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甘え下手王子の憂鬱(キ学:数学教師 シリーズもの)

学生時代の思い出TOP3に入るような行事に、まさか教師として参加する日が来るなんて。

「今回、中学3年生の修学旅行の引率をお願いしたいんだけど」

理事長室にいきなり呼び出しを受けて(教師でも呼び出しされるんだ)おそるおそる理事長室を尋ねると
理事長に笑顔でそう告げられて、一瞬固まった。

「……え?」

中学3年生の修学旅行の引率?わたしが?
今年、この学校の中学生を教えていないので、なぜわたしが指名されたのか全く分からない。
その旨を理事長に伝えると、すごくシンプルな理由が返ってきた。

「今年、中3を担当している女の先生がいなくてね。修学旅行には女の先生が1名以上引率しないといけないんだ。胡蝶先生には高3の修学旅行の引率をお願いしようと思っていてね」

なるほど。
胡蝶先生は高3のクラスの担任なので、高校生側の引率になるのは当たり前で。
きっと数少ない女の先生達が、毎年代わり代わり修学旅行の引率を担当しているのだろう。
それはそれとして、懸念点ひとつ。

「分かりました。けど、今の中3を担当していないので、生徒の名前とか把握していないのですが……」

「うん。ただ、あくまで引率だから、女子生徒が困っていたら助けてあげる、くらいのスタンスで大丈夫。旅先で急に体調を崩したり、精神的に不安定になったりする子がいると思うから、そんな子ども達に寄り添ってあげてほしいんだ」

「は、はい」

そもそも、当たり前なんだけど、修学旅行の引率なんて生まれてこの方したことがない。
急に不安になる。修学旅行の引率なんて、わたしに出来るのだろうか。もし修学旅行で事故なんか起こしたらどうしよう。

……そんなわたしの不安を見透かすように、理事長が笑って話しかけてくれる。

「不安になる気持ちも分かるよ。でもね、一緒に行く先生達は何度も引率の経験があるし、トラブルにも慣れてる。何かあったり、分からないことがあったら遠慮なく頼ってくれて構わないから」

「あ……ありがとうございます」

心遣いに一礼する。
隣に立っていた校長のあまね先生に、クリップ止めされた紙束を渡された。
見ると、修学旅行の行き先や旅の目的の他にかかる費用、クラス情報、生徒情報が書かれている資料だった。
生徒情報に至っては、アレルギーや性格、普段の様子などが事細かに書かれている。

「情報漏洩に当たりますので学校外への持ち出しは禁止となります。不明点がございましたら、3年学年主任の先生におうかがいしていただければと」

「分かりました。ありがとうございます」

渡された紙束はそんなに分厚いものでもなかったのに、責任の重さをずしりと感じる。
そんなこと、今考えても仕方ない。とりあえず最初に、学年主任の先生に挨拶に行かなきゃ。

---

「はァ?修学旅行の引率?」

同僚の不死川先生───プライベートでは実弥ちゃんって呼んでるんだけど、その実弥ちゃんと週末に飲みに行くのが恒例になっていて。
がやがやと喧騒の中、修学旅行の引率を頼まれたことを伝えると、不思議そうな顔をしてわたしを見つめた。

「お前、中3持ってたっけ」

「ううん」

「じゃあなんでお前が引率するんだよォ」

「それ、わたしも思って聞いたの!そしたら、女の先生が絶対に必要らしくって」

わたしの言葉を聞いた実弥ちゃんは、一瞬何かを考えるように目を伏せ、それから「ああ、」と、何か理解したように目線をわたしに戻した。

「胡蝶先生、高3の担任だからかァ」

「そ。んで、多分だけど他の女の先生が毎年交代で引率担当してると思うんだよね」

「そりゃそうだろ。毎年気が緩まらねぇ旅行に行かされるなんてキツすぎんだろうが。入れ代わり立ち代わりで引率を受け持ってんだろうなァ」

なるほどね。そう言いながら実弥ちゃんは、豪快にビールを流し込む。
相変わらず爽やかな飲みっぷりだ。
酒のアテに頼んだ軟骨の唐揚げを口に運ぶ。

「んで、どこに行くんだよ」

「チラッとしか資料見てないからあれだけど、お寺とか牧場とか行くみたい」

「俺らの修学旅行もそんな感じじゃなかったかァ?」

「そうだっけ?」

懐かしい記憶を引っ張り出す。寺に行ったのは覚えてる。お坊さんの講話があったんだ。さすがにどんな話かは覚えてないけれど。
でも、牧場なんか行ったっけ?行ったのは水族館だったような気もする。
そこの記憶が曖昧なのは、失礼だけど印象が薄かったからか、はたまた実弥ちゃんとわたしで記憶違いを起こしているかなのか。
記憶を漁っているうちに、別のことを思い出した。

「あ」

「?」

「抹茶パフェ」

「あァ?」

実弥ちゃんがメニュー表を手に取り、パラパラと一頻り捲った後に「抹茶パフェなんかねぇぞ」とご丁寧に教えてくれる。
いや違う、そうじゃない。

「抹茶ぜんざいだっけ」

「何がだよ」

「実弥ちゃん、食べてたよね」

「は?……」

そうだっけかァ?
実弥ちゃんの疑問形にうんうんと頷く。
目をキラキラさせて抹茶ぜんざいを食べるその顔がすごく可愛いかった覚えがある。
本人に言ったらキレそうだから言わないけれど。

「学生時代のこと、意外と忘れてるモンだなァ。記憶力には自信がある方なのに」

「そりゃ十年も前だったら色々忘れたりもするよ」

あの頃と大きく変わった目の前の同級生を眺める。骨ばった指先、鋭くなった目つき、大きな身体。
中学生の頃は同じくらいの体型だったはずなのに、いつしか大人になっていて。
実弥ちゃんを観察していると、薄い唇に目が止まった。なんだか胸がざわざわしてきて、慌ててお猪口に入ってる日本酒を飲み干す。

「今日家来るかァ?」

「へっ」

熱い喉から情けない声が出る。実弥ちゃんにぶはっと笑われた。その笑顔が中学生の時と同じで、なんだか一人だけタイムスリップ、した気分。

「なんつー声出してんだァ」

「だって飲んでる最中に話しかけるから」

「家来るか?って聞いただけだろォ」

目を細めて笑う実弥ちゃんの無防備な脛を軽く蹴り飛ばす。痛ぇ!と言いつつツボに入ったのか、笑顔のままだった。

「今日は帰る」

「なんだよ、怒ったんかよ」

「そういう訳じゃないけど、明日バスケ部の朝練が別の高校と合同で、朝早いから」

もつ煮を食べる。冷めているのに味が染みていて、これはこれで美味しい。

「へぇ」

「だから今日はこれで帰るから」

「了解」

すいません、と手を挙げて店員さんを呼ぶ実弥ちゃん。
便乗して、わたしも追加のお酒を注文した。

---

修学旅行当日まで、本当にあっという間だった。
日常の仕事は勿論、部活の遠征や講習、補習、修学旅行の打ち合わせなどが重なって土日もほぼ休み無し。
修学旅行の前日に慌ててキャリーバッグに荷物を詰め込んで準備したはいいけれど、緊張で寝れるはずもなく。
修学旅行一日目は眠気との戦いだった。
とは言え担任を持っている訳ではないので、割と気楽な気持ちではあったけど。
(一番最後のクラスにくっついているだけだった)

ただ、平和だったのは昼間だけだった。
と言うか、夜の方が遥かに忙しかった。

急に月のものが来て布団を汚してしまったと涙目の女子を対応したり
エレベーター(もしくは階段)の前に立ち、異性の部屋に行かないようにと見張り番をしたり
なんだか熱っぽいとロビーで蹲る男子の介抱をしたりと
布団に潜って寝るまもなく小さな仕事が次々と舞い込んでくるので
結局二日目以降も、睡魔との熱い戦いを繰り広げていた。
お陰で旅行があまり楽しくなかったのは事実。いや、楽しむつもりもなかったけど、まさかこんなに忙しいとは。
当時の先生方に足を向けて眠れないなと、改めて感じた。

細かいトラブルはあったものの、大きな事件に巻き込まれることもなく終わったのは、他の引率の先生達がビシッと締めていたからだろう。
生徒への指導、力の抜き方、引率の距離感など沢山の学びがあって、自分が担任を持つ前に修学旅行の引率が出来て良かったと、帰りの列車の中でウトウトしながら思った。

---

「ただ今戻りました」

三泊四日分のキャリーバッグを引きずりながら職員室に入って自席に向かう。
机の上にはプリントの束やら不在時のメモなんかが山のように乗っかっていて、一気に現実に引き戻された。
ため息をつきながら座る。授業中なので、職員室にはあまり人影がない。
なんとなく、隣の席──不死川先生の席を見る。無駄なものがなく整頓されてて、わたしとは大違い(いや、この状況じゃ仕方ないんだけど)
携帯を取り出して、不死川先生に連絡する。授業中だけど、さすがにマナーモードにしているだろう。
送信して、一息。
気合を入れて、机の上の片付けに取り掛かることにした。

---

「わざわざ悪ぃな、気ぃ遣わせちまって」

実弥ちゃんに大きな紙袋を渡す。
お土産を渡したい、と連絡したら
今日の帰りに受け取るわ、と返ってきたので
実弥ちゃんの家の最寄り駅で待ち合わせすることにした。
お前ん家の最寄り駅でいいと言われたのだけど、仕事で疲れてるのに申し訳ないなと思ったから。

「いえいえ、いつもお世話になってるので」

「うお、美味そう。サンキュー」

紙袋の中身を見て、目を輝かせる実弥ちゃん。お気に召すといいのだけど。

「お前、明日振休?」

「うん、二日間」

「部活は?」

「冨岡先生が見てくれるって」

「……ふーん」

……冨岡先生の名前出すと、ちょっと不機嫌になるんだよなあ。冨岡先生と実弥ちゃん、仲悪いってのは知ってるんだけど。

「それじゃ、帰るね」

目的を果たしたのでキャリーバッグの取っ手を取り、駅の改札に向かおうとした、その時だった。
ちょっと待て、と背後から声をかけられる。

「なに?」

「……」

口をへの字に曲げ、難しそうな顔をしてる実弥ちゃんが映った。
なんで呼び止められたのか分からなくて、距離を詰める。

「どうしたの?」

「いや……」

がしがしと頭をかいて、目を遊ばせる。落ち着きがない実弥ちゃんを見るのは初めてかもしれない。

「もしかしてお土産のお菓子、嫌いだったりした?」

「そういうことじゃねェ」

「俺の前で冨岡の話すんじゃねェ!……ってこと?」

「……それでもねェ」

「???」

なんだかハッキリしない。実弥ちゃんの言葉を待とうとしたけれど、タイミング良く列車がホームに到着する旨のアナウンスが響いた。

「ここで言いづらいことだったら、後で連絡ちょうだい」

再び踵を返す。
すると、キャリーバッグを持っていた方の肘が勢いよく掴まれた。
振り返ると、目を見開いた実弥ちゃんと視線がぶつかる。
切羽詰まった表情に、思わずびっくりする。

「なに?なに?どうしたの?」

「……」

顔を覗き込むと、ふいっと目を逸らされる。
訳が分からなくて、戸惑った。

「……実弥ちゃん?」

名前を呼ぶと、肘を掴んでいる手のひらの力が強くなった。
引き止めたい理由でもあるのだろうか。でも、なんて聞けばいいのだろう。思い当たる節はもうないし。
そんなことを考えていると、不意に実弥ちゃんにキャリーバッグを奪われた。
実弥ちゃんはそのまま大股で、駅の出口に向かっていく。

「え!?なんで!?」

実弥ちゃんを急いで追いかける。全く意味が分からない。
修学旅行中に酷使したふくらはぎが軋む。
実弥ちゃんは駅の出口でわたしを待っていた。街灯に照らされてる表情は、さっきの状態から変わっていなくて。

「ねえ、どうしたの?なんかさっきから変だよ」

「……」

ここまで変だと、わたしがなにか怒らせるようなことをしてしまったのかと不安になる。
でも、お土産を受け取った実弥ちゃんは嬉しそうだったし、冨岡先生の名前出したから不機嫌になってる、って訳でもなさそうだし
むしろなんだか、しゅんとしているような。
こうなったら今来る列車は諦めて、次の列車に乗ろう。
そう腹を括った、その時だった。

「……帰るなァ」

ぽつりと漏らして、それから口を手のひらで隠す実弥ちゃん。
ややあって、言葉を続けた。

「……明日休みなんだろォ。だったら、急いで帰らなくてもいいだろうが」

「え?」

「だからァ」

泊まってけって言ってんだァ。
実弥ちゃんの一言に、微かな違和感を覚える。
普段「泊まっていけ」なんて言わないのに(家に来いとは言うけど)なんで今、そんなことを言ってきたんだろう。

「わ、わたしはいいけど、実弥ちゃんはいいの?」

「いいから言ってんだろォ」

「で、でも、なんで急に」

「いいだろ別に」

「い、いいけど……」

「……」

「……」

列車の発車を伝えるアナウンスが、遠くから聞こえる。
やっぱり変だ。こんなに落ち着かない実弥ちゃんを見るの、初めて。
ホントに泊まっていいの?と、聞こうと思って口を開こうとする前に
悪ぃ。ポツリと、実弥ちゃんが謝ってきた。

「いきなり言われても……困るよなァ」

「えっ」

「悪ィ、ワガママだった」

ワガママ。
その一言に、実弥ちゃんの言動の違和感を、ようやく理解した。
もしかして、もしかしなくても。


甘え下手王子の憂鬱


確かめようとしたけれど、やめた。
それを言ったら、壊れてしまいそうな気がして。
(この日の夜、いつもよりベタベタに甘えてきた実弥ちゃん)(可愛かったんだけど、もっと早く言ってくれたらよかったのに)
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