信たちが長旅を終えてようやく寺に着くと、柳元が笑顔で出迎えてくれた。

「やあ、遠路はるばるよく来てくれたね。歓迎するよ」
「お世話になります、柳元さん」
「毎回すんません。お世話になりますー」
「あはは。私は全然構わないよ。無駄に部屋も敷地も余ってるしねぇ」
「あ、今俺んちで居候してる黄瀬涼太くんです」
「はじめまして」
「やあ、噂はかねがね…初めまして。この寺で住職をしている柳元と申します」

にこにこ笑いながら手を握ってくれる柳元を見て、黄瀬は失礼ながらも坊主らしくない人だなぁと思った。
黄瀬の中のお坊さんのと言えば、厳格で怖そうな人を想像していた。

「蓮たちはもう来てますか?」
「蓮君と千博君はもう来てるよ。六花ちゃんももうすぐ着くだろう。樹達は少し遅れて午後くらいに着くって言ってたね」
「そういや優人の姿が見えねぇけど、どこにいるんさ?」

信たちが来たというのに、いっこうに姿を見せない優人を不思議に思ったラビが尋ねた。

「ああ、優人くんは学校に泊ってるんだよ。ほら、今年はクラスの出し物の他に部活の出し物もあるから忙しいみたいでね」
「ああー…そーいや俺らも去年までヒーヒー言いながら準備してたっけ…」
「……寮の自分の部屋で寝ることさえ出来なかったからな…」
「そーそー大体剣道場か教室でアリアも一緒になって三人で雑魚寝だったよなー」

まだ一年前のことなのに、二人はずいぶん昔のことのように感じた。
睡眠時間を削って必死に準備をし、曜日や時間の感覚すら忘れるほど夢中になっていた日々。

「荒センがスポドリの差し入れした時あったよな」
「二年時な。ユウとアリア、ポカリ派かアクエリ派かで喧嘩になったよな。そんで雅ちゃんに竹刀でぶたれて説教されてさー」
「お前だって後夜祭の後、無断でキャンプファイヤーと花火やって荒センにシメられてただろうが!」
「いや、アレ絶対連帯責任だったから!!他の寮生も途中から混じってたし…ってか、アリアもキャンプファイヤーの火でマシュマロ炙ってたし、ユウとアレンに至っては肉焼こうとしてただろ!!」

しかも、先生が駆けつけてくるなり、ラビを置いて皆蜘蛛の子を散らすように逃げていったのだ。何でああいう時だけ息が合う。

「あははは!なんやかんやで青春しとるな〜お前らも。ええなー花火とキャンプファイヤー…俺らもやればよかったな」
「ふざけんな。クラスが総合優勝した時、お前と一緒にプールに飛びこまされて先生たちの大目玉食らったのは誰だと思ってんだ!!」
「ホントは…ホントは鴨川に飛びこみたかったんやもん!!それを学校のプールで我慢したんやで!?めっちゃ譲歩やん!!」
「俺を巻き込むなって言ってるんだよ!!」
「あ、海常は文化祭でキャンプファイヤーやるらしいッスよ!」
「ホンマ!?よっしゃ信!海常の文化祭行った時は一緒にオクラホマミキサー踊ろう!!」
「今年24になる男二人がフォークダンスって…そもそも、後夜祭は一般客は参加できないだろ」
「信さん、海常の制服貸しますか?」
「ん?黄瀬君も何言ってるのかな?」
「いや、信さん童顔だから制服着ちゃえば多分紛れこめ…いひゃい!!」
「ん?何だって?どの口がそんなこと言ってるのかな?」

学生時代の思い出話に花を咲かせる面々を、和尚は目を細めて優しく見守っていた。

「ふふふ…それぞれが楽しい学生時代を送ったようだねぇ…」

樹、君の息子達は、とてもいい友人に恵まれてるよ。





雀の声と共に窓から朝日が差し込んできて、ゆっくりと目蓋を開けた。
一瞬、見なれない部屋にアレ?って思ったけれど、すぐに警備室の仮眠部屋だってことに気づいて、起きあがった。昨日、夜回り当番だった焔の所に泊めてもらってたんだった。
他の人達はもう起きているらしく、隣の布団はきちんと畳まれて部屋の隅に置かれていた。
俺も、一回伸び上って気持ちを入れ替えると、布団を畳むことにした。

「主、まだ寝てて大丈夫だぞ?」

仮眠室を出て、監視カメラの映像が送られるモニタールームに入ると、そこではモーニングコーヒーを飲んでいる焔がいた。

「んーいっつもこの時間に起きてるから…でも、朝になっても鐘の音が聞こえないのって変な感じ」
「ははは。そうか、主はいつも寺の鐘を目覚ましにしておるのか。…眠気覚ましにコーヒーでも飲むか?」
「うん。お願い」

焔がコーヒーを用意してくれる間、俺は一度警備室を出て、外の水道で顔を洗ってくることにした。
この警備室は、学生寮と校門の丁度間にある建物で、結構中も広い。俺一人ぐらい増えても寝る場所に困らないくらいだ。
本当は、焔に悪いしむっくんの所(寮生の人数と体格の関係でむっくんは一人部屋だ。贅沢)にでも泊めてもらおうかとも考えたけれど……お菓子とそのゴミに占領された部屋を見て、俺は即座に回れ右をした。アレンと氷室さんは同室なので、俺まで入ったら流石に狭い。
それで結局、焔の厚意に甘える形になってしまった。
……絶対学期末にむっくんの部屋掃除手伝わされるな……。

「ミルクと砂糖一つずつで良かったか?」
「うん。ありがとう」

モニタールームに戻ると、焔がコーヒーの入ったマグカップを渡してくれた。
焔が淹れるコーヒーはいつもどおり美味しかった。

「焔はこの後も仕事?」
「いや、朝番は別の者だ。我は昼からだな」
「コーヒー飲んじゃってるけど、仮眠は取らないの?」
「たかが一晩ぐらいの徹夜で堪えるような鍛え方はしとらん。それに、昨日は三人だったから交替しながら仮眠も取れた。今から中途半端に寝るくらいなら起きていた方が良い」
「大変だねぇ」
「ま、今年は楽な方だ。神田達も卒業したことだしな」
「あー…凄かったよね。去年と一昨年」

直接参加したわけではないけれど、一昨年と去年、帰りが遅くなった俺は、焔に送ってもらうことになって、待っている間ずっとこのモニタールームにいた。つまり、ユウ兄達がしでかしたことの一部始終を見ていた。
一昨年は、キャンプファイヤーと花火。計画はラビ。実行はユウ兄とアリアさん。その上アレンやリナリーまで巻き込んで、瞬く間にキャンプファイヤーを作ったのだ。その鮮やかで迅速な行動は、秀吉の一夜城を思わせた。ホント、遊ぶことに関してはいつでも全力投球だったな、あの人達は。
最初は火を囲んで、アリアさんが剣舞を見せてくれたり、アレンと一緒に大道芸を披露してくれたりしていたんだけど、賑やかな声を聞きつけた他の寮生たちも混じって、ダンスや花火など好き勝手やりはじめて、次第にそれがエスカレート。最終的にはギリシャの花火戦争を思わせるような乱痴気騒ぎにまで発展して、先生と焔達警備員が出動する事態になった。

そして、去年はなんと、寮を脱走してチャリで海まで爆走(片道2時間)。星を見ながらコンビニで買ったジュースやお菓子で乾杯して、一晩中どんちゃん騒ぎをした後、朝日を拝んでから寮へと帰ってきた(ユウ兄とラビは、アリアさんを交代で後ろに乗せての走行だったらしい。どこにそんな体力あるんだ)。
しかも、立案したのはラビだけれど、細かな脱走経路などを練ったのはアリアさんで、一昨年に比べてより綿密かつ計画的犯行だったため、気づいた人はほとんどいない。
なにせ、寮から校門までの防犯カメラの位置を調べ、さらには警備員の巡回時間・経路までも把握し、監視の目をすべて掻い潜っての脱走だった。
ぶっちゃけ俺も、焔に聞くまでわからなかった。ただ、焔の話では、あの時モニターの隅にほんの少しだけユウ兄の黒髪が見えたというのだ。それを捕らえた瞬間、焔は猛然とモニタールームから走り去り、取り残された去年の俺は、訳が分からず口をぽかーんと空けたまま焔を見送るだけだった。
焔はその後、チャリに乗り込む三人組に追いついたらしいが、アリアさんの方が一枚上手だった。なんと、あの人はあらかじめ校庭の方に打ち上げ花火を設置し、時間差でそれが打ち上がるように細工していたらしい。その音と光に焔が気を取られている間に、ユウ兄達はまんまと逃走。他の警備員や先生も、その騒ぎに目が向き、ユウ兄達の脱走には気づかなかった。

「まったくあの悪ガキ共には手を焼かされたわ……」
「見てる分には楽しいんだけどねー。一昨年のアリアさんの踊り綺麗だったなー」
「おいおい、主………頼むから、神田のああいう所だけは真似んでくれ」
「えーどーしよっかな…あでっ」

ふざけて言ってたら、焔におでこを弾かれた。

「いてて…それよりさ、焔。起きてるんだったら久しぶりに組手してくれない?最近自主トレばっかだからちょっと不安なんだよね」
「ああ、別に構わん。来い、主」

やった!と思わず声を上げた俺に、焔はクスリと笑った。


 




その頃、寺では後から来た六花も含めて、黄瀬の変装準備に取り掛かっていた。
六花という女性は、夏が言った通り妖艶な美女で、初対面で微笑まれた時は、モデルで普通の男子高校生よりも美女に免疫があったはずの黄瀬でも、思わずドキリとしてしまった。

「あたしは夏に賛成。大人しそうな優等生タイプが良いと思うわ。モデルのキセリョって、いかにも元気なクラスの人気者タイプだろ?だからその真逆を突けば逆にバレねぇと思うんだけど…蓮ちゃんはどーよ?」
「異議なし。メイクはやるとしても控えめに超ナチュナルで。アクセも極力付けずにシンプルに。ズラも黒か、もしくは暗めの茶で」
「なーなー伊達眼鏡つけへん?縁なしか、もしくは銀フレーム」
「ああ、いいなソレ。けど誰かメガネ持って来たか?あたしグラサンしか持ってねぇけど」
「グwラwサwンwwww」
「おいwww人がせっかく優等生に仕上げてんのにグラサンとかwwwww」
「だってそれしかねぇもんwwwww」
「台無しwwww違和感ハンパねぇッスよwwww」
「ちょっと…真面目にやってよね……」

ずっと席をはずして両親と連絡を取っていた信が、呆れたように部屋の前に立っていた。

「黄瀬君連れて歩くの俺らなんだから、ちゃんと隣歩ける変装にしてよね…」
「お、信じゃん。おっひさー」
「彩音さん達いつぐらいに着く言うとった?」
「んー…正午過ぎちゃうらしいよ。だから、俺たちだけで先に行ってていいってさ。…って、六花…何…?近いんだけど…」
「いやー…相変わらず綺麗な顔してんなーって」

そう言って六花は、挨拶とでも言うように信の尻を撫でた。瞬間、信の笑顔が固まった。
黄瀬は青くなり、蓮は呆れ、夏は笑った。

「……六花、同じこと弟たちにやったら、いくらお前でもぶっ殺すよ?」
「あー?やんねぇよ。だって、お前の尻が一番あたし好みだし。いやーお前の小尻と腰、ホントいい形してるわ」
「激しく嬉しくないんだけど。あとセクハラって言葉知ってる?」
「ちなみに、ユウはうなじで、優人は足がすっげー好み。あと、最近ユウちゃんに出来た知り合いの子の指が超ストライクど真ん中でさー」
「あははっ、聞いてねぇよんなこと」
(あああああああああああ!!信さんの口調が!!口調がっっ…!!)

笑顔を浮かべてるけど笑顔じゃない。黄瀬はもうこの部屋から逃げ出したかった。
黄瀬の知る限り、夏だってここまで信を怒らせることはなかった。それなのに、六花は平然と信の堪忍袋の緒をぶちぶちと引き千切っていくのだ。

「りっちゃんそこら辺にしときー。それ以上やったら、いくらりっちゃんでもただじゃ済まんで」

六花の行動を諌めたのは、夏だった。
意外な人物が止めに入ってきたことに、黄瀬は目を丸めた。てっきり六花の尻馬に乗って、一緒に信をからかうと思っていたのだ。

「へぇ?そりゃどういう意味でだ?信があたしに何か仕掛けてくるのか?それともお前らがなんか仕掛けてくんのか?」
「わかっとる癖に人が悪いなぁ、りっちゃん。―――両方に決まっとるやろ」

すっと鋭利に光った夏の眼光に、黄瀬は思わず背筋が冷たくなった。いつもの、のらくらとした雰囲気を消し去った夏は、黄瀬の瞳にとても冷酷な人間として映ったのだ。
黄瀬がその場に立ちすくんでしまっても、六花はただ肩を竦めて笑っただけで、恐怖や危機感を感じた様子はなかった。

「ったく、お前ら兄弟をからかうと、周りまでうっさくなって仕方がねぇ」
「あっはっは。人望あっついからなぁ。ま、俺らマブタチ以外が信をからかうのが面白くないっていうのもあんねんけど」
「それが本音かよ。あと、マブタチってもう死語だろ。ひっさしぶりに聞いたぞその単語」
「俺らズッ友やで!!信!!」
「うん。絶対ヤダ」
「手痛い!」

また信といつもの掛け合いを始めた夏に、先程の冷たさは感じなくなっていた。
ほっとバレないように息を吐くと、いつの間に背後にいたのか、千博にぽんぽんと頭を撫でられた。どうやら先程の緊迫感に巻き込まれた黄瀬を気遣ってくれているらしい。

「信……それより、六花に…頼みたいことがあったんじゃ…ないのか…?」
「ああそうだ。今度俺のいる学校の文化祭でコイツらと一緒に歌うことになったからさ、機材と…出来れば音響に詳しい人貸して欲しいんだけど」
「おーいいぜ。バーじゃたまにライブやるし、そんくらいお手のモンだ。しっかしよく承諾したなーお前が」
「俺も最初聞いた時は驚いたわ」
「つか、なんで断らなかったんだよ。お前だったら絶対に断っただろ」
「………土下座」
「は?」
「女子高生に…教え子に土下座されそうになった……」
「「……………………」」

その場は、しばらく微妙な雰囲気に包まれた。


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