや」と短く否定し、それから

「時計を気にされていたので、なんとなく」

と、表情を変えずにわたしに言った。
なんだ、冨岡先生と不死川先生って仲がいいから
てっきり不死川先生が気を利かして、冨岡先生に伝えてたのかと思った。

「す、すみません」

部活に集中してないなこのアマ、とか思われてるのだろうか。
冨岡先生は前をじっと見つめたまま、動かない。
謝罪の言葉を重ねようと息を吸った、その時だった。

「俺が残るので、先に上がって下さい」

「えっ」

まさか、そんなこと言われるだなんて思ってもいなかった、から。
予想外の申し出に、慌てて首を振る。

「いやいや!そんな、悪いです」

「いえ。その代わり、今度最後まで残ってくれると有難いです」

付き添いは一人で大丈夫そうですし。
冨岡先生は表情を変えずに、ひたすら真っ直ぐ見つめている。
表情筋、ないのかな?この人。

「いや、あの、でも……」

「待たせてる相手に悪いでしょう」

あーっ、トミセン口説いてるー!
隣のコートでモップがけをしていた男子バレー部の子が、きゃあきゃあとはやし立ててきた。
冨岡先生はすかさず笛を口に咥え、ぴりりと激しく鳴らす。

「ごちゃごちゃ言ってないで、早く片付けろ」

浮ついてる男子諸君を一蹴する。
チラリと冨岡先生の顔を覗き込むけれど、その目は生徒達に向けられていた。

あまり断るのも失礼だろうか。
わたしは90度でお辞儀をして、冨岡先生今度残りますお気遣いありがとうございますすみませんお先に失礼します、と早口でまくし立てた。
冨岡先生は返事をせず、代わりに片手を軽く掲げた。

***

「ってことがあったの」

これまでのあらすじ、を隣に座った女──同じ学校に勤める、同僚だ──から聞かされて
俺の口からは大きなため息と、小さな舌打ちが出た。

「あの野郎、スカしやがって」

冨岡は教育大からの知り合いだった。
お互い無事に卒業し、なんやかんやで同じ学校に配属されることになったのだが
何考えてるか分かんねぇあの表情が、俺は大嫌いだった。

「えーっ、そうかなぁ?」

芋焼酎のお湯割りと
湯気立つおでんの牛すじを交互に味わいながら話す女の横顔をじっと見つめる。
最近分かったことだが、こいつは酒が強い方だ。
なので、可愛らしいカクテルが置いてあるような店じゃなくても喜んでくれる。
こんな野郎しかいないような居酒屋でも、酒が飲めればとりあえずオーケーなのだ。
店選びに気を遣わなくていいのも楽だった。

「あ?なんだお前、まさか冨岡の野郎がタイプとか言うんじゃねぇよなァ」

俺の一言に「それはない」と首を振り、すかさず「そうかも」と頷く。
はぁ?
不満そうに漏れた声が、居酒屋特有の喧騒に溶けて消えた。

「冨岡先生って顔整っててカッコイイよね!あーいう整った顔立ちの人見たことないから、カッコイイなって思うっ」

「お前、趣味悪すぎ」

「あれで趣味悪くなっちゃうの?」

「そーいやお前と中学ん時にウワサになってた男に似てるかもな、冨岡」

ぐふ。
隣からなんとも情けない音が聞こえた。
喉に詰まったのだろうか、手元の酒をぐいっと一気飲みするのを見てぎょっとする。
それ水じゃねえぞ。水成分はたっぷり入ってるかもしれないけど。

「おいおいなにやってんだ、水じゃねぇぞそれ」

片手を上げて店員を呼び、水と、ついでに自分の飲み物を注文する。
店員がオーダーを取りこの場から離れたと同じくらいのタイミングで
隣の女からギロリと睨まれた。

「ぜんっぜん!似ても似つかない!ってかそれ冨岡先生に失礼でしょ」

「そうかァ?アイツ、名前なんつったっけ、冨岡?」

「……」

何かを誤魔化すように口に物を詰め込み出すから、俺の中にある意地悪な面がむくむくと姿を現す。
そっぽ向いてる顔を覗き込んで、ケラケラ笑った。

「なに思い出して顔赤くしてんだよ」

してない、ばか、ありえない
首をぶんぶんと振り、言葉を続ける。

「冨岡先生じゃないし前澤君だし、ってか前澤君は憧れの存在っていうか高嶺の花っていうか」

「高嶺の花ァ?」

俺の記憶だとアイツは高嶺の花っつーより食える雑草なんだがな。
所謂「思い出補正」がかかってるのかなんなのか、
どうやら俺が思い描いてる前澤と、こいつが思い描いてる前澤はイコールにならないらしい。

「前澤君、今何してるのかなー」

空になったグラスの縁をゆるゆると撫でながら独りごちる。
遠い目をしながら思いを馳せるその姿、なんだか面白くない。
モヤモヤが漏れ出ないように目の前にある厚焼き玉子を口に運んで、適当に発言した。

「さぁな、宇宙にでも行ってんじゃね」

「あーっ!思い出しちゃった!昔は昔で今は今!振り返っちゃダメだっ」

「昔の知識を教えてるやつが言う台詞じゃねぇんだよなァ」

店員さんが水と、日本酒を運んでくる。
すいません芋お湯割り、と間髪入れずに注文した女を見て
まだ大丈夫だな、そんなことを考える。
夜はこれからだ。

***

珍しく千鳥足の同僚。
シャッターが閉まっている商店街を歩いて帰る。
わたしの帰り道はこっちではないのだけど、飲んだ夜はこの人の家に帰るのがお決まりのパターンになっていた。

「ちょっと実弥ちゃん!真っ直ぐ歩いてよ」

ぐらぐらと覚束無い足元。
不意にがばりとのしかかって来たので、変な声が出た。
学校から距離がある場所で、こんな時間帯に、知り合いがいるはずもないけれど
知ってる誰かに見られてないかとヒヤヒヤする。

ってか、普通。
立場が逆なのでは?
そーいう時って女の子の方が酔っちゃったー、って男の子に甘えるのがテンプレなのではなかろうか。
道端ではギターで弾き語りしてる人がいるし
八百屋のシャッターにはパンクな絵が描かれてるし
もう訳が分からない。

「あー、飲んだァ」

満足そうな声。
ぐらぐら揺さぶるから、わたしの視界も気持ち悪く歪む。

「ちょっとマジ、身体揺するのやめて」

「おい、もう一軒行くぞォ」

「行かない。帰ります」

いつもならこんな酔い方しないのに。
そう言えば後半のペース、いつもより早かったかも。
自分も余裕があるわけじゃないので、まだ飲み足りないとワガママに構ってられない。
このままじゃ共倒れだ。

「なァ」

今度はピタリと足が止まって、ぐんと引っ張られる。
もう、なんなの。ワガママが過ぎる。

なにさ、抗議の声を上げる前に
後ろにいた男が、わたしとの身長差を詰めるようにかがみ込んできて
ぐっと顔が近付いてきて
半開きだったわたしの唇に柔らかい熱が押し当てられた。

まばたきする間もなく。

本当に、一瞬くっついただけだった。
長いまつ毛が揺れて、真剣な瞳がわたしを突き刺す。

「……前澤のこと、まだ好きなの」

「はあ?」

何言い出すのかと思えば、こんな時になんで前澤君の名前が出てくるわけ。
ってかそれ中学の時の話でしょ、そん時の恋心なんか時効だし。
っていうか今キスしたよね?外で。
ホントありえないこの酔っぱらい!

……そこまで言って気付いた。どうやら自分の呂律が回っていないらしい。
酔っぱらい、と言う単語で舌がもつれたのが分かった。
自分も立派な酔っぱらいじゃん。

頭が痛くなってきた。体力の限界が近い。
後ろに回り、背中を押す。

「馬鹿なこと言ってないで帰るよ」

「何言ってんだよ、夜はこれからだろォ」

ダメだこいつ早くなんとかしないと。
今すぐ朝にならないかな。

***

「……ぅ、」

喉の乾きで目が覚めた。
カーテンから漏れる光はまだ弱い。
枕元にあるケータイで時間を確認しようと、目を擦りながら上体を起こしてぎょっとする。
なんでかって、服を着ていなかったからだ。

「は?」

布団をめくり、下も履いていないことを確認する。
素っ裸じゃねぇか。
続いてやってくる、激しい頭痛。
電流のような痛みに頭を抱えて悶絶した。

「……ん、」

どこからか聞こえる女の声に、耳を疑う。
横を見ると、昨日一緒に飲んでた女が寝息を立てて目を閉じている。
はみ出ている肩は肌色で、もう一度布団をめくると
女も一糸まとわぬ姿だった。

マジ?
状況を整理しようと、辺りを見渡す。
ここは俺の部屋で間違いない。
布団の上に男女の下着
ベッドの下に散らばった服数枚と、今ぱさりと流れ落ちた女の下着
ティッシュに包まれてない使用済みのアレが二個
乱暴に破られた正方形の袋二個
そしてなぜか落ちている、俺の財布。

待て待て待て。
どんな状況だ、コレ。
映画じゃあるめぇし記憶がないなんてそんな馬鹿なことあるか。フィクションじゃねぇぞ。
昨日の夜の記憶を、脳の奥底からサルベージしようと試みる、けど。

「……思い出せねぇ、……」

いや微かに残ってる、家の近くの商店街の風景。
こいつにだる絡みしたのは覚えてる。
中学の時を思い出して、覚えてない同級生に勝手に嫉妬して
強引にキスしたんだった。
あれ?なんで嫉妬したんだ?俺。

前澤。
昨日話題に上がってた同級生の名前を呟いてみるけれど、そこから先はおぼろげで。
前澤?って誰だ?
あの、頭いい高校に行ったサッカー部の奴か。
冨岡?あのいけ好かねぇ奴。
あの野郎の話もしていたような気がする。

そんなに飲んでないと思っていたのに、いつの間にかキャパオーバーしていたらしい。
襲ってくる頭痛と、女に対する申し訳なさ。
俺の家にいるってことは、たぶんこいつがなんとかしてくれたんだろう。

それはそれとして。

「普通、泥酔したままヤるかよォ……」

こいつとは所謂「都合のいい関係」で、事に及ぶのはこれが初めてではなかった。
そう。何度も何度もしているはずなのに、行為中の記憶が全くないのは今回が初めてだ。
どんな抱き方したんだ?俺。

「……さね、みちゃん?」

ハッとして目線を向けると、寝ぼけ眼の女が俺を不思議そうに見つめていた。
光の速さでベッドから飛び降り、土下座する。

「ごめん!」

女からの返答はなく、代わりにベッドが軋む音が聞こえる。

「俺昨日絶対お前に迷惑かけた。マジで申し訳ない。タクシー代とかかかった金請求してくれていいから、なんなら迷惑料で倍出す」

「んー……」

特にお金かかってないし、土下座する必要もなくない?
頭上から降ってきた言葉は意外なものだった。
おそるおそる顔を上げると、不敵に笑う女が瞳に映った。

「ただ……まあ、めっちゃめんどくさかったよね。あんな実弥ちゃん見るの初めて。だから、迷惑料つーことで今度、焼肉おごってよ。すんごく高いとこの」

ぐっ。
固有名詞で言われた焼肉店は、会計が万単位するところで。
しかし自分が撒いた種だ、自分で刈り取らなきゃいけないのはその通りだ。覚悟を決めろ、俺。
分かった。観念したように呟くと
嬉しそうに「やったー!」なんて喜ぶから。
許されてよかった、心の奥でホッとした。

***

何一つ覚えてないって言うもんだから。
わたしの覚えてること全部話したら、この世の終わりみたいな顔をした。

「マジ……そんなことしたんか、俺」

申し訳ない、何度も深々と頭を下げられて
その度に、別にいいよとあっさり返す。
だって許せないようなことされてないもん。さすがにキスはびっくりしたけど。
まあ、帰って来るなりギラギラした目で襲われたのは怖かったかな、正直。
そうだ。居酒屋の会計、全額出してくれたんだった。勿論、本人は覚えていなかったよね。

「あっ、酔っぱらいの実弥ちゃんめちゃくちゃしつこかったしめんどくさかった」

「うっ……すまねェ」

ベッドでの出来事を話す。
痛くなかったか?嫌じゃなかったか?
都合のいい関係なのにわたしのことを思いやってくれるのが、なんだかくすぐったかった。

「そんなこと、いつもなら聞かないのに」

「そりゃ痛くならねぇように気ぃ遣ってるからな。あとお前が嫌だって言うことは絶対しねぇって決めてる」

「ただのなんちゃらフレンドなのに?」

「親しき仲にも礼儀ありだ」

ふーん。
いつもぐずぐずと交わってるだけだと思ってたのに、思っていたよりも大切に扱われているらしい。
体の関係で繋がっている人達は、どんな風にお互いを扱い扱われているのだろう。

淹れてくれたコーヒーをひと口すする。
いつもならまだ寝ている時間だ。
今日の予定は?と聞く。

「午前練の監督。午後は補習」

「二日酔いのまま午前練の監督とかヤバそう」

彼はたしか運動部の顧問だったはず。
今日の天気は分からないけれど、初夏の太陽は疲弊してる身体を焼き付くしそうだ。

「それよりも補習の準備してねェ」

「それ、もっとヤバそう」

そうなると、あまりのんびりもしていられない。
お前は?と逆に問われたので
バスケ部の午後練と夕練があると話す。

「ん。じゃ、もうちっと余裕あるな。俺先に出るから、出る時鍵かけといてくれ」

「はいよ」

バターの香ばしい香りがたつトーストを口の中に押し込み、コーヒーで流し込む姿をぼーっと見つめながら
この人が出たあと、中学の友達に前澤君のこと聞いてみよう。なんてことを考えた。
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