榊の転職顛末記【その4 安堵】

早退したときに荷物も一応引き上げてきた榊(マグカップとスリッパ程度)。
察してくれた上司が「落ち着いたら連絡ちょうだいね」と後ほど連絡をくれた。
榊はここでドロップアウトを決め、後日折り返し、そのまま会社には顔を出さずに終わった。
早退と同時に少ない私物を持ってきてしまったのは結果的に良かった(ていうか確信犯???)


またも転職は失敗に終わったものの今回ばかりは僕は安堵した。
榊が明らかにいつもと違ったから。

無自覚に、亢進状態だった。

・本業の接客業時より2時間早く出なければならず
・身なりもそれなりに整えていかなければならない
(本業は、制服だが、たとえば寝癖があっても多少OKなレベル)。
・サブ職場は本業より早く始まり、遅く終わる。昼休憩も挟まる。
ので、弁当を作るかカップラーメンを持って行くかしなければならない
(近所にスーパーなどがない。外食店もほぼないし、あってもかなり不経済)

ここまで時間や準備といった生活のリズムが変わるのに加えて、仕事は全部ゼロから学びながらこなさなければならなかった。
業界と、事務と、ついでにやらされる経理や関係ない雑務のノウハウを数ヶ月前に入ったばかりのパートさんに教わりながら。



帰ってきた榊の手には学校にでも行ってきたのかな、というほどの覚え書きの紙束が必ず携えられていた。
毎日違うことが書いてあり、仕事しながら覚えさせられている、とは信じ難い量だった。
新しいことを次から次へと叩き込まれる。これに慣れてから次、とかではなかった。


事務系の社員がおらず、先輩パートさんも入りたてなので、補助でもない。
(求人では補助的ということだったが、話が全く違う)一人前にやらされていた。未経験なのに。

そこで榊は採用されてから辞めるまでの1ヶ月間、

慣れるためにと本業のシフトを極力減らし、あちらに出社し、
帰ってきたら復習とマニュアル作りをした。
休日も朝から、本当に、寝るまで、それをやっていた。(毎日新たに覚えなければならないことがあるので)
食事も、食欲ないからとさほど摂らず。むしろマニュアル作りが楽しいとか言ってて。

あ、これやばいな、と僕は途中から思った。自覚がなさすぎる。
たしかに、当初、頑張る方向で促したのは僕だけど、これはその域を通り越している。

それって没頭してるだけ。追い詰められてるだけ。
乗り越えられればいいけれど、中途半端にその生活パターンやメンタリズムを続けたにも関わらず、報われないような結果になったり、洗脳的になってしまったら、いつか静かに(本人の自覚もないままに)爆発して、魂抜けたようになるぞ、と。
つまり、適応障害や鬱になる。僕はそう踏んでいた。

ただ、これまでの榊のパターンからして、言っても分からないかもしれないし、僕の杞憂かもしれないから、とりあえずは静観した。


そして、静かに、件の榊半泣き早退・エックスデーに至ったのであった。