荷下ろし

もがいて、あがいて、なりたい自分になろうとしてる。少しずつ少しずつ。

目にして耳にして痛い図星な言葉や話を書き留めて、自分に何度も投げつけて、固く閉ざした扉をこじ開けようとしてる。押して駄目なら引いてみて、それもだめなら壊す勢いで。
閉ざした状態は最悪だ。良くなることなんてない。続くほど、錆びてしまう。朽ちてしまう。

僕はなんとも情けない生き方をしてきたと思う。平凡な家ではあるけれど、溌剌だったり、秀才だったり、柔軟だったりする家族と照らし合わせしてみると、なんとも恥ずかしい生き方を選んできた人生だった。恐ろしいほど無自覚に。

僕は虚しくそして誠に勝手に明後日の方向で独り相撲ばかりしていた。たしかに孤独で寂しかった。しかし、なぜ自ら向き合わず、なぜ勝手に拗ねて、ひとりに逃げ込んでいたのか。
親や環境のせいだと思っていた。それもおそらく事実(今日、祖母から父の少し詳しい生い立ちを初めて聞いて納得した。気が済んだ。今後、父のせいにする気はなくなった)だけれど、子として駄々をこねて求めて権利があったというのに、それが僕にはできなかった。

理由ばかり探して、原因や責任を求めた。周りに。でももう過ぎてしまったことなのだ。できなかったこともその理由も責任も。
僕が全てを許すしかない。それしか道はない。諦めではなく、前向きな結論として。

僕は抱え過ぎたものを一つずつ自分の体からおろしている。
ドキドキしながら、逃げてきたことにもう一度向き合うことや、隠してきたことを隠さないようにしたり、僕自身の考えを臆せずに発してみたりもした。

今後、一部の家族からは落胆されたり、顰蹙をかったりするかもしれない。でも僕はそれでもいいと思っている。……のは理想で、その覚悟をきめようと前年よりも意志をかためている。僕は僕になりたい。
さもなければ僕は、家族みんなを僕自身からのそれとして愛せずに終わってしまうから。

僕は僕になりたい。

一年の計

今回は年末(と特に)年始の休みが長いから、榊と年を越した。
いつも一人で年越しさせている罪滅ぼしがしたかったし、12月は鬱症状がひどくて、そもそも帰れる気がせず、実家に顔を出すのは気持ちを落ち着けてからとの考えもあって。かくいう今日もギリギリまで布団で横になっていた。貧乏性なのにいつまでも横になっていられる自信があった。


今回は本当に掃除などもせず、後回しにしていた半年分くらいの書類らの整理をしたり、手帳のやりかけのメモを新しい手帳にうつしたり。生産性のない過ごし方をした。予定通りだけど、それを達しても気分が晴れず、つらかった。


外に出れば、それが純粋な屋外なら心地よいものの、例えば商業施設に入ると、スーパー程度の場所であっても、暮れや新年に向けての「売り」の圧がすごくて陳列棚の前に立つだけで疲れてしまった。
こういう商戦の空気は年々、各行事のたびにどうしても好きじゃなくなっている。同じでも祭りや朝顔市などは季節感や活気があってそこまで嫌いじゃないんだけれど。

テレビもやかましくて見る気がしなかった。なんで右も左も目出度いように、賑やかに、振舞って共感を求めてくるのだろう。金銀キラキラだけが年末年始でもない。火曜日が水曜日になるくらいの普通の日を過ごさせて欲しい。そんなチャンネル(選択肢)があってもいいじゃないか。結局はスイッチを切るだけなのだけど。
普段は退屈で見向きもしない映画の放送ばかり追ってまじめに観て過ごした。秋頃から、映画や小説をたくさん観よう、読もうと思っていたし。


こんなに憂鬱な年末は初めてかもしれない。榊というものがありながら。

榊は子守をした時に風邪をもらったらしく、寝込んでしまい、年末年始は欠勤した。仕事に一年困らないようにと年始は必ずシフトを入れ、入社以来、病欠なんてしたことない榊が、珍しく休みの連絡を入れた。とはいえほっこりムードにもならない。ガチで病人同士だからね。二人で地味に(Peace?)bedな年越しとなった。

二人して「あぁ、今年はこんな一年なのかねぇ」と布団の中で寝ぼけ眼でため息つきあった。僕もなかなかあと一歩のところで脱しきらない鬱。榊も、実は僕よりしっかり年上なので体調に翳りが見える年頃なのかもしれない。無理しない一年にしようね、と約束した。

ありがとうの文字

たくさんのことがあった。榊と家族になっていくことを(試行錯誤、模索していくことを)決めたこととか、絵の計画がほぼ固まったこととか。でも全てエントリーが弾かれていて、僕も、そのまま放置してしまっている。
たぶん相応しくない記事だったんだと思う。時期とか何かが。


今日僕は感謝状のようなものをもらった。
評されたのは年月なのだけど、それはいたずらに積み重ねたもの。気づいたらそれだけ経っていた、それだけのことなのだ。それにこの日も僕は10人にも満たないメンバーに、気なんて一つも遣えなくて。受け取っていいのかと思うことが、その最中でさえあったくらいだった。

受け取るなら、送別会のように、えーコホンなどと挨拶を述べなくては居心地が悪くて、でもそのための時間ではなかったから、あっという間にタイミングは失われて。それでいいような、いやいやとてつもなく申し訳ないような。

とりあえず、家に帰ったらジジババズのためのスペースに置いた。
少し見上げて、改めて見る感謝状の表書き

勤続・・年
ありがとう

・・・・社、社長・・・・

という、なんとも素直で飾り気ゼロのクセありまくりの字。


見ていたら涙が出てきた。なんだろう。よく頑張った、でもないし、むしろ有難うのような。

家族でも友人でもない人から、ありがとうという言葉を、文字を、カタチで授かれることって、思えばなかなかなくて。不思議で、だからこそ未知の気持ちに出合った。僕の中で。

月と金木犀

窓から冷気とともに入り込む金木犀の香りで目が覚めた。昨晩からひっそりとどこからともなく香るようになった。
白露を過ぎて月も白く美しい。虹色のかさも連日とても大きい。9月の夜の楽しみである。冬も空気が澄んで綺麗に見えるけれど、どことなく遠く小さくなってしまうので、その美しさを存分に堪能できる今の時期が月のベストシーズンだと僕は思っている。

風呂とマッサージ

ぬるま湯に浸かってぼうっとしていたら榊がうたた寝から目を覚ました気配。風呂に入らないって言ってたけど、「いい?」 と言って入ってきた。
かけ湯をしようとするから「ぬるいからね」と添える。「あぁ、それくらいがいい」目尻に少しだけ寝起き独特のたるみが残っていた。
貧血と、夕立のせいなのか僕は夕の入りにスケッチしながら寝落ちてしまって、榊は早めの夕飯の後寝落ちた。外はまだ雨が降り続いている。湿気が多く蒸していた。風呂やトイレの方が涼しくカラッとしてるかもしれないくらい。
「もう出るところだった?」
狭いバスタブでは向かい合わせに脚を行き来させて入る。胸の上までぬるま湯に覆われてたちまち眠くなる。
「いや、」マッサージしたり歯磨きしたり、頭の中整理したりしてこれからちょうど洗うところだった。
腰を深く落として肩まで潜りながら歯を磨く榊の脚を揉みほぐす。大して歩いてないのに張ったから、榊も同じだろうと思って。
「うわぁ…風呂出たくなくなる。それ」
手持ち無沙汰だし、手そのものもリフレッシュしたかったし、僕の体の方が下で出られない。なにより、今日に限らず風呂に限らず、体が僕の前に投げ出されていると慣習でついそうする。
体を重ねない僕らにはこれがコミュニケーション。とんだ老フーフ。
「ずっと入ってたいわぁー」
そうだね。温度もこの容器もちょうど良すぎて水も肌も互いの輪郭線も分からなくなってスライムみたいになれそうだね。
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