かなしいね

連休中のTVで、無人販売所で料金を誤魔化して商品を持ち去る人たち、というのを見た。


その翌日

仕事を一区切りつけ、夕方の息抜きに小さなスーパーで買い物をした。
会計を終え、お店を出るときに、おばあちゃんと一緒になった。さっき別のレジで先に会計してた人だ。


出入り口が狭いので、後ろについて、歩く。するとおばあちゃんは歩きながら入り口脇の仏花を手荒く抜き取った。


え?


そのまま外に出ると、今度は軒先のカーゴに積んであるキッチンペーパーを、確認しながらこれだこれだと言わんばかりの仕草で、当たり前のようにひとパック手に取った。

買い忘れて、Uターンするかと立ち止まっていたのだけど、そんなこともなく。


あ。もしかして先に会計したのかな。


なんて考えているうちに
おばあちゃんの姿は人混みの中に紛れていく。

なんて声かけたらいいんだ?
などとあれこれ考えているうちに
僕はおばあちゃんを見失った。

まるで呪いが解けたみたいに

いや、どっちもバーコードで管理されてたから、先に会計なんてできないな、

と冷静になる。


当然、後の祭りだった。
後悔と反省をした。




榊にその話をしたら
かなしいね、と言ってくれた。

僕はショックすぎて言葉が見つけられなくて右往左往していただけに
その一言は僕を十分に慰め、癒してくれた。



この かなしさ は
一般的な かなしい とは全然違う

救われることも癒えることもない かなしさ であり 傷 だと思う。

Lemonの匂い

電車で隣合わせになった人が
背が少し高くて
チャコールの黒髪は、ゆるい癖のあるショートで
顔は見せず(隠してるというわけではなく、隣なので)
全身こざっぱりと黒で

米津さんみたいだな、と思った
少しドキドキする



強くなりきれない朝の日差し
風は肌寒さ孕む涼風で

連休明けの、シルバーウィーク中間で
たおやかな気持ちゆえに

Lemonをそっとかけてみる。



彼が米津さんで、隣で歌ってくれてる故意の錯覚。



彼の人やましてや彼が好みとかではなく
米津さんのような空気の人って
緊張感をもたらしてくれるじゃないですか

その個性というか感性からくるオーラみたいな
そしてあの声ね


心地よくドキドキするって
元気にならない?

後ろで正面

一時的なものとして体調が良くない

朝から休んでばかりいる
頭がぬぼうっとしている

ぱっと瞬間的に良くなることもあるけれど
ほんの一瞬だ。


榊はここ数日ゴキゲンで(というか九月初頭のワクチン1回目の副反応で地味に体調が良くなかった模様。ストレスも含め)
僕を愛で、こねくりまわす

有難い
嬉しい
のだけれど
反応が上手くできない

この体調の時はいつもそうなのだ



つとめて不機嫌にはならないように
照れてる素振りというか
冷たくならない程度に
ぬぼうっとしたままはぐらかす

されるがままというか


榊に甘えてるかもしれないけど
分かってくれてるとは思う。
いつものことだから。

申し訳ないな、とは思いつつ。




席を外して、戻ったら
昼寝してた。

寝顔。かわいい。愛しい。
撫でてもいい? 起きないでね。

そういう愛し方しかできなくてごめん。今は。

『学校ともだち』

長野まゆみさんの本を読み漁っている。好きな作家さんである。

長野さんに限らず、読みたい時は片っ端から借りて、一気に読み込む。

今回は怒涛の5〜6冊。
短編集から、単行から、ご自身のエッセイも。
がっつり耽美あり、のほほんあり…なんなら猫目線まで。


世のレビューと、照らし合わせて見ると
僕、みなさんと逆なのかしら?
短編集の中で各々の好きな章の羅列があったのだけど、ごく一部を除いてほとんどカブらない。

むしろ多数票得ていそうな章ほど、僕はあまり好きじゃないという。
だから何ってこともないのだけど。


と、実はここまで前書きで



借りた文庫本の後ろの、刊行一覧のあらすじでピンと惹かれた一冊。

『学校ともだち』

こんなのあったっけ?
なかなか面白そうだぞ。



予約して、いざ受け取って。
不思議に気味の悪い表紙が、今の僕には可愛くて、それだけでもすでに当たりを引いた気持ちだったのに

読み始めたら、なんとまぁ面白いこと!

登場人物もそれぞれが立ってて面白いし、読み進めるほどに様々な「深み」も増す。気づきも多い作品。

いつも以上に、作者の文章力というか、その技量にうなってしまう。

なるほど、1992年初版。

時代的にも、作者の年齢や歴的にも、トガってアブラののりきってる時代かも。
とはいえ、この時点で、やってのけて、完成させている作者はやはり恐ろしいくらいに才がありすぎる。
そりゃ往年のファンもつくよね。ひとジャンル確立するよね。

また、9/15とは。丸々30年前ではないか。アニバーサリー的。

今読んでも…いや、あえて今読むことで、ハッとすることも沢山ある。今回初読の僕ですらそう思う。

僕は、刊行当時は未就学児。この本と出合う余地は完全になかったのだけれど、今出合えて本当に幸せである。

経緯

榊とは、
それぞれにパートナーや想い人をもつ「知り合いの一人」としてのごく純粋な交友があって、紆余曲折を経た後、お互いがパートナーになった(なっていた?)経緯がある。

僕のデートDVなパートナーに、榊は腹を立てて、僕やパートナーのことを諌めてくれ、僕は僕で、複雑な恋路に独り苦しむ榊に心を痛めたり。
その後発生した、互いどころか、その周りの周りまで含めた超複合的な要因や転機の訪れにより、全ての交友関係が混迷を極めた時があり(それこそピカソのゲルニカのような状態で)、その中で榊は僕に、僕は榊に、

惹かれた実感はなくとも、ここに同じように感じてくれる人がいるという驚きのような安堵。

榊の、ひた隠しにしてきた壮絶な生い立ちやバックグラウンドに僕は言葉を失い、榊はそれと同時にこれまで受けてきた扱いをどうせ僕からも受けるのだろうと思ったような

そこから交際と同棲期間はほぼイコールで、干支一周分ほど。そのタイミングで今回の節目を迎えた。

僕らがあまりカタチに振り回されずに済んでるのは(二人とも気負いする方なので)、そのおかげかもしれない。実態が先で形式が後というのは、ある意味、僕ららしいのかも。

時折「あ、僕ら、一応は公的に認められているんだよな」と突然電車の中で思い出してにやけつつ。
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