※凍て花×黒バスパロです。


「んー今日もいい天気…」

洗濯物の向こうに広がる真っ青な空に優人は満足げに笑った。
風もあるし、今日はよく乾くだろう。

「優人くーん。アジもう網から上げちゃっていいー?」
「今俺が行くからまってて和尚ー」

お寺の朝は早い。和尚を始め、お弟子さんたちは、優人が起きる前にはもう活動を始めている。冬などは、太陽が昇るより早く起きて境内の掃除をしているのだ。
優人も、お弟子さんたちほどではないが、大体5時くらいには起き出して朝食を作る手伝いをする。野菜中心のお弟子さんたちに対して、優人の朝食は食べ盛りを考慮して、魚や肉が付く。本日の朝食はアジだ。

「いただきます」
「いただきます」

優人が朝食をとる時は、かならず和尚と一緒だ。これは、優人の両親が決めたきまりでもある。

「そういえば優人くん今日は部活あるの?」
「うん。まあ、俺は雑用するだけだけど」
「そうかい。まあ、頑張りすぎない程度にね」
「和尚は頑張ってね」
「え〜オショーさんはもう若くないしーお休みしたいお年頃なんですぅ」
「おっさんのアヒル口とかしょっぱすぎて洗濯バサミでひっぱりたくなるだけだよ」

優人の辛口コメントに、和尚は頭を垂れた。年に数回しか会ってないはずなのに、着々と彼の兄達に似て毒舌になっていくのはなんでだろうか…。

「あ、これ和尚のお昼ご飯ね。悪いんだけど、俺に合わせてお弁当になっちゃうんだけど、嫌なら適当に買って食べて」
「いいや。ありがたく食べさせてもらうよ。筍を中心とした五月らしいお弁当だね。これはお昼が楽しみだ」
「ちゃんと、お昼に、食べてね」
「…………」
「そこで黙んな」

そんな会話をしている間にも時間は流れ、つけていたテレビからおは朝占いの音楽が聞こえ始めた。

「げっ、もうこんな時間…!」
「こらこら、喉につっかえるよ?」

和尚がそう注意するが、優人は慌ててご飯をかきこみ始めた。対して、時間に余裕のある和尚は、のんびりと今日の占いの結果をみている。

「おや、優人くんの牡牛座は今日3位だね。新たな友好関係が築ける日、だって。ラッキーアイテムは木彫りの熊のキーホルダー」
「そんなピンポイントなラッキーアイテムもってるか!!」
「私が持ってるよ!」

あんたかよ。優人がそう心の中でつっこんでいる間に、和尚は茶箪笥の中からそのキーホルダーをとりだして、優人のスクールバックにとりつけた。

「よし!これで開運間違いなし!」
「東洋の占い師が言っていいセリフじゃないよね、ソレ」
「いやいや、当たったら儲けもんでしょう」
「っていうか、その木彫り鮭が熊の喉元仕留めてんだけど」
「自然界の法則が覆された瞬間だよね」
「いるか!自然界にこんな馬鹿デカイ鮭!!」
「まあまあ、貰っておきなさい。北海道に行ったお土産に買ってきたんだけど、結局君のご両親しか貰ってくれなくってねぇ…結構余ってるんだよ」

お前のお土産センスはどうなってんだ、と優人は心の中でつっこんだ。というか、母さんと父さん貰ったってことはどっかに付けてるんだろか……。

「って、こんなことしてる場合じゃない!行ってきます!!」
「いってらっしゃーい」

お気に入りのスニーカーをはいて、今日も元気に飛び出していった優人の姿が見えなくなるまで、和尚は手を振っていた。

 

 

「おはようございます、雅…監督」
「ああ…おはよう、優人。さっそくで悪いが、これがマネージャーの主な仕事だ。水分補給は大切だから、ドリンクは休憩時間に必ず合わせて作ってくれ。あとは部室の掃除や、出来ればあの馬鹿達がロッカーにためてる衣類も洗濯してやってほしい。後は試合のスコアとかの付け方とかなんだが…」
「あ、それは信兄に教えて貰ったんで分かります」
「そうか。その紙を見て、他に分からないことがあったら聞きに来い」
「はい。ありがとうございます」

優人は監督から渡されたマネージャーの仕事一覧にざっと目を通して、その中で最優先にすべきものを考える。

(休憩は練習が始まってから一時間後か…今作っちゃったらぬるくなっちゃうよね。粉タイプだから、水だけ冷やしておこう。その間に部室の掃除かな〜っていっても、前までマネージャーいたんだし、そこまで汚れては…)

そう思いながら部室を開けた優人の期待は、見事に裏切られた。
くさい。これは強烈だ。なんか酸っぱい臭いまでまじってる。床は食べカスやら、読み終えた雑誌やらが散乱して足の踏み場もない状態。しかも部員の私物があちこち適当に置かれているせいで、部屋全体がごちゃっとした感じになっている。ストレートにいってしまえば、物凄く汚い。

(あ…甘く見ていた…)

とりあえず、臭いに酔いそうだったので、部室の扉を閉めて優人は深呼吸をした。

「あ゛ー…ここまで男くさい部屋久しぶりに見たな……」

早めに来てみてよかったと、優人は溜息をついた。あと三十分は部員たちはこないだろう。その間に、この部室だけでも掃除しておかなければ。気合を入れた優人は、袖を二の腕までまくり、持ってきた三角巾で口を覆って、再び部室の中へと足を踏み入れた。

 

 

――――20分後。この日、一番最初に部室を訪れたのは主将の岡村だった。ドアノブを捻って、あの独特の男くさい臭いが漂ってこないことに、おや?と重いながらも、ドアを開けた。

「な…なんじゃこりゃ…」

思わずその場に肩からかけていたバックを落としてしまった。あの視覚的にも嗅覚的にも男くさいとしかいいようのなかった部室が嘘のように片付けられてる。床など、今ままでゴミや雑誌に埋もれてほとんど見えなかったのに、今はチリ一つ落ちていない。ウチの部室の床はこんな色していたのか。思わず岡村は床を触ってしまった。

「っちーす。おはよ…うおっ!なんじゃこりゃ!!」
「どうなってるアルか…これ…」

岡村に引き続きやってきた福井と劉も、昨日とは別室のように違う部室に、一度ドアの前でとまってしまった。

「……部屋間違ってねぇよな?」
「わしもそう思って、ロッカー確かめたんじゃが、ちゃんと名前があるんじゃ、ホレ」
「あ、ホントだ。俺のもある。ここ俺らの部室だったんだな」
「雑誌も全部本棚に収まっているアル!しかも番号順!!」
「あ!コレ、俺が探しても見つかんなかった号!!一体どこにあったんだ!?」

まるで初めて来た友達の部屋を散策するように、福井と劉があちこち見渡していると、また新たに部員がやってきた。

「おはようございま……what!?」
「どーしたの?室ちん……うわ、何コレ」
「おお、氷室に紫原」
「おはようございます、主将。…一体何があったんですか?」
「わしにも分からん。来たらこうなっとったんじゃ…」

氷室も感心しながら部室をマジマジと見渡した。

「すごい……本当に綺麗に片付いてるよ……あ、窓辺に花まで添えてある」
「この部室に花瓶なんてあったアルか…」
「よく今まで割られずに生き残ったな…」
「あっ、俺のお菓子ぜんぶこのカゴのなかに入れてくれてるー何でわかったんだろ?」

そりゃわかるだろ、と誰もが心の中でつっこんだが、口には出さないでやった。

「すごい。しかも箱のお菓子と袋のお菓子にちゃんと分けられてるや」
「よかったな、敦」
「うん。…でも、なんでレジャーシート敷かれてんだろ?」
「お前がいつも菓子をぽろぽろ零すからじゃろが」
「よくわかってんなぁ……ところでこのカゴなんだ?」

福井が指さしたのは、部室の中央にどーんと置かれた大きなカゴ。

「…?なんか紙が置いてあるね」

カゴの下にしかれていた紙をとって見てみると、そこには短い言葉が書かれていた。

『洗濯ものがあったら、このカゴに入れてください。タオルなどには、できれば自分の名前を書いていただけると嬉しいです』

そして、カゴの中にはしっかりと二本の油性ペンが用意されていた。

「……敦、君はすごい子をつれてきたね…」
「えー?」

さっそくレジャーシートの上でお菓子を食べている紫原は、不思議そうに首をかしげただけだった。
その後、続々とやってきた部員たちも、まず部室に驚き、興奮気味に部室を探索していた。そして、興奮が冷めたものから順に、洗濯物をカゴへと入れていった。


そして、部活が始まり、部室のことも頭から忘れて練習にはげみ、休憩時間に入った時、またも部員たちを驚かせる出来ごとが起こった。
いつのまにか、コートの外に、ドリンクと人数分のコップが用意されていたのだ。それには監督も驚いていた。どうやら監督も気づかなかったらしい。
その後も、部員たちが練習に戻った所を見計らって、ドリンクが補充されていたり、頼んだ洗濯が、一人一人きちんと畳まれて各ロッカーの中にしまわれていたりなど、不思議な現象が続いて、ついに、

「キャプテン!!この体育館絶対小人いますよ!!」
「………」

こんな噂まで立ってしまった。優人がマネになったのを知っているのは、監督をふくめ、居残っていたスタメンの選手だけだ。

「だって、これだけ色んなこと起きてんのに、全然姿見えないんスよ!?」
「さっき、田中がトイレ帰りに部室から出てくる小柄な黒い人影を見たって言ってました!!」
「まちがいないッスよ!小人いますよ小人!!」
「お前らの頭の中はどんだけネバーランドちっくになっとんじゃ!!福井!お前が黙ってろなんて言うからこんなことになってしまったじゃろが!!」
「ブハッ!あーははははははははははは!!!だ、だってよ…フツーここまで気づかれねぇとかありえなくね!?すげーよ、アイツ。忍者だ忍者」
「Oh!Ninja!?Woooooow!cool!!so,cool!!」
「ちょ、室ちん…!」

爆笑とまではいかないが、紫原や劉もぷるぷると肩を震わせている。誰か一人でもええからフォローしろ、と岡村が心の中で思っても、全員それどころではないようだった。しかし、ぽかんとしたままの部員たちをこのままにしておくわけにはいかない。

「あー…実は、昨日から新しいマネージャーが入ったんじゃ」
「えっ、マネが!?」
「ああ…おい、優人ーーーーー!どこにおるーーーー!!」
「ここっ!ここにいますっ!」

意外と近くから聞こえた声に、部員たちはびっくりしてあたりを見渡した。すると、紫原が見つけたらしく、ひょいっと優人を抱えて部員たちの前におろした。

「おお、優人。いたのか」
「劉の後ろではねてた」
「紹介遅れたが、これが新しいウチのマネージャーの……」
「すげーーーーっ!人形みてぇ!!」
「キャプテン!この子どこのホビット族ですか!?」

ブフォ!っと、また福井が吹き出して、後ろを向いて笑いだした。紫原と劉も限界が近いらしく、顔を真っ赤にして頬を膨らませ、吹き出すのを必死に耐えている。氷室は相変わらずキラキラした目で優人を見ているだけだ。
そうしている間にも、スタメンをのぞいた部員たちは、優人を取り囲んではしゃいだ。

「うわ、ちっちぇ〜!目くりくりしてんじゃん!」
「可愛いなー!」
「頭丸っこいなぁ、お前…」

そう言いながら部員の一人が優人の頭をなでようとしたとき。その腕を強い力で掴まれた。
ビックリして優人を見ると、地の底から這い出して来たような声で彼は言った。

「滅びの山の山頂から突き落してやろうか…」

頭を撫でていた部員は、氷漬けにされたように固まった。
優人を見て頭から花を飛ばしていた部員たちも、真冬の最中に放りだされたような顔をしている。

「ソイツに「チビ」は禁句アル」
「まあ、中等部の2年だし、そんなもんだろ」
「ようやく笑いおさまったんか、福井」
「いやーホビット族は傑作だわ。あ、ちなみに男だからな、ソイツ」
「えぇぇぇぇぇええ!?なんですか、ソレ!?」
「詐欺だ!!」
「やかましい!人のこと小人扱いしやがって!お前らが目線を下にさげないだけだ!!」
「すまんすまん。改めて紹介すんな、ウチの新しいマネになった奴だ」
「観野優人です。足技が得意です。よろしくお願いします」
「なんか名前と挨拶の間に物騒な言葉が聞こえたんだけど!?」

どうも見た目と性格の相違に部員たちは困惑しているようだ。まあ、気持ちは分からなくもない、とスタメンのメンバーは思った。黙って立っていたら、本当にお人形さんだ。

「すごいっしょー俺が連れてきたんだ」
「紫原が!?」
「拉致ったの間違いだろ!あの時俺がどんだけ怖かったと…!」
「高いとこきらい?」
「急に地面から2m浮いた状態で高速移動されたら誰だって怖いわ!」

しかも紫原はあの時俵担ぎだ。おんぶや抱っこに比べてかなり不安定な状態での移動だった。

「ごめんごめーん。それよりさぁ、あんときも思ったんだけど、優人って甘い匂いするよねー」
「甘い…?線香とか畳の匂いじゃなくて?」
「んーん。甘いー今日もなんか持ってる?」
「……駄菓子屋さんで買ったチョコと練り飴ならバックの中に入ってたと思うけど…いる?」
「欲しー。ちょーだい」
「んー」
「……順応性高っっけぇな、お前……」

早くも紫原の性格に慣れ始めている優人に、他の部員は舌を巻いた。
優人はもはや、紫原のような性格には慣れっこだ。大きい子供の面倒を見ていると思えばいい。自分の保護者は40を超えているのにこんな感じではないか。アレに比べれば可愛い方だ。サイズとしては可愛くないが。

「はい、チョコと飴」
「わーい。ありがとー優人」
「いーえ。あ、みなさんもいりますか?」
「いや、わしらはええよ…」

そういうと、紫原と優人は二人そろって練り飴をねりはじめた。その身長差約50cm。そこまで体格差がありながら、水あめを真剣に練る姿は同じというのが、ほほえましい。

「ねりあめって、めんどくさいけど楽しいよねー」
「ねー」
「主将…俺、あの子のことフェアリーって呼ぶ」
「……心の中だけにしとけ……」

かくして、スタメンを始め、部員全員に認められた優人は、正式にこのバスケ部のマネージャーとなった。しかし、基本的に部員たちが練習をこなしている間に仕事をしているため、一部の部員たちの間で、小人さんや妖精さんなどという心のあだ名が定着してしまったことを、優人は知らない。



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おまけ

元チームメイトの赤司に新しいマネのことを電話で報告しました。

紫原「赤ちん聞いてー」
赤司『なんだい、敦』
紫原「ウチに新しいマネージャーが入ったー」
赤司『へぇ、もう見つかったのかい?どんな人なんだ?』
紫原「んーとねー小人さん」
赤司『…………』
紫原「俺らが練習している間に部室を綺麗にしてくれたり、飲み物用意してくれんだー。これでもう、盗撮とかも無いともう」
赤司『……敦…大丈夫か?(頭的な意味で)』
紫原「うん。大丈夫ー(盗撮的な意味で)」

 

氷室がアメリカの師匠に今日のことを電話で報告しました。

氷室「アレックス!今日俺は忍者を見たよ!!」
アレックス『なんだって!?それは本当か!?』
氷室「ああ!新しく入ったマネージャーがそうなんだ!忍者は秋田にいたんだよ!!」
アレックス『Ohー!!Ninja!!日本人でも滅多に合うことが出来ない絶滅危惧の種族に会えるなんてスパーラッキーじゃねぇかタツヤ!!』
氷室「俺、今度影分身の術教えてもらえるようがんばるよ!アレックス!!」
アレックス『おう!あたしも応援してるぞ!タツヤ!!』

深まる誤解