ただひとつの祈り(kmt:さねげん/ブロマンス的な)

とある、曇り空が広がる休日の昼下がり。
夏も終わろうとしているのと、昨日が雨だったということもあり、海水浴場の人は疎らだった。
少し湿り気が残る砂浜に、すぐそこのコンビニで買った小さな黄緑色のレジャーシートを敷いて、俺と、弟の玄弥は、ただ海を眺めて座っていた。

「いやどういう状況だァ」

俺の疑問符に、隣に座っていた玄弥は「兄貴が連れてきてくれたんでしょ」と、笑って言う。

「そうだけどよォ。海に来たんだから泳ぐとか足つけるとかなんとかあるだろうが」

「え、準備してきてないし無理」

「……だよな」

突発的に海へ来た俺達、だから準備もしている訳もなく。後先考えず海に入ってはしゃいだところで、帰りはどうするんだって話になる。流石に車の中が磯臭くなるのは勘弁だ。
そもそも、なんでこんなところにいるのかと言うと、玄弥が「夏らしいことしてない」なんて言い出すから、安易な考えでじゃあ海にでも行くか、と提案したのが事の発端だった。

「お前、こんなんで夏らしいことしたって言えんのかよ。なんかもっとこう、あるだろ」

「海水浴場に来たってだけで充分夏じゃない?俺、楽しいよ」

「……あっそ」

「兄貴は楽しくないの?」

膝を抱えながら、俺の顔を覗き込む玄弥。
問いには答えず、寝転がる。日差しが強くなくて良かったと思った。

「それよりお前、進路どうすんだよ。そろそろ決めねぇと、マズイんじゃねぇの」

「……今、その話する?」

高校最後の夏。これからの人生、進むべき方向、その他諸々を決めなければいけない時期で。コイツも例に漏れず進路相談の担当と週に一回は面談をしているのを、俺は知っていた。

「まあ、推薦狙いつつダメだった時に備えて勉強はするけど……」

「おい初耳だぞ、それ。どこの推薦狙う気だァ」

「あー、それは……えっと」

なんとなく歯切れが悪い。気になって目線をやると、顔を隠して苦悶していた。
まさか。
身体を起こして、詰め寄る。

「お前、県外の私立を目指してるなんて冗談言うんじゃねぇだろうなァ」

私立はともかく、県外、となると、場所によっては一人暮らしをせざるを得ないだろう。今の不死川家にそんな経済面の余裕があるとは思えない。今年入学したばっかの弟妹もいる。家計のことを考えて、思わず語気が強くなっていた。

「そっ、そんな訳ないだろ!?大体そんな金ないじゃんか、俺ん家」

慌てて否定する弟を見て、ハッとした。そんなこと、一緒に暮らしてる家族だったら分かっていないはずがない。強く言いすぎたと謝ると、大丈夫。と、少し困った笑顔が返ってきた。

「……どこの大学に行くことになってもよ、悔いだけは残すんじゃねぇぞォ」

「うん」

それにしても、つい最近まで兄ちゃん兄ちゃんと俺の後ろを着いてきたあの玄弥が大学受験とは。時が経つのは早いなと、開けた場所に似合わない、じっとりとした思いが駆け巡る。
離れないようにといつも繋いでいた手はいつの間にか俺よりも大きくなっていて、撫でていた頭はいつの間にか俺より高い位置にあって、俺の知らない世界に飛び立ってしまう弟が、なんだか遠い存在に見えて。
雲で隠れている太陽の光が眩しいのかよく分からないけれど、何故か急に目頭が熱くなった。

「……兄貴っ!」

すると、急に玄弥が頭を掻きむしって、それから俺の胸倉を力一杯引っ張った。反応出来ず呆気に取られている俺を尻目に、玄弥が言葉を紡いだ。

「あのっ、俺……兄貴と同じ大学に行きたいんだ」

「……は?」

予想もしていない一言に、思考が追いつかない。ポカンとしている俺を全く気にせず、目の前の野郎はまくし立てていく。

「勿論、今の俺の頭じゃ合格出来ないって分かってるし、数学や英語が難しくてこんなん社会に出て何に役立つんだよって思うし、世界史や地理は覚えることばっかだし政経なんて興味ないし」

「お、おい」

「無謀だって、無茶だって、進路担当の先生にも言われて、毎回毎回志望校変えろって言われて、でも諦めたくなくて、勉強、頑張ってるけど……」

「……」

「……」

寄せては返す自然の音が、辺りを包む。

「……けど、なんだよ」

途切れた言葉の先が気になって尋ねると、胸倉を掴んでいた手が、弱く離れた。

「……もし、合格したらさ。昔みたいに、よくやったって、頭を撫でて欲しいんだ」

照れくさそうな、ばつが悪そうな、気後れしているような、とにかく今にも泣き出しそうな顔で、そんなこと言いやがるから。
ああ。いつまでも、どこにいても、何歳になっても、こいつは俺の弟なんだなと、当たり前のことを思った。

「大丈夫だ」

何が大丈夫かよく分からないのに、口から自然とそんな言葉が出ていたのは、どんな時でも、何があっても、俺はコイツの“兄ちゃん”だからだ。

「兄ちゃんがどうにかしてやるから」

口にした後、昔にコイツとそんなことを約束したような錯覚に陥る。気のせいかもしれねぇが、なんとなく同じ台詞を言った覚えがある。子どもの頃とかじゃなく、もっと昔の話だ。そんなこと、あるわけないのに。

「どうにかって何、」

玄弥が俺の台詞にぶはっと吹き出す。よく考えたらどうにかなる問題でもなかった。急いで付け加える。

「えーと、つまりアレだ。本気で俺と同じ大学に行きてぇなら、俺が使ってた参考書とか、問題集とか、クローゼットから引っ張り出してやるってこった」

「え、それ地味に嬉しいかも。新しいの買おうと思ってたから」

「買う必要ねぇだろ。しかも現役教師が傍にいるんだからどんどん頼れェ」

「え、でも仕事は」

「ばーか」

拳を作り、心配そうに見つめる玄弥の胸元を軽く小突く。

「兄ちゃんはお前が笑ってくれりゃあ、それでいいんだ」

俺の大事な弟。
どうか、ずっとずっと


ただひとつの祈り


笑って幸せな日々を過ごせますように。
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エンドリケリーのジレンマ(kmt:さねねず)

そんなもんでお前を一生
縛りたくはなかった。
だけど、それ以外はお前に全部
くれてやってもいいと思ったんだ。


全ての戦いが終わり、何もなくなった毎日を過ごす日々。
平和を感じながらうたた寝をするような自堕落を絵にしたような生活の中で、俺の傍にはある女がついてまわるようになった。

「あ!実弥さん、また布団も畳まずにゴロゴロしてる」

暖かな空気に微睡んでいると、上から聞き慣れた女の声が降ってきた。
目を開ける。長い髪を後ろで束ね、俺の顔を覗き込んでいる女。
目を逸らしながら「今起きたところだァ」と言うと、嘘ばっかりと鼻息荒く返ってきた。

「ほら起きて、布団干しますから」

やいやいと巣から追い出され、俺が今まで横になっていた布団達は女に雑に畳まれ纏めて持ち上げられる。
仕方なく起きることにする。開け放たれた窓からは春の陽気のいい匂いがして、もうそんな季節かとぼんやり思った。
縁側に腰かける。思ったよりも日が高く、自分が思っていたよりもぐうたらしていたらしい。鬼殺時代の俺が見たら卒倒するだろうな。なんてどうでもいいことを考えている俺を雑に押しのけ、女は布団と一緒に庭へ飛び出し、手際よく物干し竿に布団を掛けていく。

「禰󠄀豆子」

女の背中に声をかけた。
忙しなくしていた女がこちらを振り返り、俺を見つめる。
腹減ったと言うとうんざりした顔になり自分で用意してくださいと一蹴された。

竈門禰󠄀豆子。
この女の名前だ。
何がどうあってこんな状況になったのか、始まりを語ると朧気だけど
実弥さんが心配だから、とか
痣の影響がどうの、とか
沢山の理由と掃除用具やら何やら抱えてやって来たのが、もう数年前だ。
嫁入り前の女を野郎ひとりの家に上げるのは気が引けたし、老い先短い自分を労る必要も無いと突っぱねたのだが、兄貴譲りの頑固な性格の女は次の日も次の日も俺の家にやってきた。
何度も何度も断ったのに凝りもせず山奥から毎度毎度やって来るから、負けを認めたのは俺の方。
以降、住み込みで身の回りの世話をしてくれてるこの女のことを、いつしか好きになっていて。
どうやら向こうも俺のことを好いてる、と知ってからは展開が早く、今は夫婦ごっこみたいなことをやっている。

……ごっこ、と言うと聞こえが悪いが、実際籍も式も挙げていないので、やることをやっていても俺達は「夫婦」ではないのだ。
そんなことを言うと、どうして籍を入れないんですかとコイツの兄貴にさんざどやされそうなので、まだ報告はしていないが。

「実弥さん」

不意に声をかけられ、心臓が跳ねる。
布団を干し終わった禰󠄀豆子が、心配そうに俺を見つめていた。

「春が近いとはいえ、まだ風が冷たいのであまり外にいない方がいいですよ」

「いいじゃねぇか、いい天気なんだし」

「良くないですっ。お身体に障りますよ」

「俺を軟弱者扱いすんじゃねェ」

すると、禰󠄀豆子は俺の両頬を自分の手のひらで包んできた。
柔らかな体温が広がって、自分の身体が冷えていることに気付く。

「あっほら、冷たい!もう」

離れようとする二つの手を素早く握って、そのまま自分の方へ引っ張る。バランスを崩した禰󠄀豆子は真っ直ぐ俺に倒れ込んできたので、そのままぎゅっと抱き締めた。

「あー、あったけぇ……」

「……」

さっきまできびきびと動いていた身体が、俺の腕の中にすっぽり収まっているのが可愛くて、なんだか意地悪したくなって。
露わになっているうなじを指先でそっと辿った瞬間、強引に距離を空けられた。
心なしか顔が朱に染まっているような。

「さ、……実弥さんの、す、助平!」

「あ?何もしてねェだろうが」

「いーえ、今のは絶対そうですっ」

「何が絶対そうなのかよく分からねぇなァ」

唇をわなわなと震わせ、言葉に詰まる禰󠄀豆子。何か反論したそうだったが、もういいですと不貞腐れてしまった。そんな表情も愛しくて。

「怒んなって」

「怒ってません」

「じゃあそっぽ向いてねぇでこっち見ろよ」

宙ぶらりんになっている禰󠄀豆子の手を握る。一瞬ビックリしたような顔になったが、すぐに元に戻った。

「禰󠄀豆子」

「…っ、」

唇を真一文字に結んでいた禰󠄀豆子だが、少しの間の後に口を開いた。

「……実弥さんの、意地悪」

目を伏せて潤んだ瞳でそう訴えてきたから、俺の中の汚くて野蛮な部分がむくむくと顔を出してくる。好いた女の色っぽい表情を見て我慢出来る男がいるだろうか。
立ち上がり、小さくなっている禰󠄀豆子を抱き上げる。

「きゃっ!」

落ちないように俺にしがみつくその必死さも、顕現した情欲を掻き立てるのには十分だ。

「えっあっ、実弥さん?」

「悪ィ、我慢出来ねェ」

今にも取って食いたい衝動を抑えながら、部屋の奥へと移動した。

***

実弥さん──鬼殺隊の柱として前線で戦っていた人──と、こういうことをするのは初めてではないのだけど、何回やっても慣れない。
傷だらけの腕に組み敷かれ、沢山の鍛錬でぶ厚く、固くなった掌で頬を撫でられ、骨太の指先で輪郭をなぞられる。
禰󠄀豆子。私を呼ぶ声が、どこか切羽詰まったように聞こえて、胸が高鳴る。握られている手にぐっと力が入って、実弥さんが私にのしかかって来た。

「……」

そのままピクリとも動かなかったので、不安になって名前を呼ぶ。すると実弥さんはシャキッと起き上がり、そのまま「湯と着替え持ってくるわ」と言い、部屋を出ていってしまった。
視線を落とす。どろりとした白い液体が下腹をゆっくり伝った。途端、急に切なくなる。
この行為がなんなのか、知らない訳では無い。最中、愛されてるな、と感じるし、丁寧に取り扱ってくれていることも分かっている。けれど実弥さんはいつだって、子種を私の中に注いだことは無かった。
実弥さんは、私との子どもが欲しくないのだろうか。こんなに好きなのに。そこまで考えて、思考が落ち込んでいることに気付く。ダメダメと首を振って雑念を振り払った。

***

湯と着替えを持って部屋に戻ると、禰󠄀豆子は目を閉じて寝ていた。
起こさないように布団に潜り込む。最初に会った時より随分と大人びてきたな、と寝顔を見て思った。
湯に手拭いを浸して身体を拭こうとする。と、気配を感じたのか長いまつ毛がゆらりと揺れた。

「ん……実弥さん」

身体を起こそうとする禰󠄀豆子に、いいから寝てろと声をかける。

「無理させちまった」

「ううん……」

大丈夫。寝ぼけているのか、敬語を使わない禰󠄀豆子は久々だった。貪りたい衝動がわき出るのを、奥歯を噛んでぐっと堪えた。
華奢な身体に手拭いを当てる。こんなに細い身体なのに漬物石や布団を平気で持ち上げるから不思議だ。コイツがいて、色々助かったこともある。指が欠けているというのは、生きていく上で存外不便だった。
最後に吐き出した精を拭き取って、ため息をつく。この行為に何の意味があるのだろう。ただ快楽を求めるだけのものなのに。

もし俺の最期が見えない程遠くにあったら、沢山の子どもや孫に囲まれて余生を幸せに過ごす。そんな未来があったかもしれない。
でも、すぐ近くに終わりが見えている命だ。俺の方が先に逝くと分かっていて、どうして俺の命の欠片を遺すことが出来ようか。
俺の苗字も俺の血も、コイツの足枷にしかならないと。

「なァ」

すっかり寝てしまった禰󠄀豆子に話しかける。当たり前だが、返事は無い。
起こさないよう頬を指先でそっと撫で、そのまま言葉を続ける。

「お前の傍にいた……髪の毛が黄色いヤツ。我妻だっけか。……アイツの方が──」

言いかけて、やめた。俺以外の男にコイツが抱かれる想像なんてしたくない。なんて面倒臭い男だと心の中で自分を詰った。

「……こんな俺の、何処がいいってんだよ」

溜息にも似た呟きは、誰に聞かれることもなく溶けて消えた。

エンドリケリーのジレンマ

(ねえ、どうしてそんなことを言うの)(私、貴方の全てが欲しいのに)
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湖月に誘われて(kmt:さねカナ)

「ねえ、不死川君」

その日は風が少し強く、空には雲が広がっている。
たまに切れ間から射す月明かりが辺りを弱々しく照らしていた。
時折、水面が跳ねる音が聞こえる。
どうやら水辺が近くにあるらしい。

合同任務。と言うと下弦レベルの鬼退治だと思うが、実際は討伐に時間がかかっているんだとか。
そんなに手強い相手なら俺が塵芥になるまで刻み尽くしてやる、と怒りに震える反面
下弦の鬼でもねぇ雑魚に手間取ってるんじゃねェ、という隊士に向けての呆れもあって
俺の胸中はちっとも穏やかじゃなかった。

そんな中、合同任務の相手が花柱の胡蝶カナエときたもんだ。
蝶のように、ふわふわしていて危なっかしい女。目を離すといなくなってしまいそうな、儚い雰囲気をまとう女。
俺はそんなコイツのことが、理由もなく気になっていた。
そんな状況だから、気もそぞろになってしまう。

「なんだよ」

つい強めになってしまった語気にも動じず、胡蝶は言葉を続ける。

「湖が近くにあるのかしら。小舟で沖に出てみたいわね」

「はァ?」

何言ってんだ、コイツ。
こんな暗闇の中で舟なんか出してみろ。

「死にてぇのか」

俺の一言に胡蝶は「ううん」と首を横に振り、それから静かに笑った。

「湖の真ん中から見上げる月はきっと綺麗なんだろうなって」

「月?」

空を仰ぐ。
ちょうど話題に出たそれは雲の中に隠れているらしい。

「言っとくけどよ、たとえ近くに湖があって舟があったとしても絶対乗らねぇぞ」

「私が貴方と舟の上で口付けしてみたい、って言っても?」

「は、」

間抜けな声が出て、無意識に足が止まった。
動揺している俺を無視するかのように、胡蝶はスタスタと歩を進めていく。

「お……おいこら、待て!」

「なに?」

くるりと、何事もなかったかのように振り返る胡蝶の元へ大股で近付く。

「テメェ、今この状況分かってんのかァ。巫山戯たこと言ってんじゃねぇぞ」

「冗談に聞こえた?」

上目遣いで見つめられ、思わず目を逸らす。
くそ、調子狂うぜ。
心境の変化を見抜かれる前に、話題を変えた。

「……大体、月見なんざ湖の上じゃなくても出来るだろォ」

「ふふ、そうね。お月見には相応しくないかもしれないわね」

でも、と呟くように言い
胡蝶はもう一歩、俺との距離を詰めた。

「舟に乗ってしまえば二人きりになれるでしょう?風柱でも花柱でもなく、鬼殺隊の一員でもなく、ただの男と女になれる気がするの」

ただの男と女。
そんなもんになってどうするんだ。
俺達が普通の人間になったところで鬼がこの世から滅ぶ訳でもないし、失ったものが戻る訳でもねぇ。
世迷言だ。こいつの妄想だ。

──頭ではそう考えているのに、心のどこかでは
陽の光の下で、俺と胡蝶が仲睦まじく歩く光景を想像してしまっている。
もし、俺達が鬼を知らない
普通の、男と女だったら。
どんな未来が待っていたのだろう。

風が強く吹いて、白い光が胡蝶の輪郭を薄く縁取る。

「……ただの男と女になって、それからどうするんだァ」

思ったことを、口にする。
そうね。一呼吸置いて、紅を纏った唇が動く。

「普段話さないような、取り留めのないことを話したいわ。すっかり春らしくなったわね、とか、新しい甘味処が出来たらしいわよ、とか」

「……」

「……バカみたい、って思う?」

それまで楽しそうに話していたのに、急に寂しそうに微笑む、から。

「……チッ」

俺はどうしても、この女のことを
放っておけないのだ。

「……たら、」

「え?」

「もし雲が晴れて風が止んで辺りの鬼を一掃して月が出たら、一緒に舟に乗ってやるって言ってんだァ」

「あら、いいの?」

俺は何も言わず、歩き出す。
夜はこれからだ。
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ノンフィクションな恋愛ファッションショー(キ学/さねカナ/を見つめるモブ子)

注意
・さねカナと言いつつあんま要素がない(さねたゃの強引さが見たかった)
・モブ子目線(イチャついてるところを間近で見たかった)
・諸々未予習(本編のみ)
・久々歌詞夢(ミステリー)
・なんでもいいよの民のみ閲覧おすすめ

それではどぞ



高校最後の学校祭、の
3日目の土曜日、の
夏真っ盛りの暑い夜。

この時代になってやらされるとは思わなかった
グラウンドのど真ん中で煌々と燃え上がるキャンプファイヤー(火の始末どうするんだ?)


それを囲みながらゆるゆると進行している全校生徒対象のフォークダンス(本当にいつの時代だよ)


「あらあら、みんな楽しそうに踊っているわね」
横で楽しそうに笑う、生物の先生。
理由は分からないけど、当学校のブレザーをタートルネックの上から羽織っていた。

「あなたは踊らないの?」

「はあ……」

選択授業で生物を取っていないため、この先生──胡蝶先生──と喋るのも初めてだし
なんなら関わりもないので(何年生の担任かも分からん)(と言うか担任持ってるのか?胡蝶先生は)
キャンプファイヤーをぼんやり見つめながら
アホほど忙しかった学校祭を振り返っている女の隣に
いきなり隣いいかしら?なんて可愛らしい声と共に現れたもんだから
回らない頭でアッアッダイジョウブッス、って小汚い声で出迎えてしまったことは許して欲しい。

「それにしてもさっきから校舎で爆発音がすごいのだけど、なにか学校祭実行委員会で催しでもやっているのかしら?」

「そんな話聞いてないですけどね……」

胡蝶先生の言う通り、背後にそびえ立つ校舎から恐ろしい程の爆発音と崩壊音がさっきから鳴り止まない。
鳴り止まなさすぎて生徒諸君らはもはや意に介さずのろのろとフォークダンスを踊っている。
犯人は美術の宇髄先生なんだろうけど、一体何をしているかは不明だ。
ファンキーすぎるだろ。
これから校舎を解体するのかな?業者じゃあるまいし。

そこら辺に立てられたポールに括り付けられているスピーカーから「次は中学2年の里芋組です」と、フォークダンスの進行状況が流れてくる。

あたしは3年なので、まだずっと先だ。

ぞろぞろと気だるそうに集まる生徒の姿を見て、あたしは無意識に大きなため息をついていた。

「あらあらどうしたの?ため息」

「そりゃため息もつきますよ」

なんでこのクソ疲れてる時にクソだるいフォークダンスなんか踊らなきゃならんのや。
心の中に住んでいる謎の関西人がツッコミを入れてくる。
本当にその通りで、3日間売り子として休むことなく店に立っていた疲れが今ドっとあたしを襲っている。
今すぐ光の速さで帰って横になって寝たいのだよあたしは。

「学校祭、楽しくなかった?」

急にあたしの視界に入ってきた胡蝶先生に、肩がビクッと跳ねた。

「そっ!そりゃあ……まあ、楽しかった、ですけど」

悲しそうにあたしを見つめていた瞳が、あたしの言葉を吸収してぱちりと見開かれる。

「そう、良かった」

ニコニコと喜ぶ胡蝶先生がキャンプファイヤーの火に照らされて
キラリと魅力的に見えた。
フォークダンスが終わるまでに意中の相手に告白したら叶うなんてジンクスが存在するんだったら
今この瞬間がベストなんだろうな、なんてバカみたいなことを考える。

***

思い返せば3日間マジで忙しかった。
ただの、よくある、ワンパターンな
軽食や飲み物を出す喫茶店だったのに
何故か毎日ほぼ満員で
隙間時間に慌てて買い出しに行ってたくらいだった。
その結果学校祭売上コンテストでうちのクラスは見事1位を取ることが出来たのだけど。

なので、学校祭の催し物や模擬店を巡ることなんて出来ず
演劇やダンスなどのステージ発表すらも観に行けず
なんなら毎年人気の先生達によるパフォーマンスすら観に行くことも叶わなかった。
(今年はあの冨岡先生がV系バンドの曲を熱唱したらしい……)(マジか。聴きたかった)(っていうかV系バンド聴くんだ)

だから、学校祭が楽しかった
なんて思う体験も経験も出来なかった。
最後の学校祭なのに。

あーあ。
真っ暗な空を仰いで、校舎からやってくる爆風に髪を押さえた。

と、その時。
校内放送の前にかかるチャイムが、暗闇に響き渡る。
ざわつく人影。

「あーあー、声聞こえてる?」

スピーカーから、男性の声。
あら、宇髄先生だわ、と
隣の胡蝶先生が呟いた。

「おーい実弥ちゃん、急いで胡蝶先生のこと見つけろよな!早く見つけないと、学校が派手に吹っ飛ぶぞ!」

「えっ、私?」

宇髄先生は心無しか飛び跳ねるような声で放送を続ける。

「さてさて、胡蝶先生は学校の何処にいるかなーっと。フォークダンスが終わるまでがタイムリミットだ!」

校内放送の終わりを告げるチャイム。
と同時に再び爆発音。

「……名前、呼ばれてましたけど?」

「……なんでかしら?」

顔を見合せて、疑問符を浮かべる。
ちなみに実弥ちゃん、と言うのは数学の先生の不死川先生のことだ。
不死川先生の数学は高校の3年間ずっと受けているから、どんな先生かは分かるけど。

「胡蝶先生、不死川先生になにかしたんですか?」

「うーん、覚えはないわね」

胡蝶先生は首を傾げ、柔らかそうな唇に人差し指を当てながら何か考えている。

「でも不死川先生のところに行かないと……理由は知りませんけど、このままだと学校がなくなるらしいですよ」

不死川先生が胡蝶先生を探していること
宇髄先生が学校を壊そうとしていること
繋がりは全く分からないけど、このままにしておく訳にはいかない……のかな?
宇髄先生なら芸術だ!とか言いながら本気で学校壊しそうだし。
胡蝶先生はうーんうーんと唸りながら、あたしにこう言った。

「でも、生徒に紛れて隠れてろって」

「えっ?」

誰が言ったんですか、そう言いかけたあたしの言葉を
ひときわ強い風が遮った。

「胡蝶先生!」

背後から聞き覚えのある声がして、胡蝶先生と一緒に振り向く。
そこには息を切らした不死川先生が立っていて、どこからかスポットライトの光がギラリと当たっていた。
眩しくて、思わず手のひらで視界を守る。

「不死川先生」

どこからか、おおっ、と声が沸いた。
なになに、なんだこの状況。
ふたりはひかりの中で目を逸らさずに、ずっと見つめている。
不死川先生は大きく息を吸い、ガシガシと乱暴に頭をかいた。

「……ってか、なんでこんなところにいんだよ」

「えっ?」

キャー!とか、
なになに!?とか、
あちこちから声があふれ出す。
あたしはというと、スポットライトに照らされながら
このふたりが作り出す空気が告白前のそれで
全く関係ないのに一人でドキドキしていた。

「探しただろーが。これから校舎の後片付けがあんだろォ」

「あっ、そうですね。ごめんなさい」

でも、と揺れた胡蝶先生の掌を
不死川先生はさっと掴み握りしめる。
行くぞ、と踵を返した不死川先生の耳は赤くなっていて
胡蝶先生の頬も同じくらい赤くなっていたのが、ハッキリ見えた。
ふたりの姿がスポットライトからなくなった瞬間に、わっとグラウンドのテンションが上がる。
キース!キース!重なった冷やかしの声を
うるせえテメーらぶっ飛ばすぞ!
いつもより上ずった不死川先生の怒号がかき消した。
花火のようにやかましく鳴っていた爆発音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。

「……すごすぎ」

あたしはと言うと、震える唇を両手で隠しながら
目の前で展開された恋愛ドラマのワンシーンを焼き付けるように、その場に立ち尽くしていた。
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その一言があたしの世界を救う(キ学:数学教師 褒められたかっただけ)

あたしは
お姉ちゃんよりも
弟よりも
馬鹿で馬鹿で馬鹿で
親の期待をいつも裏切ってきた
所謂、親不孝者だ。

小学校も、中学校も
第一志望には合格できず
必死に勉強して受けた高校すら
受験当日に
「お前にはここの高校は無理だ」と、高校の正門に言われ
「どうして姉さんも弟も賢いのにお前はそんなに馬鹿なんだ」と、解答用紙に笑われ
「生きてる価値ないよ」と、誰かに耳元で笑われた気がして。
あんなに勉強したのに、自己採点は散々なものだった。

聞こえるため息。
耳に入った嘲笑。
泣いて泣いて泣いて
それでも、朝はやってきて。

誰にも会いたくなくて、滑り止めの高校は遠いところにした。
片道2時間。
その分家にいなくて済むし、あたしのことを誰も知らない学校は案外居心地がよかった。

そう、あたしのことは
誰も知らなくていい。
そのままあたしの存在が消えて、なくなってしまえばいい。


空気のように生きてきた数ヶ月後
それは、予告通りにやってきた。

「んじゃテストを返すぞォ」

げーっ!という明らかなブーイングに
うるせぇ地の果てまでぶっ飛ばすぞ、と
教師らしからぬ返しをしたのは数学の先生。
あたしはこの先生が苦手だ。
苦手だけど、とても分かりやすい授業は好きだ。
赤点取った奴は今日から補習なァ
そう言った先生の表情はどこか意地悪そうに見える。

赤点はとってないはず。
手応えはあった。
流石に満点とは言わないけれど、9割は越えているはず。

「聞いて驚け、この中に満点取った奴がいる」

その一言に、教室がざわめいた。
うっそー!とか、ありえねー!とか
野次にも似た言葉が飛び交う。
そんなクラスメイト達を見渡し
ふん、と鼻を鳴らして数学の先生が笑った。

「嘘じゃねぇし有り得るんだなこれが。逆に赤点は数多くいるから覚悟しやがれェ」

じゃあ出席番号1番の奴から来い、その先生の言葉に
ガタガタと番号順に立ち上がり、解答用紙を受け取る。
自席に帰ってくるみんなの表情は様々だ。

そしてあたしの番。
数学の先生の前に立ち、解答用紙を受け取る。
一番に目に飛び込んできたのは大きく右端に書かれていた「100」の文字。

……嘘だと思った。

顔を上げると、いつも眉間にシワが寄っている先生が
「頑張ったなァ」と、柔らかく笑ってくれた。

頑張ったな。
それは今まで生きてきて、初めて言われた言葉。
親にも、兄弟にも
誰にも、言われたことがなくて。

あたしは、その場で泣いてしまった。

あーっ!しなセン女の子泣かしたーっ!
うわー、パワハラだー!通報通報!
遠くで聞こえるクラスメイトの喧騒が眩しい。
けれど、数学の先生は泣いてるあたしに狼狽えることなく声をかけてくれる。

「俺知ってるぜ、毎日遅くまで図書室で勉強してたよなァ。難しいテストだったのによく満点取ったぜ、大したモンだァ」

テメェらもコイツの勤勉さと努力を見習え!
と、一発吠えた。

嬉しくて嬉しくて
思わず手に力が入って
解答用紙がくちゃくちゃになっても
涙の向こうで、先生は優しく笑っていた。



その一言があたしの世界を救う



「セクハラになるからなァ」と、そっと差し出された紺のハンカチが
涙で滲んで、優しさで胸がいっぱいになって
口からこぼれた感謝の言葉は
びっくりするほど震えて小さかった。


【たださねたゃに頑張ったなって言われたかっただけ……】
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