信たちが長旅を終えてようやく寺に着くと、柳元が笑顔で出迎えてくれた。
「やあ、遠路はるばるよく来てくれたね。歓迎するよ」
「お世話になります、柳元さん」
「毎回すんません。お世話になりますー」
「あはは。私は全然構わないよ。無駄に部屋も敷地も余ってるしねぇ」
「あ、今俺んちで居候してる黄瀬涼太くんです」
「はじめまして」
「やあ、噂はかねがね…初めまして。この寺で住職をしている柳元と申します」
にこにこ笑いながら手を握ってくれる柳元を見て、黄瀬は失礼ながらも坊主らしくない人だなぁと思った。
黄瀬の中のお坊さんのと言えば、厳格で怖そうな人を想像していた。
「蓮たちはもう来てますか?」
「蓮君と千博君はもう来てるよ。六花ちゃんももうすぐ着くだろう。樹達は少し遅れて午後くらいに着くって言ってたね」
「そういや優人の姿が見えねぇけど、どこにいるんさ?」
信たちが来たというのに、いっこうに姿を見せない優人を不思議に思ったラビが尋ねた。
「ああ、優人くんは学校に泊ってるんだよ。ほら、今年はクラスの出し物の他に部活の出し物もあるから忙しいみたいでね」
「ああー…そーいや俺らも去年までヒーヒー言いながら準備してたっけ…」
「……寮の自分の部屋で寝ることさえ出来なかったからな…」
「そーそー大体剣道場か教室でアリアも一緒になって三人で雑魚寝だったよなー」
まだ一年前のことなのに、二人はずいぶん昔のことのように感じた。
睡眠時間を削って必死に準備をし、曜日や時間の感覚すら忘れるほど夢中になっていた日々。
「荒センがスポドリの差し入れした時あったよな」
「二年時な。ユウとアリア、ポカリ派かアクエリ派かで喧嘩になったよな。そんで雅ちゃんに竹刀でぶたれて説教されてさー」
「お前だって後夜祭の後、無断でキャンプファイヤーと花火やって荒センにシメられてただろうが!」
「いや、アレ絶対連帯責任だったから!!他の寮生も途中から混じってたし…ってか、アリアもキャンプファイヤーの火でマシュマロ炙ってたし、ユウとアレンに至っては肉焼こうとしてただろ!!」
しかも、先生が駆けつけてくるなり、ラビを置いて皆蜘蛛の子を散らすように逃げていったのだ。何でああいう時だけ息が合う。
「あははは!なんやかんやで青春しとるな〜お前らも。ええなー花火とキャンプファイヤー…俺らもやればよかったな」
「ふざけんな。クラスが総合優勝した時、お前と一緒にプールに飛びこまされて先生たちの大目玉食らったのは誰だと思ってんだ!!」
「ホントは…ホントは鴨川に飛びこみたかったんやもん!!それを学校のプールで我慢したんやで!?めっちゃ譲歩やん!!」
「俺を巻き込むなって言ってるんだよ!!」
「あ、海常は文化祭でキャンプファイヤーやるらしいッスよ!」
「ホンマ!?よっしゃ信!海常の文化祭行った時は一緒にオクラホマミキサー踊ろう!!」
「今年24になる男二人がフォークダンスって…そもそも、後夜祭は一般客は参加できないだろ」
「信さん、海常の制服貸しますか?」
「ん?黄瀬君も何言ってるのかな?」
「いや、信さん童顔だから制服着ちゃえば多分紛れこめ…いひゃい!!」
「ん?何だって?どの口がそんなこと言ってるのかな?」
学生時代の思い出話に花を咲かせる面々を、和尚は目を細めて優しく見守っていた。
「ふふふ…それぞれが楽しい学生時代を送ったようだねぇ…」
樹、君の息子達は、とてもいい友人に恵まれてるよ。
*
雀の声と共に窓から朝日が差し込んできて、ゆっくりと目蓋を開けた。
一瞬、見なれない部屋にアレ?って思ったけれど、すぐに警備室の仮眠部屋だってことに気づいて、起きあがった。昨日、夜回り当番だった焔の所に泊めてもらってたんだった。
他の人達はもう起きているらしく、隣の布団はきちんと畳まれて部屋の隅に置かれていた。
俺も、一回伸び上って気持ちを入れ替えると、布団を畳むことにした。
「主、まだ寝てて大丈夫だぞ?」
仮眠室を出て、監視カメラの映像が送られるモニタールームに入ると、そこではモーニングコーヒーを飲んでいる焔がいた。
「んーいっつもこの時間に起きてるから…でも、朝になっても鐘の音が聞こえないのって変な感じ」
「ははは。そうか、主はいつも寺の鐘を目覚ましにしておるのか。…眠気覚ましにコーヒーでも飲むか?」
「うん。お願い」
焔がコーヒーを用意してくれる間、俺は一度警備室を出て、外の水道で顔を洗ってくることにした。
この警備室は、学生寮と校門の丁度間にある建物で、結構中も広い。俺一人ぐらい増えても寝る場所に困らないくらいだ。
本当は、焔に悪いしむっくんの所(寮生の人数と体格の関係でむっくんは一人部屋だ。贅沢)にでも泊めてもらおうかとも考えたけれど……お菓子とそのゴミに占領された部屋を見て、俺は即座に回れ右をした。アレンと氷室さんは同室なので、俺まで入ったら流石に狭い。
それで結局、焔の厚意に甘える形になってしまった。
……絶対学期末にむっくんの部屋掃除手伝わされるな……。
「ミルクと砂糖一つずつで良かったか?」
「うん。ありがとう」
モニタールームに戻ると、焔がコーヒーの入ったマグカップを渡してくれた。
焔が淹れるコーヒーはいつもどおり美味しかった。
「焔はこの後も仕事?」
「いや、朝番は別の者だ。我は昼からだな」
「コーヒー飲んじゃってるけど、仮眠は取らないの?」
「たかが一晩ぐらいの徹夜で堪えるような鍛え方はしとらん。それに、昨日は三人だったから交替しながら仮眠も取れた。今から中途半端に寝るくらいなら起きていた方が良い」
「大変だねぇ」
「ま、今年は楽な方だ。神田達も卒業したことだしな」
「あー…凄かったよね。去年と一昨年」
直接参加したわけではないけれど、一昨年と去年、帰りが遅くなった俺は、焔に送ってもらうことになって、待っている間ずっとこのモニタールームにいた。つまり、ユウ兄達がしでかしたことの一部始終を見ていた。
一昨年は、キャンプファイヤーと花火。計画はラビ。実行はユウ兄とアリアさん。その上アレンやリナリーまで巻き込んで、瞬く間にキャンプファイヤーを作ったのだ。その鮮やかで迅速な行動は、秀吉の一夜城を思わせた。ホント、遊ぶことに関してはいつでも全力投球だったな、あの人達は。
最初は火を囲んで、アリアさんが剣舞を見せてくれたり、アレンと一緒に大道芸を披露してくれたりしていたんだけど、賑やかな声を聞きつけた他の寮生たちも混じって、ダンスや花火など好き勝手やりはじめて、次第にそれがエスカレート。最終的にはギリシャの花火戦争を思わせるような乱痴気騒ぎにまで発展して、先生と焔達警備員が出動する事態になった。
そして、去年はなんと、寮を脱走してチャリで海まで爆走(片道2時間)。星を見ながらコンビニで買ったジュースやお菓子で乾杯して、一晩中どんちゃん騒ぎをした後、朝日を拝んでから寮へと帰ってきた(ユウ兄とラビは、アリアさんを交代で後ろに乗せての走行だったらしい。どこにそんな体力あるんだ)。
しかも、立案したのはラビだけれど、細かな脱走経路などを練ったのはアリアさんで、一昨年に比べてより綿密かつ計画的犯行だったため、気づいた人はほとんどいない。
なにせ、寮から校門までの防犯カメラの位置を調べ、さらには警備員の巡回時間・経路までも把握し、監視の目をすべて掻い潜っての脱走だった。
ぶっちゃけ俺も、焔に聞くまでわからなかった。ただ、焔の話では、あの時モニターの隅にほんの少しだけユウ兄の黒髪が見えたというのだ。それを捕らえた瞬間、焔は猛然とモニタールームから走り去り、取り残された去年の俺は、訳が分からず口をぽかーんと空けたまま焔を見送るだけだった。
焔はその後、チャリに乗り込む三人組に追いついたらしいが、アリアさんの方が一枚上手だった。なんと、あの人はあらかじめ校庭の方に打ち上げ花火を設置し、時間差でそれが打ち上がるように細工していたらしい。その音と光に焔が気を取られている間に、ユウ兄達はまんまと逃走。他の警備員や先生も、その騒ぎに目が向き、ユウ兄達の脱走には気づかなかった。
「まったくあの悪ガキ共には手を焼かされたわ……」
「見てる分には楽しいんだけどねー。一昨年のアリアさんの踊り綺麗だったなー」
「おいおい、主………頼むから、神田のああいう所だけは真似んでくれ」
「えーどーしよっかな…あでっ」
ふざけて言ってたら、焔におでこを弾かれた。
「いてて…それよりさ、焔。起きてるんだったら久しぶりに組手してくれない?最近自主トレばっかだからちょっと不安なんだよね」
「ああ、別に構わん。来い、主」
やった!と思わず声を上げた俺に、焔はクスリと笑った。
*
その頃、寺では後から来た六花も含めて、黄瀬の変装準備に取り掛かっていた。
六花という女性は、夏が言った通り妖艶な美女で、初対面で微笑まれた時は、モデルで普通の男子高校生よりも美女に免疫があったはずの黄瀬でも、思わずドキリとしてしまった。
「あたしは夏に賛成。大人しそうな優等生タイプが良いと思うわ。モデルのキセリョって、いかにも元気なクラスの人気者タイプだろ?だからその真逆を突けば逆にバレねぇと思うんだけど…蓮ちゃんはどーよ?」
「異議なし。メイクはやるとしても控えめに超ナチュナルで。アクセも極力付けずにシンプルに。ズラも黒か、もしくは暗めの茶で」
「なーなー伊達眼鏡つけへん?縁なしか、もしくは銀フレーム」
「ああ、いいなソレ。けど誰かメガネ持って来たか?あたしグラサンしか持ってねぇけど」
「グwラwサwンwwww」
「おいwww人がせっかく優等生に仕上げてんのにグラサンとかwwwww」
「だってそれしかねぇもんwwwww」
「台無しwwww違和感ハンパねぇッスよwwww」
「ちょっと…真面目にやってよね……」
ずっと席をはずして両親と連絡を取っていた信が、呆れたように部屋の前に立っていた。
「黄瀬君連れて歩くの俺らなんだから、ちゃんと隣歩ける変装にしてよね…」
「お、信じゃん。おっひさー」
「彩音さん達いつぐらいに着く言うとった?」
「んー…正午過ぎちゃうらしいよ。だから、俺たちだけで先に行ってていいってさ。…って、六花…何…?近いんだけど…」
「いやー…相変わらず綺麗な顔してんなーって」
そう言って六花は、挨拶とでも言うように信の尻を撫でた。瞬間、信の笑顔が固まった。
黄瀬は青くなり、蓮は呆れ、夏は笑った。
「……六花、同じこと弟たちにやったら、いくらお前でもぶっ殺すよ?」
「あー?やんねぇよ。だって、お前の尻が一番あたし好みだし。いやーお前の小尻と腰、ホントいい形してるわ」
「激しく嬉しくないんだけど。あとセクハラって言葉知ってる?」
「ちなみに、ユウはうなじで、優人は足がすっげー好み。あと、最近ユウちゃんに出来た知り合いの子の指が超ストライクど真ん中でさー」
「あははっ、聞いてねぇよんなこと」
(あああああああああああ!!信さんの口調が!!口調がっっ…!!)
笑顔を浮かべてるけど笑顔じゃない。黄瀬はもうこの部屋から逃げ出したかった。
黄瀬の知る限り、夏だってここまで信を怒らせることはなかった。それなのに、六花は平然と信の堪忍袋の緒をぶちぶちと引き千切っていくのだ。
「りっちゃんそこら辺にしときー。それ以上やったら、いくらりっちゃんでもただじゃ済まんで」
六花の行動を諌めたのは、夏だった。
意外な人物が止めに入ってきたことに、黄瀬は目を丸めた。てっきり六花の尻馬に乗って、一緒に信をからかうと思っていたのだ。
「へぇ?そりゃどういう意味でだ?信があたしに何か仕掛けてくるのか?それともお前らがなんか仕掛けてくんのか?」
「わかっとる癖に人が悪いなぁ、りっちゃん。―――両方に決まっとるやろ」
すっと鋭利に光った夏の眼光に、黄瀬は思わず背筋が冷たくなった。いつもの、のらくらとした雰囲気を消し去った夏は、黄瀬の瞳にとても冷酷な人間として映ったのだ。
黄瀬がその場に立ちすくんでしまっても、六花はただ肩を竦めて笑っただけで、恐怖や危機感を感じた様子はなかった。
「ったく、お前ら兄弟をからかうと、周りまでうっさくなって仕方がねぇ」
「あっはっは。人望あっついからなぁ。ま、俺らマブタチ以外が信をからかうのが面白くないっていうのもあんねんけど」
「それが本音かよ。あと、マブタチってもう死語だろ。ひっさしぶりに聞いたぞその単語」
「俺らズッ友やで!!信!!」
「うん。絶対ヤダ」
「手痛い!」
また信といつもの掛け合いを始めた夏に、先程の冷たさは感じなくなっていた。
ほっとバレないように息を吐くと、いつの間に背後にいたのか、千博にぽんぽんと頭を撫でられた。どうやら先程の緊迫感に巻き込まれた黄瀬を気遣ってくれているらしい。
「信……それより、六花に…頼みたいことがあったんじゃ…ないのか…?」
「ああそうだ。今度俺のいる学校の文化祭でコイツらと一緒に歌うことになったからさ、機材と…出来れば音響に詳しい人貸して欲しいんだけど」
「おーいいぜ。バーじゃたまにライブやるし、そんくらいお手のモンだ。しっかしよく承諾したなーお前が」
「俺も最初聞いた時は驚いたわ」
「つか、なんで断らなかったんだよ。お前だったら絶対に断っただろ」
「………土下座」
「は?」
「女子高生に…教え子に土下座されそうになった……」
「「……………………」」
その場は、しばらく微妙な雰囲気に包まれた。
続き→
拳が風を切る音が聞こえる。首をひねって辛うじてかわしたけど、頬のすれすれを通った時に感じた風圧が、当たればただでは済まないことを物語っていた。
その一撃を避けた後も、次から次へと猛攻は繰り出される。
「っ……!ちょっ、まっ……!」
時にかわし、時にいなして直撃は避けているけど、結局は防一線。全然攻撃に転じる隙を与えてくれない。
どうしてこうなったんだ…俺は、焔に組手をお願いしたのに……。
「おら、最初の威勢はどうした優人!一撃ぐらい俺にあててみろ!」
なんで青龍に遊ばれてるんだよ!!
ああそうだ。数十分前に俺と焔の前に現れて、いきなり稽古付けてやるとか言って、こっちの意見なんか一言も聞かずに戦いを仕掛けてきたんだった!!お前は草むらに待ち構えているポケモントレーナーか!!
しかも、俺は全力でやってるのに対し、青龍は遊んでいるのが見え見えだ。
例えるなら…食べる気なんかサラサラないのに、ネズミを小突いて遊んでる猫みたいな…あ、なんか自分で言ってて泣きたくなってきた。
「なんだよこれじゃ戦いにもなんねぇぜ?お前の全力ってこんなもんかよ」
「うっっさい!」
「あっはっは。そんな勢いのねぇ拳なんかあたんねーよバー……ガッ!!」
「やれやれ。馬鹿はどちらですか?……青龍」
いつの間にか青龍の背後にいた六合が、青龍の背を思いきり蹴り飛ばした。
「げっ…六合……」
「私は少し手伝ってもらいたいことがあるので7時半に第一倉庫きてくださいと言ったはずですが?今何時だと思ってるんです?あなたの目は機能を果たしてないんですか?ああ、それとも耳が悪いんですか?頭が悪いんですか?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああああ!!耳!!耳引き千切れる!!」
「ミーティングの時間を聞き洩らすような耳はいらないでしょう…?もういっそ耳も髪もそぎ落として仏門にでも入ったらいかがですか?」
「悪ぃ!!俺が悪かったから!!ゴメンナサイ!!」
「ああ、二人とも組手の邪魔をしてすいませんでした。コレは私が始末しておきますので。では、文化祭頑張ってくださいね、優人。焔も午後から頼みますよ」
「ああ。気にするな…それより、第一倉庫に用があるということは、用務がらみか?」
体力自慢の力持ちが多い警備の人達は、時たま用務の人達にお願いされて、人手が足りない時や、重い物を運ぶ時に借りだされる。
「ええ。冬に木々をライトアップするのに使った電球覚えてますか?アレがまだ倉庫の手前の方に放置されているので、第三倉庫の方に移動してほしいそうなんです」
「ふむ。では重さはさほどでもないが、人手が足りないということか…主、すまんが…」
「ああ、いいよ。もう俺も行かなくちゃいけない時間だし」
っていうか、青龍と組手して、この上焔とも組手する体力なんてないし。
俺は、食堂に行って朝食を取ることにした。
軽くシャワーを浴びてすぐ、食堂に行くと、そこは寮生たちでごった返していた。料理を注文したはいいけど、空いてる席もほとんどない。
どうしよう…と立ち往生していると、右腕を引っ張られた。
「おい、そんなとこに突っ立ってると人にぶつかんぞ」
「福井先輩、おはようございます」
「ああ、おはよ。席見つけらんねぇならこっちこい。ちょうど一つ空いてる」
福井先輩にお礼を言って、その後に着いていくと、そこには他のレギュラーメンバーたちもいた。
「あ、優人じゃーん。おはよ〜」
「おはよう、優人。今日は頑張ろうな」
「おう、優人。昨日はよく眠れたか?」
「今混んでるから早く座るアル。横取りされるアルよ」
「おはよう、みんな」
席に座ると、みんなもちょうど食べ始める所だったみたいだ。福井先輩が持ってきたお茶が皆の手に渡ると、主将の岡村先輩が号令をした。
「そんじゃ、いただきます」
「「いただきます」」
挨拶の後に、かちゃかちゃと食器がぶつかる賑やかな音がそこかしこから上がった。
「あ〜優人塩じゃけ定食にしたんだー。俺豆腐ハンバーグと迷ってこっちにしたんだよね〜ちょっともらっていい?」
「いいよー。そのかわり、ハンバーグに添えてあるポテトサラダ貰っていい?」
「ん〜?ハンバーグじゃなくっていいの?」
「うん。俺ここのポテサラ好き」
「じゃあ全部上げる〜俺コレにんじん入ってるから苦手なんだよね〜」
「えーにんじんおいしいのに…」
こんど、にんじんのパウンドケーキ作ってむっくんに食わせてみるか…と、俺が考えていると、福井先輩が言った。
「そういや、今日神田先輩来るんだったか?」
「あ、はい。あとラビも」
「おお、ラビ先輩も来るんか。懐かしいのぉ、去年の文化祭」
「俺は一昨年の方が印象に残ってっけどな…あの巨大キャンプファイヤー」
「あ、先輩たちもやっぱり知ってるんですね」
「いや、知ってるもなにも…」
そして、俺は先輩の口から衝撃的な事実を耳にする。
「俺と岡村、一昨年のキャンプファイヤーの組立てと、去年の脱走の時の揺動の準備に借りだされたし」
「えぇっ!?」
「一体何の話だい?」
「え〜なに?なんかやったの?」
俺は、ユウ兄達が文化祭後に起こしたトンデモ行動をざっとむっくんたちに説明した。
岡村先輩と福井先輩は、懐かしむように、ユウ兄達に協力した時の話を俺達に聞かせてくれた。
「一昨年は派手だったよなー。寮生ほぼ全員参加してたし」
「賑やかじゃったのぉ。じゃが、警備員と先生らに逃げ遅れた何人かがしょっ引かれて罰則になったから、去年は規模を小さくして、3人だけの小さな祝杯にしたんじゃ」
「あー人気のないところに打ち上げ花火設置して、火種に蚊取り線香使って、時間差式打ち上げにしたヤツな。あれ聞かされた時、あの人ホント頭良いなーって俺思ったわ。使いどころ間違ってるとも思ったけど」
「おかげでワシらの逃走時間も稼げてバレずに済んだわ。しかも、寮の部屋に帰ったら、プレゼントが置いてあってのぉ」
「ああ。手づくりクッキーと天むす。あとコンビニに売ってる駄菓子数種類と飲み物な。誰が何入れたか一発で分かって爆笑したわ。先生らや通学の生徒はほとんど知らねぇけど、寮生では結構有名だよな。この話」
「なんか…想像以上に先輩たちがユウ兄と仲良くってびっくりです。なんか接点あったんですか?」
「接点というか…ワシは、一年の時に神田先輩に助けられたし、アリア先輩とも知り合いになったんじゃ」
「俺も一年時にアリア先輩と接点出来たんだよなー」
「委員会が同じだったアルか?」
「「いや」」
先輩達は同時に手を振った。
「ワシは図書室で本棚の高い位置にある本を無理に取ろうとして、他の本まで落ちてきた所を偶然助けてな」
「俺は学食で金払う時に10円落としちまって、金が足んなくなって困ってた時に貸した」
……なんていうか…実にアリアさんらしいエピソードだった。
あの人、普段はすごくしっかりしてるのに、どことなくおっちょこちょいというか、不運というか…。まあ、そういう部分もあるからこそ、親しみやすさを感じるんだけど。
「その後、律義にお礼を言いに来てくれて…ついでに調理実習で作ったカップケーキもくれてのぉ…思えば、アレが女子に初めて貰ったプレゼントじゃったの…」
「あーお前の場合、それが最初で最後だから。あれがラストだから」
「ヒドイ!!」
「まあ、俺も岡村と似たようなもん。そこからたまに廊下で顔合わせる時とか挨拶してくれるようになって、ラビ先輩とも知り合いになって、神田先輩に知ってもらえるようになったのは…一年の冬休みの時だったかな…」
先輩たちの口から語られるユウ兄達の話は、俺も聞かされたことのない、日常の…学校生活の中でのユウ兄話だった。
「何事にも全力投球だったよな、あの人達」
「ああ、冬に氷張ったプールの上でカーリングしとったことがあってな、それがバレて罰として中庭の掃除押し付けられたら、今度は学校中の落ち葉という落ち葉かき集めてきて、焼き芋大会じゃ。ワシも一個貰った」
「俺も。結局それもバレて、次トイレ掃除だったか?個室に日本人形置いたり、幽霊画の掛け軸飾って、一時期恐怖スポットになったよな。しかも言い訳が『インテリアです』だもんな」
「そんでまた罰則喰らって次は…」
「……なんか、ユウ兄が推薦取り消されず、しかも留年しないでストレート卒業出来たのが奇跡のように思えてきました……」
うん。ホントマジで。
信兄の耳にコレ全部入ったら、ユウ兄殺される。うん。ホントガチで。
「でも、締める時はきっちり締めてたぜ、あの人達。アリア先輩やラビ先輩は模試でも全国トップクラスに入るほど優秀だったし、頼まれれば誰にでも分かりやすく教えてくれたしな」
「神田先輩の方は腕っ節が立って、よく上級生に絡まれとる後輩を助けてくれとったわい」
「まあ、憧れだったよ。俺らだけじゃなく、後輩たち全員の」
先輩たちは、ユウ兄達の後輩であったことを、誇っているかのように笑った。
「……で、今年は何かやるのかい?優人」
「はっ!?」
唐突に尋ねてきた氷室さんに、思わず肩が飛び上がった。
「え…何かって…?」
「いや、君のお兄さん達が毎年文化祭の後を盛り上げてくれたんだから、優人もその伝統を引き継ぐんじゃ……」
「いやいやいや!!伝統じゃないから!!」
ただ単に祭の高揚感がおさまらなくって騒いでただけだから!!
「おいおい寂しいこと言うなよ優人〜。やるんだろ?もちろん」
「え」
驚いて見てみれば、それはそれは悪い顔をした福井先輩がいらっしゃいました。
「ちょ、ちょっと待ってください!もう文化祭二日目なのに今からなんかやるなんて不可能―――」
「何か手伝えることあったら言えよ!俺ら協力してやるから!!な、お前ら!!」
「もちろんだよ!優人!!」
「え〜〜?あんまメンドイこと頼まないでねー」
「先生にバレないようせいぜい頑張るアル」
「………諦めるんじゃ、優人……」
四面楚歌。逃げ場なんて、ないよ。
俺は肩を落として項垂れ、
「ど…努力は…シテミマス…」
そう言うしかなかった。
おまけ↓
<副会長の本気>
「お願いします!観野先生!!」
「………はい?」
いきなり職員室にやってきて、90度の礼をして頼みこんできた副会長―――相田リコに、信は困惑を隠せなかった。
「えっと…どうかしたのかな?相田さん」
「じつは、文化祭のことで先生に頼みたいことがありまして」
「文化祭の?企画書を見る限り、問題点はないように感じたけど…」
「先生にしか頼めない事なんです」
はて、と信はますます首をかしげた。教師を何年も務めてきた他の教職員の方々ならいざ知らず、ほんの一年前に新米教師になった言わばぺーぺーのの自分にしか頼めないという頼み事が信には思い浮かばなかった。
しかし、目の前にいるリコはまさに決死の覚悟と言わんばかりの鬼気迫る表情で信に頭を下げている。
「……とりあえず、話してみてくれないかな?先生に出来ることならなるべく協力するから」
「後夜祭で先生のライブを行わせてください」
「はい却下」
電光石火の如く信は返答した。
冗談じゃない。教え子たちの前で壇上に上がって歌うなんてごめんだ。っていうかどこで情報漏れた。アレか。自分のクラスでぽろっと言ったのがまずかったのか。
「先生!さっきと言ってることが違います!!協力してくれるとおっしゃったじゃないですか!!」
「『なるべく』と前置きを置いたよね?先生。つまり、出来ることと出来ないことがあるということ!そしてこれは後者!!」
「一曲!一曲だけでも!!」
「ダーメ。大体文化祭は生徒が主体となって行うべきものであって、そこに教師は介入すべきじゃありません」
「いいじゃないですか!それまで頑張ってきた生徒へのご褒美と思って!!」
「これまで生徒達を影ながらに支えてきた先生に少しでもねぎらう気持ちがあるのなら、静かに閉幕を迎えてください」
なんて恩着せがましい台詞だ…。その時職員室にいた教師たちは一斉にそう思った。
しかし、渦中にいる信は必死だ。ハメを少しぐらい外しても大目に見てもらえた学生時代ならいざ知らず、ハメをはずす生徒を監視する今の立場で、生徒の興に乗っかるような真似は断じて出来ない。
っていうか、教え子の前で一人歌声を披露するとか恥ずかしいからヤダ。
その一歩も引かない決意がリコにも伝わったのか、悔しそうな顔で口を引き結んでいた。
「なら…っ」
しかし、まだ交渉を諦めるつもりはないらしい。
だが、口では信に勝てない。なにせ言いくるめは信の得意分野だ。なにせ、聞かん気の強い次男と意外と頑固な三男を、十年以上前から散々丸めこんできたのだから。
リコには悪いが、どんなに粘っても最終的には諦めてもらおう、と信が反論材料を頭の中で練っていた。
しかし、リコは信の斜め上をいく手段を取った。
床に両膝をついて信の前に跪いたかと思うと、今度は両手も床に―――
「っつ…!!」
リコが床に両手をつく前に、信は素早くリコの両肩を掴んで無理矢理頭を上げさせようとした。
しかし、リコは全体重をかけてそれに抵抗する。
「ちょっ……ちょっと待って…何の真似?相田さん」
「私が先生に口で勝てないのは重々承知です。ならば、私の覚悟を知っていただくには、格なる上は土下座しか…!!」
「いやいやいや!もっと他に誠意を伝えるすべはあるはずだよ!?とりあえず、足!ちゃんと立って!!」「いいえ!!先生が承諾してくれるまではここを動きません!!」
勘弁して!!信はすがるような思いで周りを見渡した―――が、皆信と目が合うと視線をそらしてしまう。視線が合う前にそそくさと職員室を出ていってしまう者もいた。嗚呼、皆無情。
「〜〜〜〜〜〜っ!あ――――――っ!もう!!わかった!わかりました!!やりますからとにかく立って!!」
「本当ですか!?ありが―――」
「ただし!!」
リコが礼を述べる前に、信は素早く三つの指を立てた。
「引き受けるには三つの条件があります。これが呑めないのなら、今度は土下座されようと引き受けません」
リコは気を引き締めて、頷いた。
「一つ、ソロライブじゃなくて、先生の友人も含めたバンド形式にすること。先生はもう何年も歌ってないし、いきなり歌えと言われても、思い浮かぶ曲もありません。それに、今の時期から準備を始めても、先生一人では限界があります。中途半端なものを出すのは、かえって生徒たちの雰囲気を白けさせるだけです。なので、そういう方面に詳しい友人をゲストとして参加させます」
「友人って…この間いらした夏さんと千博さんですか?」
「そう。そこにあと一人、蓮という友人も加えて4人でのライブにします」
「わかりました」
「一つ、選曲や音響などはこちらに一任してもらいます。あと、仮にアンコールが起こったとしても、それには一切応えません」
それには、リコは若干不満そうな顔をしたが、渋々承諾した。
「最後に、これが一番重要。―――今回は記念すべき第一回目の文化祭です。生徒たちが来賓の方々と問題を起こさないように徹底して下さい。もし、何か揉め事が一つでもあった場合、たとえ準備が整っていたとしても、ライブは行いません」
リコは目を丸めて信を見つめる。それに対し、信は苦笑を返した。
「生徒も、訪れた来賓の方々も楽しんでもらえるよう最善を尽くして下さい。それなら、お引き受けします」
文化祭は、この年一回だけで終わるものではない。来年、再来年と続いていくためには、この一回目の文化祭でどれほど周りに受け入れられ、好感を持ってもらえるかにかかっている。
それを、改めて自覚させるために、この人はこの条件を出したのか…。
「……どうぞ、よろしくお願います」
リコは、改めて信に頭を下げた。
2014-2-3 20:44