いい話も書きたい(長め)

榊が僕に授けてくれた、ウクレレ。

続くとは思わなかった。
僕も榊も。

まさか教本を、マイペースながら、何年もかけてやりこむとは思わなかった。

メロディ弾き、コード弾き、それらを合わせたソロ弾き。
それらをちまちまやっている。


体調を崩したり気分が乗らなければ数ヶ月触らないことも平気である。
罪悪感すら感じないくらい、なんなら存在すら意識の外に追いやるくらい、距離を置く。

なので、再開したら、勘を取り戻すことから始まる。いいんだか悪いんだか(笑)


ただ段々と、
弾けるコード、音、曲、
演奏方法にバリエーションがついたので
忘れる量と、取り戻すまでに要する時間が格段に減った。


ウクレレは
一回放棄したことがある。
榊がくれたものだったから売ったり捨てたりはしなかったけど。ただそれだけ。

2015年に、何のきっかけか忘れたけど
ふとやり始めて、その時なぜかそれなりに弾けるようになった。

少し気を良くして、自分で練習曲や教本を見つけて、やるようになった。
そこからウクレレが僕の、隣、とまでは言えなくとも、背後にそっとついてくるようになった。


榊に聞いたら、
「横浜でのウクレレイベントに行きたい」
って言われたのが、嬉しい意味でのびっくりだったようだ。
わざわざ行くほどウクレレに関心が向いてるのか、と!
榊の予想をはるかに超えた僕とウクレレの化学変化だったようだ。
そして、全員で弾くテーマ曲を練習し、参加し、弾き。
現地で嬉しそうに楽しそうに弾いてる僕を見て、
人を動かす、音楽の力を感じた、と。


よくは分からないけれど
僕は仲間を欲したんだよね。

一人でやってても、難しかったり、つらかったり。飽きてきたり。
自分の技量を測りたかったり。
(独学なので色々不安)

ウクレレってだけで
人が集まることがあるのか、と不思議でもあったんだよね。

友達が欲しい、とまでは思わなかったけれど
そういう世界を覗いてみたいと思った。

あと

誰でも弾けるようにと考えられたテーマ曲が、僕でも弾ける3コードのみで構成されているのに曲になっているという、音楽の奥深さ。

(これは結構痺れたし、後々(今)にも残ってる。むしろ今、目の前の夢の先の先の先くらいに、見えてる。
作曲とかアドリブってどう生まれるのか、というようなこと)

簡単ゆえに弾き語りもすぐにできるようになって、僕には夢のような楽しさだった。

ウクレレは、僕にとって、できないことが楽しみに感じられる唯一のコトなのだ。
そしてできるとたちまち嬉しくなる。


'22年は後半ほぼ弾けなかったと思う。鬱のせいだ。

年を跨ぎ、仕事から離れてよく寝たからか、気分が変わった感があった年始からケースを開けた。

流石に色々忘れたんじゃないかと緊張したが、毎日弾いていたら3〜4日で元に戻った。し、余計な力みもとれてむしろスムーズだったような。
毎日、というのもミソかもしれない。

毎回惜しみながらケースに仕舞うほど、今はウクレレにベッタリ。
なんなら某フリマサイトで同じ型を会社置き(流石にオフィスでは弾かない。休憩時間に外で弾く)用に買おうかと思うほど。



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病み上がりの証

眼痛、顔面神経痛、三叉神経痛

自律神経やらかしてた証


この感じからして
ウクレレかHiitによる首への負荷によるものだな



寒波と
年末年始の帰省疲れの荷下ろし(揺り戻し)と

重なった。



ウクレレも気をつけないと
逆に体を壊すかもしれない

だんだんとNo lookで押弦できるようになってきたから
なるべく指板を覗き込まないようにしないとな

没頭 深爪 尖り爪

鬱々したらウクレレ弾く。

嘘でも弾ける曲があるし
まだまだ上達したい、できる余白があるから。
いや、そこまで来たから、かもしれない。


3〜4曲程度のレパートリー(練習用なので、それぞれワンコーラス程度)をぐるぐると繰り返し、目まぐるしく弾き続ける。


弾けば弾くほど
指が開いていくようで
できなかったことができたりして
ますます止まらない。


僕はひどい爪噛み癖があったせいで、本来深爪な方なのだけど

榊と一緒になったあたりから
よほどのストレスがかかった時以外は噛まなくて済むようになり、一般的な長さを維持できるようになった。爪切りできちんと揃える、といった頻度も増えたと思う。

けれど

押弦するには深爪の方がどうやらいいみたい。
ここ最近弾きにくいと思ったら、指肉より先に爪が指板に当たってしまっている。

押さえられない&触れてミュートしている二重トラブル。

切ったらすぐ改善された。
しゃーない、左は深爪だなぁ。

とはいっても、短すぎると力が入らないので注意深く。様子を見ながら、だな。

一方、右は弦を爪弾くのである程度は長さが必要?
とも思ったけど

榊をマッサージするとき、たまに「爪が痛い」と言われることがあるし、
左右チグハグなのが見た目上のストレスになって結局噛んじゃうだろうし、
ナイロン/フロロ弦、僕程度の難易度の曲なら指の腹で満足だし、

で、それはしないことにする。

月とミズタマり

mizutamari という曲がある
とても素敵だった


子供の頃から
水っぽい曲が好きだった

しっとり系とか
クラシックでいうとショパン的な



mizutamariはウクレレ界では有名、らしく
調べ物の最中に、その文言に出合たった僕は、さっそく調べて聞いてみた。ら、なんと!


いろんな人がいろんなアレンジで弾かれていて
どれもそれぞれが素敵なんだけど
(雨上がりの水溜りもあれば、夕方の雨の中の水溜りもあったりする感じ)


僕はスローでシンプルなミズタマリが好き。
ちょっと切なくて、それが心の安らぎになってるような。安らいでるからこそ切なさを感じている、ような。

夜の帳が下りて、人の行き交う交差点、流れる車のライト
濡れたアスファルト
できはじめた水たまりを眺めてる
喫茶店の窓際カウンター、みたいな


上達したら
突き抜けたような
真夏の昼間の、雨上がりの芝生の水滴とソレのようなアレンジになっていくのだろうね

ルーツであるハワイにだんだん近づくように



聴いて素敵な曲は
弾けばもっと素敵な曲で

音がこんなにも情景を伝えてくれるのかと
感動した


とくに
ウクレレのために作曲された
インストゥルメンタルなので

歌詞はなく、楽曲だけで完成している。

弾く曲と歌う曲という区別もあるんだな、とも思ったほど。

(練習曲は馴染みのある歌がほとんどだし、オリジナルであってもビギナー向けだと歌詞がついていたりする…気がする)



一音一音、音を紡いで情景を浮かび上がらせるこの感動は
たった2〜4小節程度でも
音楽の虜になるには十分すぎる。




ちなみに

ミズタマリを探すときに

月と水玉 と混同した。

これも有名で、素敵な曲だった。
混同しつつも、これもいつか弾けるようになれたら、とおもっている。

木の音色

午後からの病院のため有給休暇中

天気も良く
体調も良かったので

家のことしようと思ってたんだけど

ウクレレにハマってしまって
ちょっと、のつもりが結局1時間。


ポロポロとジャーンが混ざるソロアレンジは
ポロポロからジャーンに切り替わるところが大概うまく弾けないでいる。

なんとかならんかの、と思って
闇雲に練習していたんだけど



先日とある教本のレビューで
「ポジションによって微妙に指の位置を変えることがコツなのに、そこは省略されてて〜」
という記述を読んだ気がして、
ちょっと意識してみた。

するとどうだろうか。


僕はどうやらフレットの中央より、上に行きすぎていたり、下に行きすぎて(なんなら金属に触れて)いたり。

あと押さえる指の場所も、かなり指先気味で、腹のど真ん中ではなかった模様。

中途半端な音が鳴るのも当然。


苦手な小節を弾き込んだらだいぶ改善された。

力の加減も掴めてきた。


正しく弾くには

力を抜いて
楽器やフレット全体を眺めるように

はじまりから終わりまで同じ力で押さえられるように
こちらでも力を適度に抜くように

切り替わりや苦手意識のあるところは
闇雲に力むのではなく

正しい位置に、正しい場所で
適切な力のバランスでポジションすることに
意識を傾ける

(そのためにはまず、それができるまで運指を覚えないとならない。
むしろそこまで運指を体に馴染ませればよい)

力じゃない。


力むほど音は硬く、理想とは程遠い。



そう、そういう意味で「上手く弾ける」ようになったら
音も格段に良くなった。



それまで嫌いで

CDや動画、テレビなどの人様の演奏を聴いては

木のぬくもりのあるコロンコロンとした音が出せないことが
コンプレックスだった。


なんとかならないか、

楽器のせいか(メンテの仕方を教えてもらおうと持ち込んだ店の店主※買った店とは別 に音が揺れてると言われたのがひっかかってしまって)

弦のせいか

と思っていた、自分の音。



それが、自分でも癒されるような音が出せていることに気づいた。

楽器って奥が深い。



鳴らせば鳴る。音は出る。
でもそれじゃ、足りない。

美しく、奏でたい。
この子の良さを、ちゃんと、ひき出したい。



N田さん
僕に楽しみ(楽しむ心のセンサーを)遺してくれてありがとう。
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