花の天蓋

6月、申請した。
パートナーシップ申請。

4月1日から施行で、その日でも行けなくはなかったが、エイプリルフールなので僕は嫌だな、とこぼしたら、榊が「いいよ、」と了承してくれて。
お互いの都合の良い日で、予約をした。

出勤前に、二人で雨の中、傘をさして区民センターに向かった。雨は比喩ではなくあたたかかった。


TVなどではよく会議室みたいなところでやりとりしてるところが映し出されるけれど、
「では、そちらで」と、手を差し向けられた先は
ソレでもなく、窓口(カウンター)でもなく、その目前の通路の脇に設けられた「机のあるスペース」だった。

使ってないパーテーションや椅子などを並べ、積み重ねて保管しているような場所だ。

節電なのか、薄暗い通路の電気を改めてつけてくれるでもなく、役人さんたちの背中越しに届く窓口からの漏れ光を頼りに、やりとりをした。あぁ。もてなしてもらいたいなんて思ってないけれど、ここまでか?とも思った。

「机」の上に置かれた虹色のミニフラッグ。あきらかに精彩を欠く。欠くよね。笑ってしまうほどに。
時世柄、あちらとこちらを間仕切るアクリルパーテーションも、この状況下ではなかなかの隔絶感。

会社には「私用、」とだけ珍しく理由をぼかして午前休としているため、その後出社した時に浮かれてしまわないようにと予防線を多岐にわたって張り巡らせていたが、そんなものは必要なかったくらいに、気持ちは落ち着いていた。落ち着く他なかったとも言える。

行政は頑張ってくれた。けれど、なんと中身の伴いきれてない。こちらが申し訳なくなるほどに。

時代の進歩を感じる、それは希望または希望的観測の履き違えだったのかもしれない。現実にまざまざと引き戻される。
リアルに、折り合いつけながら、ほそぼそ生きてきた旧LGBT民からすると、ある種ほっとするほどに。

手続きは、本人確認と申請書(内容)の確認。
特段、リサーチも世間話もなく、あっさりと終わった。

対応してくれたのは男性二人。
50代ぐらいの絵に描いたように冴えないオジサンと、20代半ばの使命感にキラキラと、それでいて可哀想なくらい緊張している青年だった。

青年は、事前の問い合わせや予約の際に話したことがあり、若さと幼さどちらも感じさせる真摯な対応が好く印象していた。
オジサンは…悪い人ではないけれど。敢えていうほどでもなく。

「交付書面を郵送する際の宛名はどちらに?」と訊ねられて、在宅率の高さ(と、年長であること)から榊にしてもらったはずなのに、復唱しておいてまで、僕宛に届けてくるくらいにはなかなかであった。



はてさて。説明を受けた通り、10日ほど後、諸々の書面が書留で届けられた。

緊急時にお互いがパートナーであると証明できる小さなカード。

二人の名前、パートナーの文字、そして区長の名前と押印のある青白ケント紙の大きな証明書。

あとは受領書など。

どこから見てもビジネス然とした体裁で、「「ふ〜ん」」といった感想だった。本当に住民票となんら変わらないくらい。

とはいえ、不思議な感じもあって、しばらくは夕飯もそっちのけで二人で矯めつ眇めつ眺めていた。




それが最後のオチともいえる事件を引き起こした。(いや、見つけてしまった)

「ちょ…っ、!? コレ………ッッ!」
「???」

榊が見ていたのはA4サイズの証明書の方。見せてもらうと、
本文ブロックと区長の名前の間の余白に紅い汚れ。明らかにハンコの擦れのような。

それだけならまだよかった。

なんたって、砂消しでなんとかしようとした形跡がありありと残っているのだ。いっそ出し直してくれよ。

ひどく毛羽立ったあげく、消しきれなかった紅いアト。ちょっと、、、もう、、、「あ〜・・・鮎川サンは、言葉が出ません」


これがリアル。


クールな榊のことだから、「ハイハイこんなもんですよね〜、所詮紙切れだし〜」となるかと思いきや、僕以上にお怒りで「区長にメールする!!!!」と1時間ほどプンスカしておられた。

僕もなかなかにショックだったけれど(どちらかというと、ヤレ(汚れ)を"納品"しちゃうんだ、みたいな職業病的な部分)、当日のアレコレがあったから、今更どうでもいいかなみたいなところもあって(こんなんじゃ、言っても伝わらない、面倒くさがられるだけで、こっちも面倒くさい)。

榊の気を晴らすために、じゃぁどうやって連絡しようか、文章は?と考えた。

(不思議なもので、榊がプンスカする時は僕はそうでもなくて、僕がプンスカする時は榊がそうでもないという。

榊は沸点が低く、怒ると怖い。ただし一度ぶつけたら、けろっとしたり、根に持たなかったりする。

僕は沸点は果てしなく高いのだけれど、怒らせると底無しに容赦ない…らしいので、二人が同時に怒ることがあったらマズイと思う)


結局、榊も面倒くさくなったのか、幸か不幸か、そこまで重きを置かないタイプだからなのか

「腹立つけどさ、これも思い出だよね!」

と、3日後くらいに、言ってきて。

僕も
「うん。
これがリアルだと思う。その証拠だと、僕も思ってるから、」と答えた。


僕たちのパートナーシップ制度駆け出しの頃はね・・・、なんて語り部の神器としてお披露目するところを二人で妄想したりして、笑った。


証明書、記念に小綺麗な額にでも入れようかとの浮ついた思いもあったが、そのまま封筒に戻して、戸棚にしまった。

そんなものなのかもしれない。