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その風をまちわびるH (kmt:風柱)

暗がりの部屋に、小さい灯りがひとつ。
頼りなくとも安心するような色の中で
敷いた布団の上に、男女が正座で向かい合いながら
お互い何も言わずに座っていた。

「……」

「……」

目の前にいらっしゃるのは、この家の主でわたしを雇用してくださってる風柱様。
……とお呼びすると最近は返事をしてくれないので、恐れ多くも下のお名前でお呼びしている。

そんな彼、実弥さん──に、夕餉の後「落ち着いたら俺の部屋に来い」と言われたので
言われた通り、一通り家事を終えてお部屋に向かうと、実弥さんはお布団の上で正座されていた。
わたしもそれに倣って正座をしたのはいいのだけど、ここになぜ呼ばれたのか分からず。もしかして説教かもしれない、と、ここ最近の行動を振り返っている途中で、不意に名前を呼ばれた。

「はい」

「……」

「……?」

なにか、言いあぐねている様子だ。
もしかして、言葉にするのも躊躇われるくらいにどデカいことをしでかしてしまったのだろうか。
思い当たる節がありすぎて、顔から血の気が引く。
もしかしたら暇を言い渡されるかもしれない。

「あの、気付かないうちに粗相や無礼なことをしてしまったのでしょうか」

「は?」

「そうでしたら申し訳ございません。身を引き締め、より一層風柱様のお役に立てるよう」

そこまで言うと待て、と制止される。
しまった、風柱様呼びしてしまったとそこで気付いた。
怒られる。慌てて頭を下げた。

「す、すみません!」

「あ!?なんで急に謝るんだよ」

「いえ、風柱様呼びをしてしまいましたので気分を害されたかと」

「んなの、どうでもいいわァ!待てって言ったのはお前が勘違いしてるからで」

「へっ」

顔を上げる。
困ったように眉を下げ、複雑そうにする実弥さんが映った。

「……お前はよくやってくれてる。役に立たねぇなんて思ったことなんてねぇし、むしろ感謝してる」

「そんな、勿体ないお言葉です」

「それで……」

「……」

「……」

「……」

やはり、いつもと雰囲気が違う。
心配になって顔を覗き込むと、ぷいと逸らされた。

「あー……なんつーか、その」

「……実弥さん?」

「えーと……」

「……お身体の具合が悪いのであれば、もう横になった方が」

「いや、違うんだァ……」

「違うと仰りますが、顔色が悪いように見えますよ」

「いや、具合が悪いわけじゃねぇんだ」

「ではなぜ、そんなに顔が赤いのですか?」

「!?」

ばっと顔を隠される。
もしかして古傷が傷んでいるのでは。
風柱の頃から彼は傷口を自分で処置していたり放置してしまう癖があったので、もしかしたら今回もそれかもしれない。
発熱しているのかと、容態を確認するため手を伸ばすと、勢いよく手首を掴まれた。
冷たい体温に、情けない声が出る。

「ひゃっ」

「あ!悪ィ」

「いえ、こちらこそ情けない声を上げてしまいすみません」

「いや……」

「……あの、手を離していただけますか」

わたしの申し出に、実弥さんは応えてくれなかった。
握られている手に、力が入る。

「……」

「……」

伏し目にくっついている長いまつ毛が、淡い明かりに揺れる。
その姿になんだかドキリとして、喉が詰まった。

「……おい」

「……はい」

握られていた手がそっと離れ、それからわたしの手を優しく包んだ。

「……俺は、老い先短けぇから、だから……お前のこと、碌に幸せにしてやれねぇかもしれねぇけど、それでも俺は、お前と……お前と、夫婦になりてぇと思ってる」

「……え?」

夫婦に?
誰が?誰と?いつ?
実弥さんが祝言を挙げるということ?
誰と?どこで?
というか今、縁談の話とか祝言の話とか、してたっけ?
急展開に、脳が完全停止した。

「す、すみません。聞きそびれてしまったのですが、どなたと夫婦になると?」

「はァ!?お前、聞いてなかったのかよ!」

語気が強めで迫られたので(こ、こわい)正座が崩れて、後ずさる。
実弥さんはわたしを見開いた目で見つめていて、そして顔を覆って大きくため息をついた。

「……そうだよなァ、お前はそういう奴だった」

「?」

覆われた顔から、くつくつと笑い声が聞こえる。
ややあって、目尻をふにゃりと下げた実弥さんがわたしを捉えた。

「……お前を好いてる。だから、俺と夫婦になれ」

「……は、」

「聞こえただろォ?んで、どうなんだよ」

どうなんだよ、と言われても。

「わ、わたしですか?」

「当たり前だろ、他に誰がいんだよ」

「え、あ、えっと、でも、なぜ……?」

それは、単純な疑問だった。
実弥さんは「んー……」と目線を宙に泳がせ、それから「なんでだろうなァ」と、肩を竦めた。

「ただ、お前と一生を添い遂げてぇと思ったんだ」

「一生」

「そりゃそうだろォ。他の男になんざ渡さねぇぞ。ずっと俺の傍にいろ」

「あ……」

いつの間にか距離が縮まっていて、ぼんやりとしていたわたしの手のひらをそっと掬った実弥さんは、そのままわたしの指先に唇を寄せた。
柔らかな熱に、鼓動が早まる。

「……んで、返事はどうなんだよォ」

「ふぇ、」

「夫婦になってくれるよなァ?」

その問いに、正直な気持ちを告げる。

「あ、あの……わたし、夫婦になると言うことがよく分からなくて」

「俺もだ、っつーか、誰だってそうだろうが」

「あの、ご迷惑ばかりかけるかもしれませんし」

「夫婦なんだから気にすんなァ。病める時も健やかなる時もってやつだろォ」

「……こんなわたしで、良いのですか」

「……お前だから、いいんだよ」

ふわりと、匂やかな風がわたしの頬を撫でる。
耳元まで自分の心音が聞こえてきて、なんだか恥ずかしくて、でも、ちゃんと言わなければと思った。

「不死川実弥様」

「……」

「不束者ですが……どうぞよろしくお願いいたします」

「……ん」

刹那、お互いの唇が触れて
そのまま押し倒される。

「あっえっ、あの」

「……いいだろ?」

重なる手のひら。
初めての展開に、喉が鳴る。

「……何も知らない生娘ですが、」

「俺だって……経験があるわけじゃねぇよ。だから、痛いとか怖いとか、もしなんかあったら蹴飛ばしてでも止めてくれ」

「は、はい」

元柱の方を、一端の元隠の女が蹴飛ばすことなんて出来るのだろうか。
そんな有り得ない状況を想像して、思わず口から笑みがこぼれる。
何笑ってんだと、鼻をつつかれた。

***

甘い吐息が滲んで、夜の空気に溶けていく。

「……お前、これ」

隊士の時に負った、肩口から胸元に走っている傷口をするりとなぞられた。
慌てて隠す。

「……すみません、見苦しい身体をお見せしてしまって」

「いつの傷だァ」

いつだったか。
任務で相対した鬼にバッサリ斬られた時の傷跡だ。
その件がキッカケとなってわたしは隊士を辞め、そして隠となったのだった。

「いつかは覚えていませんが、鬼から受けたものです」

「結構深いな」

「はい。出血が酷く、快復したのは奇跡だと蝶屋敷の者に言われました」

「お前も俺も、よく生きてたよなァ」

「ふふ、本当にそうですね」

小さな笑い声が部屋に響く。
この人も、最終決戦で色々あって
わたしも、任務中に色々あって
そんな中で、命だけは落とさなかったのは
本当に、奇跡としか言いようがなかった。

「……この傷、」

首筋に唇が触れる。
くすぐったくて、目を閉じた。

「……俺がもう少し早く、お前の元に戻ってりゃあこんなことに」

それは以前実弥さんと出掛けた時に、変質者に襲われて付けられた刃物の跡だった。
とはいえ、見える位置にあるわけではないので
そんなこともあったなと、しみじみ思い出す。

「……あの時、助けに来て下さって、本当にありがとうございます」

「ああ……もう、誰にもお前を傷付けさせねぇから」

だから、何かあったらすぐ俺を呼べよ。
その一言に、こくりと頷いた。

***

薄く射し込む陽の光に、目が醒める。
身体を起こすと、下腹部に鈍い痛みが走った。
思わず顔をしかめる。

「い、ったぁ……」

昨夜のことが思い出される。
そう言えば、実弥さんとあんなことやこんなことまでしちゃったんだった。
ただ、隣には実弥さんの姿がなくて。
どこに行ったんだろうと、きちんと畳まれていた寝巻きを身にまとい、部屋を出る。

実弥さんは台所に立っていて、朝餉の支度をなさっていた。
暖かくて、いい香りの湯気が広がっている。

「あっ!実弥さん」

「うわ!?お前、大丈夫か!?」

わたしを見るなり、実弥さんは手を止めわたしに駆け寄ってきた。

「朝餉の支度ならわたしがやりますから!」

「何言ってんだ、てめぇの身体を労れェ」

「でも、なんともありません」

「なんともねぇわけねぇだろ」

「大丈夫です」

「んなわけねぇって言ってんだ」

ぐいぐいと追いやられる前にと、前かがみになって草履を履こうとした瞬間
再び、下腹部に痛みが走った。
よろけるわたしを、逞しい腕が支えてくれる。

「いた、……っ」

「おい、大丈夫かよ」

「へ、平気です。少し下腹部に痛みが」

だから言っただろ、と
そのまま膝裏に腕を差し込まれ、ぐんと持ち上げられる。

「ひゃあ!?」

「いいから大人しく寝てろって」

実弥さんはそのままわたしを抱き抱え、寝室へと歩を進めていく。

「そんなっ、でも」

「夫婦なれば、いいことも悪ぃことも全部割るもんだろォ。足りねぇところはお互い補い合えばいい」

「あ、」

夫婦。
そう言えばわたし達、昨夜から夫婦になったんだった。
今まで手の届かなかったようなとてもすごい御人と、まさか夫婦となるなんて。
まだ、実感がわかない。
わかない、けれど。

「実弥さん」

「あ?」

「ありがとう……ございます」

「……気にすんなァ」

寝室に敷きっぱなしの布団にそっと降ろされ、それから痛む下腹部に大きな手のひらがあてがわれた。
仄かに暖かくて、不思議と痛みが和らいでいる気がする。

「さっきまで米といでたからよ、ちっと冷てぇかもしれねぇけど」

「いえ……とても、あたたかいです」

実弥さんの手に、自分のを重ねる。

「なァ」

「はい」

「祝言を挙げる前に、俺ん家の墓前に……夫婦になることを報告してぇんだけど」

断る理由なんてなかった。
勿論ですと答えると、彼は嬉しそうにはにかんだ。
春風が舞い込んで、ふたりを優しく包んで
なんだか満ち足りた気持ちになった。


その風を待ちわびる

fin
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その風をまちわびるG(kmt:風柱)

陽炎(かぎろい)の隙間、貴方の寝ぼけた熱が暖かくて
耳には遠くの雨音。
触れる、くちびる。


「んで?祝言も挙げずに同じ屋根の下で地味に暮らしてるってワケ?」

来客用の茶請けを用意していると、不意に後ろから声をかけられた。
慌てて振り返ると、柱に寄りかかっている音柱様が
腕を組みながらわたしをじっと見つめていた。

「あっ、音柱様」

茶請けを用意する手を止め、音柱様に深々と一礼する。

「……その呼び方、懐かしいな」

「わたし達隠にとって、柱の方々はいつまでも敬うべき存在なので」

「まあ呼びかたはどーでもいいんだよ」

お前さあ、と、
音柱様は表情を変えずに言葉を続ける。

「アイツのこと、どー思ってんの」

「アイツとは?」

「不死川しかいねーだろ」

「風柱様がどうかなさいましたか?」

わたしの言葉を聞いた音柱様は、目を丸くして、それから長いため息をついた。

「……そーいうカンジなワケね」

「あの、そーいうカンジ、とは?」

「いや……なんつーの、清々しいというかなんというか」

「風柱様がですか?」

そーじゃねぇよ!
音柱様は首をぶんぶんと横に振り、履物も履かずずんずんとわたしに近付いてくる。
あまりに急な出来事で、喉から裏返ったような、変な声が出た。

「へっ」

「あのなぁ」

わたしよりも数倍は大きい体躯の圧に、思わず後ずさる。

「男と女がひとつ屋根の下、何もないなんて派手にありえねーだろ」

「なっ」

ふと、この台所で指先に感じた唇の感触を思い出す。
柔らかい体温が脳裏に蘇り、顔がぶわっと発熱した。
途端、音柱様の表情が意地悪そうに緩む。

「あ、その顔。何もないってことはなさそうだな」

「な、なにを」

「ははーん、口吸いまではしてるみてーだな」

「し、してません!」

慌てて両手を後ろに隠す。
上から楽しそうな笑い声が降ってきた。

「鬼殺鬼殺と躍起になってたあの風柱がねぇ……」

「お、音柱様?なにか勘違いをされているような」

「いやいや、不死川も男なんだなと思ってよ。……もしアイツになんか言われたら俺ん所に来いよ?そん時は俺の嫁にして──」

ぐいっと迫られた時、音柱様の背後から聞き覚えのある怒声が飛んできた。

「おい宇髄!」

その声に反応するかのように、音柱様の身体がゆらりと揺れる。
わたしの目に、それはもう泣く子もさらに泣くくらい怖い顔をした風柱様が映った。

「どーもこーも、ただ女中さんと話してただけよ?」

「いけしゃあしゃあとしやがって。ぶっ飛ばされてぇのかァ」

「やん、こわーい。どうしてそんなに怒ってるのぉ?」

風柱様の強い語気を、ふにゃふにゃした物言いでさらりと躱す音柱様。

「つーかお前、何しに来たんだ!用がねぇなら帰れ!」

「あ!?いってぇ!」

そんな音柱様を逃すまいと風柱様は音柱様に一蹴り入れ
音柱様をここから文字通り、叩き出してしまった。

何すんだいってえな、うるせえ黙れ、その仕打ちひどくない、いいから帰れ
ぎゃあぎゃあと騒ぐ声はやがて遠くなり、ピシャリと玄関扉が閉まる音とともに完全に聞こえなくなった。

「……」

嵐が過ぎ去ったようだ。
一瞬の出来事にポカンとしていると、風柱様が頭を掻きながら姿を現した。

「あ、風柱様。音柱様は」

「帰った」

帰ったと言うより追い出されたと言うか。
それよりも音柱様、怒ってないだろうか。
風柱様の機嫌が悪そうだけど、何かあったのか。
心の中でそんなことを考えていたら、風柱様に「おい」と声をかけられた。

「はい!」

「宇髄になんか言われてただろ」

「えっ」

──男と女がひとつ屋根の下、何もないなんて派手にありえねーだろ

音柱様に言われたその言葉が、耳元で響く。

「な、なにも」

「嘘つけ」

「ほ、本当です」

「……」

風柱様を見るとさっき思い出したことや、街で膝枕をしてもらったこと
抱きしめたこと、抱きしめられたこと、を思い出してしまいそうで
咄嗟に地面に視線を落とす。
顔が熱くて、心臓がうるさくて。
それから、どれくらい経っただろう。
そっと顔を上げると、そこに風柱様はいなかった。

「……」

手のひらをきゅっと握る。
忘れてしまおう、と
出した茶請けをしまい、夕餉の支度に取り掛かった。


音柱様が帰った直後から降り出してきた雨は、次第に勢いを増していく。

「雨、すごいなあ」

呟いた言葉が、雨音で掻き消え流されていく。
寝巻きに着替え、布団に入ろうと思ったその時だった。
つむじに感じる、水の気配。

「えっ!?」

急いで天井を見ると、灯りの端っこで
雨漏りしているのが見えた。

「うそ、雨漏りしてる!?」

濡れないように急いで布団を片付け、台所から大きな鍋を持ってくる。
夜も遅いので、屋根に登るわけにもいかない。
それにこの雨漏りがどこまで広がるか分からないこともあって、ここで寝ることは出来ない。

「どうしよう……」

こうなったら仕方ない。
はしたないけれど、居間で寝よう。
布団を抱え、居間に向かうことを決めた刹那
部屋の扉がコンコンと、叩かれる音。
慌てて布団を下ろし、扉を開けると
そこに風柱様が立っていた。

「風柱様、どうしてここに」

「声が聞こえたからよォ、なんかあったんかと思って」

夜中に悪ィな。風柱様の謝罪に
滅相もない!と、重ねた。

「申し訳ございません!雨漏りに驚いてしまって」

「はぁ?雨漏りしてんのかよ」

言いながら風柱様は天井を覗き込む。

「はい。これまで少しも気づかず申し訳ございません」

「結構酷いのか?」

「いえ……そこまでではないと思うのですが、今日はこの部屋で寝ることは出来ないと思い、居間で寝ようかと準備をしておりました」

「……」

風柱様は雨漏りする天井を見つめたまま一息つき、わたしにこう言った。

「お前、俺の部屋で寝ろ」

「えっ」

「ここから居間に布団持ってくのも大変だろ。暗いから足元も見づれぇし、もしかしたら他の部屋も漏ってるかもしれねェ。今ん所俺の部屋は大丈夫だから、俺の部屋で寝ろ」

風柱様の仰ることはごもっともだった。
でも。

「で、ですが風柱様。お申し出はとても有難いのですが、風柱様にご迷惑をおかけすることは出来ません」

屋敷の主と同じ部屋で寝るなんて、そんなこと出来っこない。
わたしはただの女中で、彼は風柱様で──。

「……」

と、その時だった。
わたしの手のひらを、風柱様がすくって引っ張りだした。

「か、風柱様!?」

足が絡まらないように、必死について行くのが精一杯で
風柱様は何も言わず、ただわたしを引っ張っている。
そうして辿り着いた部屋の前
すらりと襖を開けたその奥に
布団が一組と、ぼんやりと光る行灯がひとつだけあった。

「……」

……勢いで寝室まできてしまった、けど。

「あの、風柱様」

「なんだよ」

「……やはりわたし、居間で寝ることにします!」

踵を返し、部屋に戻ろうとした時。
風柱様の手と腕が
さっとわたしの身体を包み込んだ。

「……行くな」

「 、」

抱き寄せられた両腕に力がこもる。
風柱様の柔らかな髪が首筋をくすぐって、息が乱れた。
風柱様と呼ぼうとした声は掠れて
鼓動だけが耳に響いて、
忘れようとした熱が蘇って
何もかも誤魔化すように
大きな手に、自分の手を重ねる。
ふっと緩む力。
抱きしめられていた両腕からするりと抜け出し、向かい合う。
見上げると、困ったような、今にも泣きそうな
そんな風柱様の姿が、目に入った。

あ。
そう思った時には、もう遅かった。
ぐっと近づく風柱様のお顔。
少しだけ開いていたわたしの唇に
熱を帯びた唇が押し当てられた。

「……風柱様、」

「……名前」

息がかかりそうな距離で、風柱様の長いまつ毛が揺れる。

「……実弥さん」

「……ん」


確かめるように


再び重なりあうふたつ、ぴたりと密着して
その感触がなんだか心地よくて
目を、閉じた。


ちょっとした事件があった話の続き。
スペシャルサンクス:宇髄さん

絶対宇髄さんサネチャが近くにいるの分かってたな
だからあえて誤解されるようなこと言って焚き付けたんだよほんといい人ありがとう(?)
サネチャ、宇髄さんにとられる!と思って
めちゃあせったんだろうな多少強引だけどそれがよい
ちゅうしちゃった流れでそのまま一緒に寝たけど多分なんもなかった。超健全。だって嫁入り前だし結婚してくれって言ってないし!この世界線のサネチャはちゃんとしてるはず。弊社キ学のサネチャは大分センシティブだけど(??)
最初の文に各柱の名前入れる試み、炎が一番悩んだな……かげろひっていいよね。夜明けの空。
遠くの空が白んで、わたしのすきな色に染まって
2人寄り添って寝ていて(もちろんなんもない)
サネチャの寝顔カワイイだろうな
このふたりどうなっちゃうんだろ】

その風をまちわびるF(kmt:風柱)

灰吹きから蛇が出る
とはよく言ったもんだ。
こんなこと、多分
後にも先にもありえないってば!


「おい、大丈夫か」

「は、はい……」

緊張、緊張、また緊張。
風柱様とひょんなことから町に買い出しに来ているのだけど
どっと吹き出す汗と、鳴り止まない鼓動と、ちょっとした暑さで
買い物途中ですっかり体力ゼロ。
外に縁台と野天傘がある甘味処で休憩している最中、だった。

「ちょっとアンタ、大丈夫かい?」

風柱様の腿を枕替わりにして(本当に本当に本当に申し訳ない)(申し訳なさすぎて口から正体不明の何かが生まれ出そう)くたばっているわたしの顔を甘味処の店員さんが覗き込んだ。
手には氷嚢と手ぬぐいをそれぞれ持っている。

「あァ、悪ぃな」

受け取った風柱様が、氷嚢を額に、手ぬぐいを首元に当ててくれた。
冷てぇぞ、と前置きされてあてがわれた手ぬぐいは予想より冷たく、しかし一瞬にして温くなった。

「今日は暑いからね、仕方ないさ」

「いや、俺が歩かせちまったから」

「そんなぁ……実弥さんは何も悪くないです……」

かろうじて吐き出した声は自分でも分かるくらい元気がなく、喧騒に紛れて消えた。

「わたしがあれもこれもと悩んでしまったので……」

「いいから、もう喋るなァ」

「ふぁい……」

ふわり、柔らかな風が頬に当たる。
風柱様が店員さんに借りた団扇でわたしを扇いでくれているのだ。
風柱様が鬼狩りの時に刀を振るっていた時の風とは違う、優しくて心地よい風。
そんなこと柱にさせてはいけない!と、普段のわたしなら全力で拒否するのだけど
どうにもこうにも、暑さで茹だった脳味噌のせいで上手く思考回路が働かないのだ。
あと、単純に拒否する気力も体力もない。
ゆえに、横になって色々されるがままになっている。

「回復するまで休んでいきなよ。好男子の旦那がついてるんだ、安心して横になっていられるだろ」

「ご配慮ありがとうございます」

「何かあったら呼んでおくれよ」

誰そ彼時がやってきて
わたしとあなたがいて。

「……すみません」

「だァから、謝るなって」

上から降ってくる風柱様のお言葉はとても優しくて、顔向けできない。

「とりあえず体調が整うまで休んどけェ。俺のことは気にすんなァ」

なんとか返事をしようと思ったけど、ぐわんと目眩がしたので
応答代わりにうんうんと首を縦に振った。


悲鳴が聞こえたのは、橙が濃くなり始めた頃。
確かに耳に届いた、きゃあという女の人の声。

「……!」

「今のは……?」

「ここから……近いな。河の方か」

全快、とまではいかないけれど。
氷嚢と手ぬぐいを避け、上体を起こす。
目眩や吐き気といった症状もなさそうだ。

だから、行かなければと思った。

「様子、見てきます」

「はァ!?」

お前正気か、と瞳孔を開いて言う風柱様に
間髪入れずはいと返事をする。

「多分、今の悲鳴を聞き取れたのはわたし達だけでございます。もしかしたら例の変質者かもしれません。近ければ間に合うかも」

「おい待てェ、んなもん警察に任せればいいだろが」

「その間に取り返しのつかないことになってしまいます」

「いや、それはそうかもだけどよ……って、おい!」

立ち上がり、声のした方向に向かおうとするわたしの手首を風柱様が掴んで止めた。

「テメェ、死にてぇのか!?」

「死なない程度になんとかやります。これでも元隠ですので」

「元隠だからって出来ることとそうじゃねぇことがあるだろうが!」

振りほどこうとするけれど、風柱様の手のひらからは
決して振りほどかれまいと力がめきめきと伝わってくる。
ではどうすれば!とつい声を荒らげてしまった。
風柱様の瞳が揺れる。

「……俺が行く」

それは、予想外の言葉だった。

「えっ」

「……喧嘩慣れしてねぇお前よりも、俺が行った方がいいだろ」

「風柱様にそんなこと!」

「馬鹿野郎、柱だからやるんだァ!」

その一言に、ハッとした。

そう、柱は──風柱様は、鬼狩りの最中
いつでもわたし達隠や、一般の方々を守ってくれていた。
その背中は揺らぐことなく、大きく、うち靡(なび)く羽織の後ろ姿に
どれだけたすけられたことだろう。

風柱様、と口にする前に
掴んでいた手のひらが解かれ、チッと小さく舌打ちが聞こえた。

「いいか、ここにいろォ。すぐ戻る」

「でも」

「俺に任せろ」

そう言い、風柱様は
わたしの頬をするりと撫で
何も言わず駆け出して行った。

「……へ?」

その場に残され、されたことに汗まみれ。

(な、え……今のって……なにが起こったの!?)

顔にぶわっと熱が集まる。
頬に触れるけど、異なる熱はもう見つからない。
ひえ、と喉から空気が漏れた。

(いや、わたしの具合を確かめるためだ。絶対そう。他意はない……はず!うん、そう。だから照れるな!照れちゃダメだ、絶対だめ)

冷静になれ!
自分に言い聞かせ、両頬を手のひらで叩く。

(そもそもわたしが不甲斐ないから迷惑かけてるんだし、浮ついてる場合じゃない。自分が未熟なことを恥じなきゃ)

ふうと長い息を吐き、それから吸う。
空を見上げて、気合いを入れた。

「よし!わたしも実弥さんを追って──」

この時、わたしは
自分のことばかり考えていて
周りのことなんか、全く見えていなかった。

「、!?」

視界に入る黒い影、首に走る鈍い痛み。
周りの人達がわたしを見て驚き、叫ぶ。

「お、おい!」

「きゃーっ!」

「来るなっ!近付いたらこの女を殺す!」

「えっ!?」

目線を下にすると、ぎらりと鈍く光る包丁の刃が見える。
なに、と疑問を口にする前に両手を拘束された。

「痛っ!……え、なになに!?」

「見つかった……おしまいだ……こいつを殺して俺も死ぬ」

こいつを殺して。
物騒な単語に、背筋が凍る。

「ちょっとあなた!例の変質者ですかっ」

「畜生……油断した……」

「あのっ、人の話聞いてます?」

下手に動こうとすると突き立てられた包丁の刃が肉に食いこんで痛い。
どうやら話の通じる相手じゃなさそうだ。

「おい、あんた!よさないか!」

「こんなことしたって何にもならないよ!」

周りの野次馬の群れから、変質者を宥める声が掛けられるけれど
やっぱりこの人には届いてないみたいだ。
ごくり、唾を飲む。

「死ぬ……こいつを殺して……俺も……!」

刃が肉にめり込む。
そこからどろりと血が漏れ首筋を伝って、心臓が跳ねた。

この人、本当にわたしを殺す気だ。
助けてと叫びたいのに、声が出ない。

ふと、風柱様の優しい笑顔が脳裏に浮かんだ。
ああ、風柱様。ご迷惑ばかりおかけしてすみません──。
ごうごうと唸る風に、目を瞑った。

「テメェェ何してんだアアァ!!!」

鈍い音、離れる痛み、響く金切り声。
大丈夫か!
聞き慣れた声に、はい!と、反射的に返事をした。
目を開けると、風柱様が心配そうにわたしの顔を見つめていた。

「大丈夫じゃねぇだろ馬鹿!お前、血が出てるだろうが!」

「えっ……あっ、風柱様」

「おい!誰か手を貸してくれ!」

わらわらと男性達がわたし達に駆け寄る。
状況を把握しようと思った瞬間、足から力が抜け
その場にぺたんと座りこんでしまった。

「あ……れ。すみません、足に力が、」

「無理すんなァ。あんな状況で動揺しねぇわけがねェ。俺に掴まれるか?」

「は、はい……」

途端、ぶるぶると身体全体が震え始めた。
上手く呼吸も出来ない。
じわりと目に涙が溜まって、視界が滲む。

「……すまねェ」


噛み締めたくちびる


暖かい風が、震える身体をそっと包み込んだ。

名前を呼んだ話の続き。
え?ご都合展開??いいんだよっ
やっぱピンチの時に助けに来てもらいたいじゃんっ
おんなのこはあんがいゆめみがち

助けに行かなきゃ!って思った理由
やっぱ元鬼殺隊の一員だからね
正義の味方って訳じゃないけれど
困ってる人を見過ごすことが出来なかったんだと思う

サネミチャン、多分助ける時に呼吸使ってると思う笑】

その風をまちわびるE(kmt:風柱)

霞色の着物が、降り注ぐ陽光を弾いてさらさらと輝く。
優しい微笑みと、ぎこちない距離と、重ならない二人の歩幅。

「おい、歩くの早ぇか?」

「大丈夫です、風ば……あ。いや、さ……実弥、さん」

言い慣れない名前を口にして、たどたどしさに変な汗が出る。

「おう」

わたしのことを気遣ってくれているのが分かるから、ただただ申し訳なくて。
ついて行くだけで精一杯だった。


昼下がり、夏の真ん中で。
こんな状況になっているのは、事情があった。


「変質者?」

そうなんです!と、鼻息を荒くしてわたしにずいっと近付く、文の配達員さん。
旅をしていた風柱様からの文をずっと届けてくれた人で、今はこうして世間話をする程度の仲になっていた。

「最近の話ですけど、ここいらに出没するって噂ですよ!なんでも刃物を持ってるみたいで、メッタ刺しにされたって話も聞きます」

「ええっ」

血溜まりを想像して背筋が凍る。
まさか鬼じゃないよね?
一抹の不安が脳裏をよぎる。

「その変質者ですが、昼夜問わず現れるらしくて。こんな仕事なんで、僕も気をつけてます。最近旦那さんも帰ってきたんですよね?奥さんもなるべく一人で出歩かない方が」

「お、おくさん」

違いますと口を開こうとした、その時。
後ろから風柱様の声が聞こえた。

「どーもォ」

「あっ、風柱様」

体格のいい風柱様を見たご近所さんは「あっ!どうもこんにちは」と一礼し、足早に去っていった。
小さくなる背中に、屋敷の主が一言。

「……誰だァ、アイツ」

歯に衣着せぬ物言いに、郵便の配達員さんですよと説明する。

「数年前からお世話になっているんです。風柱様からの文もあの方がずっと届けてくださいました」

「……ふぅん」

「あっ、これ。音柱様からの文でございます」

「宇髄から?」

手紙をまじまじと見つめながら、それより何の話をしてたんだと訊かれる。
ここで話すと長くなりそうだ。
とりあえず屋敷に戻りましょう。
提案する前に、風柱様が「ここだと日が当たるから中で話せェ」とおっしゃってくれた。

この時はまだ、あんなことになるなんて
ちっとも考えられなかった、のだ。


「変質者ァ?」

眉間に皺を寄せた風柱様の口から、割と大きめの舌打ちが出た。

「チッ、奉行所の奴ら何やってんだァ。んなめんどくせぇやつ、のさばらせてんじゃねぇよ」

「昼夜関係なしに現れるらしいので、追うのも一苦労なのではないでしょうか?」

「あー。成程なァ」

風柱様と一緒に、おはぎと抹茶を食べる。
風柱様は手についた餡子をぺろりと舐め、そのまま口を開いた。

「っと。そういや、宇髄が近日ここに来るらしい。アイツ、美味い飯用意しておけとかほざきやがって」

「あ、そうなんですね。では買い出しに行かないと」

「は?買い出しィ?」

んなの適当でいいんだよ!と言われたけど、適当でいいはずがない。

「はい。備蓄している食料が二人分しかないので、いつお越しになってもいいようにある程度は用意しておかないと。あっ、茶請けも買ってきます」

「だからァ、んなことしなくていいってェ」

「そんな訳にはいきません。わたしにとって風柱様も音柱様も、今でも尊ぶべきお相手です」

「尊ぶべきって……」

目を逸らしながら頭を掻く風柱様を横目に、空いたお皿と湯呑みを持って立ち上がる。

「では、行ってまいります」

すると横から勢いよく言葉が飛んできた。

「あっおい!テメェ、俺の話聞いてたか!?」

「えっ!?はい、聞いておりましたっ」

「だったら出掛けるんじゃねぇ!」

「ええっ!?なぜですか?」

「宇髄の野郎にはそこら辺の露でも舐めさせとけ!」

「そんな訳にはいきませんっ!」

あれ、このセリフさっき言ったな。
なんだか堂々巡り。
はあ、と風柱様が長いため息をついた。

「……変質者に襲われたらどうすんだァ」

ここでようやく腑に落ちた。
あ。
もしかして。

「心配……してくださるのですか?」

わたしの疑問にやや間を置いて「そうだよォ」と小さく返ってきた。
こころなしか、お顔が赤く火照っているようにも見える。
座り直し、深々と頭を垂れる。

「身に過ぎるお気遣い感謝致します。しかしわたしは女中の身。出来ることをやらないのは怠慢でございます。それに、風柱様のご厚意に甘えてしまってはこの屋敷に務めている意味がございません」

「……」

「こんな昼間から怪しい動きをしている人がいれば目につきます。それに、人気が少ない場所に行くわけではございませんので」

そう言い、顔を上げたその時。
肩をガシッと掴まれた。
予想外の出来事に身体が強ばる。

「……」

「風柱様?」

風柱様はそっぽを向いて何かを考えていたが、急にこちらを見ると瞳孔を開いたまま「俺も行く」と同行を希望する旨をわたしに伝えた。

「へっ!?そんな、風柱様はここで待っていてください」

「変質者がうろついてんだぞ、女ひとりで歩かせられっか!俺も行く。すぐ支度するからちょっと待ってろォ」

「あっえっ、しかし」

わたしが慌てている間に、風柱様は二人分の皿と湯呑みを持ち、立ち上がるとスタスタと台所に向かって行った。
わたしも慌てて立ち上がり、痺れはじめた足を引きずりながら風柱様を引き留めようとする。

「ああ、風柱様!わたしがやります」

「いいから、テメェは買い出しの準備でもしてろォ」

「そんな、わたしの仕事で」

「おい」

「はい!」

くるりと振り返った風柱様にぶつかりそうになったので、両足で踏ん張ってなんとか距離を保つことに成功する。
風柱様はわたしを無遠慮に見つめると、驚愕の一言を発した。

「お前、外では俺のことを旦那扱いしろ。名前で呼べェ」

「……えっ!?」

それはあまりにも突拍子もない提案だった。
なぜ、なんで、どうして!?
ぐるぐる混乱している頭をなんとか落ち着かせようとしていると、風柱様が言葉を続けた。

「夫婦って名乗ってた方が色々都合がいいんだよ。俺の名前は知ってるよなァ?」

「えっ、あっ。はい!でも」

「いいから呼んでみろ、ほら」

「ええっ!?」


さてこれは 願ってもない 密か事(みそかごと)


ぽつりと名前を呼んでみる。
薄く笑い、戸惑い、なぜなんて聞けずじまい。

距離が近付いた話の続き。
きっと玄関先の話聞こえてたんだろうなあ
ちゃんと自分の気持ち言えて偉いねえ
タイトルにちゃんと名前入ってるの
こだわり!

次の話に続くっ
ちゅうしてくれてもいいんだぞっ←
口調も公式設定もめちゃくちゃだけど
自己満でおっけい】

その風をまちわびるD(kmt:風柱)

宵闇の水鏡に映るのは、鬼か、それとも人か。


滅殺。
それだけが俺の全てだった。

慰めも、哀れみも、同情も、なにもかも
俺には必要なかった。
この怒りが燃え尽きるまで、刃を突き立て蹴散らすのみ。

傷は癒えても、心は癒えない。
きっとずっと、片隅に残る出来事。

思い出して、その度に
守れなくてごめん、と
届かない想いを呟いた

忘れたくても、離れてくれない。
願い事ぽとぽと、ただの世迷い言。

喉が渇いて、ひたすら叫んだ。
黒に浮かぶ笑顔に向けて。


──死なないで欲しい。
兄ちゃんを、守りたかった。

聞き覚えのある声が、鮮明に響いた。


「……っはぁ!」

双眸を見開くと、見慣れた天井が目に入った。
うるさく跳ねる心臓を、深呼吸で落ち着かせる。
ふぅと吐いた長い息が、夜の寝室を満たしていく。

(夢か、……)

手のひらで顔を覆い、それから頭を掻きむしる。
あれから随分経ったのに、未だに夢に出てきやがる。
畜生、と誰にともなく呟く。
上体を起こし、壁の時計を見るともう朝が近付いていた。
このまま二度寝するには気分が乗らない。
喉でも潤そうと、布団から抜け出した。

「あっ」

台所に向かう道中、この家に住み込みで働いている女と出くわした。
俺が留守の間、ずっとこの家を守ってくれた奴だ。
そして今、不自由になった俺の身体の代わりをしてくれてる。
女は俺の顔を見るなり、驚いた表情でたたっと駆け寄ってきた。

「風柱様、お顔が真っ青でございます。お加減が優れないようですが、どこか痛みますか?」

いきなり言われたもんだから、「あァ?」と、つい語気を強めてしまった。
途端、強ばる表情。

「も、申し訳ございません!出過ぎた真似を」

「いや、違うんだァ……」

謝罪の言葉を遮り、頭を抱える。
俺の顔を、そっと覗き込む気配がした。

「違う……すまねぇ、お前が悪いわけじゃねぇんだ」

「いえ……。そんな……」

まだ暗い廊下の真ん中で、ひやりとした空気が足元を走る。
こんな時に独りじゃなくてよかった。
情けない気持ちで胸が軋む。
すると、漂う沈黙を彼女の言葉が破った。

「……夏の初めとはいえ、まだ夜は冷えます。湯たんぽと白湯を用意致しますので、風柱様は寝室でお待ちになって下さい」

そう言うと、俺を置いていこうとするから。
急に不安になって。

「あ、おい!」

俺は反射的に、女の寝巻きの袖を掴んでいた。
空中でぴんと張る布の感触が指に伝わる。

「えっ!?」

「あ!?」

振り返った顔は驚きに満ちている。
しまったと思った時には遅かった。

「悪ィ、掴むつもりは……」

「……」

「……」

「……風柱様?」

どうして離さないんだろう?
女から疑問符が浮かんでいるのが分かる。
分かるから、膨らんでいく気持ちを正直に伝えようと思った。

「……一緒に、いてくれ」

え。
狼狽したのが、見なくても声色で分かった。
恥ずかしいやら何やらで、目の前の女に視線を向けることが出来ない。
それでも、今は独りになりたくなかった。

「頼む……情けねぇが、独りでいるのが怖くてよ」

「風柱様……」

「……」

何を言ってるんだ俺は。
無言の空気に耐えきれず、前言撤回しようと思ったその時だった。
ぎゅ、と
柔らかな温もりに包まれたのが分かった。
何が起こったんだ、どうなってんだ。
薄闇の中で思考を巡らせていた時
温もりの主から声が漏れ聞こえた。

「昔、わたしがよく母にしてもらったことでございます。人の温もりって……なんだか、安心しますよね」

母にしてもらったこと。
瞳の奥に、雷にも似た衝撃が走った。

──実弥、こっちにおいで。
こわかったの?もう大丈夫。

忘れられない
忘れたくもない
母親の声が、聞こえた気がして。
息も出来ないくらい、ぐしゃぐしゃに胸が潰れた。
俺よりも一回り、二回りも小さいその姿に母親を重ね、無意識に抱きつく。

「お袋……」

涙が出そうになるのを、懸命に堪えた。


だれもいなくなったせかいで、


(震えているあなたを、どうしてひとりにすることができるだろうか)

はじめてふれた話の続き。
今更だけど捏造妄想もりもり(しかもFBと公式小説未履修)
いいんだよおぉぉ夢小説なんだからっっ←開き直り

それはそれとして、サネミチアの弱い姿を書きたかっただけ
そしてサネミチア視点も書きたかっただけ。
口調難しくないです??笑

子どもみたいに甘えてくれてもいいんだよ
弱いことは負けではないのだ】
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